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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-2

 ある日、ショージはエルフの双子であるフレイとフレイヤからとある代物を預かった。


「植物を育てるのが得意なのだろう? というわけで、こいつの世話を頼んでいいか?」


 フレイが差し出した瓶の中には、植物の妖精みたいなものが入っていた。


「きさまらー!! しょうらい魔王軍幹部になるはずだったこのわたしをぞんざいに扱うばかりかたらい回しにしおってー!!」

「なんだこの可愛らしいの」


 曰く、マンドラゴラの突然変異らしいそれは、頭から花が生え、下半身が植物な少女の形をしており、控えめに言って可愛かった。サイズ的には両手のひらで簡単に持てる程度で、両手を振り回して騒いでいる様はもう唯のマスコットである。


「村で暫く世話をしていたのだが、キーキー喧しくてかなわんと苦情が来たのだ。かといって突然変異故野放しにも出来ずショージならと思ったのだが、どうだ?」

「ショージ様は美しい者と可愛い者は何でも好きだとお聞きしていますわ!」

「好きです、育てさせてください」

「うわー!! いやだーこんな気持ち悪いやつに養われるのはぁぁぁーーー!!」


 こうしてショージとクソほど口の悪いマンドラゴラ……命名プラネアの不思議な生活が始まった。


 まず朝、ショージは朝ご飯より前にプラネアに水をあげる。

 プラネアは生命力が強すぎて根っこで液体の味まで感じ取れるらしいので、味にも拘った。ぶっちゃけ水というよりスープだ。

 プラネアは植木鉢の上で腕を組み、必ず一度はごねる。


「いいか、きさま! 誇り高い私は貴様の施していどで気をゆるすことはないぞ!!」

「はーい朝ご飯の時間でちゅよー」

「きいとるのか貴様……あぁ、あぁぁぁ~~~! おいち~~~!!」


 厳しい顔から一変、スープを与えた瞬間に頬は紅潮し、恍惚の表情だ。

 このチョロさ、たまらんとショージはほっこりする。


「はぁ、ふぅ、ふぅ……き、今日も耐えられなかった……だ、だが心まで屈したわけじゃないからな! それにいまの私では貴様から栄養を貰うしかないからしかたなく! しかたなくだぞ!!」

「プラネアたんはかわええのう……」

「キモッ!! 全力でキモッ!!」


 器用に鳥肌を立てて嫌がるプラネアだが、ショージからするとまた昼のスープでも即堕ちするんだろうなぁと思え、何もかも可愛く見えてくる。


 この魔物が嘗て自分の住んでいる場所の地面を根で覆い尽くして森を腐らせようとした末にハジメに撃破された本当に凶暴な魔物だと知れば、彼はどのような顔をするのだろう。プラネア自身はその主張を周囲に繰り返しているが、今の彼女はただのちんちくりんマスコットマンドラゴラに過ぎないので誰も信用していない。


 朝食後、ショージはプラネアを家の窓辺に置いて物作りの仕事に出かける。


「おいニンゲン! とじまりちゃんとしろ!! 特に窓!!」

「教えてくれてありがとうプラネアたん! 危うく忘れるところだったよ!」

「ちっ、これだからおつむの弱い下等生物は……」


 この村に泥棒などという身の程知らずな行為をする住民はいないので無用な心配なのに、気遣ってくれているのだとショージはツンデレマンドラゴラにまた癒やされる。しかし、実際にはプラネアが戸締まりにうるさいのは別の理由があるからであるのを彼は知らない。


 この後プラネアは一人になる。元々植物なので一人であることに孤独を感じることのないプラネアは別に寝ていてもいいのだが、まだ魔王軍返り咲きを願っている彼女はそうはいかない。


「ふぬぬぬぬぬ……にゅおおおお!!」


 変な声を上げて根に力を込めると、プラネアの根が触手のように植木鉢から外に露出する。最近の彼女はこの力を鍛えることで自力での脱出を目論んでいるが、いかんせん植木鉢のサイズがあまり大きくないせいで伸ばせる根にも限界がある。


 根が増やせないなら、根を鍛えるしかない。

 という訳で、プラネアはショージに頼んで近くに本を置いて貰い、その本を根を使ってめくりながら読んでいる。ただ、数ページめくると力尽きてしまうため、まだ本の十分の一も読めていない。


 ちなみに本の内容は無敵の主人公が実力でも知能でも周囲を圧倒し続け、女を侍らせながらも恋愛に鈍感なので責任を一切取らないという内容である。


「しかしなんだこの登場人物の男は。いちいち周りにマウントとらないと生きていけないのか? しかもしちゅえーしょんが凄く不自然だ。こいつの考えた作戦、めちゃくちゃ人間たちに使い古された手ではないか。なぜ女共はこんな古典的な作戦に『流石!』とか言ってるのだ? 馬鹿なのか?」


 ショージの趣味の本をボロクソに言うプラネア。

 ちなみにこの本は女神が転生者用の娯楽として現実の作品を少数こっそり市場に流しているものだ。これはこの世界ではいわゆる『そういうもの』であり、転生者以外誰も怪しむことはない。死んで作品の続きが読めないことを嘆く人への救済措置である。


 頑張って本をめくっては休みついでに読みを繰り返すプラネアの姿は端から見ると実に微笑ましいため、ベニザクラ辺りがたまに遠くから彼女をじっと見て癒やされている。


 昼、ショージが村にいる場合はショージが昼食のスープを持ってくるが、いない場合は宿屋の元娼婦たちの誰かが与えにやってくる。勿論最初は意地を張るプラネアだが、鉢にスープを注がれれば即堕ちである。

 しかも元娼婦たちはイラズラ好きで、プラネアをそっとつついたり擽ったりして反応を面白がる。


「つんつんっと」

「ひゃん!?」

「こちょこちょこちょ~」

「にゅわー! やめろ~~~~!!」

「んもう、可愛いんだからー! キャロラインさんに見せてあげたいなー!」


 完全にオモチャ扱いなプラネア。彼女たちも一応プラネアを気遣って優しく触っていたりするのだが、触られるとオジギソウの如く反応してしまう自分の体が恨めしいプラネアである。


 午後三時――これがプラネアにとって最も命の危機を感じる時間だ。


 残忍極悪ダークエルフの子供、姉のヤーニーと弟のクミラ襲来である。

 ヤーニーとクミラはフェオの村唯一の医者であるクリストフの養子たちだ。二人はクリストフが大好きで彼の言うことは何でも聞くが、毎日のように窓越しにプラネアを見に来ては不穏な発言を繰り返す。


「マンドラゴラ、またちょっと大きくなったね!」

「……ん」

「腕捥いだらまた生えてくるのかなぁ? もしそうなら無限に素材が手に入るから先生喜ぶねっ!」

「……そだね」


 これが、プラネアが戸締まりに五月蠅い理由である。

 万が一にも入ってこられたら、彼女たちの発言が現実のものとなりかねない。


「マンドラゴラってやっぱり生がいいらしいよ! 加工方法は、えっと……何だっけ、クミラ?」

「……マンドラゴラは危機を感じると叫ぶ。だから口に粘性のあるものを詰めるか喉を潰し、暴れる場合は手足を紐で縛って足先から優しく摺り下ろす」

「そーそー、それそれ! でもってぇ……ふふっ、マンドラゴラって言えばやっぱり媚薬の原料よね? んふふ……」

「……期待、できる」

「突然変異種だもんねぇ。頭、体、根っことそれぞれ効能を確かめる為にはもっと成長してからがいいよね!」

(このイカれダークエルフ共……!!)


 二人は基本クリストフ以外に同じ人間としての興味がない。

 クリストフは愛すべき人だが、他の人間は精々観察対象程度の認識だ。

 流石にハジメやクオンのような強靱すぎる個体には別の感情があるらしいが、好意という感情はクリストフにしか向けない。つまり彼女たちが媚薬を作った場合、使う相手はクリストフである。一体如何なる愛情表現を求めてそれを使うのか、プラネアには全く想像がつかない。しかも女のヤーニーならまだしも、男のクミラまで頬を染めて妄想に耽っているのがとにかく怖い。


「もっと大きくなってね、マンドラゴラ!」

「……まってる」

(待てなくなる前に逃げるぞ絶対に!!)


 あの男(クリストフ)はこの双子の本性を本当に知っているのだろうか。

 人間を心配する気は更々ないが、彼はいつかあのダークエルフ共に知らない間に人体改造されそうな気がするプラネアであった。


 段々と日が傾き始める時刻――大抵、この頃になるとショージが帰ってくる。


「ただいまープラネアたーーーん!!」

「うわーーー! キモいのが帰ってきたーーー!」


 家に入るなり顔も洗わず一直線にプラネアに近づいてきて頬ずりするショージ。控えめに言って恐怖映像の類である。もはや扱いはペットの犬猫と同等。脂ぎった顔面をこすりつけられてプラネアは「いぎゃぁぁぁーーーー!!」と断末魔のような悲鳴を上げるが、抵抗は叶わない。

 ちなみにプラネアはいつかこの男が自分の体を舌で舐めようとするのではないかという悍ましい予想をしている。マンドラゴラに人権が欲しいプラネアであった。


 この後、ショージはかならずプラネアの鉢を抱えて村を散歩する。

 自分で動く気のないデブ犬を飼い主が抱えて散歩に行くような光景だ。


「今日は電磁昇降機の組み上げをやってみたんだけど、なんか上手くいかなくてさー」

「ふーん」

「隣り合う磁力の兼ね合いって難しいんだなぁって。おれ勉強あんまりできねーからさぁ。参考書買って勉強しようと思ったんだけど、全然ないのよ。そういうのは研究者に弟子入りして学ぶもので、本でわかりやすく一般公開とかしてないんだって」

「ふーん」


 人間社会の学問や法則の話などどうでもいいし、もっと言えばショージの独り言もどうでもいい。が、一応返事はしておくプラネア。

 ショージは頭の病気らしく、たまに全く勘違いした常識や常人には理解出来ない理論を持ち出すことがあるらしい。これはせめてもの哀れみである。


 と――プラネアの視界に忌々しき人物の姿が映った。


(あ、あいつは……!! にっくき冒険者、死神ハジメッ!!)


 プラネアの出世の道を断ち、魔王から受け取った強大な力を夥しい量の薬によって奪った男、ハジメがこの村に住んでいると知ったとき、プラネアは憎しみの余り頭の花から花粉をまき散らした。

 自分の屈辱の生活は全て奴のせいだからだ。


 しかし同時に、プラネアは恐怖もしていた。

 あの人間の力は余りにも規格外だ。

 呪毒軍団の団長でさえ、あの男に勝てないかもしれない。

 もし万が一あの男に自分の素性がばれた場合、抵抗すら許されず素手で握り潰されるだろう。それを想像すると、体の震えが止まらない。幸い彼は、プラネアが以前自分の倒した巨大な魔物と同一の存在であることには気付いていないらしいが、彼を前にすると、大丈夫と分かっていても体が震える。


 と――不意に、視界が暗くなる。


「……? ……!!」


 何事かと戸惑ったプラネアは、そこでショージがプラネアがハジメの視界に映るまいと庇うように鉢ごと自分を抱きしめている事に気付く。


「大丈夫、怖くない怖くない」

「……ふ、ふんっ」


 もしかして、自分を庇ってくれているのだろうか。

 プラネアは初めて、ショージが暖かいと感じた。

 誰も味方はいないこの人間の村の中で、唯一自分を常に庇い、養ってくれる存在――そんなショージの優しさに、プラネアの胸がときめいた。自分に心臓はないはずなのに。


 ――。


 ――。


(唯でさえエルフに鬼人にお姫様にとモテモテのモテ野郎なハジメさんにッ、プラネアたんまで奪われてたまるかぁッ!!)


 一方のショージは独占欲全開であった。

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