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2-3 fin

「開墾作業つまんねぇ……」

「えぇ……」


 ヤバイ人ショージ、意気消沈。

 あんなにヤバイテンションで耕していたのが嘘のように、朝からため息ばかりつき始める。曰く、どんなに農業力が高くても単調な作業の連続はモチベーションに大打撃らしい。


「ならなんでこの仕事を請けたんですかねぇ……根気の必要な仕事なのは事前に分かっていたと思うのですが?」

(本当にそうだよ……)


 NINJAの弟子のオロチが困惑を隠せない顔をすると、その場のショージ以外の全員が内心で頷いた。

 フェオとしてはこうした単純作業に没頭するのはそこまでの苦痛ではないが、作業に苦労を感じないほどの技量を持っている人間からするとそもそも没頭できないようだ。

 初日に自分の無力感を味わったフェオ的には嫌味に感じる主張なのだが、当人は無意識であろうから別段気にはしない。気にはしないが好感度は下げたフェオであった。


「最初は兵農一体とか思って戦闘能力鍛えるのに繋がると思ったけど、考えてみたら畑耕すより魔物倒して回った方が経験値入るに決まってんだよなぁ」

「何を当たり前のことを言っているんですか……?」


 兵農一体で効率よく農民がパワーアップできるなら田舎はスーパー農民だらけである。でも現実には魔物との戦いによって得られる経験が人を強くするので、自力で魔物と戦う農民以外はそんなに強くない。

 農業で戦闘能力を鍛えようというのが間違っている。


「てゆーかさ。試しに畑を作って野菜植えたらもうフレッシュな野菜が出来てたから食ってみたんだけどさ。美味いよそりゃ? 人参さ。でもなんつーか、数日で成長しきるってお前どこからどんだけ養分吸い上げたの? って思って冷静に考えたらコワイよね」

「実際恐怖映像でしたよ」


 実は開墾開始翌日にはもう植えた野菜のタネが立派に食べられる野菜に成長しきっていたりする。その気味の悪さたるや、NINJA旅団もウンウンと頷く不気味な光景である。ヤバイ薬を畑に撒いたとしか思えない。というか、暗い場所でもないのにもやしが生える光景まで広がっててもう何がなんだかわからない。

 ショージはどんな植物も数日で収穫期に出来る祝福を持って生まれてきたらしいが、なんで最近知った体で話すのだろうか。


「この世界の農家さんたちはその年に野菜や穀物が豊作かどうかで一喜一憂してる中で俺だけこんなペースで野菜育ててるの知られたら、他の農家さん怒らないかな?」

「さぁ……ヒヒさんどう思います?」

「当然、何かの絡繰りがあると考えて誰もが実情を知りたがるでしょうねぇ。そして絡繰りがないことを知った時、その好奇心は絶えない嫉妬に変わる。世の中にはたまに貴方のように理不尽なまでの祝福と共に生まれるお方がいますが、その人生が無事平穏であることはまずありません」


 イヒヒ笑いせずガチトーンで考察するヒヒの言葉に、ショージは天を仰いで「転生特典、早まったかもしれん」と呟いた。意味はちょっと分からないが、何故かライカゲが「馬鹿だなーこいつ」と言わんばかりの視線を送っている。

 もしかしたら彼も神に選ばれたかの如き祝福を持っているのかもしれない。


「あの、ショージさんのその祝福というのは……遺伝したりとかはしないので?」

「しないと思う。したとしても代を重ねたら最終的に普通の農業力に戻るんじゃない? というかそうか、俺この能力で成り上がったとしたらそれ以降一生農業させられる人生だ。お決まりのネタを延々と振られ続けて辟易する芸人みたいな!」

「農業で生計立てる予定だったのなら当たり前では?」


 本当に何を言っているんだろうかこの人は。

 農家として成り上がるには農業で生産するものが評価されるのが大前提。金儲けが終わったから農業辞めますなんて言われても、農産物目当てに集まって来た周囲が納得する筈はない。当然、ずっと野菜などを作り続けることになるだろう。

 農業したくないならその能力を農業以外で活かせばいいだけだ。他に実入りのいい職業など幾らでもある。


「ていうか俺、農園作るに際して大変な事に気づいたんだよ。これもしかして畑を他の人に任せたらこの味と成長速度を維持出来ないんじゃね? ちょっとみんなこの野菜育成能力の解析手伝ってくれ!」


 ヤバイ人ショージ、この日から人生設計を考え直すようになる。なお、急に冷静さを取り戻したことで会話がある程度噛み合うようになった。




 ◇ ◆




 その日、魔物たちの集団がとある村に向かっていた。

 種族もバラバラな魔物たちは全てが魔王軍の配下。

 彼らは周辺地域の治安を乱し、女子供を攫うよう命ぜられていた。


 しかし、村に到着する途中、彼らは奇妙なものを見る。

 それは、巨大な円盤が遠くから迫っているという、今までに見たことのない光景だ。円盤は非常に大きく、直径6メートル近くあり、それが地面に対して垂直に向いて転がりもせず移動している。あの奇妙な物体は一体何なのか――魔物たちが思わず足を止める中、突如として円盤が宙を舞った。


 魔物たちが、その円盤が実は人が運んでいた事実に気付いたのと、彼らの眼前にフリスビーの如く投げられた円盤が迫ったのは、ほぼ同時。


『ギャアアアアアアアアアッ!?』


 次の瞬間、圧倒的な質量と威力の円盤に魔物の群れは一斉に薙ぎ倒されて即死した。円盤はその後、数度地面を跳ねてゴロゴロと転がり、そして円盤を投げた張本人が後から近づいて掴むことで停止した。


「……思わず投げつけてしまった」


 自らの行いを反省するように呟いた男の名は、ハジメであった。

 ハジメが用事で遠出していた理由、それは今は魔物の血がこびり付いた巨大な円盤にある。


 ハジメは、開墾開始前からずっとあることを思っていた。

 『霧の森』の奥深くから最寄りの町まで徒歩は流石に不便すぎると。

 幸いにして彼はその問題を解決する方法を知っていたため、こうして用意することが出来た。


 彼が持つ巨大な円盤の正体は、『転移台テレポゲート』。

 その名の通り、遠い地と地を繋ぐ転移装置である。


 この世界にはもっと巨大な『転移陣テレポステーション』という親機が存在し、ハジメの持つ『転移台』はそれの子機に当たる。簡単に言うと『転移陣』を起動させると他の『転移陣』や『転移台』に瞬間移動できる、そういう装置だ。


 重要なのは、『転移陣』は国が所有する公共設備扱いなのに対し、『転移台』は個人所有が出来ること。

 『転移台』から『転移陣』に行くことは出来るが、『転移台』から『転移台』へはテレポートできないこと。

 そして一度設置した『転移台』から『転移陣』にテレポートすると、『転移台』と『転移陣』が地脈を通して接続され、テレポートを行った人物は台と陣を相互に行き来が出来るようになるということだ。


 ゲーム風に言えば、ランドマークを見つけただけでは自由にワープできず、そのランドマークを通して拠点に一度ワープしてやっとショートカットとして機能すると理解して貰いたい。一度も使った事のない『転移陣』に『転移台』から飛ぶことは出来ないのだ。


 ちなみにこの『転移台』、値段にして1000万G。高いと言えば高いが、利便性を求めるお金持ちなら普通に自宅に設置している代物だ。ハジメは別段必要ないので持っていなかったが、利便性向上のために急遽購入した。

 ちなみに『転移台』は悪用されない為の審査や契約が色々と必要で、その手続きや申請が通るまでの時間の兼ね合いで森の様子を見ることが出来なかった。


 道の途中の小川で『転移台』を洗ったハジメは、自分がいない間に開墾がどれほど進んだのか考えていた。


(信用出来る面子に任せたから遅々として進んでいないということはあるまいが……)


 ハジメはその後も転移台を抱えて淡々と歩き、遂に『霧の森』の開拓地に戻ってきた。

 見れば大地は驚くほど綺麗にならされ、既に雑草の類が大地の復活を告げている。

 開墾地の奥にうっすら建築物らしいものが見えてくる。最初は開墾に雇った数名が寝泊りするために建てたものだと思っていたハジメだが、近づいていくにつれ違う事に気付く。


「これは一体……?」


 自分の想像と違う光景に、ハジメは思わず困惑の声を漏らした。

 ハジメの視界に映ったもの。そこにあるのはログハウスではなく、大きな木に備え付けられたツリーハウスだった。しかも、一つだけではなく、なんと三つもある。


 近くには見覚えのない小川が流れ、畑や小屋もでき、丁度ツリーハウスに近い場所が池のように広く深い空間になっていた。魔物避けも施され、畑や花壇、憩いの場とばかりに木製の屋根付きテーブルや椅子が石畳の上に置かれている。ここで茶会でも開いたら絵本の住民の気分になれるだろう。


 ツリーハウスの根元にはそれぞれ看板が建てられ、『フェオの家』『NINJA旅団アジト』『ショージ園芸農業事務所』と書いてある。

 とりあえず整地はしっかり終わったようだが、どうして自分が家を建てる筈の場所にツリーハウスがあるのかハジメは理解が追い付かず狼狽する。一部とはいえしっかり整備されているそこは、まるでちょっとした村のようである。


 と――ツリーハウスからひょっこり顔を出したフェオがこちらに気付いて笑顔で手を振る。


「ハジメさーん! お帰りなさーい!!」

「た、ただいま……?」


 彼女はツリーハウスからひょいっと飛び降り、風の魔法で減速しながらハジメの前に降り立った。


「どうですこれ!? ショージさんに木を生やして貰って作ってみました!! 初めての建築だったんでNINJA旅団の人たちにもちょっと手伝ってもらいましたけど、結構凄いでしょ!?」

「……確かに素人が建てたとは思えないしっかりとした作りだが」


 彼女が自慢するだけあってツリーハウスが三つ並ぶ様は壮観である。確かに洗練され切ってない気もするが、逆に手作り感があって風情があるとも取れる。

 しかし、ハジメの聞きたいことはそれじゃない。


「整地が終わっているのはいいとして、何故こんなものが……?」

「皆に私の夢のこと話したら『時間余ってるし試しに作ってみよう』っていうことになってアレが出来たんですけど、そうしたらみんなが『自分たちの家も欲しい』って言いだしまして! ヒヒさんは拠点があるから不要らしいですけど、他の全員分建てちゃいました!!」

「いや何故……」

「だってハジメさん、この町ほどある広大な土地を一人で全部使う訳じゃないでしょ?」

「それは、そうだな」


 ハジメはそもそも自分の家の周囲くらいまでしか管理する気はなかった。正直に言えばそこまで考えていなかったというのが正しい。

 しかし、住まわせること自体はいいとして、事前に知らせもなくいきなり家を建てる彼女の行動には違和感がある。それを周囲が止めなかったことにもだ。

 フェオは悪戯っぽい笑みでハジメの顔を見上げた。


「管理する人間が多い方が都合はいいですよね?」

「……お前らまさか、俺の土地に住む気か?」

「余りに余っている土地を持ちながらそこに住みたい人を追い返すのは果たして善行と言えますかねー?」

「……言えない、気がする」

「でしょ、でしょっ!」


 笑顔ではしゃぐフェオに、ハジメは弱った顔をした。

 彼はフェオの真の目的に気付いてしまったのだ。


「町を作るのが夢とは言っていたが、もしかしてここに作る気か……?」

「ダメですか? ハジメさんの家は土地の外れの方に建ててしまえば十分静かに過ごせると思うんですけど?」


 地主を土地の隅に追いやろうとする発言は普通であれば無礼千万だが、フェオは暫くハジメと接していて彼がそんなことに頓着する男ではないのを察していた。

 彼女の予想通り、ハジメは戸惑いがちに頷く。


「それなら、まぁ……そうだな。せっかくある土地だ。有意義に活用した方がいいか」

「やったぁ!! 夢の為の第一歩、土地の用意達成ですっ!!」


 その声を待っていたように、ツリーハウスからNINJA旅団の弟子たちとショージが一斉に降りてきてバンザイする。ヒヒは既に『転移台』と『転移陣』を繋げ終えて戻ってきていた。ヒヒと行動を共にしていたらしいライカゲも、目に見えてはしゃいではいないが口元がにやけている。


「イヒヒヒヒ、ここで不足する生活用品等はアタクシが取引しましょう。土地の境界には魔物避けの備えがもっと必要でしょう?」

「アジトの提供感謝するぞハジメ! この高さ、忍者的でいい!」

「「「ありがとうございます!」」」

「ハジメんさん! 俺、暫くここで農家として下積みします! 新鮮でおいしいお野菜を提供しますよぉ!!」

「何故こうなった」


 孤独の戦士、『死神』ハジメ――フェオの夢の踏み台にされる。

 ちなみに彼女はこのまま町を作り、更にハジメの死を阻止する腹積もりである。

 競争だと言っておきながら人の土地に間借りして町を作ろうなど、かなりずるい手段だ。ハジメが断れない論理武装をしたうえなので質が悪い。


 はしゃぐフェオたちをよそにいつの間にか近づいていたライカゲがニヤニヤ笑う。


「お前ほどの男がエルフの娘一人に翻弄されるとはな」

「されてない。妥当な落とし所だ。お前こそいい加減その誤った忍者化粧をどうかしたらどうだ、似非忍者」


 彼としては珍しく棘のある反撃だったが、ライカゲは意に介さなかった。

 ただ、ハジメも幸せそうなフェオの姿を見ていると判断を間違えた気分にはなれず、とりあえずこっそり用意している遺言状に自分が死んだら土地の権利がフェオに移るよう書き加えておくことにした。


 ――ちなみに、その後ハジメは予定通り無駄に豪華だが大きすぎない一軒家を建築してもらうのだが、仮にも土地の持ち主がツリーハウスより低い場所に家を建てては見栄えが悪いというフェオの一声でハジメ専用の丘が作られたりもした。


 建築にかかった金額は予定通り約6000万G。加えて今回土地の開墾に雇った人々への給料が一人につき500万G。各員へのボーナスや転移台の用意も込みで一億Gを超える散財となった。


 常人にとってはかなりの散財だが、7000億Gで手に入れたセントエルモの篝火台の散財度に比べるとその散財量は些細としか言いようがなく、新築に荷物を運びこむハジメの顔に満足感はなかった。


「土地を開墾して家を建ててる間に時間が余ってついでの仕事をこなしていたらもう40億以上稼いでしまった……しかも土地の様子見や引っ越し準備、手続きのあれこれで普段の半分以下の仕事量なのに……」


 この世界の貨幣流通量はどうなっているんだろうか。

 ハジメはなんとはなしに、この世界にインフレやデフレという概念があるのか疑問に思った。

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