15-9 fin
勇者レンヤが魔王軍幹部を討伐し、引き継ぎを終えたフェオの村の人々は帰路に就く。その途中で立ち寄った喫茶店にて、フェオがふと疑問を呈した。
「結局、何がどうなってたんですか?」
全体的に蚊帳の外であった為に首を捻るフェオ。
思えば彼女はローゼシア家の騒動を全く知らないままだったため、あの家の姉妹に何があったのか、分からなくとも無理はない。
既に事は終息しているのでいいか、とハジメは説明する。
「少し長くなるが……事の始まりは、アマリリスが異能者だったことだ」
ハジメは彼女の転生特典を異能という言葉に置き換えて、簡単に事情を説明する。彼女の目的が自分に訪れる最悪の未来を変えることにあったことも。
「彼女曰く、その未来は想像を絶するほどろくでもないものだったらしい」
内容があんまりにもあんまりなのでフェオに詳しい内容を教える気はないが、ともかくこの未来を変えたいと思ったアマリリスは、破滅の原因であるベアトリスを領地から追い出す算段を立てることにした。
ベアトリスを嵌める計画は、途中まで確かに上手くいっていた。
「ところがそこに空気の読めない富豪冒険者が……」
「大体合っている。彼女は余りにも派手にやりすぎたから、俺の元にまで噂が届いてしまった」
アマリリスが予想出来なかった展開その一。
それは散財したい三十路冒険者の出現である。
いきなり見ず知らずの土地にやってきて、バカみたいな物資を投入して出来たハジメキャンプによって避難民受け入れのパンクが起きなかった。これによってベアトリスは首の皮一枚繋がった。
「更にもう一つ。アマリリスは『物語の記憶』にあったベアトリスの印象に囚われすぎて、彼女の成長や変化を考慮していなかった」
「アマリリスさんからしたら未来のベアトリスさんはとんでもない悪女というか、悲惨な未来の元凶なのですよね?」
「そのようだ。しかし、先入観に囚われてベアトリスに辛く当たり続けた結果か、或いは未来にない筈の選択を迫った結果なのか……ベアトリスはめざましい成長を遂げてしまった。それこそ本当に次期領主に相応しい器にな」
「頑張りましたもんね。諦めない姿勢が凄くて、とても貴族令嬢だとは信じられませんでした。カエル大好きだし」
彼女の姿を思い出してくすりと笑うフェオは、仲間の躍進を喜んでいるかのようだ。事実、あの短くも激動の避難民支援の中で共に働いたメンバーの中には強い連帯感が生まれていた。彼女にとってベアトリスは友人かつ名誉村民といったところだろう。
あの後、ベアトリスはカエルによる仕返しを計三度に亘り行ってアマリリスの戦意を完全に折り、そこで満足したらしい。世間には表向き「姉は父の為に薬草を求めて山奥に行っていた」という姉のカバーストーリーをそのまま使って納得させた。
ローゼシア家は改めて未来のことを話し合う予定とのことだ。
アマリリスは全てを洗いざらい告白し、ベアトリスはそれを信じ、病床に伏せった当主も特効薬により近いうちに快方する。一応聖職者として戦場の浄化のために残ったイスラとマトフェイ、そしてベアトリスの強い要望でジライヤが話し合いの公平性を保つ為に残っている。
「かくしてハジメさんはまた世のため人の為に働き、避難所のオカンの称号を手に入れたのでした。ちゃんちゃん♪」
「楽しそうだな、フェオ」
彼女の言うことも間違いではない。
キャンプ設立初日から陣頭指揮を執り、炊き出しでは夥しい量の料理の大部分を担当しつつ味のクオリティを保ち、戦いでは派手に暴れる皆を的確に援護していたハジメは、いつしか「難民キャンプのオカン」と呼ばれるようになっていた。
別れ際には避難民がなけなしのお金を使って花束まで用意してくれて、かなり申し訳ない気分になった。こちらは散財したいだけの気楽な気分でやってきたというのにだ。最後まで手を抜いたつもりはないが、それによって手元には多くの人からの感謝が残った。
これを踏みにじり死へと向かう事は、良いことなのだろうか。
人間はいつか、何らかの理由で死ぬ。
それは一時的に遠ざけることは出来ても、来るときは一瞬だ。
しかし、散財の道を行けば行くほどに、今までと違ってハジメが全く予想していなかった評価をぶつけてくる人が増えた。人と人との繋がりも増え、見過ごせないと感じる出来事も増えてきた。
「ハジメさんは楽しくないんですか? たーっぷり散財出来たでしょ?」
「……」
「……ハジメさん?」
「ああ、いや……」
不審そうなフェオに、しまった、と思う。
ハジメは考え事をしていて反応が遅れてしまった。
「今回長く留守にしてしまったからクオンが怒っていないかと思ってな。そろそろ家族サービスと言うヤツを考えておきたい」
「いいですね! それにしても家族かぁ……パパとママが私の村を見てみたいって言ってたから、そのうち招待したいです」
「そうか。せっかくなら村の改築計画が進んでからすればいいんじゃないか?」
「おお、ハジメさんが真っ当なことを言っている!!」
「いきなり人前でキスをする破廉恥エルフが何か言っているな」
「そ、それは忘れてくださいってば! いや忘れなくて良いけど言わないでくださいよ、いじわる!!」
ぷんすか怒りながらも、フェオはこのやりとりが満更でもなさそうだった。
ハジメも、いつの間にか彼女とのやりとりに慣れてきている。
他ならぬ自分が、自分の変化に驚いている。
死にたいのに、まだ死ねない。
自分にも理解出来ないところで、自分が変わり始めている気がした。
そして数日後。
「妹に全てを押しつけてこの村にお世話になることにしました、アマリリスと部下3名でっす♪」
「うむ。今回ばかりは薄々姉か妹のどっちかが来るだろうと予想がついていたが、どうする村長」
「まぁ……部下の方も含めて男女比が一緒なのでよしとします」
フェオの村、人口が33名に到達。
更に近日追加予定。
◇ ◆
勇者レンヤは焦っていた。
理由は、いつの間にか魔王軍幹部を討伐したことにされたせいだ。信頼の置ける仲間を二人得てはいたし、神器の力ならば魔王軍幹部相手に勝てないことはないと思いはしたが、まさか何も為さないうちに分不相応な手柄が転がり込んでくるなどと誰が想像するだろう。
このままのんびり仲間集めをしていては、世間に最初の威勢だけの張りぼて勇者呼ばわりされ、失望されてしまう。勇者の失望は魔王軍の脅威に怯える者全ての失望だ。故に、レンヤは一刻も早く「自分の手で魔王軍幹部を屠った」という実績が欲しかった。
世間のためにも、プレッシャーに軋む自分の心のためにもだ。
幸い、この考えに理解を示してくれたシャイナ王国『十三円卓』の人間から騎士団を借り受けることを許された。時を同じくして、地鉄軍団の猛攻撃が始まった。
世界に己が勇者であることを示すまたとない機会だ。
レンヤは仲間を引き連れて我武者羅に戦った。
行く先々で村が壊滅し、困る人々に出会った。
レンヤはそんな人々を気の毒に思ったが、手伝う時間も資源もない無力な彼に出来るのは、一刻も早く魔王軍幹部を倒してこの地を平和にすることだけだった。皆は、せめて一日でも早く敵を倒して欲しいと望まれ、更にのしかかるプレッシャーに眠れない日もあった。
だが、仲間の修道女ヨモギとエルフの弓兵イングの励ましと助力もあって、遂に勇者レンヤは魔王軍幹部を倒した。なにやら名前を名乗りたがっていたが、レンヤからすればそんなことより一秒も早く軍団を無力化したかったので、事前に得られた情報を元にガチガチに対策した上で容赦なくシバき倒した。
これで、この地の民も安心出来ただろう。
漸く勇者としての一歩を踏み出したのだ。
レンヤは初めて世界のために剣を振るった充足感と共に、避難民の集まるシュベルの町に向かった。
町民達はわっと歓声に湧き、勇者レンヤを歓迎した。
しかし、最もレンヤが安心させたかった避難民たちの反応は、思わしくなかった。
「幹部を倒してくれたのはありがたいけどさぁ。それまでの間、俺たちここで滅茶苦茶大変な生活強いられてたんだぜ?」
「そうそう、あのハジメって冒険者がすげー立派なキャンプ作ってくれたから何とか死人は出なかったけどよぉ」
「勇者は偉いわ。でも私たちは遠くで世界の為に戦う英雄より、身近な場所で人を気遣う人の方が暖かく感じるの」
「そうそう。威張り散らして幹部倒したーって叫ぶより、ここで頑張って俺らを支えてくれた人に感謝するのが礼儀ってもんじゃねえの?」
直接言われた訳ではない、陰口のようにぼそぼそと耳に入る言葉。
そして、ハジメという懐かしい名前。
あてがわれた高級な宿の一室で、レンヤは一人叫ぶ。
「くそ……くそぉ……たかが僕より早く生まれてお金持ちなだけで、世界の未来も背負ってない暇人じゃないか!! 魔王軍と戦う義理なんて全くなくて、前の魔王軍幹部討伐だって運良くたまたま結界の外をうろついていたのを仕留めただけだろ!!」
本当に頑張っているのは自分だ。
世界を救わんと活動しているのは自分だ。
避難民の救助なんて、勇者として一刻も早く魔王軍を切り崩す必要のある自分が腰を据えてじっくり取り組むことは出来ない。だって、そこで100人の命を救えたとしても、時間を無駄にしている間に1000人の無辜の民が死ぬかもしれないのだ。
ハジメがやっているのは世界の救済ではない。
人を助けたいならもっと有意義で効果的な活動がある。
欺瞞、偽善、自己満足、金に物を言わせた道楽。
なのに、なんで誰も彼もが必死に藻掻いた自分ではなくハジメを見る。
「あんな道楽で生きてるだけのようなヤツに、何でいつもいつもッ!! そんなに好き勝手にする力があるならお前が人類を救えばいいだろ!! お前が勇者になればいいだろぉぉぉぉぉッ!!」
そうならない理由など分かっている。
ハジメが神器に選ばれなかったから――それだけだ。
理屈ではそんなこと分かっている。
避難民を助け続けたことに意味がない訳がないことも分かっている。
それでも悔しいのは、ハジメという冒険者が、自分に助けることの出来なかった人を次々に助けているからだ。
そして、レンヤは最も聞きたくない真実を耳にした。
自分が金を払えず助けることが出来なかったベニザクラが彼によって助けられ、彼と共に行動し戦っていたという、余りにも悔しい真実だ。
戦いが終わったら仲間になって欲しいと頼んだ彼女がレンヤの元に来ずに彼の元にいるということは、ベニザクラはレンヤよりハジメの方を選んだということ。しかも、ハジメは捜索依頼に法外な料金を要求した集団の不正まで暴いたのだという。
そんなの、あの時の神器も持っていなかったレンヤに出来る筈がないじゃないか。自分に出来る筈のないことを幾度もやってのけられることに、どうして鬱屈した嫉妬を覚えずにいられようか。
「何でだよッ!! 僕が間違ってるって言うのかよぉぉぉーーーーーーーーッ!!」
防音性の高い部屋の中に、誰にも届かない慟哭が響き渡る。
彼の本心を知るのは、扉越しに彼が落ち着くのを待っている二人の仲間だけだった。
彼の状況は、よかれと思って騎士団を貸したのに逆効果に終わってハジメにキレる十三円卓を通し、王女ルシュリアの耳に届く。
(こいつらの関係性でポテチがくそ美味ぇ~ですわ)
勇者は善意、十三円卓は気遣い、ハジメは思いつき行動。
なのに結果的にハジメだけやりたいことをやり通して世間に感謝され、他の二つが苦虫をかみ潰すという結果に終わるというこの理不尽さ。
これだからハジメ観察はやめられない、とルシュリアはおやつのポテトチップを食べる手を加速させた。




