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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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15-6

 ダークエルフの少女、ヤーニーの一言にその場が凍り付く。


「……あ? なにか言ったか、餓鬼?」

「だっさって言いました。だってださいもん」


 鬼の形相と呼ぶに相応しい険しい目をするナツハゼに対し、ヤーニーは欠片も臆することなく歯に衣着せぬ言葉をぶつける。


「死を呼ぶ女って、そんな迷信本気で信じてるの? 違うよね? 誰かを馬鹿にしたいから理由を探してたまたまベニお姉ちゃんに目をつけただけだよね? 自分たちは勝手に戦って勝手に怪我したあげく負けたのが悔しいから自分より弱そうな人に強気に出て、いざ自分より更に強そうな人が出てきたら、今度は勝てないからって口でバカにして負け犬のプライドを慰めてるんでしょ? ださい以外の形容が出来ないくらいだっさくない?」

「……惨め。こうはなりたくない」


 ヤーニーの後ろをついてきたクミラまでもがはっきりと言い放つ。

 鬼人達の額に青筋が走った。


「誰が惨めだと……誰がこの死人みたいなツラした女より弱いだとッ!!」


 ナツハゼが握った刀を高く振りかざす。

 ベニザクラが咄嗟に剣に手をかける。ハジメも即座に投げナイフを放てる体勢で前に出るが、エルが有無を言わせずそれを手で制してナツハゼの前に立ち塞がった。


「同胞の非礼をお詫びします」

「詫びて済ませる問題か!! 貴様らは戦士の誇りを侮辱したのだぞ!!」


 ナツハゼの刀がエルの首筋に突きつけられた。

 しかし、エルは臆することなくナツハゼを見つめる。


「この非力な女の首を刎ねて貴方方の言う誉れが得られるというのなら、どうぞお刎ねになりなさい。あの子供達の非礼の詫びに無辜の命を欲するというのなら、代わりに私を殺しなさい。その代わり、罵倒するのも傷つけるのも殺すのも、私で最後にしなさい。誉れがあるのなら約束出来る筈です」


 見上げる程大きな鬼人に殺意と刀を突きつけられて尚、エルは汗の一つさえ落とさない。強い覚悟と理性を湛える凜とした声に、鬼人たちさえ固唾を呑む。


「もう一つ、約束を」

「の、呑む理由がねぇぞ――!」

「あります。なぜならば、貴方方は今し方、明確な間違いを口にしたからです」


 エルはベニザクラを紹介するように優雅に彼女へ手を差す。


「私はベニザクラさんの働きぶりを知っています。彼女は毎日体調の悪い避難民に薬や水を届け、献身的に尽くしてきました。そして地鉄軍団が避難所に接近したとき、彼女は誰よりも勇敢に敵をなぎ払い、民を守りました。その尊い行為を侮辱したことを謝罪なさい」

「嘘を言うな、そんな情けない女に俺が勝てなかった魔物が倒せる筈がない!! それに、そいつは家族を死なせた不吉な女だというのは本当だぞ!! 何も知らないくせに、鬼人同士の話に口を出すか!!」

「貴方の仰る事の何一つ、彼女がここで行った善の想いによる善の行いを否定する理由にはなり得ません。私は彼女の過去を知りませんが、貴方方も彼女がここで何をしていたのかは知らない筈です。鬼人の誉れとは、不吉だという理由だけで人の善性を踏みにじる為にある訳ではないでしょう? ――改めて、ベニザクラさんを侮辱したことへの謝罪を要求します。それと、私の命。この二つを以て、お薬と食料をお譲りします」


 相手の条件を呑みながらも、自分の条件は一歩たりとも譲る気配がない。

 その潔さ、人を尊ぶ人間性、命を差し出す覚悟、どれ一つとっても疑う余地がない。 

 まさに誰かの為に事を為す者――為政者の姿だ。


「な、ナツハゼさん……」

「ぐぅぅ……ッ!!」


 鬼人達に動揺が走る。

 鬼人の誉れは戦場で輝くことであり、弱い者虐めは恥である。

 ましてここは衆人環視の真っ只中。

 故郷で勇猛に戦う仲間達に「ヒューマンの小娘を斬って薬と食料を頂いてきた」などと知られた日には、間違いなく里に彼らの居場所はなくなる。何故なら、それは鬼人の誇りから最もかけ離れた畜生の行いだからだ。


 だが、ナツハゼは引き下がらない。

 非力な少女一人に言い負かされて引き下がるのは、彼らの個人的なプライドが許せないようだ。


 後一押しが足りない。

 そう思ったハジメは、前に出る。

 せっかくエルが最小限の犠牲で争いなく事を終わらせようとしているのだから、それを無碍にしないよう言葉を選ぶ。勿論、投げナイフからは手を離して。


「ここのキャンプの一つを任させているハジメ・ナナジマだ。薬と食料は俺が責任を持って必要量用意しよう。見返りはいらない。お前達に悪言あくごんをぶつけた子供達にも言い聞かせておく。それでも納得がいかないなら先に俺を斬っても構わない。だから、どうかここは矛を収めてくれないか?」


 代わりに俺の首を――とは言えないのが女神との制約だが、これくらいならいいだろう。そんなことを思っていると、後ろからフェオが駆け出てきて俺の前に立った。


「ハジメさんを傷つけるなら、わ、私がその暴力を受けます!」

「フェオ、よせ」

「ここはみんなのキャンプです! 一人だけに背負わせられません!」


 少し遅れて、イスラとスーが肩を並べて出てくる。


「キャンプの一員として私にも責任を分けてください……おい邪魔だスー」

「聖騎士としてエル殿の尊い覚悟を尊重し、おれも頼もう……どけイスラ」

「異端審問官としては止めるべきでしょうが、無益な殺生は望む所ではありません。あと二人とも後で説教です」


 気付けばヤーニーとクミラも面倒臭そうに出てきて、二人を危険な場所に向かわせられないと保護者のクリストフも出てきて、クリストフに助けられた患者やハジメキャンプで過ごしてきた避難民達も前に出る。


 善意から集まる人間の集団に鬼人たちは最後まで引っ込みがつかず悩んだようだが、自分たちの体から流れる血や空腹、何より大切な誇りにこれ以上ない汚点を残すわけにはいかないという気持ちを漸く飲み込み、ナツハゼは深々と頭を下げて謝罪した。他の鬼人たちもそれに倣う。


「命はいらん。謝罪もいらん。最初から俺たちは頭を下げるべきだった……ベニザクラ、お前にも謝罪する。あれは、俺の心の弱さから来るものだった」


 他の鬼人たちも口々に謝罪した。

 誰一人、エルを始めとする人々を傷つけることはなかった。


 結局鬼人たちは体勢が整うまでハジメキャンプの端に場所を借りる事となり、それ以上事を荒立てようとしなかった。全てを終えて鬼の背中を見送ったエルは糸が切れたように膝がかくんと落ち、慌ててベニザクラが彼女を受け止めた。


「手……こんなに手に汗をかいたの、初めてです」

「無茶しすぎだ! あれ以上手を出されたらどうする気だったんだ!?」

「本当にそうですね……あのときは、皆の為に退けないということしか考えられませんでした。それに……あんなに皆さんの身を案じていたベニザクラさんを貶すような言葉を認める訳にはいきませんでしたから」


 精一杯の虚勢を張るように微笑むエルの姿に、人々は気高さを見た。

 この騒動の後、エルの正体がベアトリスであるという噂と、彼女が領主として責務を全うするだけの器を見せたという噂は加速度的に広まっていくことになる。


 それと、もう一つ。


「こら~~、ヤーニ~~~!! フローレンスを返しなさ~~~い!!」

「きゃははははは! やーだよー!」

「ゲコゲコォ!?」


 カエルのフローレンスを抱えて逃げるヤーニー、クミラと、それを追うエル。


「クミラもちゃんとお姉ちゃんを止めなさ~~~い!!」

「……ごめんなさーい」


 ヤーニーとクミラが、たまにエルに悪戯を仕掛けるようになった。

 理由は全く分からないが、彼女は姉弟に気に入られたらしい。




 ◇ ◆




 鬼人騒動の翌日のこと――ジライヤはとうとうベアトリスの姉、アマリリスの所在を掴んだ。


 捜査は楽ではなかった。

 当初屋敷で得た旅行先や行き先を示唆する情報は全てダミー。

 各地に点在するささやかな別荘地も全て空。

 ローゼシア家に縁のある家の繋がりも辿ったが、辿り着かなかった。


 しかし、ジライヤは定番の行き先が全て潰れたことで、逆に行き先に見当がついた。

 彼女が妹の困る様を見たくてこのような行動を取ったのであれば、アマリリスはベアトリスの手元で信頼が崩れていく様をより近くで見たいと思うのではないだろうか。

 すなわち、彼女は避難民が殺到するこの町、シュベルの近くにいる。


 後は人海戦術ならぬ蛙海戦術だ。

 ジライヤが契約した夥しい量の仲間、カエル軍団が一斉に周囲を調べ尽くした。


「その結果がここでゴザルか……ローゼシア家の所有する山でありながら、書類上はなにもない事になっている場所――アマリリス農水実験場」


 それは、父親に「使って良い」と許可を貰ったらしいアマリリスが、気の置ける者以外だれにも伝えずこっそり建造した施設のようだ。施設と言っても建物自体はそう立派な物ではなく、むしろその周囲に点在する水路や小屋、畑などでの農作物の実地研究が主だった目的のようだ。


 この潜伏先は、ローゼシア家の噂話と、この山への不自然な人の出入りから発覚した。セキュリティは相応に厳しかったが、いくら旅団で最も若輩とはいえジライヤは修行した忍者。師匠たるライカゲの用意したハードトレーニングに比べれば簡単だ。

 そして、ジライヤは遂にターゲットを発見した。


(ベアトリス殿に似た顔立ちと、彼女とは異なる薄紫色の髪……あれがアマリリス・ローゼシア)


 屋敷の肖像画より少し大人びているのは、あの絵が描いてから数年経っているためか。誰かと会話しているので聞き耳を立てると、早速不穏な内容が耳に飛び込んでくる。


「首尾は如何かしら?」

「ベアトリス様を支持する声は相変わらず少数派です。王女の到着で不満が和らいでベアトリス様を支持する声も少し増えましたが、どちらかと言えば旦那様の復帰を絶望視した声がアマリリス様、ベアトリス様双方に流れただけかと」

「結構です。では誤情報の流布は?」

「最近になって急速に広まりが鈍化しています。避難者の間でここ最近何故かベアトリス様を好意的に受け止める者が増えているようでして……」

「ちっ、愚民め……腹が満たされて不満の矛先が鈍ったか」


 まさか私有地の山奥で聞き耳を欹てる者がいるとは思っていないのか、アマリリスと臣下は余りにも迂闊な会話をしていた。


 これはもう決定的だ、とジライヤは思った。

 アマリリスはベアトリスを窮地に追い詰め、自分が次の領主になった際にスムーズに事が運ぶよう潜伏していたのだ。騒ぎが収まり自分がが家に戻った際には全ての責任をベアトリスに押しつけることで騒動の幕引きを図る気だろう。


「しかし、アマリリス様……最初に聞いた際には半信半疑でしたが、本当なのですね。その……『この人生は二度目だ』というのは」

「当然です。でなくば六歳の時の大水害も、九歳の時の連続放火事件も、十一歳の時の大干ばつ対策も先手を打つことは出来ませんよ。そして私はベアトリスをどうにかしなければ、口にするのも悍ましいバッドエンドを迎えることになる……!!」


 ジライヤには、彼女が何を言っているのか半分も理解できなかった。

 しかし、ジライヤにはそれが妄想かどうか判別がつく。

 彼は貧しい環境で育ち、そこを行き交う様々な人間に接してきた。社会から濾された沈殿物が降り積もって出来たようなどうしようもない閉塞感が漂う貧民街では、人間の最も純粋な感情と、最も醜い感情が隣り合っていた。

 ジライヤはそこを生き残ることで、相手の目を見れば大体何を考えているのか察することが出来る。嵌めようとしているか、怒っているか、悲しんでいるか、奥底は読めずとも深層意識の一番大きな部分が何に占められているかは分かる。


 少なくともアマリリスは、本当に『口にするのも悍ましいバッドエンド』とやらが自分の身に降りかかることを確信している。

 

(薬物中毒とは思えない。妄想性障害……或いは……異能。師匠曰く「二度目の人生」や「テンセートクテン」と口にしたなら最大限警戒を払えとのことでゴザった。この問題、想像以上に拗れた事情がありそうでゴザル――)


 ジライヤは一度体制を立て直す為に撤退に移り――びすっ、と、胸を何かが貫いた。


「……え?」


 呆然と自分の胸から漏れ出す鮮血を見つめたジライヤは、一体どこから何を射られたのか理解する間もなく意識が遠のき、倒れ伏した。


 そのジライヤを冷酷に見つめる一つの影。

 ジライヤから300メートル以上離れた木の上から単眼鏡スコープ越しに彼を見ていたその影は、構えたライフルをゆっくり下ろす。


「お嬢様に近づく不逞の輩は排除する……ただし、『峰打ち』スキルを使ったからすぐには死なん。何故なら貴様がどこの何者かを確かめる必要があるからな。必要とあらば傷も塞ごう。その上で綺麗な顔が涙と鼻水でぎとぎとになるまで問うてやるさ」


 ひとりごちる男は、手に構えていたライフル銃をゆっくりと下ろした。


 しかし、男は気付かなかった。

 更に遠くから自分の姿を観察する目があったことを。


「成程……忍者に匹敵する隠匿と、聖遺物アイテム『ライフル』でゴザルか。噂には聞いていたでゴザルが、そのような特徴がある武器だと。貴重なデータが取れたでゴザルな。しかし、問答無用で攻撃とは……それだけアマリリスも必死なのか」


 見ていたのは、射られた筈のジライヤだった。


 今頃ジライヤを仕留めたつもりになっている男は泡を食っているだろう。なにせ、拘束の為に起こした相手の顔面に「へのへのもへじ」という奇怪な文字が書かれているのだから。


 念には念を入れて分身を先行させることによって、敵の情報だけをいただく。

 初見殺し対策、兼、情報収集――これこそ分身の真骨頂である。

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― 新着の感想 ―
[一言] アイエエェェェ!?ニンジツ!?さすがニンジツ!ライフルをモノともしない!! しかし、普通に政敵を追い落とすための出奔だったか…ループ経験者なのは予想外だったが…この世界、どれだけ転移者とか…
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