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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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15-5

 勇者一行は既に魔王軍幹部の居城目前まで攻め込んでいるとの報が入った。もし真実なら相当な進軍ペースだ。

 避難民たちからも「流石は既に飛空軍団を壊滅させただけの事はある」と好意的な意見がある一方、「そんなことより困窮した生活をどうにかして欲しい」という避難民の声は根強い。


 勇者の仕事は政治ではないとはいえ、そんな声が上がるのも仕方のないことだろう。幾らここが勇者と魔王の対立構造を繰り返す世界だとしても、民はその事情に常に強い関心を示している訳ではない。


 自分の身さえ無事であれば、どこでどんな被害が起きてもいい。

 人間とはそういう生き物だし、それは間違っている訳ではない。

 ただし、世俗に対して鈍感になるのは危険だが。


(勇者レンヤ……もしや焦っているのか?)


 きちんとした経験も積まないうちから飛空軍団を討ち取ったことにされた彼は、事実上初の魔王軍幹部討伐を焦っているのかも知れない。急いで民の噂通りの自分にならなければいけない、でなければ失望される、という焦燥は責任感の強い人間が負いがちだ。


 一方、ハジメキャンプ内の状態は良好になってきた。

 なにせ他のキャンプとは資金力が違うし、今は余裕が出来て別のキャンプに物資を分けることもしている。おまけにルシュリア王女公認の集団というお墨付きが加わり、最も信用の高いキャンプとなっている。


 中でも医師クリストフのテントは既に全キャンプの医療の中心となっていた。彼はこの手の状況に慣れているかのようにてきぱきと診療を進めている。


「……うん、異常はありません。ただし免疫の低下が見られるので、ここで無理は禁物ですよ。念のために二日ほどは無理をなさらず安静に過ごしてください」

「分かりました。先生の言うことなら信じましょう。ありがとうございます」

「次の患者さんどうぞー!」

「……どうぞ」


 クリストフの助手を務めるヤーニーとクミラも元気いっぱいに働いている。

 ただの案内だけでなく、頼まれた医薬品を運んだり治療時に出たゴミや汚れた道具類を洗ったりと手際がよく、二人の年齢不相応な深い知性が垣間見える。

 ただ、世間の視線の中には二人に対して快くないものも混ざっている。


(ダークエルフを連れてるなんて、何考えてんだ?)

(いくら優秀だからって、医療現場にダークエルフだなんて……)


 以前にも触れたが、ダークエルフの一族は全体的に倫理観が欠如しており、研究の為に魔王軍に寝返る者も多い。人間の中ではモノアイマンと並んで二大嫌われ種族だ。

 しかも二人は以前の襲撃事件の際、子供とは思えない高度な魔法で敵を退けている。時にはダークエルフを助手にしているような怪しい医者にかかりたくないとクリストフの治療を拒否する者もいた。


「けっ、薄気味悪い笑顔浮かべたダークエルフに頭イジられてんじゃねえのか?」

「……」

「……」


 憎々しげに悪言を吐き捨てて簡易診療所を去る患者を、ヤーニーは満面の笑みで、クミラはいつもの無表情で見送る。しかし一言も発さない上に瞬きもせず患者の背中を見る姿は、人によっては物悲しさを感じるだろう。

 クリストフが後ろから二人を愛しげに抱きしめる。


「誰がなんと言おうが、二人は私の自慢の助手です。大丈夫、想いはいつか通じます」

「……うん」

「……えへ」


 二人はクリストフに頬ずりして甘える。

 その光景を見て、人々は「この子達は大丈夫だ」と思った。


 だから、翌日にクリストフの悪口を言った患者が「不自然なほど病状が悪化して」運び込まれてきても、周囲は天罰が下った程度にしか思わなかったようだ。

 ハジメは正直、クリストフほど二人を信用していない。

 今回は患者の命に別状はなかったが、改めて釘は刺した。


「やり過ぎるなよ」

「分かってるよぉ」

「……証拠はない」


 ライカゲのアイデアで、二人のことは敢えて完全に押さえつけないようにしている。軽度の悪事を許容することで重度の悪事に及ばないよう遊びを持たせることで適度なバランスを保とうというものだ。

 危険人物の精神分析になるとライカゲの方が手練れなのでいつもの正論は引っ込めているが、今のところ上手くいっているようだ。


 ちなみにキャンプで二番人気のショージはガテン系のむさ苦しいおっさんたちに「親方!!」と呼ばれ囲まれて男臭さに苦しんでいる。大工などにテント設営の極意を教え続けた結果、懐かれたらしい。


「一人でいい、俺を慕う可愛い女の子はいないのか!!」

「何言ってんですかい、親方! 大工は漢の世界ですぜ!!」

「そうですぜ親方! 今日も俺たちの上腕二頭筋が思わずピクピクしちまう設営テクを教えてくださいよ!!」

「神よ!! この世界の職業にジェンダーフリーをぉぉぉぉッ!!」


 ショージの声が虚しく響き渡るが、ジェンダーフリーなどという言葉はこの世界にはない。ショージ自身が先駆者になるしかなさそうだ。


 状況が安定したせいか過剰な期待を抱いてわがままを言い出す避難民も出始めたが、幹部討伐は時間の問題なので大きな問題となる前に終わるだろう。キャンプの活動の引き継ぎをルシュリア配下の人間達と進めているので、あと数日も経てばフェオの村の面々はお役御免となる予定だ。


 また、領主の悪評の嵐も大分収まってきた。

 理由はルシュリアの指示で王都から救援隊が町に来たことで表立ったデモがしにくくなり、それを民が『ベアトリスが領主として役割を果たし始めた』と考えたからだろう。今も初動の遅さを非難する人間は後を絶たないが、ベアトリス側も門を開いて各市町村の代表と共に今後についての話し合いの場を設けるなど、寄り添う姿勢を見せている。


 そして、いい噂もある。

 今はエルという偽名を使って活動しているベアトリスの評判が上がり始めている。

 最初は余りにもどんくさくて役立たずだと罵られていたが、毎日毎日努力を重ねて必死に民を手助けし、寄り添おうとする純真な態度が周囲の評価を変えた。


 使い魔のカエルを頭に乗せて必死に頑張る可憐な少女の姿に一部の人間は彼女が高貴な身分であることを悟りつつあるが、敢えてそれに触れようとはしない。中には領主の館で代表会議が執り行われる時だけ姿を消す彼女がベアトリスではないかと噂する者もいるが、誰も事を荒立てるようなことをしない。


「エルちゃん、タオル運んで!」

「はい、今すぐ!」

「エルちゃーん、新しい避難民だよー!!」

「すぐ行きます!!」

「おいおい慌てすぎだよエル。俺が代わりに案内しとくって」

「た、助かります――わわっ!!」


 慌てて駆け回りすぎて転びかけるエルだが、なんとか立て直す。

 洗濯のために運ぶタオルが籠から零れそうになったのは、カエル(フローレンス)が舌で器用に受け止めた。「ありがとね!」と律儀にカエルに感謝して、彼女はまた走り出した。


「逞しくなったものだ」


 昼食の準備を終えて小休止しながらキャンプの様子を見ていたハジメがごちると、隣のフェオも頷く。


「本当に頑張り屋の良い子ですよ、エルちゃん。でも、エルちゃんはこんなに頑張ってるのにお姉さんはどこで何してるんでしょうね?」

「ジライヤに探らせているが、そう遠くには行っていないようだ」

「どうする気なんでしょう……今更戻ってきても家族と気まずくなりそうじゃないですか?」

「それは当事者同士の問題だから、俺たちには如何ともしがたいな」

「そうですけど……」


 フェオ的にはそこは引っかかるらしい。

 家族というものが分からないハジメには、上手く考えが浮かばない。

 ジライヤも口には出さないが気にかけているので、そちらに期待しよう。


 忙しくも平和な時間――しかし、そのつかの間の平和はすぐに破られる。


「――ポーションと食料をよこせ!!」


 地鉄軍団に敗北して這う這うの体で逃げてきた、鬼人族の来訪である。

 怯える避難民たちに凄むのは、生傷だらけの鬼人の戦士達だ。

 威勢はいいが姿を見れば彼らが地鉄軍団と真正面から戦って敗北したであろうことは想像に難くない。しかし、敗北者だろうが武装した鬼人の集団の気迫は皆に恐怖を与えていた。


(ベニザクラの懸念通りだな。いや、それ以上か)

「もう一度言ってやる!! ポーションと食料をよこせ!!」


 戦意が衰えないのは結構だが、不足部分を脅しで手に入れるのでは野盗と変わりない。何故こうなってしまったのかハジメが周囲に話しを聞く。

 曰く、彼らは最近まで魔物相手に持ち堪えていたが、物資の不足から負傷者を治療できなくなって重傷者と女子供を避難所に送り込んできたらしい。


「非戦闘員の保護までは、まぁ良かったんだ。でも傷の治療の話になった途端にあれさ」

「治療して貰う側のくせに何であんなに強気なんですかね……」

「我々はまだ負けていない!! 戦い続ける同胞の為にも戻らねばならん!!」


 ここまでされても戦い続ける辺りが鬼人らしいと言えばらしいが、被害が甚大になる前に来いよと思わないでもないし、彼らが暴れれば今度は保護された非戦闘員の鬼人たちの心証まで悪化しそうだ。


「物資さえあれば俺たちはまた誉れある戦場に戻れる!! だからとっととあるものを出せッ!!」


 代表格らしい大柄の男が刀を抜いて喚き散らす。

 後れてきたベニザクラが表情を歪める。


「あいつ、ナツハゼか……」

「知っているのか?」

「同期でな。里の警備を任されている男の一人だ。滾る血だけを信じる鬼人の気質そのもののような男だが、剛に偏りすぎて柔軟性に欠けるきらいから教官に将来を危ぶまれていた……」


 見たところ、教官の人を見る目は確かだったようだ。


「戦士でありながら後方に回されるのは、鬼人からすれば戦力外通告だ。戦に生きる者としてその苦痛は分かるが、だからといって人を脅して良い道理など……!」

「いっそ薬を渡してしまうか?」

「ダメだ。彼らはただ戦場に戻りたいだけで、勝機がある訳ではない。下手に薬を渡しても同じ事の繰り返しか、或いは最悪死ぬことになる」

「それは避けたいが、初動が遅すぎたかもしれん……」


 既に王都から派遣された組と聖騎士団は鎮圧の構え、避難所は薬と食料を奪われてはたまらないと守りの姿勢。鬼人たちも意地になっており、臨戦態勢だ。


「この場を抑えるには鬼人を力尽くで鎮圧するしかないか」


 ハジメはベニザクラに目配せし、前に出ようとした。

 しかしそれより一瞬先に、エル――ベアトリスの偽名――が鬼人たちの前に立ち塞がった。


「お薬は出します。食料もお分けします。ただし、ここで暴れたり声を荒げるのはおやめください」

「ああッ!? お前みたいな小娘が、勇敢なる戦士たちに口出しをするかッ!!」


 鬼人の男が平手でエルをはたく。

 キャンプから様子を見ていた人の誰かが悲鳴を上げる。

 彼女の華奢な体はあっさりと吹き飛ばされて地面に転がった。

 余りに傍若無人な振る舞いに、鎮圧しようとする組が武器を握る手が強くなるが、開戦より先にベニザクラが駆けだしてエルを助け起こす。


「ベア……エルッ!!」

「だい、じょうぶ、です……」


 しかし、エルはそれより早く立ち上がり、先ほどとまったく同じ姿勢で鬼人の前に立ち塞がった。


「薬と食料をお渡しする代わりに、ここでの乱暴はおやめください」

「まだ言うか、小娘ッ!!」

「はい、私は無力な小娘です。ですがここで怯え過ごす人たちにほんの僅かな安心を与えることは出来ます。ここは力なく不安に震える人々がつかの間の生活を送る場所……誰もここで争いを望んではいません」

「ならば口答えせずに物資を渡せッ! 無力な者が我ら強者に下らん権利を主張するなッ!!」

「ナツハゼ、貴様……!」


 ベニザクラが怒りを露わにする。

 するとナツハゼは漸くベニザクラの存在に気付いたのか、いきなり大笑いして彼女を嘲る。


「ウハハハハハハ!! 死を呼ぶ不吉な女、ベニザクラ! お前が人助けなど笑わせるわ!!」

「ははぁん、ここに死に損ないみたいな連中が集っているのは、こいつに引き寄せられてるからか?」

「おい、ここじゃ何人の人が死んだんだ? 避難所とやらを維持したいならその女は追い出すんだな!」

「黙れ!! 直情径行で慢心する性格は相変わらずか!!」

「黙るのはお前だ、軟弱者!! 弱者と群れて戦士の誇りも忘れたのではないのか!? 天国の家族もさぞ無念よなぁ、いや、元々愛されてなどおらぬか! ウハハハハハ!!」


 負傷した敗残者たちもナツハゼに触発され、鬼人たちのあざ笑う声が響く。ベニザクラの怒りは家族まで侮辱されたことで爆発寸前だ。

 しかし、ベニザクラの怒りが解き放たれる直前、ナツハゼたちの下卑た笑いを黙らせる一言が飛び出す。


「だっさ」


 ダークエルフの少女、ヤーニーだった。

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[一言] ショージくんに出会いはないのか…だれかさぁ、周りを囲んでる大工さんの親戚とかさぁ…
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