15-4
二日後――王都からの救援と共に、フェオの村から援軍が駆けつける。その筆頭たるフェオは、真剣な面持ちでこちらに手を振る。
「お待たせしました!! 補給物資もたんまりですよ!!」
「助かる、フェオ! 荷下ろしの準備をしててくれ!」
やってきたのは彼女の他に、ブンゴ、聖職者イスラとマトフェイ、医師クリストフと助手であるダークエルフのヤーニーとクミラ、元娼婦五名だ。
他は村の管理なり依頼があるなりで来れず、愛娘クオンはエルフの里に初めてのお泊まりに行ったそうだ。医師は不足している現状、クリストフが来てくれたのは特にありがたい。
更に、ギルドや教会からも続々と救援物資が届く。
「物資不足はうちのキャンプだけじゃないから、テンポ良く配るぞ!」
ここ数日なぜか避難キャンプ全体で一目置かれてしまったハジメは、慣れないながら周囲に指示を飛ばしつつも各キャンプへの荷下ろしに参加する。ちなみに元娼婦たちには後でお礼を要求された。しかもお礼の内容はあちらが指定するつもりらしい。
「何をさせられるのだろうか、俺は」
ぼそりと不安げに呟くハジメに、フェオは口を尖らせる。
「知りませんっ! でもいかがわしいことは村の風紀に反するから禁止ですよ!!」
「俺じゃなくてあっちに言ってくれ」
ぷんすか怒っているフェオだが、同意もなしに人にキスするのは風紀的にどうなのか問うてみると耳を真っ赤にして「あれはあの性悪女が悪いからいいんですッ!!」と開き直られてしまった。あの女は確かに悪い女だが、論点が変わっている気がしないでもない。
(なぁ、聞いたか今の。あの可愛いエルフっ娘と付き合ってんの、あの人?)
(年の差10歳以上ありそうだけど……)
(おじさん趣味かロリコンか。或いは両方?)
(いや、ハジメはオカンだから逆にエルフちゃんがマザ……いやファザ……どっちコンだよ!!)
(こっちにキレんなよ!!)
周囲の視線が痛い。
また、教会サイドではこちらと違って本当に険悪な空気が流れていた。淀んだ空気の発生源は、はぐれ聖職者イスラと、彼と同期の聖騎士スーである。
「どうせ今もここで作業するより先に戦場の浄化をしたいと思ってるんじゃないのか、イスラ? 目の前の人を助ける事に真剣になれない人なんて邪魔だよ」
「手伝って貰ってる立場で図々しいことを。だいだい、今日の夜にアンデッドがキャンプに押しかけて人々が眠れない夜を過ごしてもそれは問題ないというのか?」
「来るなら我々聖騎士団が迎え撃つのみ」
「戦闘音響き渡る寝床など誰が安心出来るものかよ。わざわざ怨念が力を溜るまで放置するのか? 大した聖職者だよ君らは。暴力が好きなんだ」
「それは論点のすり替えだろう。戦いなど起きないに越したことはない。おれが言いたいのはだ、イスラ。今この荷物は誰の為に分配しているのかを考えろという話だ」
「だから分配しているだろう。ミスだってしていない、真剣にやっている」
「だったらずっと難民の救援に意識を集中させろ。荷物の分配量を見ていつ自分が抜けられるかさっきから気にしているだろう。ここでの支援に余裕がある時間なんてないんだ。どっちを優先するか考えろ」
「残りの仕事に合わせて自分のペースを確かめているだけだ。被害妄想染みたことを言うな。そうやって目先のことにばかり囚われて、人の意見を全て見下す気か」
「君のその言い方こそ見下しているだろう。おれが間違ったことを言ったか?」
「僕だって間違ったことを言ったつもりはないし、したつもりもないが?」
イスラとスーの会話は聞いていて胃がキリキリしそうなほど険悪である。あの温厚なイスラとここまで仲の悪い人間がいたことも驚きだが、ハジメ的にはもっと驚きなことがある。
(あのスーという聖騎士、本当にイスラと同期なのか? 10歳児くらいにしか見えんぞ)
イスラの同期の筈のスーは想像より遙かに体が小さかった。特注の小さな聖鎧に身を包んでいるが、びっくりするほど子供にしか見えない。何も知らない人が見たらクソほど生意気で口の悪いクソガキである。
淡い銀髪、翡翠色の瞳の美少年であるスーは、どこぞの少年合唱団所属だと言われても違和感のないほどのショタっ子であった。しかもいろんな種族の混血なのか、頭には尖った獣耳、背中からは小さな白い羽根、華奢な体躯に見合わず力持ちと無駄にいろんな属性が詰め込まれている。
そして、険悪な二人の会話を断ち切ったのはイスラと共に活動する異端審問官の女性マトフェイだった。二人が口げんかをしているのを発見するや否や、マトフェイは無言で二人の背後に立ってそれぞれの耳を抓り上げた。
「いだだだだだだ!?」
「ぬああああああ!?」
「元気があって非常によろしいことですね、二人とも? しかし自分を律し、他人に譲歩することが出来なければ助けられる人も助けられません。まったく、いつまで子供なんですか?」
「ごめんごめんごめん!!」
「お、おれが悪かったぁ!!」
「互いに謝罪しなさい。さもなくば耳をこれ以上変形させますよ」
「「ごめんなさい僕が子供でしたぁ!!」」
二人仲良くペコペコ頭を下げる情けない男達。
仲がよろしいようで結構である。
と――キャンプの外から衛兵が駆けつける。
「大変だ!! 地鉄軍団の一部が結構な数で攻めこん――」
「聖騎士スーが御相手仕る!! 戦える者は続けぇッ!! お前は来なくていいがな、イスラ!!」
「いいかスー、僕は自分がすべきだと思ったから戦うだけであって君に同意したわけでも従った訳でもないことを忘れるなよ!!」
「……反省の色ゼロですね、あのピュアボーイ達は……ハァ」
二人で啀み合いながら前線に一直線な同期達を見て、マトフェイが珍しく感情を露にした呆れのため息を漏らす。そして二人のフォローとばかりに自分も駆けだしていった。
本当に仲が良いのだろう、あの三人は。
実力的には問題ないだろうが連携面が心配になってきたハジメは弓矢を取り出す。
「みんな、ここは任せた。大丈夫だとは思うが少し心配なんで追いかける」
「オカン出陣!!」
「オカン出陣だ!!」
「道を開けろ、オカンが出るぞぉぉぉーーー!!」
「えぇ……」
周囲は大声でハジメの通る道を開け、ハジメがやっている途中だった作業を手早く引き継いでいく。何故自分が行くというだけで将軍の出陣のようになっているのか理解に苦しみながら走ると、後ろをフェオがついてきた。
「ハジメさんオカンって呼ばれてるんですか?」
「似合わないと笑うか」
「いえそんな……ぷふっ、ごめんなさいやっぱり可笑しいです!」
フェオに失笑された。
別に怒りや悲しみは覚えないが、暫くこれをネタに揶揄われそうだ。
ハジメとフェオが現場に着いた頃には既に戦闘は始まっていた。
まず、クリストフの助手としてやってきていたダークエルフの少女ヤーニーと、同じくダークエルフの少年クミラが猛威を振るっている。
「クミラお願い!」
「泥を這う、醜悪なる嫉妬の獣……その呪詛、大地を蝕み、掻い付く束縛とならん……エンヴィーマゴッツ」
クミラの背に落ちる影が無数に分裂して敵陣に迫り、数十の鈍重で巨大な魔物達の足下から闇で形作られた大量の腕が這い出す。
闇属性広域拘束魔法、エンヴィーマゴッツ。
まだ10歳に満たない少年が使うには強力すぎる魔法だが、使える理由は恐らく親からの遺伝だろう。この世界に生まれ落ちる子供は、時として親が最も得意としたスキルを受け継ぐことがある。
だからといって、決して弱くも少なくもない数の魔物を同時拘束する精密なコントロールと魔力運用は、既に下手な大人のそれを超えている。
予想外の場所から全身に絡みつく闇魔法に敵陣が乱れた瞬間、ヤーニーが杖を掲げて詠唱を始めた。
「今こそ陽は堕し、深淵の瞳が拓く! 秩序よ悉く黙すべし! 反転の地平に生まれ出でよ、神を冒涜せし混沌の胎児!! ナイトボーン・オルタナティブ!!」
ヤーニーが掲げた杖の先端に巨大な闇の球体が現れる。
球体に横一線の切れ目が走り、裂け、そこから巨大な『何か』の巨大な眼球が姿を現す。悍ましい『何か』の眼球から強い光が照射され、照射された魔物の背中の影から、人間とも魔物とも区別のつかない混沌とした形状の『何か』が這い出した。
『何か』はエンヴィーマゴッツによって身動きが取れなくなった魔物にぐじゅぐじゅと音を立てながら迫り、ある者は武器で、ある者はその剥き出しの歯で、ある者は形を失って魔物の目鼻や口にずぶずぶと侵入する。
魔物たちが狂乱の中で一方的に甚振られ、狂い、血に沈んでいく。
「ヒュー! 壮観壮観! ま、こんなもんでいいでしょ!」
「……クリストフ先生の、仕事の邪魔」
眼前の惨状に満足そうな二人に対し、フェオはその凄惨さに顔を逸らす。
「ご、ごめんなさい……ちょっと、直視するのが辛くて……」
「いや……確かにえげつない光景だ」
ナイトボーン・オルタナティブは闇属性魔法の中でも最高位のものの一つで、ネクロマンサージョブが覚えることが出来る召喚魔法だ。発生させた巨大な目が放つ閃光を浴びた者の背から、闇で構成されたその場限りのかりそめの僕を生み出す効果がある。
敵の影から出る関係上か、出現するかりそめの存在はスキルを持たず、耐久力も低く、強さも影の主より弱くなるが、それでも死を恐れない無数の敵を相手の至近距離に生み出す効果は凄まじく、発動してしまうと妨害する術もない文句なしの極悪魔法である。
「なんでヤーニーちゃん、あんな強力な魔法を……」
「クミラのエンヴィーマゴッツの影響だ。あれはフィールド魔法だから発動中は周囲で同じ闇属性魔法の効果が上がる。しかもヤーニーはクミラの魔法陣を組み込んで二重魔方陣を形成している。恐らく本来のヤーニーの力ではあそこまでの効果は出せないのだろう……そもそも魔法を使える時点で異常だが」
ヤーニーのレベルはおおよそ20後半。普通ならナイトボーン・オルタナティブを使えるようになるには20ほどレベルが足りない。もしかしたら彼女たちの親は子供で何かしらのスキル継承実験をしていたのかもしれない。
言わずもがな、彼らの年齢で20以上は異常だ。
フレイとフレイヤは40以上だが、あれは色々と例外な気がする。
最近レベルが35に達したフェオは、余計にその異常性を実感しているだろう。
「しかも闇の手で敵は拘束されているから抵抗も出来ない……全て計算ずくですか」
「顔色が悪いぞフェオ。あっちを見ろ」
ハジメの指さした先には、先ほど飛び出した聖職者たちが戦っていた。
イスラの掲げた十字架鎌が光の残像を置き去りに煌めく。
周囲の魔物より一際巨大なアーマード・ギガンテスを相手に、彼は臆することなく飛び込んだ。
「切り裂け、デュープリケートザッパー!!」
鎌が一閃されるたび、刃を中心に三日月のような斬撃が複数、別々の角度から襲いかかって急所を貫いていく。敵が怯んだ瞬間にはイスラはトドメにかかり、大鎌が凄まじい威力でアーマード・ギガンテスを鎧ごと両断した。イスラが手元でくるくると鎌を回して正面に構え直すと同時、その胴体が大地に落ちる。
魔王軍でも指折りのタンクであるアーマード・ギガンテスを瞬時に屠る実力は流石と称賛すべきだろう。
「後で他の魔物と共に弔ってあげるからね……ハァァァッ!!」
手強い相手を薙ぎ倒したイスラはそのまま敵陣に突っ込み、長い鎌の石突を利用して敵を殴り、足で蹴り、そして鎌の一閃で命を刈り取る。瞬く間にイスラの通る道に輪切りの死体が量産されていった。
巨大な鎌を持ちながらも無駄のない動きで敵を薙ぎ倒す様は、皮肉にも魂を選定する死神のようだった。
彼の奥ではイスラと犬猿の仲であるスーが輝く直剣を振りかざす。
「ディバイン・エクセキューーーーションッ!!」
剣先から莫大な光の魔力が放出され、スーのなぎ払いの一撃と共に大地に放たれる。
斬撃が大地を抉って弾け飛び、彼の周囲の魔物が一斉に光の奔流に呑まれた。
もうもうと立ち上る土煙の中を悠然と突っ切るスーに、鎧を着込まされたサイの魔物、ライノセラスが飛び込んでくる。小柄なスーと巨大なライノセラスの衝突、それは悲惨な結末を予想させる。
直後、轟音と衝撃。
再び土煙が立ち上り、それが風に煽られて晴れた時――そこには、盾でライノセラスの突進を止めるスーの姿があった。ライノセラスがどれほど足を踏ん張ってなぎ払おうとしても、小柄なイスラの手足はびくともしない。
「魔王軍に与する邪魔外道の輩め……貴様らに明日を迎える資格なしッ!!」
スーの盾が凄まじい威力でライノセラスの図体をかち上げて仰け反らせ、がら空きになった図体に煌めく刃を叩き込む。
「聖裁一閃!! シャインストライクッ!!」
強烈な貫通力を帯びた刺突がライノセラスの図体に直撃。
剣先から迸った閃光が空へ向けて突き抜け、淡く消えた。
馬鹿げた防御力と図抜けた突破力。
それが全ジョブ中最高の防御力を持つとされる聖騎士の強みだ。
そして、二人の間を取り持つかのように異端審問官マトフェイの拳が唸り、敵を容赦なく殴打していく。
「ブロウスマッシュ」
淡々とした言葉に反し、彼女の拳は体を丸めて突っ込んできたアーマジロを突進以上の速度で反対方向に吹き飛ばす。ブロウスマッシュは相手の重量をある程度無視して拳を叩き込むため、使い方次第では敵を利用して敵を倒す事が出来る。アーマジロはピンボールのように跳ね回り、複数の敵を薙ぎ倒しながら最後には周囲の岩に命中して上空に吹き飛ぶ。
そのタイミングを待っていたマトフェイは、空中に跳躍してアーマジロの体に回転蹴りを叩き込む。
「ギロチンフォール」
名前の通り、ギロチンの如く鋭い蹴りがアーマジロにめしり、とめり込み、大地に叩き付けて背骨をへし折り即死させた。血反吐を吐き出したアーマジロの上にすたりと軽々着地したマトフェイは、仮面を装備したまま周囲を見渡す。
「次に断罪されたいのはどちらで?」
本来、彼女のジョブであるモンクは格闘よりはバフを主体に置いたものだが、彼女からすれば地鉄軍団の尖兵程度では仲間の援護すら必要ないらしい。
イスラ、スー、マトフェイ――そのいずれも冒険者であれば一線級の実力者であることが、目の前で証明された。
(しかしマトフェイのあの身体能力……彼女は天使かもしれん)
この世界の人類の中でもトップを争うほど種族としてのポテンシャルが高い種族、天使族。彼らは生まれつき筋力、防御力、魔力、速度のどれを取っても能力に隙がなく、空中戦も得意とする。
ハジメの見立てでは、彼女には空を飛べる者特有の身のこなしを感じた。
天使族であることを公表している者は余りにも少なく、ハジメも仕事で数度お目にかかった程度だが、それでもハジメがマトフェイを天使族ではと思ったのにはもう一つ理由がある。天使族の殆どが瞳の『聖痕』を見られないために顔や目を隠す傾向にあるからもしやと思ったのだ。
が、別にそれを暴く気はない。
どうでもいいし、種族を隠すのは別に悪事でもないからだ。
そして、最後に目立った大暴れをする剣士が一人。
「ちぇやぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
凄まじい気迫と共に、ロックゴーレムを一刀両断する大太刀の剣士、ベニザクラ。
誰よりも力強く、誰よりも果敢に敵陣を切り崩すのは鬼人の本懐だが、フェオの村でハジメと特訓してオーラを研ぎ澄ました彼女の太刀筋はとうとう相性が悪いはずの地鉄軍団すら退ける力を与えたらしい。
「燃えよ我が魂ッ!! 赫 灼 一 閃 ッ!!」
雄叫びと共にベニザクラの大太刀に紅蓮のオーラが凝縮され、ダンッ!! と大地を踏み割る踏み込みと共に横薙ぎの刃が解き放たれる。瞬間、ベニザクラの前方に群がる魔物に熱波が吹き抜け、胴体に横一線の赤い線が走り、弾け飛ぶように上半身と下半身が両断される。
義手の調子も全く問題ないらしく、次の瞬間にはベニザクラは次の獲物を求めて疾走を開始していた。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!! 戦人ベニザクラ、ここに在りッ!! 」
堂に入った名乗りと共に、再び彼女の刀が煌めき、敵が両断されていく。
彼女の攻撃力が地鉄軍団の堅牢な防御を上回っているのだ。
あの黒髪と白い肌、そして赤い角は嫌でも周囲の目を引く。
戦闘の趨勢を気にする人々の視線は、次第にベニザクラの華麗で鮮烈な戦い様に釘付けにされていく。共に彼女の様子を見るフェオが、まるで我が事のように嬉しそうな顔をする。
「あれがベニザクラさんの本来の姿なんですね」
「いいや、恐らく腕を失う前より強くなってる」
もう、彼女の心配は要らないだろう。
冒険者としての彼女は完全に復活した。
「……あ、ハジメさん。打ち漏らしが出始めましたよ」
「では俺たちの出番だな」
フェオとハジメは同時に弓を取り出す。普段はナイフと魔法の使い分けで戦うフェオだが、実は父親に弓矢のスキルを叩き込まれているのでサブ武器として使えるらしい。彼らの大暴れの邪魔をしない範囲で、二人はエンチャントアローを用いて地味に敵を仕留め続けた。
翌日から何故かキャンプの避難民の一部から「射手夫婦」と呼ばれ、暫くフェオは顔が真っ赤だった。ここに来て以降、変な肩書きばかり増えていくのは何故なのだろうか。




