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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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15-3

 ハジメが現地入りしたその翌日――ショージは猛烈に働いていた。


「うおぉぉぉ!? 仕事が終わらねぇぇぇぇぇ!!」


 避難民が押し寄せているという噂の町に辿り着くなり、ショージはノンストップでテントの設営を続けていた。先日のうちに一つにつき中で数名が休めるテント100個を用意したのだが、設営した側から避難民が入っていき、明らかにこのままでは数が足りない。


 今現在、フェオの村からきた支援グループの活動はこうだ。

 まずショージが人間業ではない超速テント設営をし、ジライヤがテント内に衣類や毛布など最低限の物資を入れ、更に分身を使って子持ちの親などを優先してテントに誘導していく。ベニザクラはテントに入った人々に不足しているものを聞いて回り、用意できるものは即座に用意している。


「ベニザクラさん、23番テントのお子様に下痢と発熱!」

「分かった、万能薬と水と非常食を持って行く!!」


 その間ハジメは何をしているかというと、避難民用の炊き出しを一人で頑張っていた。避難民に食料が行き届いていない問題もさることながら、新たな避難民支援者の噂を聞きつけて別のキャンプからも人が押し寄せているのだ。


 頭巾にエプロン、フライパンにお玉。『オカンシリーズ』と呼ばれる装備で揃えたハジメの姿はまさに主夫そのものである。まさかクオンの為に磨いた料理経験がこんな場所で活きるとは思っていなかったが、既に技量とは別の問題が発生しつつある。


「いかん、このままでは昼食分だけで持ってきた食料を使い切る……! 性悪ルシュリアによれば補給物資到着まであと三日かかるというのに!」


 手伝いとして急遽村から人形メイドのカルパとヒヒも訪れているのだが、彼らは彼らで別の作業を急いでいた。


「トイレに湯浴み場を錬成するのはいいとして……水やお湯はどこから補充するのでしょう?」

「ハジメさんが水の魔法を応用してどうにかする設計だそうですよ、イヒヒ……と、笑っていられる状況でもありませんねぇ。これは老骨に堪えますよ」


 錬金術や加工技術を駆使した作業はそれだけではない。一通りトイレと湯浴み場を作ったら、水飲み場や洗濯場も必要になる。避難民の衛生状態と利便性を保つためだ。


 激動の一日が夜を迎えた頃にはハジメとカルパ以外は全員が疲労困憊の有様だった。そのハジメも流石に危機感を隠せない。


「人手が足りん。このままでは体が持たん……!!」


 翌日、ハジメは即座に問題解決の為に動く。


 まず、ハジメキャンプ(と呼ばれ出した)に来た避難民の中から比較的体力に余裕のある人物に声かけをして、避難所維持の為の簡単な仕事を任せる。例えば彼らが体調不良者を報告してくれたり、新たにキャンプに参加した人の案内をしてくれるだけでも仕事量が大幅に変わってくる。

 幸い避難民は協力的で、主にベニザクラとジライヤの負担が多少減った。


 ショージは朝早くから近所の森などで食料とテントの材料になるものをかき集めたらしく、更にテントを設営していく。ショージのテントは他のキャンプに比べて質がいいと噂が広がり、今日も避難民が次々に入っていくので彼も休めない。空いた時間では別キャンプでのテント設営も手伝っているようだ。


 誰か助手をつけたいが、彼は個人で行う作業の質と速度が段違いなので下手な手助けはかえって足手まといになる。今このキャンプ内で彼の手伝いが出来るのはカルパくらいだろう。そのカルパも忙しくて手伝いに回れなかった。


 ヒヒは先日の無茶が祟って休憩せざるを得なくなった。

 ハジメキャンプ一番の高齢なので無理もない。

 この穴を埋めるため、ハジメは再びローゼシア家に向かってベアトリスに人手を借りられないが直談判したが、にべもなく断られた。


「いま屋敷の人間が外に出れば、行為の善悪に関わらず暴徒化した人々の格好の攻撃対象になってしまいます!」

「ぐっ……!」


 それを言われるとハジメもしつこく言えない。

 事実、今日も屋敷の外は暴徒まみれだ。

 しかし、ローゼシア家も遅かれ早かれ何らかの形で表に姿を現す必要は出てくる。そのことを伝えると、ベアトリスは頭を抱えて悩んだ末に、とんでもないことを言い出した。


「わたくしは屋敷の外に出た経験が余りないので、実は民に顔が割れていません。わたくしが手伝います!!」

「はっきり言うが現役冒険者も弱音を吐くほど過酷だぞ。覚悟はいいのか?」

「貴族に覚悟を問うなどと!! ……お姉様に出来て、わたくしに出来ないことはない筈ですわ」

「……分かった。込み入った事情は聞かん。俺たちの手伝いをしてくれ」


 なんとベアトリスが直々に参戦した。

 そして、慣れない作業からミスを連発して、一日でボロボロになった。


「……だから言ったのに」

「諦め……ません、わ……!!」


 ポーションを呷った彼女はそこで力尽きて眠りに落ち、ベニザクラに慈しむように丁重にキャンプ運営用テントに運ばれていった。

 彼女は一体何の執念に駆られているのだろうか。

 十中八九、姉がどうとか言ったあの台詞に関係しているのだろう。

 しかし、ハジメも既にそんなことを気にしていられる状態ではない。


「散財などと考えている余裕もない。避難民の救援がこんなに大変だとは、経験はしてみるものだ……」


 ただ、この仕事をやり通す。

 ハジメはそれに専念することにした。


 なお、避難所のあちこちを飛び回って仕事をするハジメに周囲は「炊事洗濯家事オヤジ」などという爆裂しょうもない渾名をつけたりもしていたのだが、魔物の接近警報が来ると同時に「邪魔だ!!」の一言と共に弓術スキルを雑にぶっ放して魔物を吹き飛ばした辺りから「とんでもなく強いオカンがいる」という形で噂が広がり始めた。


 確かにオカン装備だが、ハジメは女性ではない。クオンにはママ呼ばわりされてるし、実際授乳以外の一通りのママの仕事をしてるが。




 ◆ ◇




 夜、一人で包丁片手にじゃがいもと格闘する女性の姿があった。

 自ら手伝いを買って出た仮の領主ベアトリスである。

 細く美しい指でじゃがいもを持ち、たどたどしい手つきで皮を剥く。しかしその皮の厚みはかなりのもので、みるみるじゃがいもが小さくなっていく。手つきも危なっかしく、暫くすると刃が予想以上に滑って指を切る。


「ッ……」


 ベアトリスは自らの指に魔法で治癒を施して再度挑戦する。

 それが何度か繰り返され、なんとか当初の半分ほどのサイズになったもののジャガイモの皮をむき終わったとき、背後から声がかかった。


「こんな夜更けに明日の仕込みでゴザルか? その調子では明日、体力が持たないでゴザルよ」

「貴方は確か……そう、ジライヤ様でしたか?」

「様はいいでゴザル。そちらの方が年上でゴザろう? 僕は所詮お手伝いでゴザル」


 ジライヤは懐からポーションを取り出してボウルに注ぐ。


「そのペースで魔力を使っていては途中で倒れて別の怪我を負いかねないでゴザル。こっちを使うといいでゴザルよ」

「お気遣い、痛み入ります」

「料理なんて挑戦したこともないでしょうに、よく手伝いをする気になったでゴザルね」

「やる気だけですわ。いざ挑めば何事も空回って……自分の不器用さと鈍臭さに呆れ果てるばかりです」


 ジライヤは何も言わず、クナイを取り出して刃をよく磨き、ジャガイモを手にする。


「包丁の持ち方は合ってるでゴザルが、刃を必要以上に恐れすぎでゴザル。力めばそれだけ余計に切れる……必要な切れ味だけを道具から引き出すのがコツでゴザル」


 忍者達の中でもジライヤは自炊が得意な方なため、彼のクナイはするすると薄皮を裂いてジャガイモを剥いていく。ベアトリスはそれを食い入るように見つめ、真似るように包丁の刃をジャガイモの皮に入れる。


「必要な切れ味だけ、必要な……」


 ジライヤがじゃがいもを三つ剥き終わるまでの間に、ベアトリスは一つのジャガイモをむき終わる。相変わらず不格好な剥きジャガイモだが、最初のジャガイモに比べれば身が大きく残っていた。

 ベアトリスはしかし、それでも納得いかなかったのか、ため息を漏らす。


「せっかく助言を頂いたのに活かせないなんて……姉さんならもっと綺麗に剥くのでしょうね……」

「そうなのでゴザルか?」


 ベアトリスは、感情を無理矢理押し殺したような苦笑を浮かべた。


「姉さんは昔から貴族らしいことに興味がありませんでした。その代わり、貴族として育ったわたくしには出来ない事ばかりを身につけていましたわ。そして、いつもわたくしより先に行動した……いつも……」

「姉への対抗心、でゴザルか」

「それは……いえ、そうですね。これは貴族としてではなく個人的な感情なのかもしれません……おや?」


 ふと、ベアトリスはジライヤの肩を見て驚く。

 そこには、ジライヤが召喚した拳ほどのサイズのカエルがよじ登っていた。


「ゲコ」

「それは何ですか?」

「何って、カエルでゴザルが……」

「これが……初めて見ました。魔物図鑑のカエルと違って可愛らしいのですね」


 意外にも、ベアトリスは女性に嫌われがちなこの生き物に興味を示したようだ。作業を中断してカエルに指を伸ばし、そっと頭を撫でる。ジライヤのカエルは普通のカエルと違って犬猫くらいの知能と戦闘力を持つため、特に抵抗せず受け入れる。


 試しにジライヤがカエルに念で指示を飛ばしてベアトリスの手に乗るよう指示してみる。ぴょこりと飛んだカエルにベアトリスは一瞬驚いたが、自分の手にそれが着地したのを見ると、不思議そうに眺める。


「しっとりしていて不思議な感触ですわね。人にとても慣れている感じです。ふふ……」

「ゲコ」

「……良ければ連れて行くでゴザルか? 使い魔のようにちょっとした手伝いは出来るでゴザルよ?」

「本当ですか!? 是非とも!! よろしくねフローレンス!」

「ゲコ!」

(その子はゲコサブロウなのでゴザルが……しかし、初めて楽しそうな彼女の顔を見たでゴザル)


 カエル相手に無邪気な笑顔を見せるベアトリスの顔を見ていると、ジライヤは改めて彼女が可憐な美少女であることを自覚して胸が高鳴りそうになり、思わず顔を逸らしてしまう。仮にも忍者が女性に現を抜かしてはいけないと心の中で三回自戒し、小さく息を吐く。


 生粋のお嬢様である筈のベアトリスだが、よほどカエルを気に入ったのか自分の頭の上に乗せている。髪が汚れるなどと気にする様子はない。ゲコサブロウ改めフローレンスもベアトリスを気に入ったようだ。

 それにしても、とジライヤは思う。


(やはり姉妹の確執のようなものがあると見える……)


 ジライヤも伊達にこの周辺で情報収集をしていた訳ではない。

 アマリリスとベアトリスの話は色々と仕入れている。


 屋敷の外に積極的に顔を出して民に声をかけていたアマリリスは、ベアトリスの言う通り飾り気のない天真爛漫な人柄から人気があったようである。また、人材のスカウトも積極的に行っており、彼女が連れ出したという臣下たちもアマリリス自身がスカウトした人材が殆どらしい。


 平民のフリをして店で働いたりしたこともあり、料理洗濯家事掃除なんでもそつなくこなしたそうだ。また、自分のペースでぐいぐい行くかと思えば人の変化に気付いて寄り添う優しさもあり、民からは将来を有望視されていたようである。

 今は病に伏している彼女の父親も、アマリリスを猫可愛がりしていたようだ。


 だからこそ、この大事なときにアマリリスがいなくなり、当主も倒れて代理でベアトリスが領主代理になったとき、民は訝かしがった。自分たちを導いてくれる筈だったアマリリスを、妹のベアトリスが妬んでどうにかしてしまったのではないか――そんな憶測が流れている。尤もこれは町内の話であり、避難民の多くはこの情報を知らないようだ。


 一方で、ベアトリスはまさに貴族令嬢として非の打ちようがない模範的な人物のようだ。民の前に姿を現したり会話をする機会はなかったが、それは貴族令嬢なら当然である。少なくとも屋敷の古参臣下の間では、コントロール不能なアマリリスより貴族然としたベアトリスの方が家督を相続すべきという声は少なからずあったらしい。


 上流階級はベアトリス派、それ以外はアマリリス派。

 表だって二人の姉妹の不仲説はないが、先ほどのベアトリスは姉に対して劣等感を覚えているように思える。


 アマリリスの不可解な出奔と、ベアトリスの関与。

 カエル相手にはしゃいだことで集中力が切れたかウトウトし始めたベアトリスを横目に、ジライヤは明日ハジメに相談する内容を考えた。


 なお、ベアトリスを寝床に送った後にジライヤは彼女の代わりにジャガイモの皮むきを終わらせておいた。

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