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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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15-2

 地鉄軍団の被害を受けた地域はかなり広いが、逃げ出した人たちは地形に沿って最終的に同じ場所に辿り着く。王都から真南に位置する避難民の終着点――シュベルの町は、混乱の渦中にあった。


 シュベルは相応に栄えた町だが、大都市とはとても呼べない程度の規模だ。次々押し寄せる人々に対して住民が善意で貸し出した宿やテントはあっという間に埋まり、残る人々は町の外に追いやられ、何とか雨風を凌ごうとする。寄せ集めのがらくたで取り繕った粗末なテントが川辺にずらりと並ぶ光景は、まるでスラムのようだ。


 教会の炊き出しも行われているようだが、量に対して人間が多すぎて、子供や女性を優先しても即座になくなってしまっている。仮設テントの野外病院も行列状態である。人々は厳しい環境のせいでやつれ、時折どこかから諍いの声や子供の泣き声が響き亘る。

 目の前の惨状にベニザクラが呻いた。


「これは……悲惨だな」

「いえ、まだいい方でゴザル」


 ジライヤは即座に否定する。

 その目は、幼い顔立ちに不釣り合いなほど平静だ。


「まだ町の人たちは彼らを助けようとしてるでゴザルし、冒険者や商人の有志もちらほら活動してるのが見える……本当に悲惨なのは、ここからでゴザル」

「い、一体これ以上どうなると言うんだ……」

「知らない方が良いでゴザル。そうしないための視察でゴザろう?」

「そうだが……いや、そうだな」


 ベニザクラは無理矢理自分を納得させたようだ。

 ただ、「ここから」を体験したことがあるのであろうジライヤに対しては印象が変わったのか、少し物憂げだった。


 ライカゲの三人の弟子は、全員が過酷な生い立ちである。

 差別、貧困、人道無視……社会が目を逸らした場所で生まれ落ちた。だからジライヤには分かるのだろう、人の悲惨さにはまだ先があることが。


 というか、よく考えたらこの場の三人は全員生い立ちがよろしくない。それどころか、フェオの村の人口の大半がはみ出し者である。

 ハジメは内心呻き、気付かなかったことにした。


「俺は領主の元に向かう。ベニザクラは俺に同行。ジライヤは情報収集だ」

「了解でゴザル!」


 ジライヤは大量のカエルを召喚し、自らも分身して、分身が更に避難民の装いに変身していく。そして集団となった彼らは散り散りになっていった。こういうとき、人海戦術などなくとも一人で事を行える忍者は強い。流石は転生特典で新造されたジョブなだけのことはある。


 ――領主の屋敷の前に来たハジメたちの前に、厄介な光景が広がっていた。


「いつまで門を閉じて知らんぷりする気だ!」

「とっくに町は限界だぞ! 金くらい出せ!」

「屋敷の中には俺たちに内緒で自分たち用の食料を貯め込んでるって聞いたぞ!」

「なんで勇者が来たのに俺たちが苦しまなきゃならないんだッ!」


 屋敷を取り囲む人、人、人の海。

 領主の屋敷は殆ど暴徒化した住民に包囲されていた。

 暴走した感情は理性を心の奥に沈め、根拠の伴わない妄想が事実のように声高らかに叫ばれる。衛兵がなんとか門は守っているが、終息の兆しは見当たらない。ベニザクラが困った顔をする。


「どうするハジメ。これではとても通れないぞ」

「ああ、裏口まで封鎖されているようだな。それに、あの様子では閉じこもったままで外の状態すら確認出来ていまい……よし」

「何かいい手があるのか?」

「ああ」


 ハジメ一人であれば幾つかのやり方があるのだが、今回はベニザクラがいるので使える方法は限られる。抗議に集まった民衆の求める物の一部が知れた今、ハジメにはスマートに突破する妙案があった。


「まず金を沢山用意する」

「ん?」


 いきなり脈絡のない言葉を聞いたようにベニザクラがぽかんとするのを横目に、地面に金を盛る。左右に箇所に数億Gずつだ。


「それを最小威力のウィンドフィールドで飛ばす」

「ちょっと待ってくれ。参考までに聞くが何かやらかそうとしてないか? しているよな? やめてくれ、報告したときフェオに怒られるから!」

「問題ない。黙っていればバレない」

「悪い奴の理論っ!!」


 ウィンドフィールドは風の吹き荒れる空間を作る魔法で、一定時間だけ空を飛ぶ魔物の動きを阻害するほか、使用者とそのパーティ内で風魔法にバフが盛られるというフィールド魔法だ。この中に金を放り込むとフィールド内を金が舞い飛ぶ。攻撃魔法ではないのでフィールド内に入った人が転ぶ心配はない。


 ウィンドフィールドを詠唱破棄で二回使用し、金の舞う空間が二つ出来る。

 ベニザクラが、やはりと俯いた。


「ハジメ、お前というやつは――」

「最後に彼らに知らせてやるだけだ……大変だー! 空から神様の恵みでお金が降ってきてるぞー!! 今なら拾い放題だー!!」


 普段こんなことをしないので自分でも驚くほど棒読みになってしまったが、抗議者たちの反応は劇的だった。


「うわっ、本当に金だ!! 金だーー!!」

「待て、アレは俺の金だ!!」

「空から振ってくるお恵みに俺もクソもあるか!!」

「金、金っ!!」


 二つの金の渦に人々はあっという間に押し寄せる。

 

 抗議者ほぼ全員が突然の金に面食らう、ないし金を求めて走ることによって屋敷の門前の人が一時的にいなくなった。ハジメはその隙を縫い、ベニザクラの手を掴んで屋敷に進む。即座に衛兵に冒険者の証明を見せたハジメは勢いで押し切るように名乗る。


「冒険者のハジメだ。王女の頼みで領主に今の町の状況を確認しに来た」

「えっ! は、はい!!」

「お金で人を釣るのか……しかも王女の依頼など聞いていないぞ?」

「利用させてもらった」


 実際には王女の頼みなど受けた覚えはないが、あの王女がハジメに仕事をよく依頼しているのは宮廷や貴族間では有名な話なので、門番は疑わなかったようだ。嘘をつくのは心苦しいが、今回は大勢の人命がかかっているので神には大目に見て貰おう。


『特別ですよー……決してこの間のケーキのお礼じゃないですからねー……ねー……』

『神よ、感謝します』

『前にメッセージ送ったときは無反応だったくせにこんな時だけ反応が早いのどうかと思います! 女神とか別にして、個人的にはっ!!』


 それはさておき、ハジメたちは領主代理の部屋に行く。

 入ると同時に、いかにも困ってそうな顔の令嬢が大仰に礼をする。


「ああ、王女の迅速な対応に感謝いたします!!」

(どうやらあの性悪の使いはまだ来ていないようだな)


 この非常時にやったこともない統治の役が回ってきた哀れな貴族令嬢、ベアトリス・ローゼシアがそこで待っていた。彼女は悲劇的な雰囲気を醸し出して状況を説明する。


「事は一週間前に遡ります……我が姉、アマリリスの出奔が全ての悲劇の始まりでした」


 ベアトリスの姉、アマリリスは幼い頃から自分勝手かつ貴族の振る舞いたるノブレス・オブリージュをまったく解さない人物で、そのくせ甘え上手で屋敷の忠臣や父にして当主のゴードウィンには愛される、困った人物であったそうだ。


 そんなアマリリスが突如としてバカンスに行くと言いだし、その際に父ゴードウィンの側近や重役ばかりを世話係に任命して強引に連れ出したという。


「父ゴードウィンは身勝手なお姉様が突然いなくなったことや、職務を手伝う部下が急にいなくなったことで激務に追われ、体調を崩して療養が必要になりました。急遽わたくしが代理で領主として仕事を行う事になりましたが、わたくしは未熟の身。それに、先に申した通り忠臣がいなくなったことで業務の進め方さえ満足に身につけられない状態でして……」


 涙を堪えて語るベアトリス。

 領地の管理は領主一人だけでは行えない。領地に関わる様々な業務を指揮し、多くの部下に手伝って貰うことでやっと複雑で煩雑な仕事を処理しきれるものだ。

 仕事とは、マニュアルだけあれば出来るものではない。金勘定が得意な者、測量が得意な者、商売に詳しい者、法律に聡い者……そうした部下の代表格がいなくなってしまったことで、業務が維持できなくなってしまったのだろう。


「ちなみに外の状況の把握は?」

「三日前までは辛うじて出来ていましたが、今はこの状況です。メイドや使用人を買い出しに行かせることさえ憚られます。王宮に助けを求める鳩を出すにも状況の確認が欠かせないのですが、その確認も満足に出来ず……不明瞭な部分が多い報告になっていたから、貴方方が確認に来られたのでしょう?」

「そういうことになります」


 実際には大嘘だが、後で真実にすり替わるので問題はない。

 ベアトリスはそんな裏があるとは気付かず書類を差し出す。


「……三日前の段階で、食料、住居、薬品の他、衣類や毛布などの不足が著しいとの報告がありました。また、その、トイレが満足にないので、その川の水が段々と……加速度的な状況の悪化とローゼシア家内の混乱で初動が遅れ、二日前にはもう完全にわたくしの手に負えない状況に……ああ、姉の出奔さえなければ……」


 顔を覆うベアトリスに、ベニザクラは同情的だった。


「我々の方でもできる限りの対応をさせてもらう。だから、顔を上げていただきたい」

「お優しいのですね、鬼人のお方……ベニザクラ様、でしたね? どうか非力なわたくしに代わって民をお救いください」


 ベアトリスは年齢的にはフェオより少し年下程度だ。

 確かに親の手助けもなしにいきなりこんな局面に追いやられては、どうしようもない。もうここから得られるものはないだろうと思ったハジメは、ここでの情報収集を切り上げることにした。


「住民感情を鑑み、ひとまず我々は有志のボランティアとして活動し、状況が落ち着いたらローゼシア家からの依頼で救援を行っていたことを公開したいと思います。環境がある程度改善され、地鉄軍団長である魔王軍幹部が討たれた状況なら、今よりは民も耳を貸すことでしょう。また後日伺いますので、その際に話を詰めましょう」

「お待ちしております、ハジメ様、ベニザクラ様……」


 二人は部屋を後にしようとして――ハジメは不意に立ち止まり、部屋を出る前にベアトリスの顔を見る。


「時に、アマリリス嬢が何故突如として出奔したのか、心当たりはおありでないか?」

「……余り大声では言えませんが、姉はわたくしに見えない場所で度々嫌がらせをしていました。姉にとってはこれはその一環なのかもしれません……今回のものは度を超していますが」


 しおらしく顔を伏せたベアトリスに「込み入った話をしてしまい、失礼しました」と一言謝罪して、ハジメは部屋を後にする。

 ローゼシア家の転移台を起動させ、パスを繋げて脱出したハジメとベニザクラは顔を見合わせる。


「どう思う?」

「アマリリスは酷い姉だ。計算ずくでベアトリスを貶めたのだろう。けしからんやつだ!」

「純真すぎるぞ、ベニザクラ。それも美点だが」

「なっ、何を!! そうやってまた私をからかうのか!」


 顔を真っ赤にするベニザクラに、ハジメは自分の考えを口にする。


「彼女の言葉を信じるなら、確かにアマリリスはベアトリスを潰しにかかっているとしか思えない。が、ベアトリスはアマリリスを領主に不適格な悪女に仕立て上げて俺たちの同情を誘い、姉の居場所を家からなくそうとしているようにも聞こえる。彼女の語ったことが全て真実とは限らない」


 彼女は一方的に嫌がらせを受けていた風な言い方をしたが、貴族は演技力が高く、言葉巧みに印象を操作することがある。


 印象操作は有効な出世手段だ。ハジメのいた国では如何に上手く周囲に責任や仕事を押しつけるかが出世スピードを大きく左右する――とは、ホームレス賢者の談。

 メジャーどころでは政治家が秘書や部下に全て責任をなすりつけて、自分は口だけ「反省してまーす」と言うだけ言って特に責任は取らないという光景がそれに当たる。そんな人間が民主主義で選ばれた国家の代表を名乗っているのだから、今になって思えばあそこは恐ろしい世界だとハジメは思う。


「ともあれだ。俺たちの目的はローゼシア家の内輪ごとをつまびらかにすることではなく、あくまで避難民を助けることだ。真相究明は後にしよう」

「……うん」


 ベニザクラは納得しきってはいないが、優先順位として避難民の援助を優先することには納得した。

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