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これは余談だが、この世界では魔物を倒すと採取できる素材とは別にゲームの如くドロップアイテムが出ることがある。
曰く、どこかで魔物が偶然拾っていたアイテムや装備品だ。例外としてヨートゥンのような『大ボス』は固有のアイテムを落とす――事実、ヨートゥンの亡骸からハジメは見たこともない装備を見つけて回収している――こともあるが、そこには転生者だけが感じる『設定上理屈は通っているが実際にはゲーム的過ぎる現実』というものがある。
ハジメが過剰に聖水などのアイテムを貯め込んでいた理由は主にこれである。売ればいいとは簡単に言うが、不用品整理は一度始めると1000個以上のアイテムを一斉に処理することになり、買取屋も顔を青くする事態に発展してしまう。
閑話休題。
(ていうかこの人、もしかして散財に喜び感じてない……?)
人の寄り付かない森に住むためだけに7000億Gという気の遠くなる金額を景気よく散財する感覚も信じられないが、心なしかフェオにはハジメが散財に快感を覚えている気がした。
「ともかく、この篝火台があれば天候は問題ないし、あの土地は地脈でもないから森への影響も殆どないだろう。だが、ギガエリクシールを浴びた根の魔物が大暴れしてくれたおかげで地面は滅茶苦茶だ。幸い魔物の根は既に土に還ったようだが、荒れた土と枯れた倒木たちはどうしようもない。よって、環境を整えるついでに枯死した範囲の森を綺麗に整地することにした」
「はぁ……ハジメさんの斜め上に貫通した熱意はよく分かりました。でも整地って言っても枯れ果てた範囲はかなりの広さですよ? もしかして一人でする気じゃないですよね?」
「無論、散財の為に人を雇う。既に人材については目途が立っている。お前も来るか?」
「……依頼書見せてください」
夢の為にお金が必要なフェオだが、森に特化した仕事スタイルは如何せんどうしても手持ち無沙汰になるタイミングが出てくる。その点、ハジメなら手伝い料金をケチらないし、手伝いたい日だけ手伝っていても文句は言わなそうだ。
ハジメもハジメで金を払う相手が多ければそれだけ散財できる。
つまり、二人はWin-Winの関係なのである。
――さて、フェオがハジメに雇われての整地仕事当日。
整地とは言ってもただ地面を地均しする訳にはいかない。何故なら森にはめくれ上がった大地以外にも、根の魔物のせいで枯れ果てた植物や大きな石などがゴロゴロしているからだ。これらを一旦取り除いて初めて整地が可能になる。
実質的には、やるのは開墾というわけだ。
しかし、作業の大変さそのものより揃った面々の異様さにフェオは早くも手伝いを申し出たことをちょっぴり後悔した。
「うっひょー!! 本物のエルフっ娘!! すっげーかわいー……もうこんなん見ちゃったらリアルの女とか無理になるぅぅぅぅ~~~~!!」
「ど、どうも……」
「声まで可愛い……素晴らしきこのセカイ!」
生理的嫌悪感を感じる謎のハイテンション男に、フェオは思わず身を引いた。先ほどから鳥肌が止まらない。
この男、顔は悪くないのだが、言動に加えてザ・田舎者と言わんばかりに質の悪いよれた服と麦わら帽子、そして鍬を持っているのが非常にヤバイ人間感を醸し出していた。さっそくキツイのが出現である。
(ハジメさん、誰ですかあの人……)
(さる方からの紹介でな。名前はショージ。ここの手伝いをする代わりに給料を払うことにしてある。能力については問題ない。人格についてはよく知らないので保障しないが、多分大丈夫だ。一応、身の危険を感じたら周りに助けを求めろ)
「もうコンクリートジャングルの世界でヘコヘコしながら生きるのはこりごりなんだよ! 時代は今、農業チートでスローライフだッ!! 農業の力は衣食住のみならず癒し、やりがい、戦闘力、全てに通じる!! 嗚呼、女神様ありがとう!! 転生そうそうこんな俺の為にあるようなイベント用意してくれてッ!!」
(危ないクスリやってるんじゃないですか?)
(脳内麻薬という奴だろう。たぶんそのうち覚める)
誰もいないところで一人興奮して叫ぶショージに、とりあえずフェオは積極的に関わり合いにはなるまいと決めた。エルフの女だという理由で初対面時に興奮する男にろくな男はいないとは彼女の母の談である。
だが、フェオの不安の種はこれでは終わらない。
「よいか!! これは影分身の精度と持続時間、運用経験を鍛える修行である!!」
「「「イエス、マスター!!」」」
「開拓範囲にある枯れ木は印のついたもの以外全て頂いてよいとハジメから許しが出た! 一つ残らず綺麗に伐採、回収せよ!!」
「「「イエス、マスター!!」」」
「炭焼き、薪、何よりも変わり身の術の際に使う丁度いいサイズのカットした木!! これらを得ることが出来る上に給金も支払われ、修行も出来る!! 存分に我等『NINJA旅団』の力を見せるのだッ!!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
顔に赤や白の染料を塗りたくったような奇怪な化粧をして背中に巨大な巻物を背負った独特すぎる出で立ちの男の喧しい声に、彼に付き従う種族バラバラな三人が盛り上がる。何の盛り上がりなのか、フェオにはさっぱりわからない。
(ハジメさん、何ですかあれ……)
(俺とほぼ同期冒険者のライカゲとその弟子だ。ニンジャという特殊なジョブを継承してる。弟子の名前は確か……リザードマンの青年はオロチ。キャットマンの少女はツナデ。最後の一人の少年は知らん。最近増えた弟子だろう)
「ジライヤ! お前は少しオロチとツナデに少し甘えすぎるきらいがある!! よって今日は二人と離れて修行するがよい!!」
「はいっ、マスターっ!!」
「返事はイエス、マスターと言ったはずだ!! 師匠と書いてマスターだぞ!!」
(癖は強いが実力、人格共に問題ない。ただ、裏の仕事も請け負ってるグレーなグループだから深入りしてやるなよ)
(それのどこが問題ないんですか……)
(分別を弁え、それなりに察して気遣いできるということだ)
町で歩いていたら道化師より目立ちそうな集団に、とりあえずフェオは積極的に関わり合いになるまいと決めた。拘りを持つ自分が格好いいと勘違いしてそうな男と関わっていいことはないとは彼女の母の談である。
そして最後の一人がこれまたどうしようもなく怪しい。
「イヒヒヒヒ……邪魔になった小石などありましたら遠慮なくどうぞぉ? あたくしが綺麗に整理しますゆえ! キノコや植物の種など売れそうな品も買い取りますよォ、イヒヒヒヒ……!」
想像を絶するうさん臭さと怪しさを滾らせた、妙に身なりの整った胡散臭い髭のオヤジ。人を見た目で判断してはいけないと教わったフェオであるが、これは既に自ら疑ってほしいとアピールしているレベルのうさん臭さである。
(ハジメさん、騙されてますよ絶対……)
(まだ紹介すらしてないが……あいつはウェルカン・ヒッヒッヒと名乗っている錬金術師の商人だ。家を作る材料確保と加工の為に雇った)
(120%偽名じゃないですか)
(だが俺がどんなに大量の不要物を持ち込んでも嫌な顔一つせずきっちり適正価格で買い取ってくれる上に、素材の仕入れも承ってくれる。これは冒険者としてのアドバイスだが、あいつとは仲良くした方がいいぞ)
「あ、ちなみにあたくし、親しい者からはヒヒと呼ばれております故、是非そうお呼びください。イヒヒヒヒ……!」
(やっぱり騙されてますってアレ。今からでも遅くはないですから契約を見直しましょう)
(いや、騙されるも何も今回はこちらが雇っているのだが?)
とりあえずフェオはむやみやたらにヒヒを疑ることにした。見るからに胡散臭い人は、そのとおり胡散臭い人が多いから関わり合いになるなとは彼女の母の談である。
母の談を全部鵜呑みにしている訳ではないフェオだが、何故か今だけは母の助言がうるさく警鐘を鳴らすのであった。
「ちなみに俺はある必要な道具を取りに行くために遠出する。基本はヒヒに現場指示を任せてあるからそうしてくれ」
「え゛」
この面子の中からハジメが抜けるということは、この面子と暫く毎日コミュニケーションを取る必要があるということだ。その事実に、フェオは急速にこの依頼を請けたことを後悔し始めていた。
こうして、関わり合いになりたい人が全然いない整地が始まった。
開墾一日目。
まずフェオが驚いたのは、ヤバイ人だと思っていたショージが驚く程有能であったことだ。
「ほいさっ、ほいさっ、ほいほいほいほいほいぃぃぃぃぃぃ!! 鍬振るのたのすぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!」
訂正、ヤバイ人だけど有能でもあった。
彼は両手に鍬を持って凄まじい勢いで荒れた地面をよりきめ細かく耕し、その過程で出た邪魔な石や枯草、根の残骸を気持ち悪いほど速い足さばきで蹴り飛ばして一か所に集中させてゆくではないか。
訂正、足さばきは明確に気持ち悪い。
フェオが畑一枚分の大地を綺麗に開墾する間にショージは大型農地くらいのサイズの面積をフェオより綺麗に開墾していく。途中でこちらに寄って来たショージが「ここまだ不純物余ってるから手伝うよ!」とフェオがさっき耕した場所から次々に石や邪魔な枝を取り出しているところを見て、フェオはもう耕す系の仕事を諦めた。
次に『NINJA旅団』だが、これまた有能であった。
「分身! 分身! 分身!」
「流石は師匠、一人で四十もの分身を!?」
「ウチらも負けてられないニャン!!」
「ニンニン! 分身でゴザルー!」
どういう術なのか全員が複数人に分裂し、分身二人が木を切り倒すと別の分身がその木の邪魔な枝を切り落として丸太に仕上げ、丸太を運んでいる間に別の分身が残った切り株を掘り起こして丁寧に処理してゆく。
たった四人の筈なのに、気付けばそこには六十人以上がひしめく大作業が行われていた。全員身体能力と敏捷性も高く、フェオの手伝う余地がどこにもない。
挙句、森にも詳しいのか生えてるキノコだの冬虫夏草だのといった金になる素材を片っ端から発見してはヒヒの下に持って行き、小銭を稼いでいる。
そして胡散臭さの塊であるヒヒさんはとんでもなく優しい人だった。
錬金術で簡易休憩所を作ると言っていたが、目を離した隙に、複数の部屋に別れた立派なログハウスとキャンプが出来る最低限の設備が完成。しかもメンバー全員に定期的に飲み物、おやつ、食事をしっかり用意してくれ、時間を忘れて作業するメンバーに休憩の合図を送ってくれている。
流石ハジメが現場の指示を任せただけのことはあると言うべきか、ヒヒさんは相変わらずイヒヒヒヒ! と胡散臭い笑みを浮かべながら錬金術で作ったアースゴーレムで丸太や石の整理をしている。
総論。
(わたし一番役に立ってないぃぃぃーーーーーっ!!)
正直かなり凹んだフェオであった。
翌日、フェオも奮起する。
整地の過程で出た石を使い、ヒヒに頼んで簡易焼却炉を製造。そこで邪魔な枯れ草や細かな枝をガンガン燃やす。薪に使えるレベルの枝は『NINJA旅団』が振り分けているが、それでも余計な枝などは結構な量であった。
かなりの量の灰が出たが、これをどうしようか悩んでいるとヒヒが助けを寄越す。
「草木を燃やした灰は草木灰と言いまして、実は肥料の一種として使えるんですよ? 丁度袋が沢山余っていますので、灰を綺麗にすりつぶして袋に詰めて頂ければアタクシがそれを買い取りましょう。イヒヒヒヒヒ……!!」
どこまでも良心的な男、ヒヒである。
灰被りになってしまったフェオだが、次第にヒヒと打ち解けてきた。
開墾三日目、フェオは伝書鳩で受け取った森の案内依頼をこなしたのち、魔法を用いて木を切り倒すことに挑戦する。
かなり魔力調整が難しく最初の一時間は失敗ばかりだったが、次第に慣れてきた。斬り倒した後の加工は流石にNINJA旅団に任せたが、魔力切れでクタクタになってログハウスに戻った。
その過程でNINJA旅団の三弟子と少し打ち解ける。
「ほう、ではフェオ殿は前回の仕事の縁で今回の開墾に参加されたのですな」
「凄いでゴザル! 拙者、まだハジメ殿と共に仕事をしたことがないのでゴザル!」
「あのハジメが連れてきたって聞いてどんなイカツいのかと思ってたけど、ふつーに話の合う相手で良かったニャア」
「正直こっちの台詞なんだけど……」
上から順にオロチ、ジライヤ、ツナデだ。
三人とも奴隷だったり孤児だったり身寄りがないらしく、みなライカゲに助けられて弟子になったという。なお、三人とも未だにニンジャがなんなのかよく分かってないけど格好いいからきっとヒーローだと笑顔で言っていた。
ライカゲは居心地悪そうに彼らに背を向けて食事していたが、まんざらでもなさそうである。
(ハジメさんが名指しで依頼するくらいだし、やっぱり悪い人じゃないんだね。近寄りづらいけど)
開墾四日目、いい加減に自分のこなせる仕事が少なくて暇を持て余し始めたフェオ、思い立って水路を作ることにする。
実は開墾する範囲を見て回った時、近くに小川が流れているのをフェオは発見していた。井戸があれば水は手に入るが、暮らすのであれば近くに生活用水路くらいあった方がきっと便利である。
ヒヒにもちょっとばかり錬金術のコツを教わったフェオは、水路を通す道を優先して開墾し、余った石を上手く敷き詰めたり砂利を巻いたり、丁寧に水路を作ってゆく。農業用というよりは自然の小川っぽいのが彼女の拘りだ。
手っ取り早く水路用の溝を掘り、その表面を錬金術を用いて石をコーティングした方が本当は効率的だろうが、フェオ的には人工物感が強すぎて気に入らないので魚もちゃんと住めるよう色んな場所に遊びを加えていく。
(実際に水を流す日が楽しみだなぁ)
開墾五日目、ここで緊急事態が発生する。
「開墾作業つまんねぇ……」
ヤバイ人ショージ、まさかの唐突な意気消沈である。