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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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14-5 fin

 二人の壮絶な殴り合いを見ながら、イスラは今恐らく最もこの状況を理解しているであろうショージに声をかける。


「……ショージさん、どう見ますか?」


 手に汗握って勝負に夢中になるショージは、試合から目を逸らさずに返事をする。


「今のところブリット有利だ。かなり有効打を叩き込んでるからな。どうやらこの試合はプロ仕様の12ラウンド制らしいが、12ラウンド過ぎても互いが立っていた場合は有効打を含む判定に持ち込まれる」

「今、7ラウンド目ですよね……厳しいですか、ハジメさんは」

「うん……いや……ちょっと微妙な気もするな」

「え? それは一体……逆転の目があるんですか?」


 曖昧な答えにイスラは思わず聞き返す。

 すると、ショージはイスラたちにはない視点での状況を語った。


「最初は俺もハジメの奴が攻められて危ないかなーって気もしてたんだけど、ボクシングって一ラウンド一ラウンドにものすげぇ体力を削ってんだよ。でもブリットが積極的に拳振りまくってて、ハジメは食らってはいるけど足取りは悪くなってない気がするんだよなー」

「つまり?」

「つまり――!」


 奇しくもショージの予想と同じものが、反対サイドでも弾き出される。


「この試合、ブリットが負けてしまいますわね」

「ええー……」


 ルシュリアは残念そうに、しかしあっさりと予想を口にし、コトハは項垂れて顔に手を当てる。


「あいつ自分から有利な戦いに挑んでおいてそれは……」

「いえいえ、ブリットは頑張っていますよ。この場合、相手が悪いのです」


 ルシュリアの言葉は現実となる。

 次第にブリットの動きが鈍り、ハジメの拳が的確に命中し始め、趨勢は瞬く間に逆転した。ボコボコに殴られ始める自分の部下を見つめながら、ルシュリアは苦笑を漏らす。

 男二人がひたすら殴り合う暴力的な光景に気分を害する様子はない。むしろ楽しんでいるような雰囲気さえある。


(姫、意外とこういうのお好きなんだ……)

「確かにブリットはボクシングという競技に誇りを持って戦っていますが、ハジメ様は死のすれすれを掻い潜ってきた実力者。その経験が活きたということでしょう」

「では、今までやられているように見えたあれは……まさか、様子見ですか?」

「恐らくは。殴られる際に絶妙に体を反らして衝撃を避けながら、敢えてブリットに手の内を晒させたのでしょう。ステータスの優位がないので効いていない訳ではなかったでしょうが……ブリットは泳がされていることに気付くのが遅れて圧していると勘違いし、序盤でスタミナを消費しすぎたのです」


 そう説明する間にブリットの顔面にハジメの拳が直撃し、ブリットは膝から崩れ落ちる。すぐに立ち上がって試合を続行するが、動きは更に悪くなり、ガードも上がらなくなっている。


「付け加えるなら、ハジメ様のポーカーフェイスですね。元々感情の起伏に乏しい方ですからどんなに痛くても全く顔色を変えなかったでしょう? 今までブリットが試合で勝ってきたのは、敵の攻撃を躱すか攻撃される前に即仕留める、いわば痛みや苦しみへの耐性が少ない者が多かったようです。ハジメ様のような真のタフネスを持った相手に焦ってしまったのでしょう」


 ブリットの動きが鈍ったとみるや、ハジメが急にエンジンがかかったように果敢に近づいて連打を次々にお見舞いする。ガードをするブリットだが、ガードの隙間を的確に突かれて次第に腕が緩み、そして遂にアッパーがブリットの顎を貫いた。


「シャアッ!!」

「ガッハァァァーーーーッ!?」


 口内出血と共に口からマウスピースが飛び出し、ブリットは仰向けにひっくり返る。

 テンカウント中にギリギリで立ち上がってマウスピースを嵌めるブリットだが、そこに試合開始時の逞しさは全く感じられない。

 満身創痍のまま試合は続行されたが、次の瞬間にハジメが放った容赦のない顔面直撃のストレートがトドメとなり、第8ラウンドで試合は決着した。


「げふっ……!?」

「はぁっ、はぁっ……ボクシング、意外に楽しいな……命懸けなところが、気に入った」

「へへへ……ボクシング好きなら……悪い奴じゃねえや」

『K.O.!!』


 決着のゴングが鳴り響く。

 勝者はハジメ・ナナジマ。

 初ボクシングにて、見事なK.O.勝利であった。




 ◇ ◆




「とゆーわけで!」

「大変ご迷惑をおかけしました!」

「別にいい」


 深々と頭を下げるルシュリアの護衛二人に、ハジメは気にしてないと首を横に振る。実際、ボクシングは途中から完全に熱中してしまっていた。久しく敗北を予感するハードな戦いをしていなかっただけに、懐かしく感じたほどだ。精神世界での戦いとは言え若干のフィードバックがあるのか、ハジメは怪我こそないが心地よい倦怠感を覚えていた。


 ただ、偶然近くにいたことで試合に巻き込まれたメンツのうちフェオが泣きながら家に乱入して抱きついてきたのは少々予想外だったが。

 暫くわんわん泣いたフェオは、今現在落ち着きを取り戻しているが、今度は自分の行動を周囲に見られたのが恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にして俯いている。ルシュリアによる「ハジメ様のことをよっぽどお慕いしてますのね?」といういかにも微笑ましげな言葉がトドメを刺したようだ。


「うぅぅぅぅ……もう、全部ハジメさんのせいですよ……!」

(濡れ衣では? と思うが、言わないでおこう)


 ただ、恥じらいながらもハジメの手をしっかりと握っているのは何故だろう。全く離す気配がないのでとりあえず甘んじているが、やはりボクシングの暴力的な面を見て怖がってしまったのだろうか。

 確かにあれは冒険者としてのバイオレンスとは少し趣が異なるので、まだ若い彼女には刺激が強かったのかも知れない。今は自分を彼女の父親代理だとでも思っておこう。

 それとは別に、ルシュリアに釘は刺しておく。


「おい、意地悪姫。次からは直接来るな。迷惑だから」

「つれないお言葉ですわね……しかし、今回の件は致し方なかったとお思いください。他の者に任せれば当初の文言におかしな条件を追加されかねませんのでね。シャイナ王国も一枚岩ではないのです」

「……そういうことにしておいてやる」


 言ってもどうせまた来るんだろうなとは思っているが、それでも言わなければ認めたことになるので敢えて言った。護衛の二人は、自分たちの主を相手に不遜な物言いをするハジメに思うことはあれど、二人の関係には踏み込まないと決めたのか何も言わない。


「では、最後に……個人的にハジメ様にお伝えしたいことが」

「……本当に最後だな? 分かった、聞く」


 ルシュリアはあまり大声で言えないのか、近づくようジェスチャーする。仕方なしに軽くかがんで身長差がある彼女に近づく。


「んっ」


 ルシュリアはそっとハジメに顔を近づけ、そして間髪入れずハジメに口づけした。


「~~、ぷはっ。わたくし最近あなた様に会えなくてもどかしく……でもこれで暫く寂しくありませんわね、ハ・ジ・メ?」

「お前、お前という奴は……!!」


 ハジメの胸中に、人生で初めて覚える感情――怒りが芽生える。

 護衛二人がムンクの叫びのような顔をし、ショージは無表情で倒れて動かなくなり、イスラがえっちな光景を見てしまったかのように両手で顔を押さえ、そしてフェオが魂が抜けそうな顔になっている。

 ボクシングを通して疲労したこの瞬間を待っていたのだ、こいつは。


「……とっとと帰らんか、悪ガキ!!」

「きゃー! ハジメが怒ったー!!」


 さりげなく様付けをやめて呼び捨てでこちらの名を呼びだしたルシュリアは揚々と転移台に向けてスキップし、護衛が慌てて追いかける。


「ちょっと王女! 王族の方がそんな気軽に口づけなんかしてはいけませんって!!」

「大臣とかに知られたらどうするのよマジで!」

「わたくしたちだけのヒミツということでいかがかしら?」

「解決になってませんーーー!!」


 三人はそのまま嵐の如く去って行った。

 ハジメは怒りの向けどころがなくなり天を仰いで特大のため息を吐き出すと、感情に区切りをつけることにした。全てが丸く収まりそうになったところであのような爆弾を投下するとは、愉快犯にも程がある。

 そして、正直見るのが怖いなと思いつつハジメがフェオの方を見ると、彼女は無言でハンカチを取り出していきなりハジメの口元を拭った。

 そして、彼女は濁った目でハジメの首裏に手を回す。


「フェ、フェオ……?」

「あの王女にだけはッ!! ぜぇぇーーーったいにハジメを渡しませんからッ!!」


 フェオはハジメとルシュリアの口づけに上書きするように、思いっきりハジメに口づけした。前歯同士が衝突して最初のアプローチが失敗したが、彼女は諦めずに二度目はがっつり口づけを続行する。防ごうかと思ったハジメだが、防いだらそれはそれで機嫌を損ねそうだという躊躇いにより手遅れになった。


 ちゅっ、と、初々しい音がした。


 口づけを終えたフェオは、頬を赤らめて満足そうにハジメに微笑みかける。


「これで上書き完了です! ハジメ! ……さん」

「そうか……まぁ、その、それでフェオがまた笑えるならいいが……」

「……」

「……」

「……あの、あっ、わたし、そんな、今のはええと………………ふにゅう」


 ボシュンッ! と顔面から湯気を吹き上げさせたフェオはそのまま失神した。

 一度冷静になって、余りにも大胆な真似をした自分に耐えられなかったらしい。


「何なんだこの状況は……」


 荒らされるだけ荒らされた現場に、ハジメは改めて性悪ルシュリアに二度と村に来て欲しくないと思うのであった。彼女の存在は絶対に教育と秩序を乱す。


 なお、後に目覚めたフェオは数日間ルシュリア来訪の記憶を喪失してしまいこれがまた騒動の原因になったり、エルフの里に遊びに行っていたクオンから「知らない匂いがするーっ!」と匂いを上書きするような執拗なスキンシップを受けたりした。


『汝、転生者ハジメよ……ルシュリア嬢の心は正直邪悪ですが、彼女の行いがきっかけとなり、貴方に強い感情が芽生えつつあります……』

『そんなこといいからあの女に天罰を下してください天におわします神よ』

『えぇ……て、天罰は下しませんけど、これを機に貴方にも別の感情が芽生えるといいなぁ、と期待してますよ?』


 神は何もしない。

 人生で初めて神にちょっと失望したハジメであった。


『それは理不尽ではッ!?』


 なお、どうやらルシュリアは敢えてフェオのジェラシーを高めてハジメと彼女の関係性を深めさせ、よりハジメが死にづらくなるよう工作しつつワンチャン嫉妬したフェオが自分を殺しに来ないかなと期待したらしい。

 

「下衆が……」

(ガチキレしてる……)


 額に青筋が浮かぶハジメに、キレるポイントどこにあるんだこの人、とショージは思った。

 ハジメの頭のネジは「旅に出ます。探さないでください」という書き置きと共に失踪したようだ。

あんた怒りの琴線どこにあるんだよ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] うむ…いままでキレそうなことが多々あったとしてもキレなかったというのに、口づけ一つでキレるとは、沸点のポイントがよくわからぬ…いやまぁ、性悪姫のいままでの積み重ねとか、フェオを刺激するような…
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