14-3
唐突に現れたカルパに、ショージは気兼ねなく変な挨拶をする。
「カルパちゃんだ。ちょりーす!」
「ちょりーす」
カルパもカルパで、無表情のまま謎の挨拶を返す。
村に住む美麗女性メイドのカルパは普段は村の管理を手伝ったり、主人であるというトリプルブイの元に向かったり、ベニザクラの義手のメンテナンスも行っている。
意思を持った人形『オートマン』でもあり、ショージに絡繰を教えたり細かな作業を手伝ってくれるのだが、この世界に誕生して間もない彼女は時々突拍子のない事を言い出すときがある。
「ていうか、淫らってなんですか! 何もやましいことしてないでしょ!」
「おや、こういうシチュエーションは世間では浮気ないし不倫と呼ぶとデータにありましたが、どうやら誤用でしたか。要分析記録として再検証します」
「相変わらずカルパちゃんは天然だなぁ」
「100%人工物ですが? ちなみに今のは高度なジョークです」
「そ、そうですか……」
ショージは上手く彼女と付き合っているようだが、イスラとしては未だにどう接すれば良いか困る相手である。そのカルパはハジメと王女と護衛を見てふむ、と分析する。
「ルシュリア王女殿下、それにコトハ・クラミツとブリット・バレットですか」
「知っているのか雷電! もとい、カルパちゃん知ってんだ」
「当然です。ルシュリア王女は若くして既に為政者としての頭角を見せる才色兼備の麗姫として各国でも有名ですから。ハジメ様とは嘗て王が主催した笑顔大会で出会い、以降ずっとお気に入りとの噂です」
「笑顔大会……?」
「なにそれ?」
フェオとショージが首をかしげるので、イスラが簡単に説明する。王家で起きた二人のちょっとした事件については教会でも有名だったからだ。
大会の経緯からハジメの発言、その後の王家との軋轢に、フェオは頭を抱える――かと思いきや水を得た魚であった。
「ほらっ! ほらーっ! ハジメさんが言うくらいだからきっとあの王女は相当なワルなんですよっ!! 言われてみればハジメさんさっきから嫌そうな顔してると思いましたもん!!」
(さっき「満更でもなさそう」と言っていたのは触れない方が良さそうだな……)
人間、不思議と人の悪口を言う時の方が生き生きしているものである。
カルパは王女より付き人の方が気になるようだ。
「コトハ・クラミツは別名『嘘剥ぎのコトハ』と呼ばれる敏腕調査官としてその筋で有名です。何でも彼女の言葉を前にすると、罪人の嘘は必ず暴かれてしまうのだとか。どのような人物か非常に興味深いですね」
「も一人の方は?」
「ブリット・バレットはボクシングなるスポーツを国内に普及させようと個人的に活動している国家公認の珍しい格闘家ですね。実力的にはそう高位でもないですが、格上の冒険者を何人か試合で倒したそうです。ボクシングとは如何なるスポーツか興味が尽きません」
「つまり『僕さー、ボクサーなんだよねー』ってことか」
理由は全く不明だが、周囲を極寒の吹雪のように冷たい風が吹いた気がした。
◆ ◇
一方、既に室内に入ったハジメとルシュリアの会話は既に始まっていた。
「それで」
ハジメは苛立ちを隠そうともせず姫をリビングの席に座らせ、自分も向かいの席に座る。王侯貴族への礼節の欠片くらいは知っているハジメだが、とてもルシュリアに傅いて手の甲に口づけする気分にはなれない。何故なら、彼女が邪悪だからだ。
「何しに来たんだ、結局」
「貴方が魔王軍幹部をそれと気付かず叩き落として魚の餌にした件のその後について、脳みそに13円の価値しかない老人たちから通達がありますわ」
「仮にも身内側の連中だろう」
「老害でしょう。腐敗とセットの安定などくそくらえですわ」
特に気にした様子もなく書類を取り出したルシュリアがハジメに見せる。
――書類の内容を要約すると、こうだ。
非神器所有者の魔王軍幹部討伐は社会に多大な混乱を齎すので勝手に狩るな。
上記の理由から、混乱を避けるために今後ハジメが幹部を討伐しても、その手柄を勇者のものとして扱う。
ハジメが魔王軍幹部を狩った噂が出たので、ハジメを目立たせて事を露呈させないようハジメへの指名依頼を特例のない限り一年間禁止にした。
その間に得られるはずだった報酬の保証はしない。
勇者に接触するな。人材もスカウトするな。
お前がルールを守っているかどうか国の監視をつける。
拒否したら殺す(by.国王)。
……最後の一つに途轍もない私情を感じるハジメであった。
「スカウト禁止とはなんだ」
「真っ先に聞くのがそことは、流石ですわ。それは貴方が勇者の仲間捜しを妨害した可能性があるから、だそうです。今代の勇者には興味が湧かなかったので詳しくは忘れました」
――そのときは不思議な命令だと思ったが、これがベニザクラの一件を指しているとハジメは大分後になって気付くこととなる。
「他は実質的に一年隠居か。面倒だな……」
このとき自分の出身だった世界が『外出自粛』なる自衛手段を用いらざるをえず苦しんでいることなどつゆ知らず、ハジメは顔をしかめた。ハジメとしては収入が減るのも名誉を掠め取られるのも別に困らないが、自分が死ぬかも知れないレベルの依頼が舞い込む可能性が減るのは困る。
「この依頼発生の特例的条件とは?」
「人命の懸かった緊急事態ですわ。ハジメに舞い込む依頼の7割程度はそういう依頼でしょうけれども、アホウドリの13円脳みそ共はその辺が理解できないようです」
「つまり、俺には不便はあれど大きな支障はないということか」
「そういうことですわ。それでは同意書類にサインを」
サイン前に書類を入念に読み込むが、驚くほど簡潔に書かれているため粗や足を掬うような記述は見当たらない。仕方なくサインした。スカウト協力が出来なくなった点は後でフェオに謝罪しておかねばなるまい。
ふと、ハジメは一つ質問を投げかける。
「これ、お前が勝手に俺に許可を取りに行ったと聞けば王は余計に怒り狂うのではないか?」
あの王はルシュリアを純真無垢な娘と信じて疑わず溺愛しているので、国家の命令とはいえ内容的に雑事と言えるこの用向きを、しかも自分が城に出入り禁止を命じている相手の為にわざわざ愛する姫が向かったと知れれば面倒が周囲に撒き散らされるのではないか。
しかし、ハジメの懸念に対してルシュリアは可笑しそうに笑うだけだった。
「怒り狂わせておけばよろしいのでは? その際は宮廷画家を呼んで大の大人がみっともなく喚き散らす様を絵画に仕上げ、王立博物館の入り口に飾ってみたいものですわね。そして画家が処刑される寸前に、実は私が描くよう命じたと大衆の面前で声高らかに宣言して父上の動向を窺いたいですわ!」
ルシュリアは心底楽しそうだ。
彼女は王をつまらないと思いつつ、面白くする方法も考える。
自分の父親さえも玩具だと思っているのだ。
魔王より魔王っぽい趣味である。
「さて、話はここまでにして……そろそろメインイベントですわね」
ルシュリアが消音魔法を解除して手を叩くと、家をノックして彼女の付き人が入って来る。二人はハジメの前に並び、真剣なまなざしでこちらを見つめ、コトハという女性から先に口を開く。
「ハジメ・ナナジマ……我々はお前を信用していない」
「よって、俺らなりにお前の真意を問うことにした!」
「いや、信用していただかなくて結構だが」
「えっ」
「えっ」
二人が予想外だとばかりに顔を見合わせているが、ハジメはそういう人を試す手合いには極力付き合わないようにしている。
「十年以上行動で示してきたつもりだが、俺は自分が国家に信用されていないことは自覚しているし、未来に信用を得られることも期待していない。生まれつき疑われる運命にあると思って諦めているので、別に信用する必要はない。仮に信用出来ると判断されたとして、今度はお前たちの同僚や円卓会議の老人たちと意見が食い違ってやりにくくなるだけだぞ」
「あっ、あのっ……」
「ええと……」
「伝達事項はしかと受け取った。村の入り口付近に転移台があるから使うといい」
ハジメはハジメなりの普通の考えでそう締めくくり、三人にお帰り頂く態勢に入る。
護衛のブリットがコトハにひそひそ話しかける。
「……おいコトハどうすんだこれ。相手を乗り気にさせて勝負に誘う流れだったのにぬるっと受け流されたぞ、ぬるっと」
「姫様があれだけ懇意にしているというのに護衛に信用してないなどと公言されてむっとするどころか同調するなんて、どうなってんのよこいつの脳内……組み立てるときにネジ締め忘れたんじゃないの?」
「しかも結構言い分が真っ当だ……彼は別に王家から直接的に何かの役割を任されてる訳じゃないし、信用されなくとも何の問題もないぞ」
「こういうのは想定してなかったなー……えー……そ、そうだ! これを依頼として報酬を用意しますよ! 冒険者ならお金欲しいでしょ!?」
コトハが叫んだ瞬間、ハジメの心に何かが命中した。
そして、何故か自宅内で金庫代わりに使っていた部屋のドアがはじけ飛んで金銀財宝がざらざらとリビングに侵入してきた。換金が面倒で適当に放り込み続けたセキュリティもクソもない換金アイテム部屋だが、ものぐさが過ぎたようだ。
「遂に溢れたか。仕方ない、面倒だが明日にでも売ろう」
「どんだけ金目の物持ってんのよ! ああ、あれだけあったら王都最高級パフェの『パッフェルシャトー』が30個でも40個でも食べられるのにぃ……!!」
「食べ過ぎだぞコトハ。確かあのパフェ一つでどんぶり一杯分は量あるだろ……てか円卓会議の奴ら、仕事を減らして困窮させるとか息巻いてたけど絶対無理だろこれ。大富豪じゃん」
「ぐぬぬぬぬぅぅぅ~~~!! 勇者レンヤに手柄取られて悔しいとかないの!? それともお金は十分儲けたから世界はどうでもいいとでも!?」
また、心に何かが当たる。
しかし、当たっただけでそれ以外は何も感じない。
「俺の戦いが勇者レンヤの手柄になって国家が安定するなら、少ない労力で大きな善行を積んだことになるので問題はないだろう。むしろ今の勇者にかかる期待が高まりすぎて苦労しないか心配なくらいだ。世界のことは大事だとは思う。俺の命よりな」
「……姫様のことどう思ってるの?」
「性格が悪いと思っている。とても」
ぷっ、とルシュリアが吹き出し笑いをした。
コトハは暫く恨めしげにハジメを睨み、はぁ、と脱力した。
「これだけコトダマ叩き込んで揺らがないってことは、本音みたいね……いや、本音であって欲しくない部分も何カ所かあったけど。姫への失言とか、姫への失言とか、あと姫への失言とか」
「そちらもマナーが悪いな、コトハ・クラミツ。俺の了承もなしに既に試し始めていただろう。言葉で心に干渉する転生特典とみたが、どうだ」
「正解よ。コトダマが私の特典でーす……はぁ」
コトハは降参したように両手を挙げる。
こちらが転生者であることは想像がついていたらしい。ルシュリアが何も言わない所を見るに、彼女も転生者たる存在については認知しているようだ。
「まぁ、無礼のお詫びがてら教えたげるけど……私のコトダマは真実を導き出す力よ。人の心には他人に知られたくない、頑なに隠す場所がある。その場所を言葉で撃ち抜くことで、相手の本音を無理矢理引き出せちゃうの。嘘つきに強く、正直者には弱いかな」
そう言いながら彼女は指先で銃の形を作る。
「あ、言っておくけど効果は他にも色々とあるから痛い目みたくなければちょっかい出してこないでね? 伊達に王女の護衛任されてないの」
そう言って、コトハはバァン、と銃を撃つ真似をしてウィンクした。
なんか、若干ノリがレトロな気がするが言わないハジメである。
「ちなみに今のは私が世界一かっこいいと思ってる賞金稼ぎの真似であって決して昭和レトロのものじゃないからね!」
「そうか」
「じゃあ残るは俺だな!」
急に言い訳を始めるコトハをよそに、もう一人の護衛であるブリットが前に出た。まだこの護衛達の試練は終わらないのかと辟易するハジメを見て、ルシュリアはここからが本番だとばかりに好奇心の色を深めた。




