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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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14-2

 その少女は、気付いた時には既に村に入っていた。

 ハジメはその声に聞き覚えがあり、即座に振り向いて訂正する。


「俺はお前のハジメになった覚えはないが、言葉の綾ならやめて貰いたいなルシュリア。この性悪姫め」

「あら、つれないことを言わないでくださいな。特別な一夜を過ごした仲ではありませんか?」


 ころころと笑うその人物に、村にいた全員が驚愕に目を見開く。

 国の式典や祭りで誰もが顔を見た事があるその少女は、見間違うことなくシャイナ王国の王女、ルシュリア姫であった。

 特にショージに迸った衝撃は凄まじく、わなわな震える手でハジメを指さして叫ぶ。


「こんな年下のカワイコチャンに手ぇ出すとかアンタやっぱりロリコンだっ――」


 その瞬間、フェオの肘鉄が無防備なショージの顎を打ち抜き、彼はもんどり打って倒れ伏した。そこまでせずともいいだろうにと内心ちょっと引きつつも、ひとまずハジメはフェオには事実を伝える。


「あの笑顔大会を特別な一夜と呼ぶなら該当者は俺以外を含め百人以上に及ぶ」

「その中でも貴方は特別ですからっ!」

「ハジメさん……私には一言もなかったのに、姫様と……」


 ハジメは上向きかけたフェオの機嫌が急落してくのを感じ、背に冷や汗をかいた。そんなハジメを見て、ルシュリアは可笑しそうに微笑んだ。


 ルシュリアのことをハジメはよく覚えている。

 7年前、何の因果か名の知れた冒険者としてルシュリアを笑わせる『笑顔大会』に参加させられたハジメは、彼女を見て人生で初めて戦慄を覚えたのを克明に記憶している。その当時は何故彼女に言い知れない戦慄を覚えたのか気付けなかったが、大会途中でそれを遂に理解した。


 ハジメは世の中の何もかもをどうでもいいと思いつつ、それでも自分と他人なら他人の方がまだ価値のある存在だと思っている。

 だが彼女は違った。

 城も、王も、民も貴族も魔物も等しく雑草以下だと思っているし、そんなことを考えている自分は一秒後に粉砕されて死んだ方が周りの反応が面白そうだと思っている滅茶苦茶な思考回路の持ち主だ。


 彼女は何を思ったか、或いはハジメの虚無な精神を感じ取ったのか、笑顔大会の途中でハジメを呼び出した際に本心だと分かる態度でそれを堂々とハジメにぶちまけ、「王の前でバラしてくださる?」と淑女然とした笑みでお願いしてきた。


 ハジメはそんな彼女を『ひねくれた破滅主義者』と称した。


 一応そのときは願いを聞いてあげたが、自分の性根が暴露されたのに誰もそのことを真実だと思おうとしない周囲の様を、彼女は心底嘲笑していた。彼女自身があまりにも美しいために誰もそうだと気付かず無邪気な笑みに見えたようだが、ハジメにだけはそれが空恐ろしいほどの嘲笑であることを感じ取れた。 


 彼女は、家臣どころか自分の父親さえも蔑み、欺いているのだ。

 転生者から情報を聞き出すことで転生特典の概念から現実世界の知識まで理解する異常な知能の高さといい、彼女自身は転生者ではないのが不思議なくらいの歪みっぷりである。


(これが万一次の王にでもなろうものなら、不安しかない……)


 隣で上機嫌そうにハジメに手を絡める少女を見て、ハジメは漠然とした不安を覚える。


 たった今、隣で腕にじゃれてくるルシュリア王女は本当に甘えているだけに見えるが、それがまたハジメには不気味だった。

 暴露の件以来、彼女は時折思い出したようにハジメの行く先に現れて仕事を頼んだりしてくる。その全てが文句のつけようがない善行であり、しかしそれをまるで善意を持たない人間がお願いしている事に誰も気付いていない世界そのものを嘲笑している。

 彼女は多分、そういう人種だ。

 今のところ害はないが、いつ転ぶか分からない。


 今、二人は周囲と距離を取りハジメの家に向かっている。

 そこで伝達事項を口頭で伝えるのだそうだ。

 彼女の連れてきた護衛二人は少し後ろから付いてきているが、彼女が魔法で用意したとびっきりの無音空間のせいでハジメたちの会話は周囲には一切漏れない。


「それで、何をしにきたんだ。周囲に無音空間まで発生させて、直属の部下にさえ隠し事か」

「だって気兼ねなく喋りたいんですもの」

「そんなに城の中がつまらなかったか」


 その質問を待っていたとばかりに、ルシュリアはぱあっと花咲くような眩しい笑みを浮かべた。


「くそつまんねーですわ!」

「お前の情緒はおかしい」


 つまらないなら何故そんなに嬉しそうに笑うのか、ハジメには理解できない。

 本音を公言することでカタルシスを感じているのだろうか。


「ここ最近ハジメは面白そうなことばっかりしてるのに、何で王宮の中はあんなにもくそつまんねーのでしょう! いきなり城が崩落して城内280名全員潰れて死なないかしら。もしくは魔王がいきなりシャイナ王国の首都往来のど真ん中で核熱魔法使って住民を消し炭以下に消滅させて都市機能マヒさせないかしら……そんな妄想に耽ってしまうほど、わたくしつまんなくてよ?」


 ――これが、嘗て笑顔大会で不敬者ことハジメが放った「この王女は性根が腐った最低の人間だ」という発言の由来である。王が娘を貶されて怒るのは分かるが、真実はハジメの側にあった。


「俺の何が面白い。善行を積みつつ死ぬ前の近辺整理に乗り出したら失敗しただけだ」

「それが面白いではないですか! 何故誰でも気付きそうなことに全く気付かず誰も想像しない方向に突っ切った挙げ句、試合に勝って勝負に負けるような真似をし続けているのです!? もうおかしくておかしくてしょうがありませんわ、うふふははははっ!」

「人の失敗を笑うな。性格が悪すぎる」

「だって可笑しいんですもの! 大魔の忍館にオークを連れて突入した話なんて、わたくし部下の前で笑い転げるのを我慢するのに必死だったんですから! 性欲のせの字もない貴方がよりにもよってあそこだなんて!」

「待て、知ってるのかあの店を」

「営業許可を出したのはわたくしですもの」

「はぁ?」

「十年前、風営法(※)改正の折にあそこを潰そうという動きがあったので、条項の草案に干渉して存続できるよう手回ししました。営業許可の関連で何度か店に入ったこともありましてよ?」


 しれっと答えるルシュリア。

 まさか過ぎる事実にハジメは目眩がした。

 しかも十年前ということは、当時のルシュリアは5歳である。

 風営法を理解している5歳児など、もう言葉が出ない。


「人間の住まう場所の近くに魔王軍幹部クラスの悪魔が働いてるだなんて面白いじゃないですか。残念ながらキャロラインさんが割とまともな悪魔だったせいで思ったほど盛り上がりませんでしたが。もっと謎の変死体とか行方不明者が出るかと期待していたのですけれどねぇ……」

「防音されてて良かったよ。村の連中が耳を潰さないで済む」


 完全無欠の清楚王女として通っているルシュリアの本音はそれだけで精神兵器の類である。キャロラインも騙されているのかと一瞬思ったが、人間の感情を感じ取りやすい悪魔の中にあってあれだけの力を持つ彼女がルシュリアの本性を見抜けないとは思えない。

 彼女もとんだ珍獣に会って面食らったことだろうな、と同情する。


「ときに、義理のお娘さんが出来たそうですわね?」

「……ああ」

「お娘さん、ママが……くふふ、貴方がママって。ママが大好きなのでしょ?」

「……ああ」

「今は遊びに出かけてるみたいだけど、自分の特等席であるママの腕に知らない女の匂いがたっぷりついてたら嫉妬しちゃうんじゃないかしら?」

「何が言いたい」

「エンシェント・ドラゴンが本気で人間に嫉妬したときにどんな厄災を呼ぶのか興味がありますっ! 癇癪で地盤の二、三枚ひっくり返して60万人ほど人口が跡形もなく消し飛んだら及第点かしら!」

「このイカレたクソ女が」


 長らく過ごしてきた人生のなかでもトップクラスの悪態が口から飛び出した。

 こんな悪口を言った相手はルシュリアが初めてである。彼女の発言は人命軽視にも限度があり、そしてハジメの道徳の許容限度を超えている。なのに、ルシュリアはハジメの反応を面白がっていた。


「貴方のような聖人君子じみた人生を送っている人にそこまで言わせるなんて、わたくし興奮してしまいます……♪」

「本当にやめろ。気色悪くて鳥肌が立つ」


 早く家に着きたいのに、ルシュリアが牛歩戦術を使っているのでたどり着けない。

 さっきから明らかにフェオの不機嫌な視線が物陰から浴びせられていることに気付いているハジメは、これ自体がルシュリアの愉悦の一種かと臍を噛んだ。


 イカれた想像を実行することはないが、いつしてもおかしくない――だからルシュリアを警戒せずにはいられないのだ。


(※ 現実世界における「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」の略称。こっちの世界でも風営法で通じるのは、王国の法整備をした人間に転生者が混ざっていたからかもしれない)




 ◇ ◆




「な、ん、な、の、よ、あの王女は……ハジメさんに馴れ馴れしくベタベタと!! なーにが『わたくしのハジメ様』よ、権力者っていっつもそう! ハジメさんもハジメさんで満更でもないような顔で勘違いしちゃって!」

「なんなんだあの唐変木男のモテっぷりは……王女と懇意とかファンタジー話の主人公にしか許されねぇ特権だろ!! しかもベタ惚れじゃねーか王女様かわいい! 羨ましい! 代われッ!」

「君らさぁ……」


 フェオ、ショージ、イスラの三名は二人の後を遠くから監視していた。

 ただ、フェオとショージは既に状態異常並に精神が暴走しているが。


 一国の王女がわざわざ自分の村に来てくれているのだから、本来ならフェオは村の発展性などをアピールすべきである。或いはその名誉に打ち震えるべきだ。

 しかしフェオの感情はハジメに腕を絡ませ抱きつく王女と、それを当然のように受け入れるハジメに釘付けだった。


 理由は分からない。

 分からないが、フェオはものすごくムカムカしている。


(あんなにゆったりと二人きりの時間を……私の時は移動しながら最低限の会話とかで済ますじゃないですかっ!! それともハジメさんも結局見た目や姫って肩書きに転がされるんですかっ!?)


 ――実際にはフェオはなかなかにハジメに気遣われているのだが、機嫌が悪い人は自然と自分にとって都合のいい『悪い思い出』が頭に浮かびやすいものだ。フェオはルシュリアのいかにもハジメの理解者然とした態度が気に入らず、そんなルシュリアに普段と違う対応をしている気がするハジメにも苛立った。


 ただ、フェオとショージを呆れた目で見るイスラは違う意見だ。


「あの姫様、なんか、こう……気のせいかも知れないけれど、カンがざわつくんですよね。ハジメさんも表情に変化はないけど機嫌が悪いような気配が……」


 流石は聖職者、真実を見抜く目があるイスラは限りなく正解に近い。

 だが、正答者より誤答者の声の方が大きいのは世の常だ。


「いいえそれは勘違いですー!! ハジメさんなんてどうせ私のことをめんどくさい女だと思って、もっと利発そうな女といちゃつきたいと思ってたんですー!」

「イスラお前の目は節穴かぁッ!! いいか、人の性格の善し悪しは容姿の美醜によって差異が生じるとホームレス賢者も仰せであった!! つまりあんなに可憐で美しい少女の性格が悪い可能性はゼロ! ゼ(↑)ーロ(↓)ーーーー!!」

「だから君らさぁ……」


 やむなしとばかりにイスラはカームの魔法を発動する。

 カームは精神を平常に落ち着かせるという聖水みたいな効果があり、二人にもほんの少し理性が戻る。


「落ち着きましょうよ。さっきから挙動不審すぎて護衛の人たちがチラチラ見てますよ?」

「だってハジメさんがぁ……」


 目を潤ませて弱々しく抗議するフェオに、イスラは気まずそうに頭を掻く。


「その、フェオさんがハジメさんのこと大好きなのは分かりますけど」

「なっ、やっ、ちがっ、こ、これはそういうのじゃなくて、そう!! 村長として風紀の乱れとかなんか色々あるから、そういうのですからぁっ!? だいたいハジメさんは自意識というものが薄いから押されれば倒されるかも知れないじゃないですか!」


 赤らんだ頬を隠せないまま一気にまくし立てるフェオだが、この村の住民が見れば殆どの者が照れ隠しだと断言するだろう。


 フェオはこの村に来た人間には必ず一度はハジメの話をする。自分の夢を笑わないどころか叶える機会さえ与えてくれているハジメとの出会いの話を、それはもう嬉しそうにするのだ。そして意外と可愛いところがあるという言葉で大抵は締めくくられる。


 しかも、それだけでは終わらない。


 ハジメがまたとぼけたことを言っていた。

 ハジメと買い物に行ったら意見が合った、ないし合わなかった。

 ハジメの依頼に同行したらまた突拍子のないことを言い出した。

 ハジメは可愛い系と格好いい系のどっちが好きなのか。

 ハジメとの実力差を少しでも詰めるいい方法はないか。


 常にとまでは行かないが、一日に数度はハジメの話をするフェオを見て、彼女がハジメに気がないと信じる人間はそうはいない。フェオ自身にそこまで自覚はないようだが、ここ最近ハジメに近寄る他の女性が増えてジェラシーを露骨に見せるようになってきたのは鈍感なイスラでさえ気付いている。


「本当にそう思います?」

「思うよっ!!」


 顔を真っ赤にしたフェオは意地を張って叫ぶが、すぐにその虚勢はしぼむ。


「……いや、ハジメさんもそこまで考えなしじゃないだろうってことは分かってるんです。でも、もしあのお姫様がハジメさんにずっとアタックして、ハジメさんが心変わりして、普通の人になったときに……そのとき自分があの人の隣にいないって思うと、寂しいんです……」

「……えっと」

「……そ、そうだね」


 余りにか細い声に、隣で騒いでいたショージも正気に戻る。

 恋愛経験ゼロの野郎二人に彼女の切ない胸中など理解出来る筈はない。ただ、相手が権力も美貌も持ったルシュリアであることを考えると、彼女の不安も少しは想像できる。


 フェオは確かに気立てもよく美しい娘だが、相手は国家随一の美少女姫だ。

 世の多くの人は、姫に心が傾くだろう。

 つまるところ、彼女は自信を喪失しているのだ。


 精一杯考えた挙げ句、イスラは苦し紛れの励ましに出た。


「……もしお姫様に取られたときは取り返しに行きましょう」

「ハジメさんを、取り返しに……?」

「ほら、ハジメさんは情の深い方ですし、フェオさんが自分に会えずに泣いていると聞いたら気になってしょうがない筈です。あとは城にいたらやりづらいであろう散財をダシにすれば簡単に取り返せますって」

「そう、かなぁ……」

「きっと困った顔しながらフェオさんに相談してきますよ。どっちを取っても女神様に怒られるけど、どうしたらいいだろうか、って」

「……言うかも。ふふっ」


 思わず吹き出し笑いをするフェオを見て、イスラはほっとする。


(なんとか立ち直ったみたいだけど、はぁ……恋する少女の励まし方なんて教会で習ってないよ……)


 マトフェイがいれば任せる手もあったのだが、彼女は最近村にやってきた犬人リカントのユユという少女にカウンセリングを施しているので手が離せない。

 なお、彼女が「イスラには絶対に任せられないから全面的に自分に任せてください」と主張していたことだけは不思議に思ったが、彼女がそこまで断言するならばと信じて任せた。


 ――と。


「家政婦は見た、聖職者とエルフの淫らな昼下がりを」

「えっ。……わぁッ!? カルパさん!?」


 そこには家政婦が見たときの角度で建物の影からこちらをじっと見つめるオートマン、カルパの姿があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >あとは城にいたらやりづらいであろう散財をダシにすれば簡単に取り返せますって 実際に城の方に、もとい姫の方に心が傾くことはないだろうけど、あったとしても、散財をエサにされたら奪還は簡単にで…
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