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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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13-5

 その日、レイザンは上機嫌だった。


 ロムランギルド唯一のベテラン冒険者であり、『双魔掌』の二つ名を手にし、好きな女を好きなように侍らせることの出来る人生。しかも面倒ごとは父に話せば全て解決してくれる。何一つとして不自由のない人生だ。


 週一で様子を聞く為に呼びつけてくる父の反応も予定通りだし、移動ついでに冒険を休んで町で遊べて一石二鳥だ。もちろん、自分の金は使わず脅していいなりにした店員がいる店でのみ買い物をする。金を払わず物だけ貰える買い物だ。


(しかしいい加減ユユには飽きてきたな。シオも思ったよりプライドが高くて面倒だ。そろそろ本格的にリリアンをオとして、楽しんだら新しい女を探すか)


 レイザンにとって女は自分が満足するための道具に過ぎない。

 扱いは簡単だし、捨てるのも簡単だ。

 何故なら、レイザンは彼女たちの好感度を上げるとっておきのテクニックを持っているからだ。


 女は基本、話を聞いて同意して欲しい生き物だ。

 だから、相手が落ち込んでいる時、困っているとき、触れ合うときにそれに付き合い、少しずつ、少しずつ好感度を刷り込んでいけば簡単にオとせる。


(そろそろ受付嬢も味見したい。アイビーなんかオとせたら面白そうだ……)


 今頃シオとリリアンがあの無駄に金を貯め込んでいそうなナナジマから金と装備を巻き上げる算段を整えている頃だろう。あの男、自分のいないところでは随分アイビーと仲良くしていたようだから、彼女がレイザンの女になったところを一度は見せてみたいな、とレイザンは下卑た笑みを浮かべた。


 自分の才能は本物だ。

 何故ならこんなにも成功しているのだから。

 しかし鷹揚と町に戻ったレイザンの耳に届いたのは、リリアンからの予定外の事態だった。


「マンティコラが現れてシオとあのオヤジが襲われただぁ?」

「そうなの、レイザン様!! 私、逃げることしか出来なくて……!!」

「いや、いい。大丈夫、俺が全て片付けるよ」


 叱咤を恐れるよう震えるリリアンの肩をぽんぽんと叩き、気付かれぬよう些細な細工使って落ち着かせる。リリアンは涙ぐんだ瞳でレイザンの身にしなだれかかってきた。いかにも名残惜しそうにリリアンの体を遠ざけた。


 今、レイザンの頭では、筋書きが出来ている。


 シオはそろそろ捨てようかと思っていたので死んでも構わないが、生きているなら本格的にオとすチャンスになるだろう。また、この危機はリリアンの精神を揺さぶり、付けいる隙が増える。そしてナナジマが死んでいた場合は、それこそ死体から身包みを頂けば当初の目的は達成出来る。


 マンティコラとは戦ったことはないが、ベテランクラス冒険者の自分には容易い相手だろう。いざとなればユユを囮にすればいい。彼女は今までの女の中でも特に自分に忠実だから、何だってしてくれるだろう。

 レイザンは、意気揚々と森に向かった。

 ベテランクラスの自分が、ミディアムキラーに負ける筈がないと思いながら。




 ◇ ◆



 如何なる魔物との戦いであろうと事前の準備を怠ってはならない。

 冒険者になりたての頃、そんなことを聞かされた。

 レイザンはそれに、真に強い者なら必要ないだろうと思った。

 自分が真に強い者だと信じて――。


 だからレイザンは、目の前の現実を暫く受け入れることが出来なかった。


『キャッキャ!! アハハ!! ザーコザーコ!!』

『ノロマー!! ノロマー!!』


 どこで覚えたのか人間の言葉で煽ってくる二頭のマンティコラに、レイザンは青筋を立て、両腕に魔力を収束させる。


「クッソがぁぁぁぁぁッ!! スクリューバァァーーークッ!!」


 水魔法のスクリューバークが螺旋を描いて二体のマンティコアに直進する。中級水魔法の中でも特に貫通力と速度があるスクリューバークを両手から放つ。


 魔法は通常杖を媒介に発動するのが一般的であり杖なしでは効果が下がるが、杖に変わる媒体さえ用意すれば殆ど威力を落とさずこうして手から魔法を放つことが出来る。とはいえそれを両手で行うことや威力を維持するには、魔法知識とセンスが必要になる。

 故に、それを平然と行えるレイザンは『双魔掌』の二つ名を得た。


 しかし、マンティコラは軽いステップでひらひらと魔法を躱す。

 そして躱すたびにまたレイザンを嘲笑する。


『ナサケナーイ! ハズカシクナイノー!?』

『ドコネラッテンダヨ、ノーコン!!』

「ッああああああああああッ!! ファイアボール!! ヘイルショット!! ライトニングッ!!」


 魔力を込めて威力をかさ増しした魔法を次々に手から発射するも、一向に命中しない。今まで戦ってきた魔物はどれも簡単に命中させることが出来たというのに、何故当たらないのかレイザンは理解できない。いや、しない。


『オロカ、スクエナイ!!』

『ソレガオマエノゲンカイダッ!!』

「クソが、クソがクソがぁッ!! 俺はベテラン冒険者だぞ、こんなところで負ける男じゃねえんだッ!! 地脈の狂騒、母なる者の逆鱗をその身に浴びろッ!! グランドバッシャァァァーーーッ!!」


 両手を地に付け、大地に魔力を送り込む。

 直後、地面が鳴動して大きく裂け、突起型に変形した岩が次々に大地から飛び出してた。荒れ狂う大地の怒りはまるでレイザンの怒りを代弁するかのようだ。

 今のレイザンが出来る最大の広域魔法、グランドバッシャー。

 殆どの魔力を使い切ってしまうが、これで倒せなかった相手はいなかった。


「どうだよ、クソ魔物共!! これか俺の力だ!! オラなんか言ってみろ――」

「レイザン様危ないッ!!」


 後方待機を命じていたユユが、勝ち誇った顔のレイザンを突然突き飛ばす。

 その瞬間、上方から迫った陰がレイザンのいた場所にギロチンのように鋭い爪を振り下ろした。ザンッ!! と、地面が深く切り裂かれる。


 そこにいたのは、傷一つついていないマンティコラだった。

 レイザンは愕然とし、目の前の現実を理解出来なかった。


「なんだ……なんで、こいつら生きてる……」

「レイザン様が魔法を発動させる直前にこいつら周囲の高い木に登ってたんです!!」


 ユユの説明に、レイザンは体から魂が抜けるような虚脱感に襲われた。二体いて、二体ともレイザンの魔法を見切ったと、ユユはそう言ったのだ。見下していた魔物に完全に弄ばれ、何も出来ずに尻餅をつく自分の現実を、レイザンは受け入れられなかった。


 ユユは必死に剣を片手にマンティコラに斬りかかる。

 彼女は強くはないが回避能力は高く、ギリギリでマンティコラの反撃を捌いていた。


「レイザン様、大丈夫ですよ!! 今度は卑怯なこいつらが逃げないように私が囮になりますから、今度は絶対当たります!!」

「そうか、そうだな。よし、ユユ!! お前は俺がエーテルを飲んで体勢を立て直すまで時間を稼げ!!」

「任せてください、あなたのユユが必ず持ちこたえます!!」


 ユユの力強い言葉を聞き、レイザンは頷いた。




 ◇ ◆




 ユユは必死に戦った。

 リカントの民は、一度惚れた相手に最後まで尽くすもの。

 嘗てひとりぼっちで友達もいないこの町に来たときに優しくしてくれた初めての相手にして偉大な魔法使い、レイザンにユユは心酔していた。


 彼の行いを間違っていると感じたことがないわけではない。しかし、レイザンの言葉を聞いていると不思議と安心し、段々とレイザンはやはり正しいのだと思えてくる。それはきっとレイザンが優しいからだ。


 だから、ユユは二体のマンティコラ相手に必死に食らいついた。

 マンティコラはユユを相手に遊んでいるかのようで、すぐに攻撃を避けたり、わざと爪を立てずにユユを蹴って転がしてきた。

 それでも、レイザンならなんとかすると信じてユユは戦った。


 もう数分は経った気がする。

 そろそろレイザンが体勢を立て直した頃の筈だ。


「レイザン様、準備はいいですか!!」


 今こそレイザンにかけられた数々の温情に報いる時だと、ユユは振り返った。


「――えっ?」


 そこには、誰もいなかった。

 どんなに見渡しても、誰一人、いなかった。

 背後からマンティコラの声が響く。


『ミステラレタ!! カワイソウ!!』

『ブザマ、ブザマ!!』

「そんな、わけないじゃないですか……レイザン様が、私を見捨てる訳ないじゃないですか……? これは、そう、貴方たちを油断させるさせるための作戦なんです!! レイザン様は私なんかよりよっぽど頭がいいお方なんですから!! ねぇ、レイザン様!? レイザン様ぁぁぁッ!!」


 どんなに叫んでも、何の返事も聞こえない。

 頭が真っ白になった瞬間、マンティコラの蹴りが隙だらけのユユを背中から吹き飛ばした。剣を取り落として無様にも地面を転がったユユはうつ伏せのまま震え、地面の草を手で握りしめる。


「レイザン様……私、頑張りましたよね……? 時間、稼げましたよね……? 私がバカだからお姿を見つけられないだけなんですよね……?」


 本当はもう鋭い嗅覚で分かっている。

 ユユの愛した人の匂いは、ずっと遠ざかっている。

 引き返して戻るような素振りは一切なく、無心に逃げている。

 起き上がったユユの目から涙がこぼれ、手に落ちた。


『ノロマ、ノロマ!!』

『ウゴカナクナッタ!!』

『ツマンナイ! クッチャエ!!』

『クッチャエ、クッチャエ!!』


 頭上から悪臭漂う唾液が近くに落ちてくる。

 動かなければ死ぬだろう、と、本能が告げる。

 なのに、どうしてか――ユユはその場に座り込んだまま、動く気が起きなかった。


 これは、夢だ。

 夢なら、いつか醒めるから――。


 ――。


 ――。


「エレクト・ボルテックス」


 直後、無数の雷鳴と閃光が響き渡り、ユユを真上から丸呑みしようとしたマンティコラは雷光に飲み込まれた。


『ギャ――』

『ウソ――』


 悲鳴を上げる慈悲さえ許さない超高圧電流の柱の中で、あれほど苦戦を強いられた二頭のマンティコラが骨さえ残らず崩れ落ちていく。人の命を弄んだ存在に相応しく、情け容赦のない裁きであった。

 雷鳴が過ぎた空には綺麗な青空が広がっていた。


 これだけ広範囲で、しかもマンティコラを複数体同時に仕留めるほどの威力。

 ユユの知る限り、この近辺でそれほどの魔法使いは一人しかいない。今まで一度も見たことのない魔法だが、きっと切り札に取っておいたのだ。

 やはり、愛しいあの人は逃げていなかった。

 ユユは雷と土煙の奥から近づく人影に走り寄って抱きつく。


「れ、レイザンさまっ――! 私、信じてまし――」

「大丈夫か?」

「えっ?」


 そこにいたのはレイザンではなく、ナナジマという冴えない冒険者だった。魔法の余波か、彼の手からは未だにバチバチと電気が迸っている。匂いも、抱いた心地も、全てがレイザンとは似ても似つかない。


「あ……あ……」


 ユユは彼を抱く手を離し、ふらふらと後ずさる。

 勘違いで高揚したユユの精神は、ナナジマが助けてくれたことの感謝や使用した魔法の高度さなど諸々の全ての事実を透過して、どん底へと落下していく。

 ナナジマの背後から一人の女性が飛び出して、彼を蹴った。


「ちょっと、アンタ!! 今の魔法、雷属性上位の広域魔法でしょ!? そんなもの使いこなせるなんて妬まし……じゃなくて!! ユユを巻き込んだらどうする気よ!?」


 女性の正体は、いつもレイザンに近寄る自分にいい顔をしていないシオだった。普段は他の男を近寄らせもしない性格のキツイ女性が、何故かハジメに対してはどこか気安ささえ見せている。

 当のハジメは無感動な機械のように平然と返答する。


「巻き込まないよう撃ったから問題ない」

「そんなしれっと言うほど簡単な操作じゃない筈なんだけどなー……てか、なんでユユが一人でここに?」

「普通に考えればリリアンの知らせを受けてマンティコラ討伐か俺たちの捜索に来たのだろう。しかし感知スキルからして逃げ出した奴が一人いる」

「そんな……ユユはレイザンにいつもべったりなのよ。一人で来る筈も、一人で残る筈もない……!」

「どちらにせよ、事情を調べる必要がありそうだな」


 はぁ、と一息ついたシオは普段一度も見せたことのない心配した顔でユユに駆け寄り、ぺたぺたと体を触って無事を確かめる。その手がとても――レイザンがそうだったように、暖かい。


「大丈夫!? ちょっと、怪我してるじゃない!! 手足や関節に異常は!? 変なバッドステータスかけられてない!?」

「シオちゃん……」

「言わなくても分かってるわよっ! ……あんな男を好きになったのが、私たちの間違いだったの。そうでしょ? ――レイザンに囮にされたんでしょ、ユユ?」

「う、あ……」


 シオに言われて、認めたくないと拒絶していた感情の堰が溢れる。

 同じレイザンに恋する者同士であるシオが、彼を貶める言葉を使う筈がない。もし使うときがあったとしたら、シオでさえ許せないことをレイザンがした時のみだ。

 一つ一つの事実が胸に突き刺さり、ユユはとうとう事実を認めざるを得なくなった。


「シオちゃん、シオちゃぁん……私、レイザン様に捨てられちゃったのかなぁ……ふぇ、えぇぇ……っ! うわぁぁぁぁーーーーんっ!!」

「ユユ……!」

「わだし……! レイザン様にっ、とって、要らない子だったんだぁぁ!! うぇっ、あ゛あああぁぁーーーーーーっ!!」


 シオは泣きわめくユユを抱きしめ、背中を撫でる。

 普段は利己的で他人を見下すシオが全てを悟ったように優しいのが、余計に自分が見捨てられたという真実を告げられているようで辛かった。


 シオはユユが泣き止むまでずっとあやし続け、彼女がぐずりながらも漸く落ち着きを取り戻したのを確認し、その様子を離れた場所で見ていた男――今日罠に嵌めると言っていたはずのナナジマに、視線を移した。


「ベテランクラスの冒険者がマンティコラ相手に逃げ出すって、どう思う?」

「よほど特殊な環境でない限り、実力で確実に倒せなくてはいけない範疇の相手だ。そのクラスに至るまでの経験を真っ当に積んでいたら、少なくともそんな醜態を晒すことはあるまい」

「つまり、そういうことなのね……本当に、本当にあいつは……ッ」


 ユユは二人が何を話しているのか、全く理解できなかった。


 ただ、一つだけ。


 自分がレイザンを以前のように愛す日は来ないだろうということだけは、悟らざるを得なかった。



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