13-3
――十数分後、合流場所に訪れたハジメは首をかしげることになる。
今回一緒に仕事をする相手は、氷魔法が得意なヒューマンの少年ピノと、斧を振り回すパワータイプのハーフドワーフである少女リオル――の、筈だったのだが。
「ごっめぇ~ん! ピノくんたち急に来れなくなっちゃったからぁ!」
「わたしたちが代わりにチームメイトを務めるねっ!」
そこにはどこか裏を感じさせるにこやかさで迎える二人の少女。
確かレイザンの連れの三人の少女のうちの二人、シオとリリアンだ。
もう一人のユユはいないらしい。
レイザンに心酔する犬人のユユ、高飛車で人を見下すヒューマンのシオ、そして態度も常識も緩いハルピーのリリアン。普段常にレイザンの側にいて他の冒険者と共に行動しているところを見たことがない二人が、今日タッグを組むはずだった冒険者の代わりに待っている。
(罠だな)
至極単純に、ハジメはそう思った。
まず第一に、ギルドが指定したチーム相手が現場にいない時点で依頼が成立しない。なりすましは物理的には可能だが、代理達成は不正とトラブルの元なので当然の如く違法だ。
第二に、彼女たちのような若い女性冒険者は、よほど実力に自信がない限りは見ず知らずの年上男性冒険者と依頼を共にしない。
学歴も品位もそこまで求められない冒険者という職業には、必ず女性に馬鹿な真似をする輩が一定数存在する。まだギルドで誰とも共に仕事をしたことがないような得体の知れない相手と自ら行動を共にしようとするような警戒心の感じられない真似は、まずしない。
そして第三に、敢えてそれをする場合はフェオのように何か起きても逃げられる腕前と環境で仕事をするか、或いは女性たちに二心あるときである。レイザンの連れであるというのがなんとも絶妙にその気配を醸し出している。
ハジメはすっと目を細め――。
(とうとうハニートラップまで仕掛けられるとは――もはや俺が何をしても立場を偽ったことはバレないほど一般冒険者Aとして溶け込めているということでは!?)
ハジメ、ちょっと気持ち悪いテンションの上げ方をする。
ハニートラップは全く経験がないわけではないが、死神の二つ名が無名に勝る力を発揮してからは皆無に等しかった。すなわち、仕掛けられること自体が雑魚ビギナーの証とも言える。
ハジメはちょっと良くない背徳の快感を覚え始めていた。
(だがこれは断じて騙している訳ではない。自分でハジメと名乗っていないし、ビギナーを名乗る権利もあるし、実力を詐称していると言われた覚えもない。すなわち、俺は何も悪いことはしていない!)
『汝、冒険者ハジメよ……多分それは詐欺師の常套文句だと思いますよ……いけないことだぞー……だぞー……』
なぜか微かに幻聴が聞こえた気がしたが、テンション高めのハジメは聞き逃した。
「よろしく。今回の依頼はウッズオウルの羽と爪の回収だが、相違ないか?」
「は? おっさん反応うっす。もしかして不能?」
「まぁまぁシーちゃん。質問がどストレート過ぎるよ」
「いや質問じゃなくて悪口だけど」
「どっちにしろどストレートすぎるよ」
「一応答えると不能ではない」
「きっしょ。何アピールよ」
「いやシーちゃん、そこ突っかかってもしょうがないじゃん? ね? 唯でさえ化けの皮剥がれるの早すぎだし、段取り狂うからやめて、ね?」
「はーい」
既に化けの皮や段取りなどと言ってしまっているあたり、二人は全く連携が取れていない。ハジメはもうこの二人がどうやって自分を嵌めようとしているのか、それまでに何度ボロを出すのか、何よりいつまで自分の正体を隠しきれるのかが楽しみになってきていた。
◇ ◆
シオは、少しイライラしていた。
ことの始まりは、レイザンからのお願いだ。
『あのナナジマとかいう奴、いい装備を持ってる割に貰っても貰っても同じ品質のものを用意してやがる。結構な金を貯め込んでると俺は見た。あいつには勿体ない金だから、俺たちが有効活用してやろうや。なぁ?』
レイザンは気前のいいケチだ。
気に入った女には金をかけるが、自分の懐からはほとんど出さずに金づるを見つけては脅したり騙して奪い取り、それを女に分配する。シオはそれでも別にレイザンが自分を褒めてくれるならいいし、美味い汁を啜れているので不満はない。
しかし、レイザンに付き添うお気に入りの三人の中で最も新参かつプライドの高いシオにとって、例えこれから金を巻き上げる金づるだとしても見知らぬ男に媚びを売るのは相応にストレスの溜まることだった。
しかも、承認欲求が高いシオにとってナナジマという男の無関心とも取れる反応の薄さはプライドを傷つけるものであり、リリアンが諫めなければそのまま帰っていたかも知れない程度には腹が立った。
今は多少は落ち着きを取り戻したが、横でナナジマと笑顔で会話しているリリアンに今度は侮蔑の意識を抱く。さも楽しそうな演技で会話する媚び売りのプロの彼女と自分がレイザンの中で同列であることも、シオにとっては面白くない。
「トブロ森林の最奥では何度もマンティコラが目撃されてて~、死者も何人も出てるって噂なんですよ~!」
「噂は噂だろう」
「えへ、まぁそうですけど。わたし噂話ってもし本当だったら面白いなって考えるの好きなんです! ナナジマさんはいい噂知りません?」
「ん、そうだな……これは又聞きだが、ロムランのギルドにはこっそりアデプトランクの冒険者が弱いフリをして紛れ込んでるんだそうだ。信憑性はないが」
「いいんですよそーゆーので! ほんとだったら面白いじゃないですか、何のためにいるのかとか気になるし!」
リリアンはいつもそうだ。いい加減にへらへら笑っておしゃべりしているだけで、他は何の努力もせずに男に気に入られる。ここにいないユユにしたってただレイザンに従順に尻尾を振っているだけで、対等な関係になろうともしない。女としての気位に欠ける。
品位と才能を兼ね備えた女である己こそが才能あるレイザンの隣に相応しいというのに、何故自分はここで燻っているのか。あの女たちさえいなければ――。
(このイライラを解消するには……魔物でも適当にぶっ潰すのが丁度いいかな)
「……索敵に感あり。上から来るぞ、気をつけろ」
ナナジマが顔を上げると同時、敵の陰が落ちる。
上から飛来した今回の表向きの目標、梟の怪物であるウッズ・オウルだ。
素早く小型の杖を取り出したシオは得意の詠唱破棄で即座に魔法を放つ。
「フォトンッ!」
杖の先端で煌めいた光がウッズ・オウルに接近し、至近距離で爆発する。
光属性の基礎魔法であるフォトンは目眩ましと攻撃を兼ねる便利な魔法だ。
シオのレベルが25であることも相まって、それほど強い魔物ではないウッズ・オウルは一撃で絶命した。
しかし、ドロップアイテムが落ちないのを見てシオは舌打ちする。
「ちっ……」
「わお! 見ました、ナナジマさん? あれがシーちゃん得意の速射フォトンですよ! シーちゃんは魔法にとっても詳しいんです」
「ふむ、実用的で威力も申し分ないな」
また苛立ちが胸中を渦巻くが、二人の好意的な評価に少しは沈んだ気分が紛れる。
「当然よ。なんたって私は天才レイザンも認める魔法使いなんだから!」
「そうか。ならライトニングあたりも使えるな?」
「馬鹿にしてる? 朝飯前に決まってんじゃん」
「頼もしい限りだ。じゃあライトニングを主軸に戦おう」
「……はぁ? 何でわざわざそんなことしなくちゃいけないの? フォトンでも結果は一緒でしょ?」
今のフォトンで十分効率的に戦えることが証明されたはずなのに、何故か別の魔法を提案する理由が理解出来ず、シオはナナジマを睨む。しかしナナジマは、手で制して落ち着くよう促す。
「魔物は弱点属性でトドメを刺されると、ほんの少しだけ固有のドロップアイテムを落としやすいんだ。ウッズ・オウルの場合は雷属性の魔法、ないし弓矢だな。ウッズ・オウルは群れるタイプじゃなくて狩りに時間がかかるから、運が悪いと長引くかもしれん。ちょっとでもドロップ率を上げた方がいいと思うんだが、どうだ?」
「う……し、知ってるわよそれくらい!! ほんのちょっとの差じゃない……」
ナナジマの言うことは、普段意識していないがそういえば聞いたことのある情報だ。しかし、横取り同然にクエストを持ってきた二人はウッズ・オウルの弱点も調べていなければ弓矢の用意もしていない。
この男の言うとおりに行動するのは癪だが、頷かざるを得なかった。
「分かったわよ、雷魔法使えばいいんでしょ?」
「さっすがナナジマさん! 年の功ってやつがありますね!」
「せめて一日の長と言って欲しいが……地味な仕事をより早く終わらせたくて身につけた知識だ」
「早く終わらせたいのは同意だけどさ……」
まぁいい、とシオは自分で自分を納得させる。
パーティはここから暫く進んだ先にある冒険者用の小屋で休憩する予定になっている。そこでナナジマの飲み物に睡眠薬を盛ってよく眠って貰い、その間に全ての金目のものを頂いて丁重に森の外まで『護衛』をしてやる。
代金はいらないが、二度とロムランの地に戻りたくなくなるだろう。眠りから覚めて自分が全ての道具を失ったと知ったときの彼の顔を今から想像し、シオは嗜虐的な笑みがナナジマに見えないよう顔を背けた。
ただ、道中の冒険では手が抜けない。
そのさなかで気付いたが、意外にもナナジマはそこそこ出来る男だった。
シオの魔力を温存するためウッズ・オウル以外の魔物はナナジマとリリアンが担当することになったのだが、彼の剣技は地味ながら無駄がない。彼と同じレイピアを武器にあちこちを羽で飛び回るリリアンの変則的な動きにきっちり合わせて的確に魔物を刺突していく様は、ビギナーランクにしては手慣れすぎている気がする。
リリアンは気にしていないようだが、今、このパーティはとても回転率がいい。下手をしたらレイザンと共に戦うよりもだ。そして、その潤滑剤となっているのはナナジマだ。普通なら多少の打ち漏らしが出るような要所できっちり敵にとどめを刺しきり、索敵にもそつがないなどとにかく手際がいい。
(もしかして、元々はミディアムだったのかしら……押しに弱そうだし、何かの責任でも押しつけられて等級落とされたのね。その挙げ句に身包みまで剥がされる運命だなんて、とことんツイてない男……)
だからといって犯行を中止する気は一切ないし、騙される間抜けが悪い。しかし、少しばかり、このまま金だけ奪うのは惜しいのではないかとシオは思い始めていた。せっかく簡単に要求を呑ませられる男なのだから、金を取るよりも舎弟のようにした方が得るものは多いかもしれない。
が、無理か、とすぐに考え直す。
レイザンは独占欲が強い。自分の女の近くに男を近寄らせないし、もし少しでも仲がよさそうなら即座に割って入って男を暴行して身包みを剥がし、そういう作戦だったかのように振る舞うなど当たり前だ。仮に都合のいい舎弟に出来るとしても、男は近くに置きたがらないだろう。
レイザンのことは好きだが、彼のそうした部分はちょっと面倒だとシオは思っている。
(ったく、才能も権力もあるのに、男って妙なところで拘るわよね……)
少しでも自分の理想の展開に沿わない事実は認めない。
レイザンはそういう男であり、そこを弁えなければいけないのは手間だ。
ウッズ・オウルの羽は早々に集まり、しかし運悪く爪が少しばかり足りなかった三人は、そのまま予定通りに森の中にある冒険者用の宿泊小屋へ向かう。細かいことを考えるのもそろそろ終わるし、歩き疲れた足を休めたい。リリアンもそれは同じなのか、足早に予定の場所に向かい――そして、唖然とした。
「小屋が……」
「壊れてる……?」
「……」
シオとリリアンは呆然とした。
彼女たちの計画は、宿泊小屋諸共崩壊してしまった。




