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2-1 転生おじさん、整地の依頼をする

 フェオたちの住まうシャイナ王国より北方に、深い森と自然に囲まれた国がある。その名もシルベル王国。シャイナ王国の同盟国であり、冬はひたすらに銀世界が続く過酷な大地である。

 しかし、魔法道具の技術に優れたシルベル王国は過酷な自然をものともせず、今日とて逞しく生活している。


 そんなシルベル王国の民でも近寄ろうとしないのが、世界最北の山脈と呼ばれるノーバス山脈だ。嘗て神々が住まったともされるその山脈には世界有数の凶暴な魔物達が住み、常に雪の解けない常冬の極寒で侵入者を阻む。


 誰が呼んだか、『地獄の入り口』。

 冒険に取り憑かれ、他の大地を悉く踏破した生粋の冒険狂いのみが挑み、そして散っていく。未発見の聖遺物、未踏の遺跡、未知の脅威を冒険者の犠牲ごと覆い隠す、そこは確かにこの世に地獄が漏れ出しているかのような場所だった。


 ――そして、斯様な地獄に響き渡る轟音。


『ゴォォォォォアァァァァァァッ!!』


 その咆哮は山を震わせ、山の上層の複数箇所で巨大な雪崩を発生させる。その揺れは唯の攻撃の前兆であり、次の瞬間、人間どころか城でさえ押し潰しかねない超巨大な氷塊が天空から複数落下してくる。


 ただ、一人の人間を殺さんとする怪物のために。


 怪物の名は、ヨートゥン。

 この世界で数少ない、魔王軍さえ絶対に手出しすべきでないと決め込むほど強大な巨人の魔物だ。

 サイズは下手な山より高く、力は語るべくもない。全身から凍える冷気を放つその姿を見た者は、等しく絶望を与えられるだろう。


 ヨートゥンは無限の命を持つとされ、死んでも時間をかけて何度でも蘇るのだという。代わりにヨートゥンは山の外に出ることはなく、山が元々神々の住まう地であったという説から様々な考察が為されているが、未だにその正体は掴めていない。


 問題は、復活云々以前に強すぎて誰も倒せないことにある。


 その巨人がまるで神の鉄槌の如く降り注がせる氷塊を、しかし、狙われたたった一人の男は電光石火の速度で走り抜けて回避していく。

 男が通り過ぎた場所に次々に激突する氷塊が更に山を震わせ、とうとう山全体で雪崩や落氷が発生する。白銀の波が山を包み、氷が大地に突き刺さっていく様はまるでこの世の終わりのようだが、山頂で戦う二者にとっては些細なことだ。


「絶対氷壁の巨人などと呼ばれているのは伊達ではないな……度を超した氷属性フィールド効果のせいで火属性魔法の威力を極端に減退させるとは、なかなか初見殺しなことだ」


 轟音と共に砕けた氷塊の破片が降り注ぐ中、男は直撃するものだけを氷魔法で弾いて前進する。度を超した氷属性フィールドであるため、逆に氷による防御は普段以上に効果を増している。

 男は、少しでもヨートゥンに接近するために絶え間なく降り注ぐ氷塊に向けて跳躍し、蹴った反動で別の氷塊へと三角飛びの要領で次々跳ねていく。

 雪交じりの極寒の風が吹雪く中で、その動きは恐ろしく正確だ。


『ゴォォォォガァァァァァァァァッ!!』


 人間如きが小賢しい――そう吐き捨てるように咆哮するヨートゥンの腕に魔力が収束し、氷のハンマーが握られる。男はそれを避けるかどうかを瞬時に判断し、決断を下す。


「躱してばかりではきりがない。攻めるか」


 彼が背中から引き抜いたのは、突撃槍。それも高度な火のエンチャントが付与された最上級品だ。男はそれにフレイムエンチャントを重ね掛けし、スキルを発動する。


「ブレイジング・ブリンガー」


 瞬間、突撃槍が熱を帯びた濃密なオーラに包まれる。

 ヒートオーラを槍に収束させ、同時にオーラを背後から噴出することで推進力としながら突撃するそのスキルは、槍スキルの中でも上位に位置する破壊力を秘めている。


 ヨートゥンが身を反らせ、巨大な氷槌を握る手に力を込める。小さな村程度ならその一撃で滅ぼせる程の膂力、威力、質量が重ねられた一撃は、不気味なほどゆっくりと振り下ろされる。

 否、実際には相手が余りにも巨大だから脳が騙されているだけで、振り下ろした氷槌が激突した衝撃で山に夥しい量の亀裂クレバスが生まれるまで然程どの猶予は存在しなかった。


 だが、ヨートゥンは叩きつけた氷槌に驚愕する。

 氷槌が最大の威力を発揮するであろう中央部分に、人一人が通り抜けたような穴が空いていた。後れて、氷槌の衝突が巻き上げた大量のパウダースノーや氷片、氷の結晶が舞って視界が遮られる。


 たとえ見えなくとも、ヨートゥンは気付いていた。

 あの人間が生きているであることに。

 幾らヨートゥンという巨人が炎属性を強烈に阻害する特性を持っていても、炎属性武器、炎属性エンチャント、炎属性技の三つを重ね掛けした技であればその熱を奪うのは難しい。まして、それを振るうのが一流の戦士であれば尚更だ。

 きっとあの穴は、炎の槍を用いて人間が氷槌を融かした痕跡だ。


 予想を裏付けるように、僅か一秒後にはその雪や氷を突き破った男が恐ろしい速度で駆け上ってくる。腕の傾斜は常人なら立っていることもままならない筈だが、まるで重力がおかしくなったように男は速度を落とさない。


 ヨートゥンは確かに先ほど、驚愕した。

 されど、それはあくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に対してだ。

 依然、己がこの地にて絶対強者であるという矜持は揺るがない。


『ゴゥッ!! ゴォッ!! ゴォォォォォォォッ!!』


 ヨートゥンが自らを高ぶらせるようにその身を震わすと、巨人の腕の上を雹の混じった猛吹雪がなぜる。ヨートゥンの魔力はもはや天候すら操作する域に達していた。更に巨人の皮膚や巨人に張り付いた雪が次々に形状を変化させ、モンスターとして襲いかかる。


 ヨートゥンはその余りの力の強さ故に、自分の細胞を分裂させて魔物を作ることが出来る。雪から生まれた魔物たちは、魔力で作られた偽りの命などではなく、全てがれっきとした命なのだ。


 だが、男は止まらない。

 それどころか槍に纏う熱は更に激しさを増す。


「う、お、オォォォォォーーーーーッ!!」


 雄叫びと共に、男は槍を突き出して吶喊する。魔物の悉くが槍の破壊力と熱に耐えられず、雪像のように脆く貫かれて果てていく。

 吹き荒ぶ雹が小岩ほどの質量で衝突しても、人間の移動速度と熱のせいでまともに命中する気配がない。その速度はむしろ、これほど熾烈に妨害しているにも拘わらず加速すらしている。


 ヨートゥンはここにきて、認めざるを得なかった。

 この男は、今までヨートゥンに挑んでは散っていったどの人間よりも強い。それこそ、どこにも敵が居なくなったはずの自分を打倒しかねない程に。


 ヨートゥンは、なりふり構うことをやめた。

 口の中にこれまで一度たりとも籠めたことのない膨大な魔力を注ぎ込み、そして、咆哮と共にそれを吐き出す。


『グゥゥゥゥオオオオオオオォォォォォォッッ!!!』


 魂すらも凍てつく冷気を音波に乗せたそれは、幾重にも重なって男に迫る。もやは自分の腕一本でもくれてやるつもりの魔力を籠めた氷の波動は、その層の一枚を取っても大寒波と呼ばれる生物の死を齎す力が込められたもの。


 回避不能。

 防御不能。

 自らの腕すら蝕む、究極の冷気。


 それに対し、男が取った行動は実にシンプルだった。


「デモリッション……スティンガーッ!!」


 全速力の運動エネルギーを全て全身の回転で槍への遠心力に乗せた男は、そのエネルギーを余すことなく握り、槍を持つ左腕をしならせながら渾身の膂力で槍を虚空に解き放った。


 空気が爆ぜるような爆音――マッハコーンを置き去りに音速を超えて加速した炎の槍はヨートゥンの放った捨て身の氷波動に風穴を開けた。

 されど、如何に一級品の槍とはいえ、埒外の巨人の一撃に最後まで抗する力は残らない。全ての氷波動を突き破った時点で、槍は反動に耐えきれず自壊する。その破片をも置き去りに、跳躍してきた男がヨートゥンの顔面に迫る。


 首の可動域を下から上へ限界まで可動させても両端が確認出来ないような巨人に対し、男は新たな装備を手にする。

 それは武器ではなく、籠手。

 装備が意味するのは、拳による格闘戦だ。

 見上げても見上げ足りない巨体を相手に、それは余りにも悪手。


 しかし、男は無駄な行動はしない。

 籠手で迫ったのは、彼がこの場面で相手に対して最大限有効な手段を有しているからである。


「使い道のない技だと思っていたが、覚えておくものだな。さあ、目当てのものを頂くぞ――」


 男の纏うオーラが暴れ狂い、ヨートゥンは生まれて初めて恐怖を覚えた。自身からすれば豆のようにちっぽけなそれが抱く気配が、まるで自分と同格以上の巨人のように濃密に、爆発的に膨れ上がったからだ。


 男のかいなに、破壊という現象が憑依する。


「ティタノ――マキアッ!!」


 ――それは、格闘スキルの果てとされる最強の拳。

 世にも珍しい『巨人特効』を併せ持つそれは、解き放たれたが最後、相手を破壊し尽くすまで止まらないとされる絶技。


 男から放たれた数多の拳は、瞬く間にヨートゥンの顔面に夥しい陥没と破砕を齎す。余りにも拳速が速すぎて、その破壊の様はまるでひとりでにヨートゥンの顔が圧壊しているかのようであった。


『ゴッ――ハッ――ッ!!』


 ――嗚呼、人間は。

 ――いつから、ここまでに。


 ヨートゥンは絶望した。

 仮に自らが復活したとて、この人間に勝つことは出来ない。

 もしかすれば、自分は終わりのない輪廻に囚われたのかも知れない。


 それ以上、ヨートゥンが意識を保つことは不可能だった。


 巨体が揺れ、山を砕くほどの衝撃と共に倒れ伏す。莫大な質量が落下したことによって山全体を地震のような震動が駆け巡る。

 事切れた巨体の上に着地した男は、死体の顔を探り、その骸からとある塊を発見する。それこそが彼の求めていたアイテムであり、彼はそれだけのためにこの巨人を倒した。


「永久氷晶……さて、これでマイホーム建築準備の第一歩を踏み出せるな」


 男の名はハジメ・ナナジマ。

 数多の冒険者の屍を越えて山頂に辿り着いた彼が求めていたのは、マイホーム予定地に設置するためのアイテムの素材であった。


 きっとこの世の全ての冒険者が彼の目的を知ると同時に無言で首を横に振るだろう。

 神よ、どうしてこうなるまで彼を放っておいたのですか、と。


 神は言うだろう。

 放っておいた訳じゃなくて、もともとこんなだし私だって困惑してるんです、と。




 ◇ ◆




「整地する」

「急にどうしたんですか……変なものでも食べました?」


 ギルドのテーブルで唐突にそんなことを言い出したハジメに、フェオは呆れた顔をする。一緒にいる理由は特になく、単にフェオが今日暇で割のいい依頼待ちだからだ。


 散財に失敗してから数日、暫くまた危険な仕事に精を出していたらしいハジメは性懲りもなく資産を増やしていたが、色々と考えていたことはあるようである。


「この間『霧の森』に買った土地だが……騙されたとはいえ権利上は間違いなく俺の土地だ」

「絶対要らないから手放した方がいいって私言いましたよね?」

「立地は悪くない」

「いや、霧出ますよ? すごく出ますよ? 不快度指数と日照権って知ってます?」

「問題ない。こんなものを手に入れてきた」


 ハジメが樽ほど巨大な台座をテーブルに乗せる。

 非常に精緻な装飾が施された、見るからに高そうな黄金色の台座だ

 その正体を知る冒険者たちがギョっと目を見張った。ただ、フェオはそれが何らかの魔法道具だという事しか分からず、首を傾げる。


「なんです、それ? 心なしか物凄く高価なマジックアイテムな気がするんですが」

「セントエルモの篝火台だ」

「セン……えっ、あれ。ごめんなさいちょっと待って……それって確か、私は見たことがないのですが『聖火』の発生装置ですよね?」


 『聖火』――それは北のシルベル王国に代々伝わる聖なる篝火術で発生させる炎であり、その火には天候不順を正す効果があるという。シルベル王国はこれを他国に販売しており、どの国もこの篝火台を喉から手が出るほど欲しがる。


 王城に設置すれば王都が異常気象に襲われにくくなるし、港の灯台に設置すればどんな嵐の中でも見失わない灯となる。天候不順で作物が不作になった際の切り札として農地に運ばれることもあるなど、まさに救いの灯なのだ。


 そこまで凄まじく素晴らしいアイテムがあるなら世界中の天気が安定するのではないかと思うかもしれないが――このセントエルモの篝火台、ありえないくらい値段が高い。

 額にしてなんと一兆G。法外も法外、国家予算も足踏みするほどの超高額。もはや準神器である。


 ついでに言うと効果範囲が町一つ分程度だったり、地脈を意識して置かないと効果が低下したりと、決して万能な天候操作アイテムではないことも付け加えられる。


「あの、確かそれ販売価格は一兆……」

「ああ……しかも個人販売は行っていないと言われ、どうしてもと頼み込んだら『このリストに乗っている素材を取ってこい』と言われた」


 手に入れている以上、ハジメは素材を集めて買ったのだろう。

 セントエルモの篝火台が超絶高額な理由の一つに、台座には大枚をはたいても市場では滅多に手に入らない超稀少素材が使われているというのがある。

 しかし流石は超一級冒険者というべきか、ハジメはそれを用意してみせたらしい。


 というそれ以前に一冒険者が一兆Gなんて大金を持っているだけでも驚嘆に値するが、ハジメの暗い顔を見るに流石の彼も懐が寒くなったのだろうと周囲は予想した。ただ、フェオだけは「まさか……」と嫌な予感を覚える。


 その予感は即座に的中した。


「素材がほぼ持っているものだったので即座に集めて渡したら、相手方が負けたと言い出して、結局7000億Gに値下げされてしまった……一兆消し飛ばすチャンスだったのに……」

「「「ズコー!」」」


 フェオ以外の周囲が盛大にすっ転ぶ。

 彼にとっては定価より3000億G安く手に入れたことより、3000億Gを払い損ねたことのほうが大きなショックだったらしい。フェオは何とコメントしていいか分からず、とりあえず相手を交渉で打ち負かした原因に触れる。


「……よく見たらこれ、篝火の中央にあるの、フレイムロード・ドラゴンの体内で稀に生成される炎属性の最高級宝石『赤竜の目』じゃないですか。それに術式を彫り込んでる円盤は鉱山でも一年に僅か数キロしか採集されない最高純度のオリハルコン。他にも雷鳴石、永久氷晶、スフィンクスの鬣にベヒモスの牙、どれも一つ手に入れるだけで大冒険な代物だらけですよ? そりゃこんなもの即座に出されたら相手だって腰抜かしますよ!」

「いや、貴重素材は秘薬の材料とか緊急で必要になる依頼が多いから、その都度取りに行くのが面倒で暇な時間にこつこつと……永久氷晶は持ち合わせがなかったので取ってきた」


 実際には、それが手っ取り早いというそれだけの理由で理外の巨人を討ち滅ぼして『奪ってきた』が正しいが、ハジメにとってはああいう出来事はまぁまぁあるので特段口にはしない。

 もし口にした場合、「勇者ですら倒せないような怪物に勝った」と更なる騒ぎが起きるところだったのだが。


 ちなみに、本来の永久氷晶はヨートゥンの体から漏れ出たエネルギーの結晶が稀に山を転がり落ちて発見されるものであり、値段云々以前に手に入るかどうかが運次第の代物だったりする。

 なので、ハジメは普通なら絶対手に入らない量の永久氷晶を手に入れているし、ヨートゥンの死体から発生する大量の永久氷晶は暫く地元を潤すことになるだろう。


 そんな珍事が海外で発生しているとは露知らず、フェオはじとっとした目でハジメを見つめる。


「ちなみに7000億G払ってもまだ散財が必要なんですか?」

「当然だ。減額されたとはいえ7000億Gが綺麗に消えた様は軽い感動を覚えたが、引っ越し前の不用品整理と他の依頼でまた余計な財が増えてきている。もっと減らさなければ、惰性で過ごしていては金が貯まる」

「フツー逆ですからね? というか毎日危険依頼を処理しているのは世間一般ではのんびりとは言いませんからね?」

「むぅ」

「むぅじゃない」


 死神を追い詰める若いエルフ娘。周囲は彼女の命知らずな言葉にヒヤヒヤしているが、言っていることは至極真っ当である。

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