13-2
無事受付が終わった頃、ギルドに異変が起きる。
冒険者たちの人混みが自然と割れ、肩で空を切る一人の男が現れたのだ。
男は少し耳が尖っているため、恐らくはエルフとヒューマンの混血だろう。高級そうな服を着崩し、後ろに女性を数名連れ、ちゃらちゃらとマジックアイテムをアクセサリのように装備している。顔立ちは整っているが、何故かちょっと頭が悪そうな印象を受ける。
証明プレートに嵌められたメダルは金、すなわちベテランクラスだ。
見たところ彼の他にベテランはおらず、恐らくこのギルドの最高戦力だろう。
職業病か、無意識に彼の装備を素早く確認したハジメは、顔には出さず怪訝に思う。
(あの道具は……見間違いか? いや、しかし……)
見覚えがある気がする、が、確信が持てない。
だがもし予想通りの品なら、少々注意が必要かもしれない。
周囲を見れば、ギルドの全員が彼に注目している。
それも、あまり良い一目の置かれ方ではなさそうだ。
「ん? 何だお前……? 俺の通る道に突っ立ちやがって、見ない面だなぁ?」
男は堂々と列に割り込み、ハジメを見て怪訝そうな表情を浮かべ、真正面に立つ。相応に身長があるハジメをも上回る背丈からこちらを見下ろす鋭い視線はそれだけで威圧感を与える。
男の視線はハジメの腰に差したレイピアに移り、そこで獲物を見つけたとばかりに口元を醜い笑みで歪める。
「お前、弱いわりに分不相応な品をもってるじゃねーか。貰うぞ」
「……? 何故?」
「俺が、この双魔掌のレイザン様が貰うと言ったら傅いて献上しろ。それがこのギルドのルールだ。文句でもあるのか、おお?」
「……そうなのか?」
態度の悪い受付嬢に聞くと、「いいからさっさと渡せよおっさん!」と苛立ち混じりに怒鳴られた。どうやらそれがこのギルドのローカルルールらしい。もしやこれが噂でしか聞いたことのないオヤジ狩りだろうか。世も末である。魔王が攻めてきている時代なのである意味合っているが。
しかしハジメは、まぁいいかと無言でレイピアを渡す。
別にハジメにとっては貴重でもなんでもなく、むしろ減ってありがたいくらいだ。
男は差し出したレイピアを奪い取るように取り、そしてニタニタと笑いながら剣を鞘から抜いて光沢を確かめる。
「手入れされた、いいレイピアだな。一般にはあまり出回ってない良品だ。お前のような素人丸出し凡才男がどこで盗んできた代物かは知らんが、このようないい品を持つのはお前の如き生まれも育ちも才能も凡庸なゴミではなく、より華のある存在にこそ相応しいのさ」
レイザンは人を見下した笑みでレイピアを綺麗に拭き、そして彼の後ろに控えていたハルピーの少女に渡す。
「ほら、今の君が使っている物より上等な品だ。最近君のレイピアが使い込み過ぎてボロっちくなってたのを俺は見逃さなかったぞ? 良かったな、リリアン」
「そんな所まで見ていてくれてただなんて、スゴイ……! ありがとうレイザン様!」
「気にすることはない。君は俺の特別なんだからね……はははは!」
レイピアを預かったハルピーの少女がきゃぴっと喜んでいる。
素朴な疑問なのだが、いくら自分のものより良質とはいえおっさんの使い古しの剣を貰って女の子は嬉しいのだろうか。しかも目の前でのオヤジ狩りによって手に入れた品を。言葉選びもいまいち丁寧ではないように思える。
(こういうのは普通、汗水たらして稼いだ金で用意して、然るべきタイミングに渡してこそ喜ばれるものなのかと思っていたが……俺が時代遅れになっただけか? 或いは……)
レイザンはその後、当然のようにハジメのいたカウンターに割り込んで仕事を取り、ああ、と思い出したようにハジメにクエストの受注用紙を風魔法に乗せて雑に投げつけた。
依頼内容は――獣除けの柵の設置。
万人が認める報酬激安の雑用である。
「俺の顔も知らないような輩ということはズブの素人だろ? 素人は素人らしく地味で無駄な雑事を一つでも多く片付けて、クエストボードの邪魔な紙をきれいに整頓してろよ」
「……ああ」
「返事が小せえなぁ。次はもっとしゃきしゃき喋れ」
レイザンはハジメの顔面に唾を吐きかけて、帰って行った。
彼に付き従う少女たちはそんなレイザンの一挙手一投足にきゃあ、だの何だのと黄色い声をひとしきりあげたのち、こちらを見て鼻で笑って去っていった。
「ねぇレイザン様ぁ~! リリだけずるーい! 私にも何か欲しいよぉ~!」
「うわっ、さっきのおっさんこっち見てる。こわっ」
「あ、そうだおじさん。これあげますね!」
先ほどリリアンと呼ばれた少女が自分のレイピアを手渡してくる。
いわゆるお古であり、しかも手入れを碌にしていないのか本当にボロっちい。控えめに言ってゴミを渡されたようなものである。リリアンはなかなかの美少女なのでその筋の人間ならば喜ぶかもしれないが、でもやっぱりゴミはゴミである。武器屋に売って10Gが精々だろう。
ハジメは震えた。
(まさか――まさかこれほど完璧に素人冒険者に偽装できているとは! 実は俺には隠された天才的な演技力があったのでは?)
ハジメ、唾の張り付いた顔で猛烈に自惚れる。
オヤジ狩りを仕掛けられた挙句ゴミを渡されただけでここまで思い上がったことを考える人間は世界広しといえども彼くらいだろう。今日も彼の頭のネジは大陸間を超える勢いで射出されているようだ。
ただし周囲はその震えを別のものと受け取っていたが。
「おっさん涙を我慢して震えてるよ……なんつー哀愁だ……」
「きっと都会で辛いこと続きでこんな田舎までやってきたんだな。なのに田舎に来てまでこの仕打ちとは……」
「仕方ねぇよ。レイザンはここいらを仕切る地方貴族の跡取りだ。しかも嫌味なことに才能がある。知ってるか? 彼女寝取られた挙句ぼこぼこにされて、衛兵にも無視されて泣き寝入りしたヤツ結構いるんだってよ」
「まぁ仕方ねぇよ。俺らも目をつけられねぇように愛想笑いしとこうぜ」
周囲から降り注ぐ同情の視線も気にならないほど上機嫌なハジメは、喜びを漏らさないよう堪え気味に仕事に繰り出した。
◆ ◇
ロムラン支部で活動を開始してから一週間が経過した。
ハジメは雑用業務の毎日を送りつつも、相応にここに慣れてきた。それもひとえに態度の悪いあの受付嬢のおかげだ。彼女は名前をアイビーといい、レイザンに絡まれた後にこっそり謝罪してくれる程度には性根の真面目な人物だった。
「アンタが絡まれたレイザンってヤツ、ガチめのヤバイ奴でさ。あそこで目ぇつけられたらマジで何されるか分かんなかったから焦っちゃって。態度悪かったでしょ? ゴメンね?」
(最初から悪かったが……言わないでおくか)
頭の中で「ハジメさんは余計な一言が多いんですよ」とぷんすか叱ってくるフェオの顔を思い出し、寸での所で堪えることに成功したハジメであった。
アイビーは、礼儀は微妙だが気さくで憎めない印象の受付嬢だ。
お詫びついでにこの町や例のレイザンの話を教えてくれたり、自分の話をぼかして伝えているうちに彼女はすっかりハジメに同情してしまった。
「お子さんをご近所に預けて遠距離通勤なんだぁ……グスッ、おっさんも辛いんだねェ……なのにカツアゲ対策で同じ武器をいつも持ってるなんて、おっさん可哀そう……!」
(何かが捻れて伝わっている気がする)
ともかく、彼女が協力的なのはいいことだと思うハジメであった。
◆ ◇
その日もアイビーはいつも通りにカウンターでハジメに応対した。
「今日はレイザンの奴来ねーから安心して行ってきな、おっさん!」
「何故来ないと分かるのだ?」
「心配性の親に週一回呼び出されるのよアイツ。ったく、もう二十歳も過ぎてるのにお前何歳だよって話よねー」
呆れたように首を振るアイビー。
親のいないハジメにはその辺の価値観は分からないが、レイザンは年齢的にはとっくに自立していておかしくない。親のすねかじり的なものだろう。その手の人物はいつの時代にもいるらしいが、レイザンは働いているだけマシ――。
(――とも言い切れないか。彼の悪い噂は数えるときりがない)
少なくともギルド内では自分の思い通りにいかないことに腹を立てて周囲に八つ当たりは当たり前。脅せば金を出すと見ればその相手を何度でも脅すし、そのくせして『双魔掌』の二つ名を冠するほどの魔法のセンスは本物で、杖を使わず特殊なグローブを媒介に手のひらから魔法を発射しているらしい。
付き添いの女性たちは彼のお気に入りで、偶に入れ替わりはあるが彼女たち自身もレイザンを妄信しているそうだ。また、ギルド内で耳にした悪評も概ね事実らしい。
それでも大きな顔をしていられるのは、犯罪になると彼の父親が金と権力で揉み消してしまうからだという。
既にハジメも目をつけられて数度武器や装備をせびられた。
実際には幾ら取られても痛くも痒くもない歩く武器庫のハジメだが、そんなことを口にすれば確実に怪しまれることくらいハジメにも分かる。何故その常識力を常に発揮できないのかとフェオ辺りに言われそうだが、ハジメはこれでも常識は知っている。普段意識しないだけだ。
重要なのは、今のハジメは周囲には『厄介なのに目をつけられて物をせびられる哀れなおっさん冒険者ナナジマ』として認識されていること。元の拠点ギルドではやっと人だかりが消え始めているそうなので、このまま油断せず役を演じ切りたい。
(が、気になるのはやはりレイザンのあの装備だな……)
ハジメの悪い予想が当たったならば、彼は危険な装備を持っている。ただ、そちらの方面の知識に自信がないハジメは、真偽を確かめる為に何人かの人物をこの町に呼び寄せていた。彼らはロムランに来たことがないので転移陣を使えず、直接移動中だ。予定では明日には着くので、そこでハジメは自分の疑念を晴らそうと思っている。
と、考えごとをしていたハジメにアイビーがびしっと指をさす。
「お宅の娘のクオンちゃんはあのレイザンみたいな我儘にならないよう育てなくちゃ駄目だからね!」
「う、ん。あの子は甘えん坊だからな……まぁ、思春期とか反抗期が来れば流石に今ほどべったりではなくなるだろう」
「はぁーおっさんにべったりな娘かぁ……想像できねーなー。いつか連れてきて見せてよ、その娘さんよー」
「驚くぞ。自分で言うのも何だが、すごく可愛い」
「親バカかっての! あははは!」
最近はアイビーとの軽口も慣れてきて、なんとなく昔より喋るのが得意になった気分だ。おじさんは若い女の子に馴れ馴れしくされると嬉しくなるという噂を聞いたことがあるが、そういうことだろうか。
ともあれ、クエストだ。
アイビーの勧めで最底辺の雑用から少しずつランクを上げたハジメは、そこそこの魔物と戦う依頼を受けられるようになっていた。また、彼女から「単独任務は失敗したら洒落にならない」と善意で他のチームを紹介されている。
「おっさんもとうとう雑用卒業かぁ……農家の人たちからは働き者で助かったって評判良かったみたいだぜ。魔物討伐の依頼に移すって聞いたら、娘を嫁に出すから残ってくれなんて言う人もいたな。おっさんモテ期か?」
うりうり、とアイビーがやにやしながらハジメの手をつつく。
農家の雑用クエストで多かった柵の設置は杭をハンマーで地面に打ち付ける必要があるのだが、ハジメくらいの身体能力があると田植え感覚で素手で突き刺すことが出来る。
もちろんその光景は誰にも見られないように人目を盗んだが、おかげで仕事効率が上がり、ハジメは最近「爆速雑用おじさん」の二つ名を得たくらいだ。
「トブロ森林前の小屋で正午集合らしいから遅刻すんなよー!」
「現地集合か。諒解した」
期間限定とはいえ初めての対等な立場で組むパーティーだ。
依頼で新人指導だの護衛だので臨時パーティを組んだことはあっても、自らの立場を偽ってパーティに参加するのは初めての経験である。
(これは俺の卓越した演技力が試される……!)
『汝、冒険者ハジメよ。多分卓越していませんし、誰も試していないと思いますよ……』
なぜか微かに幻聴が聞こえた気がしたが、演技に集中しようとするハジメは聞き逃した。
しかしこのとき、ハジメもアイビーも知らなかった。
この時点で既に、レイザンの策略が始まっていたことを。
知らなくても別に問題ないけど。




