13-1 転生おじさん、屑冒険者にイビられて快感を覚える
ここ数日、ハジメが拠点としているギルドの居心地が悪い。
「嫌な感じだ」
「申し訳ございません……」
ハジメの担当をしているギルド職員が申し訳なさそうに謝罪する。
ここ最近何かと散財や娘のことなどで悪目立ちしていたハジメだが、今回のこれは今までの比ではない。周囲から一斉に向けられる無遠慮な視線、声、気配は既に無視できない規模になりつつある。
原因は分かり切っている。
ハジメが遂に魔王軍幹部を撃破したという情報がどこからか漏れたのだ。
世間では表向き魔王軍幹部は新たな勇者レンヤに激戦の末に倒されたことになっているが、実際にはそうと知らずにハジメが撃破しており、それが判明したのがこのギルドだ。王家から箝口令が敷かれるより先に、おしゃべりな何者かがこの事実を漏らしてしまったらしい。
普通に考えて、ギルドにしか伝わっていない情報が漏出したなら、情報を流したのはギルドの人間である可能性が高い。現実世界であればコンプライアンス違反というやつだ。
ただし、ハジメのいた時代にはコンプライアンスという言葉で世間に知られたくない自社の過ちを隠蔽しようという意図も相応にあったようだが。やましいと分かっているならしなければいいのにと思わないでもない。
話を戻し、ハジメはこの現状についてギルドのミス以外の要因もあると見ている。
(ライカゲとの身体測定やクオンの乱入で魔王城周辺が大変なことになった件だな。状況証拠から俺がやらかしたんだと噂になってるとガブリエルの奴が言っていたし、それのせいで俺が本格的に魔王軍と事を構えようとしているという噂が余計に拡大したんだろう)
あと魔王軍幹部討伐報酬を突っぱねようとした件とか。
やはり大金は敵だと再認識するハジメである。
これらの条件が重なった結果、これまでの疑りや侮蔑以外の様々な好奇心や奇異の視線がハジメの一挙手一投足に集中している。見物人の中にはこの辺りでは見かけない種族もちらほらおり、遠くから物見遊山に訪れた者も混ざっているらしい。
「余所者まで来てるじゃないか。荒れるぞこれは」
「ですよねー……同じギルドの冒険者でも地域によって慣習等の差はありますし、縄張りを荒らされたと感じて諍いを起こす冒険者が増えそうです……」
周囲の注目を集めるだけならハジメ一人の問題だが、ハジメの存在がギルドに迷惑をかけるのは頂けない。これ以上噂が広がればギルドの迷惑なのはもちろん、ガブリエルの時のように妙な存在に付き纏われかねない。
こうなれば、手段は一つ。
「やむを得ん。暫く王国内の暇で田舎なギルド支部で働いてほとぼりが冷めるのを待つ」
有名になり過ぎた冒険者の常套手段、一旦雲隠れ。
人の噂も七十五日という言葉があるように、どんなホットニュースも時間が過ぎれば人々の興味が薄れて熱が冷めるものだ。実際ハジメの生前の出身国の偉ぶった大臣も山のような疑惑を延々と誤魔化すことで熱を冷ましていた。
ちなみに誤魔化したら問題が消えるわけではないのはご愛敬だが、ハジメは別に悪いことをしていないので誤魔化し大臣と同列に扱われるのは遺憾である。転移陣を使えば自宅からの勤務も可能なのでそう難しいことではない。
「候補の選定と伝達、頼めるか?」
「もちろん協力しますよ。ご迷惑をかけたのはこちら側ですし。それにほら、ハジメさんって定期的にアレもあるし……」
「こちらとしてもうんざりする話だからお互い様だ」
ハジメの近辺名物、金をたかりに来た家族を名乗る何者か。
赤ん坊時代に気味悪がられて捨てられては拾われてを繰り返したハジメは、生みの親も育ての親も誰が誰だか分からない複雑怪奇な人間関係の幼少期を送っている。そのため、定期的にハジメの家族を名乗る本物か偽物かも分からない輩が湧いて出て金をせびるのだ。
しかも、元が金をせびろうとしている厚かましい連中なので、大抵意地汚いというか、しつこい。人の同情を誘うためにどんな恥知らずなことも実行する。大の大人が座り込んで駄々をこねる様相はさながら地獄絵図である。
実際のところ、ハジメの育ての親と言えるのは王都に住んでるホームレス賢者とその知り合いの孤児院の院長くらいだ。ホームレス賢者は物知りな転生者で、孤児院の院長は賢者と付き合いが長いそうだ。
閑話休題。
丁度いい潜伏先を探していた職員が地図を取り出す。
「行先ですけど……ロムラン支部なんてどうでしょう? 自然がとにかく多いので魔物討伐の依頼はそこそこありますが、特色のない平地で交通の便もよくない、ほどよい田舎ですよ」
「そこなら確か過去の依頼の途中で立ち寄ったことがあるな……」
ロムラン支部は、ロムラン平原の町に存在する。
この周辺はとにかく延々と平地やささやかな丘が続いているので移動に不便で、特段何か恵まれている資源も特産もなく、しかし自然だけは多いので戦う魔物にだけは困らないという地域だ。
敢えて利点を挙げるなら、田舎の割には足りないものが余りないことくらいだろう。薬草、鉱石、食べ物等々、物資が周辺環境でほぼ完結している。少なくとも数度通ったことのあるハジメの目にはそんな地域に映った。
ここで重要なのは、ロムラン支部は冒険者の需要が常に一定存在するほどよい田舎だということだ。余りにもド田舎すぎると逆に冒険者が目立って噂が立つが、いわゆるドロップアウトのように競争から逃げた冒険者がほどほど存在したりするのだ。
「よし、そこにしよう。移転手続きを頼む」
こうしてハジメは暫く活動の場を他所に移すことを決定した。
◇ ◆
――さて、今更ながらよく創作作品では冒険者に等級が割り振られているのはご存じだろう。
これはありきたりではあるが、実に理に適ったシステムでもある。能力と実績のある人がより重要なクエストを任され、そうでない人は簡単な依頼をこなして実績を重ねる。自らの等級とクエストの難易度を比較して受けやすいものをすぐに選べるなど、時間の短縮にもなる。
このように等級システムは実に効率的なシステムなのだ。
そしてこの世界でも例に漏れずそのシステムが考案され、冒険者にはビギナー、ミディアム、ベテラン、アデプトの四つの等級が存在する。
ビギナーは銅のメダル。レベル的には1~20あたり。
ミディアムは銀のメダル。レベル21~40あたり
ベテランは金のメダル。レベル40以上の歴戦の戦士だ。
では、その上をゆく幻のクラス――アデプトはどうか。
「アデプトクラスは、三つのどのメダルを等級証明に使ってもいい。つまり、アデプトクラスを証明するメダルは公的には存在しない」
「へぇ~……面白い! なんでそんな不思議なルールなんでしょうね?」
「アデプトクラスは緊急性の高い仕事や秘匿性のある仕事がよく回されるため、他冒険者の妨害を避けてスムーズに依頼が受けられるようこのような措置になっている……だったかな」
「成程。確かに等級が上がると受けにくくなる仕事もありますもんね。そんな理由があったんだ……」
話を聞いたフェオは感心していた。
ロムラン支部で暫く仕事をする旨をフェオに伝えた際に彼女に「そういえば等級のお話を聞いてなかったですよね」と話を振られて説明したが、興味を引く話しが出来たようだ。
「パパとママからただベテランなだけじゃアデプトにはなれないって聞いたんですけど、その辺はどうなんですか?」
「選考基準は一切不明だ。俺も何故選ばれたのかは知らせられてない。ギルドも誰がアデプトなのか一切公表していないからアデプトを自称しても証明は困難。まさに幻のランクだな」
「でも、そうなるとギルド側もアデプトクラスが誰なのか分からないんじゃないですかね?」
「アデプトクラスの持つ三種のメダルは、一目には分からないがギルド職員が見ればそうだと分かる微細な細工が施されている。とはいえ、俺もトリプルブイに言われて漸く気付いたような差だけどな」
普段はもっぱら金のメダルで証明を行っているハジメだが、今回はほとぼりが冷めるまで目立たず過ごすことが目的なので久しぶりに銅のメダルを証明プレートに嵌める。
「これも懐かしいな。十数年ぶりくらいか? 低ランクの時期は1年くらいで過ぎたから、あまり記憶にないんだ」
「そっかぁ、やっぱり昔から強かったんですね」
不意に、フェオが少し申し訳なさそうな顔をする。
「あの、こんな騒ぎになっちゃってごめんなさい。元はと言えば私のせいですよね」
「何のこと……ああ」
この騒ぎはハジメが魔王軍幹部を倒したことが原因で、倒す原因になったのはフェオの護衛のためで、そもそも当時『リヴァイアサンの瞳』を求めてフェオがハジメを引き連れビスカ島に遠征しなければこの事態は発生しなかった……と、彼女はそう言いたいらしい。
しかし、それは幾らなんでも考えすぎだとハジメは思う。
「フェオ、あれは偶然起こった事故のようなものだ。誰かに責任があるなんて話じゃないよ」
「でも、私のせいでハジメさんはしばらく新人のフリなんて……」
フェオの顔は浮かないままだ。
彼女なりに負い目があるのだろう。そしてそれは、人が気にするなと口にするだけで消えるほど都合の良いものではない。本人が思うからこその悩みは、本人が納得しなければ解決しないものだ。
ハジメは正論では意味がないと思い、自分なりに頑張ってジョークを言ってみた。
「君ならこういうとき、『変なことをやらかさないように注意しろ。唯でさえ頭のネジがゆるいんだから』と心配するかと思った」
「え……ああ! 言われてみれば、今更凄く心配になってきました! ハジメさん変なところでポンコツというか、おっちょこちょいな所あるし!」
「自分で言っておいてなんだが、その反応はヒドいぞ」
何故今まで気付かなかったのかと言わんばかりに納得の顔をしたフェオは「ごめんなさい」と謝罪しつつも吹き出し笑いをしている。話がくそつまらないことで有名なハジメにも、欠片程度はジョークセンスがあったようだ。
「あはは……励ましてくれたんですよね? ありがとうとざいます、ちょっと元気出ましたよ」
「それは何よりだ。じゃあ、ロムランには村から転移を乗り継いで通うから夜には戻る。もし緊急の連絡があったらギルドを経由してくれ」
「はい! いってらっしゃい、ハジメさん!」
こうして、ハジメはフェオに笑顔で送り出された。
……そしてハジメが去ったあと、フェオは周囲に『旦那を送り出す若奥様』呼ばわりされて耳まで赤くなる羽目に陥るのだが、それは先の話だ。
◇ ◆
ハジメは今、熟練度上げを兼ねて珍しくレイピアを装備している。
レイピアで使える武器スキルは基本的な剣のそれと同じだが、技の威力にクセがある。斬撃系スキルが通常の剣に劣る代わりに刺突系のスキルに大幅な補正がかかるのが特徴だ。
一対一では強いが多対一では利便性に欠けるため、単独行動ばかりのハジメにとっては取っつきづらい武器だ。使う必然性もあまりなかったため、剣のなかでは熟練度が低めである。
ついでに『修験者のリング』も装備する。
これは全ステータスにマイナス補正がかかる代わりに装備品の熟練度上昇に倍率がかかるレアアイテムである。リスクはあるが、ハジメくらいの実力にまでなると苦戦する敵も殆どいないのでリターンの方が大きかった。
ちなみに熟練度上げは武器スキルの習得に必要な要素なのだが、別に覚えたいスキルがあるわけではない。有用な物を一通り取り終えたところで伸ばすのをやめていたから、たまには使っておかないと腕が錆びるという思いだった。
準備は万端。
目立たない仕事が多い程有難いが――と思いながら、ハジメはギルドに入った。
(ここがロムラン支部……想像してたより少し所属冒険者の平均レベルが高そうだな)
意外にも、こんな何もない田舎にしては若く逞しい体つきの冒険者が多い。突然入ってきた余所者に対する無遠慮な視線が浴びせられたが、大した興味は引かなかったのかすぐに薄まる。
(この反応、顔は割れていないな。だが念のため名前はナナジマの方を名乗るか)
死神ハジメの名は世間に知れ渡っていても、ファミリーネームのナナジマの方は案外誰も知らない。悪目立ちしたくない時に使う小細工だ。
ハジメはそのまま受付に向かった。
「ビギナークラスのナナジマだ。今日から暫くここで活動させてもらう。これは前のギルドからの紹介状だ」
「はいよー預かりマース」
予想は的中し、ナナジマを名乗っても皆無反応だった。
唯一予想外なのはギルドの新人らしい受付嬢さえも気付いてないことだが、それも丁度いい。それはそれとして受付嬢の態度が悪い。カウンターに肘をついて前ギルドの紹介状を流し読みしている。
「ほーん、おっさんあれでしょ、都会からのドロップアウトでしょ。まあ、いいんじゃない? ここ意外と魔物が多い隠れ修行スポットだし、ここいらで鍛えて引退前に華を咲かせようってヤツじゃん」
(なんだと……!)
ハジメは内心で受付嬢の失礼な言動に激怒――することは全くなかった。
(やけに若いのが多いと思ったらそんな理由があったのか……!)
彼女の言うとおりなら納得だ。確かにほどよく多く、ほどよい強さの魔物が出現する場所は修行向きである。しかも、そうした好条件の場所ほど依頼の奪い合いになりやすい。ハジメ自身も見落としていたくらいなので、まさに隠れスポットだ。
それはそれとして若い連中の態度が悪い。
「なんだぁ、あの新人のおっさん。男の癖にレイピア使いかよ。ぜんっぜん似合わねーでやんの」
「あの年でぼっち冒険者かよ。どうせパッとしないから実力不足で追放されたんだな」
「なんか惨めよね。あーやって落ちぶれていくのかしら。今からでいいから農家に転職した方がいいんじゃない?」
「おい、言うなよ失礼だぞ……ふふっ」
ハジメは周囲の失礼千万な物言いに激怒――することは全くなかった。
(素晴らしい。誰一人として俺の事を知らないぞ……!)
ハジメ、内心ガッツポーズする。
彼らが物事を深く考えず情報通でもないのはハジメにとっては喜ばしいことだ。おかげで潜伏も上手く行きそうである。




