断章-3 fin
転生者と言えば、今はもう一人話を聞ける人物がいた。
鳥葬のガルダ――もといチヨコ・クマダ。
「今は洗礼名貰ってるから。マルタって言うの。かっこよ! 自分で言うのもなんだけどかっこよ!」
「いや分からんにゃ」
「えー」
このふざけた態度のシスターがその気になれば一瞬でツナデを輪切りに出来る化物だというのだから、世の中分からないものだ。
「で? 転生者について聞きたいの?」
「そーにゃ」
「考えるだけ無駄じゃない?」
「えぇ……そんなこと言わずに真面目に考えるにゃ、ちーちゃん」
「だからちーちゃん呼ばわりはやめいッ!!」
瞬間、殺意の刃でツナデは脳天をかち割られた――気がした。それほど鋭く膨大な殺意だった。忍者として訓練を受けていなければ、下手すると今ので失神していたかもしれない。
ただ、それほどちーちゃん呼ばわりが嫌らしい。
マルタは、教会のステンドグラスを見上げながらぽつぽつと喋る。
「欲しいものがあったから貰った。そしたらそれが後から捨てられない呪いだと気付いた。私の場合、ただそれだけの話よ」
「望まぬ不死ってヤツかにゃ?」
「長い長い時間が、死への恐怖を完全に擦り切ってしまったわ」
死は救済などと叫ぶ怪しい宗教家はたまにいるが、それとはきっと別次元の思想なのだろう、とツナデは思う。マルタはごろんと首を転がしてツナデを見る。
「私、自分のこと以外興味ない女なの。だから他の転生者が何を思ってどう行動していたのかとか、考えないわ。不死殺しの能力持ちがいないかなとかは心のどこかで思ってたけど、なかなかいないわね」
「……そんな異能までありえるのかにゃ?」
「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる。バイ、ジュール・ヴェルヌ。こっちの世界にはいない人だけど。一つ彼にとって誤算だったのは、想像と現実を介在する異世界の神の存在であり、或いはいまの私が見る世界は荘子の言う胡蝶の夢なのかもしれない。或いは私が嘗ていた世界は本当は私にとって夢だったのかもしれない。我々はどこから来た何者でどこへ行くのか? ゴーギャンがどんなに思考実験を重ねたところで、何も答えなど出はしない。神、そらに知ろしめす。 なべて世は事も無し……」
「お前の話、観念的すぎて分からんにゃ」
「そういうことよ。人間は600年も生きるべき生き物じゃないの。体験したら頭が可笑しくなっちゃっても不思議じゃないでしょ? だから、私に聞いたのは間違いだったわね」
自分のこめかみをとんとんと叩いて笑うマルタは、もう何もかも諦めたような清々しさと、答えを求める渇望が混在している気がした。
「そんなに気になるなら貴方のお師匠様に聞いてみればいいじゃない」
「んー、でも何も言ってこないから自分で調べろってことだと思うのにゃ」
「何の成果も得られませんでしたぁ! って素直に言えば?」
「まぁ、実際ちーちゃんからは得られにゃかったけど」
「だからちーちゃんはやめいッ!!」
段々イジるのが楽しくなってきたツナデであった。
◇ ◆
結局、ツナデは転生者たる存在をどう消化すればいいのか分からず、思い切ってライカゲに聞いてみた。
ライカゲは大抵、戦闘技術関連以外は婉曲な物言いで自発的な学習を促すし、今回もそうだと思っていた。なのでツナデの経験上この質問にはきっと答えてくれないだろうと思いつつも、ダメもとの確認だった。
すると、意外にも簡単に返事が返ってきた。
「転生者は人種ではなく、経験だ。たまたまそのような契約をしたという、それだけの存在でしかない」
「あら、普通に答えてくれるんですかにゃ……?」
まさかちーちゃんことマルタの言葉が正解だったとは思わず、少し唖然としてしまう。
ライカゲは、その様子を叱責するでもなく淡々としている。
「転生者を理解するのは難しい。それでも理解しようと模索する姿勢は消してはならぬ。だから、模索した末の結論として聞くことは過ちではない」
「……にゃるほど」
余りにも単純明快な答えは、ツナデの胸にすとんと落ちる。
「……そも、転生者も常人も人に違いはない。人によって能力も性格も千差万別だからだ」
どうやら、転生者という得体の知れない存在を一括りで考えること自体がツナデの過ちだったようだ。
「確かに転生者には常軌を逸した異能ともいうべき力を持つ者がいる。だが、そうでない者もいる。色仕掛けが通じる相手も、通じない相手もいる。蓋を開けねば中身の知れぬ箱を、確認前に分類することはできぬ」
「どれほどの力を持っていようが、個人は個人だと?」
「左様。ならば我ら忍者のやることは変わらぬ」
未だに理解及ばぬ忍者の道だが、一つだけツナデにも分かることがある。忍びは闇に潜む者ゆえに、闇に隠れた悪事を発見することが出来る。そして忍者は、人の道を逸れ誰かを無秩序に闇に誘う存在を排除しなければならない。それが闇なりの秩序なのだ。
「善悪を見極め、情報を徹底的に収集し、必要ならば始末する」
「そうだ。如何に破格の権能を持っていようが、絶対ではない。不老不死と化したマルタでさえ、神の下にあるこの世界では絶対ではなかったようにな」
「でも、転生者が徒党を組んだら? もっと訳の分からにゃい……例えば相手の目を見ただけで洗脳されるようにゃ存在が出現したら、どうすればよいのですか?」
「……」
ライカゲは無言になる。
自分で考えろということだろうか――そう思っていると、ライカゲはツナデの肩を掴んだ。
「忍び、耐え、それでも越えられぬならば……託せ」
いつにもまして饒舌な師は、強い言葉で諭す。
「一人で、お前が、絶対に解決しなければならない問題などこの世界には存在しない。しかしそれでも必ず成し遂げなければならぬと確信したならば……託すのだ」
「そんな……それは逃げでは!?」
「では、この俺が弟子を持つのも逃げか?」
「あ……」
ツナデは、気付く。
出来ない課題を後世に託すのは、人として当たり前だと。
「転生者の異能は子の世代にはほぼ受け継がれない。故に俺は女神の恩寵を受ける時、後世に託せる力を選んだ。いつか俺が越えられなかった限界を、我が意思を継いだ何処かの何者かが超えることを信じたからだ」
「師匠……」
「オロチ、ツナデ、ジライヤ……俺は弟子たち三人が相手でも負けぬ自負がある。しかしその強さは所詮この命が続く間だけ存在する個の力に過ぎぬ。例え俺亡きあとにおぬしら三人でも勝つことの出来ぬ巨悪が現れたとしても……忍び、耐え、受け継がれてゆく忍者の刃は必ず悪の喉元を切り裂く。それを……忘れるな」
親から子へ、子から更に子へ、連綿と受け継がれる忍者の意思は、いつかの誰かが時代を駆け抜ける力となる。自分の師匠が選んだのはそういう道であり、自分もいつか、あの奴隷市場から解放されたときのように誰かの道しるべとなる。
ツナデは自分の胸が暖かな何かに満たされるような気がして、思わず涙を浮かべた。
この人に憧れた道は、間違いなかったのだ。ツナデも、こっそり話を外で聞いていたオロチとジライヤも、全員が改めて忍者の道を更に追求することを心に誓った。
いつかこの技で誰かを救うために。
いつかこの技を誰かに受け継ぐために――。
「でもそれはそれとして諦めるのは嫌にゃ。師匠、洗脳対策ににゃんかいい方法知らにゃいかにゃ?」
「……装備品か意思の力で補うのが常道だろうが、そうさな……そういえば、強烈な臭いは洗脳をも打ち消す力を持つとどこかで聞いたことがある」
「つまり師匠の首筋の臭いを嗅いでりゃ洗脳対策ににゃるのにゃね! 嗅がせるにゃー!!」
「お前はただ単に嗅ぎたいだけだろうが……しょうがない奴だ。そうして相手の懐に入り込むのも一つの才能かもな」
その日、ツナデは思う存分大好きなライカゲの体臭を嗅いではフレーメン反応を繰り返した。更にライカゲの体臭が沁みたシャツを一枚強奪して巻物に保存し、ほくほく顔で自室に戻っていった。
途中から盗み聞きしていたオロチとジライヤが呆れ顔をする
「師匠、あれ師匠のニオイの元が欲しかっただけなのでは」
「まぁ……案外本当に洗脳対策になるかもしれぬしな」
「師匠相手にあんなにグイグイ行くとは、ツナデ先輩は流石でゴザル……」
おっさんの首筋をくんかくんかして悦に浸る若い娘。
自分の弟子は結構な変人なのかもしれない、とライカゲは今更ながら思ったのであった。
ひ○しの靴下。




