断章-2
一つ、転生者は『違う世界』で死んだ者。
一つ、転生者は神に何かしらの加護を与えられる。
一つ、転生者は大体変な人しかいない。
理解できたのは、これだけである。
とりあえず感じたのが、転生者は手に入れた力こそ大きいが、それが必ずしもプラスの面に働くとは限らないらしい、ということだ。二人の童貞たちは強い力を手に入れたが故に現実と想像のギャップにやられているし、人外の強さを持つハジメも世間では評判が悪い。
ハジメのそれは性格のせいとも言えるが、転生者としてのズレた精神性がそれを誘発しているのは否めないのではないかとツナデは思う。
ただし、それはあくまで生活面での話だ。
やはり戦闘に有利な力を持つ転生者は、真っ当にこの世に生まれた人と比べて大きなアドバンテージを持っていることは覆しづらく、そして付け入る隙も殆どない。ショージとブンゴは技量こそイマイチだがステータス面はピカイチだ。
ツナデも神から力を貰えればいいが、まぁ無理だろう。
それが可能ならこの世界はもっとすごい連中で一杯になる。
やはり、地道な努力が強者への近道らしい。
そう考え、ふと、逆に転生者に惹かれる人もいたなと思い出す。
今頃彼女たちは村に新設された鍛錬場にいることだろう。
――ツナデの予想は的中した。
鍛錬場でぶつかり合う二つの影。
片や、美しい黒髪を靡かせて大太刀を振るう凜々しい女性。
片や、白金の鎧に身を包み鉄槌を振るう必死な少女。
少女の鉄槌は槌部分が小型なタイプだが、少女はその重量を感じさせない素早いスイングで大太刀の女性へ果敢に攻め立てる。ただし、力量差の大きさからか女性には当たらずいなされていた。
女性――ベニザクラは感心したように唸る。
「ほう、筋力に驕らずいい立ち回りをするではないか」
「だってこの装備ダイヤモンド装備より高いんですよ!? もし万が一変な動きして傷でも入れたら罪悪感で死ぬから一挙手一投足に至るまで無駄な動き出来ないじゃないですかぁぁぁ!!」
「独特な戦闘理念だな、面白いッ!!」
「ていうか何で訓練なのにそんなにグイグイ来るんですかぁぁぁーーー!!」
鉄槌を振るう単眼の少女サンドラは、攻める側とは思えない嘆き方をしている。
どうやら好きで攻めているのではなく、攻めの手を緩めれば即座に状況が逆転するようだ。
「来ないでくださぁいッ!! ハードクラックッ!!」
情けない声に反し、サンドラは力強く大地に鉄槌を叩きつける。
ハンマースキル、『ハードクラック』の効果は、地面を叩き割ってその衝撃と破片で相手を吹き飛ばすというものだ。
ベニザクラはそれに対し、大地を穿つ斬撃のスキル『地斬』を放って相殺する。
「さあ、突破したぞ! 次の手を打て! さもなくば斬られるぞ!!」
「ぎゃあああああ!! 嫌あああああ!! セントリフィカァァァーーール!!」
戦闘狂のような笑顔で接近するベニザクラに恐怖を覚えたサンドラが発動したのは、ハンマースキル『セントリフィカル』。剣で言えば回転斬りだが、ハンマー投げの要領で自分ごと武器を回転させながら迫るこの技は、単純ながら破壊力抜群で防ぐのが難しい。
わーきゃーと叫びながらも自らの力を遺憾なく発揮するサンドラに戦意が高揚してしまったベニザクラも深く腰を落として刀を構え――。
「はーいはい、そこでストップにゃー」
突如として現れた5人のツナデの分身と本体に止められる。
一人はベニザクラの刀を刀で受け、一人は水遁を応用した氷で彼女の足をせき止め、一人はベニザクラに背後を取り、残り三人は風遁をサンドラの回転と逆方向へ噴射して勢いを相殺しながらハンマーに素早く攻撃を叩き込むことで技を抑え込んでいた。
訓練とは言え一対一の戦いに水を差されたにも拘わらず、ベニザクラは気分を害するどころかツナデの手腕に称賛を送る。
「相変わらずやるものだなツナデ。不意を突いただけあって突破は少してこずる布陣だ。ふふ……」
「はらひれほろ~……目がぁ回っちゃったぁ~……」
「逆回転させてやるから心配すんにゃ。それはそれとしてちょっとガールズトークしたかったんにゃけど……」
訓練が中断されて少しだけ消化不良そうだったベニザクラと、中断されてほっとするサンドラ。しかし話の内容を聞くと、二人は全く同じ反応をした。
「――ハジメの実力をどう思うか……?」
「ですかぁ?」
首を傾げる二人。先に質問に答えたのはベニザクラだった。
「強い、と思う」
「や、そりゃ分かってるにゃ」
冒険者なら十人が十人同じ返事をするだろう。
冒険者の等級としては最上位であるアデプトランクで、もう何年も最前線、現役で強敵を撃破しつづけている。ツナデ自身も世間が人類最強格と称する規格外の戦闘力を目の当たりにして間もない。
だからこそ、考えてしまうことがある。
少しとはいえ彼の実力を肌で感じた二人に、ツナデははっきりと自分が心のどこかで抱いている思いを口にした。
「……強すぎるとか怖いとか思わにゃいものかにゃあと思って」
「私は……ないな」
「あの、私もないですぅ」
二人は特に迷いもなく首を横に振る。
何となく予想は出来ていたがやはり、とツナデは思う。二人ともハジメに恩のある者同士だし、この返答は何もおかしくない。
ベニザクラは不思議そうに首を傾げながら――クールそうに見える彼女のその仕草は普段とのギャップからか可愛らしく見える――ハジメに思いを馳せる。
「最初は正直薄気味の悪い男だと思った。天秤と定規で善悪を測量するような奴だと。何を考えているのか分からず掴みどころがないし……だが、私を村に来るよう誘ってくれたときのあれは、ハジメの優しさだったと思う。それに、彼の強すぎる力は武人として憧れを抱いてしまうな」
恋人を想うような嬉しそうな表情で手を見つめるベニザクラの表情に、ツナデは見覚えがある。戦闘狂と呼べる人物は、ライバルや目標の人との戦いを待ち望みにする顔とデートの相手を待つ顔が一緒なのだ。
「練りに練り上げられた末に人倫を絶したあの圧倒的な戦闘能力。ありとあらゆる戦法を一つに束ねた戦士の集大成のような戦闘スタイル。あの寡黙なところも、戦闘を突き詰めすぎて自らを鼓舞する必要すらなくなったのかもしれん。鬼人は誰しも強さに憧れる。そこに限界を超えた世界が存在するからだ。だからハジメの強さは眩しく、そして堪らなく嬉しい」
鬼人にとっては、優しさや暖かさより強さが一番らしい。
ツナデは、そういえば一つ確かめたいことがあったと思い出す。
「鬼人って強い相手と結婚したい願望あるって聞いたけど、ベニザクラはハジメと結婚したいのかにゃ?」
すると、ベニザクラの顔がボフンと蒸気を放って真っ赤に染まる。
「ちっ違う違うぞー! いや違わないけど違うからな! たた、確かにハジメにならこの体を許してもいいとか思った事はないでもないがそれは私がハジメに返せるものがそれしかなかったからで、別に私がハジメに相応しいとか思ったことは一度だってないぞー!!」
「もうハジメになら抱かれていいってカミングアウトしてるにゃ」
「だっ、だからそれは鬼人なら誰しもそう思うというほほ、本能の話であって……わたしは他の鬼人ほど逞しい姿形じゃないから、選んでもらえな……ていうか! 私にばっかり聞かずにサンドラにも聞いたらどうだ!!」
ぐるぐる目を回しながら逆ギレするぽんこつ鬼人。
自己評価の低さの割に既に一度告白めいたことを言っているので、なんとも難儀な恋愛観だとツナデは思った。
そして、話に置いてけぼりになり過ぎて「邪魔にならないように」と周辺の草むらに身を隠してギリギリまで気配を消そうとするも白金鎧の輝きと手に握った鉄槌で完全にバレバレなサンドラを引っ張り出して説得したツナデは、彼女からも話を聞くことにした。
引っ張り出されたサンドラは、挙動不審に何度も周囲をキョロキョロしながら念入りにツナデに確認を取る。それほどハジメに抱く印象は人に聞かせられないものなのだろうか。
「……本人には言わないでくださいよ? 絶対ですよ? 約束破られたら反射的に舌噛んで死ぬまでありますからね?」
「言わにゃい言わにゃい。ツナデ、口の堅い女」
「最初、陰険鬼畜根暗野郎だと思っていました」
「おみゃー今日から失礼大権現を名乗るにゃ」
余りにも歯に衣着せぬ毒舌にさしものツナデも呆れる。
本音の失礼さに彼女のめんどくさい女感が醸し出されていた。
サンドラはと言えば、ぶつぶつ言い訳している。
「だって必死に頑張ってるのにフェオさんの目の前で足手まとい扱いするし、いや実際そうですけど……魔物を情け容赦なく殺しまくりますし、いや私も撲殺してましたけど……フォローする時一回ため息つきますし、いやヘマした私も悪いですけど……ガンガン指示飛ばしてきてキツくて、いや実際的確な指示で助かりはしましたけど……」
「おみゃー今から因果応報自爆明王を名乗るにゃ」
「ちっ、違うんです! 一番鬼畜なところがまだ残ってるんですっ!! どうせ駄目駄目なんだから周りに認められるの諦めろって言うんですよ!? 今現在正直その通りになっててハジメさんの励ましが生きがいですけど!!」
「褒めるのと非を認めるのと貶すのと、どれか一つに絞って考えられんかにゃ?」
「ご、ごめんなさぃぃぃぃぃぃ! でもだって正直に答えた方がいいと思ったんですぅぅぅぅぅぅぅ!!」
彼女は徹頭徹尾失礼かつ自分の失礼さを自覚しない人間らしい。
しかも反省の態度をとるくせに、個別具体的に自分の何が悪かったのかをイマイチ理解しきれていないから後になってまた失敗を繰り返しそうだ。
ベニザクラが二人の間に割って入る。
「ツナデ、余り虐めてやるな。あとでフォローするハジメの身にもなれ」
「おみゃーはしないんかい」
「やってるよ。やってるけど、私は人を慰めるとか、そういうのやったことないから……大体失敗する」
「ウワァァァァァァァン!!」
ツナデも思わず首を横に振るコミュ障女たちである。
しかし、これだけボロクソ言っているのに最終的にはハジメに励まして貰いにゆくサンドラと、その面倒くさいサンドラの面倒をしっかり見るハジメの関係も不思議だ。
フェオ曰く、ハジメにとってサンドラは『同類』なのでやや甘やかし気味らしい。
「ハジメも罪な男にゃ……」
フェオ、クオン、ベニザクラに続いてサンドラ。
ついでに宿で働く娘衆にも立ち寄るたびに囲われている。
彼は男女関係となると押しに弱いらしい。
「ハッ! そういえば転生者と呼ばれた存在の中には異性との関係に溺れて最終的に自滅したのも多いと聞くにゃ! 追いつくのは無理でも暗殺なら可能かもしれにゃいにゃ!」
……そんなことが判明したところでツナデの求める答えにはなっていないことに気付くまであと数秒。




