12-4 fin
その日、村に一人の来訪者があった。
「――失礼。ハジメ様とベニザクラ様で間違いありませんか?」
訓練中のハジメとフェオに声をかけたのは、こんな森の奥には似つかわしくないほど上質なメイド服を纏う、恐ろしいまでに美しい女性だった。手には大きなカバンを、もう一つの手で差していた日傘を畳むその女性は、艶やかな金髪をツインテールに纏め、芸術品のように美しい顔でこちらを見つめる。
余りにも透き通り過ぎた瞳には、まるで硝子のようにハジメとベニザクラが映っていた。ベニザクラは戸惑いを隠せず、彼女に問いかける。
「君は一体何者なのだ……?」
「わたしの名はカルパ。突然の来訪、どうかお許しを。我がマスター、トリプルブイの代理としてベニザクラ様の義手をお届けに参りました」
とうとうこの日が来た、と、ベニザクラは固唾を呑んだ。
無駄な会話は必要ないとばかりに淡々とカルパはカバンを開く。
カバンの中にあったのは――。
「これがマスターの拵えた、ベニザクラ様専用の戦闘義手です」
「義、手……? しかしこれは、まるで本当の腕じゃないか……」
ベニザクラは思わずそれを指で触れる。白磁の肌、なめらかな質感。まるで切り落とした腕が帰ってきたかのような、義手と呼ぶには余りにも生々しい手だった。
「すぐに接続を開始します。ベニザクラ様、右手を」
「あ、ああ……」
言われるがままにベニザクラが失った側の手を出すと、カルパは彼女の服の袖をめくり、切断後に縫合された腕を取り出した布で丁寧に拭く。そして恭しくカバンの中の右手を取り出し、ベニザクラの腕の断面に重ね合わせる。
するり、と腕は何の違和感もなく彼女の腕と接合された。
どういう理屈かと疑っていると、カルパの手に魔力が収束していく。
「神経を接続します。少し痛みますよ」
「……ぅぐッ!?」
魔法が発動した瞬間、まるで電撃を浴びたようにベニザクラの体が意思に関係なく一瞬撥ねる。巨大な魔物に体当たりを受けたような衝撃だった。
全然少しではない、と抗議したかったが、息を吐いて身体を落ち着かせる。もとよりリスクは覚悟の上だし、痛みは自然と引いていった。
「接続は完了しました。動かしてみてください」
言われるがままに腕を見る。
腕を動かす感覚を思い出し、手を閉じ、開く。
すると装着した義手はイメージ通りに動いた。
触感も、元の腕と少し違うが違和感なく感じられる。
何より、右手と左手を並べると形が完璧に一致している。
「筋肉の量、長さ、関節の位置まで全く違和感がない……!?」
「マスターは工房に来訪された際に貴方の手を触っていたので測量はそれ以上必要なかったと仰っていました」
「……!! 死んだふりをした彼に駆け寄ったあの時に……!?」
ベニザクラは驚愕に目を見開く。確かにあの時、彼はベニザクラの手を触っていた。しかし、たったそれだけの感覚を基にこれほど芸術的な義手を作成したというのだろうか。
確かにこれは唯の人形師に出来る芸当ではない。
才能が有り過ぎて周囲に疎まれたというのも無理らしからぬことだ、とベニザクラは改めて思い……でも人の下着を覗くのは人としてダメだよなぁと思い直した。
義手の余りの完成度にベニザクラが衝撃を受けるなか、カルパは淡々と義手の説明をする。
「マスター曰く、この腕は一度失ったものであることを忘れてはならないが故に敢えて接合部分は見える形で残した、とのことです。気になるならベルトなり腕輪なりで隠してください。それと、この義手がどういうものかを簡単に説明します」
「ああ、頼む」
ベニザクラが最も気になるのは、この義手が実戦で使えるかどうかだ。
「この義手はハジメ様の『攻性魂殻』に着目したマスターの手によって内部にオーラに反応するギミックが仕掛けられています。そしてギミックは使用者のオーラを吸収、増幅して発動します。日常生活はそのままで支障ありませんが、戦闘時は必ずオーラを発動させてください」
オーラは魔力や生命力と違い、精神力や集中力に依存すると考えられている。前者二つを動力源にした場合と比較すれば、そのコストは軽い。
「それと、疑似的ですが義手にも触覚や痛覚が再現されています。元の腕のものを完全に再現してはいませんが、運動関連では問題が出ないよう徹底的に調整したそうです。では、オーラのスキルを発動させてください」
ベニザクラは言われるがままにスキル『オーラ』を発動させた。
これまでベニザクラが使っていたオーラとは質の違う、この数日で一気に洗練されたオーラが全身に漲る。
と、右腕の義手がオーラと結びつき、変化が起きた。
今まで美しいまでに白かった義手の手甲側が変形し、鬼人特有の防具が内部から展開されたのだ。気付けばベニザクラは右手だけ鎧を纏った姿になっていた。人生初の――というか恐らくこの世界では初の経験をしたベニザクラは素っ頓狂な声を上げる。
「変形!? いや、というか何故変形する!?」
「マスター曰く、オーラに依存した機能にしたら内部構造が余ったので作ったそうです」
「私の腕で遊んでいないか!? いや、確かに作るよう頼んだのはこちらだがっ!!」
「発動させずに素の腕のまま戦うこともできるので、上手く使い分けてください。オーラの質が高まると更なる変形が出来るとのことです」
「完全に遊んでいるだろ!?」
高度な技術を使えばメンテが大変になると言っていた筈だが、変形はトリプルブイにとって高度の範疇には入らないらしい。試しに元の自然な腕をイメージしてみると、巻き戻しのように鎧が折りたたまれて元の腕に戻る。変形する場所の継ぎ目は一切見当たらないのが恐ろしい。
ふとハジメの方を見ると、彼はベニザクラが訓練の為に持ち出した『吽形』に視線を向けていた。こちらと目が合うと、視線が『剣を抜いてみたらどうだ』と語りかけていた。
確かに、どんなに高度な義手であっても剣を振るうという当初の目的が果たされなければ意味はない。ベニザクラは吽形の鯉口を切り、すらり、と刃を抜く。
眼前には既に剣を抜いたハジメが待っていた。
息を吐き、吸い、そして一気に踏み出す。
繰り出すのは久しく使っていなかった、刀の武器スキル。
「流牙ッ!!」
横向きの薙ぎ払い。ハジメはこれを容易く防いだ。
右手に違和感はない。更に踏み込む。
「雪破ッ!!」
超高速の踏み込みと共に斬撃を放つ。
ハジメはこれもあっさり受け流した。
「連鰐ッ!! 双剋ッ!! 猛虎絶爪ッ!!」
自らの思いつく限りの奥義で連撃を放つが、全て防がれていく。
だが、防がれた際の体の切り返しや、反動から推し量れる自分の攻撃の威力が、ベニザクラに「まだやれる」と教えてくれる。
「ハァァァァァッ!!」
ベニザクラは、オーラが続く限りハジメに全身全霊をぶつけ続けた。その全てに義手の右腕は応えた。なのにハジメには一太刀たりとも届きはしない。当然だ。それは義手ではなくベニザクラとハジメの間に横たわる純然たる実力差の問題だからだ。
故にこそ、それが嬉しい。
やっとベニザクラは、片腕というハンデで相手に負い目を感じさせずに済む。
やっとベニザクラは、ハジメを追いかけられるようになる。
この日、戦士ベニザクラがこの世に帰ってきた。
なお、当然だがハジメには全く勝てなかった。
暫く身体を存分に動かしたのち、落ち着いたベニザクラはトリプルブイに感謝を伝えなければと彼の従者らしいカルパの方を向く。
「トリプルブイに感謝を伝えておいてくれ。無論、そなたにも」
「満足していただけたようで何よりです。なお、以降の義手のメンテナンスは私が行います。基本は週一度ですが、接続部や関節の違和感や表面の傷などありましたらすぐにこのカルパにお申し付けを。新たな機能が欲しいなどの要望がありましたらマスターと連絡をお付けします」
「……ところで気になっていたのだが」
戦いを終えて一種の冷静さが戻ってきたベニザクラは、カルパに対してずっと感じていた違和感を口にする。
「トリプルブイに従者がいるとは聞いていなかったが、以前私たちが訪れた際には不在だったのか?」
その疑問にハジメも同調した。
「俺もあいつからそんな話は聞いていない。むしろ雇っていないと言っていた気がするが……そこのところどうなんだ、カルパ?」
「簡単なことです。お二人が工房を訪れた際――私はまだ生まれていませんでしたので」
「――な、に?」
「メンテナンスを行うには村に住んでいる方が都合がよろしいでしょうから、私はここに住まわせて頂きます。差し当たっては村長であるフェオ様の許可をいただきに参りますので、これにて失礼」
カルパは恭しく一礼し、踵を返す。
その彼女のうなじに小さく「V.V.V.」の文字が刻まれているのに気づき、二人は戦慄した。
「あいつ……義手よりとんでもないものを作っていたのか」
「え? え? ではやはりカルパは……」
「前に奴から聞いたことがある。究極の人形には魂が宿ると……」
この日、フェオの村に25人目の住人がやってきた。
人、と数えていいのかどうかは若干の疑問が残るが。
なお、翌日トリプルブイから提供分の原材料費を差し引いた要求額6000万Gの請求が届いた。原材料費込みで計算すれば億は当然超えているが、もはやハジメはこの程度の散財では満足できない身体になっているので内心落胆した。
それはそれとして、請求金額にショーパブだの何だのツケの請求が混ざっていたので、要求された6000万Gから差っ引いた。何故なら今回の件と明らかに関係ないからである。
翌日、請求書の金額があっさりベニザクラにバレた。
「わわわ私は6000万Gなんて大金は払えないが、しかしそのトリプルブイ曰く私はこれでも女らしい身体をしているらしいので、えっとそのあの別に私に6000万の価値があると言いたい訳ではないがお前にこれ以上恩を返さず積み重ね続けると私自身の良識が咎めるから、も、も、貰ってくれないか私を!? 刀以外で差し出せるのは私自身くらいしかないのだ! ふ、不束者ですが!?」
「差し出すな。そして落ち着け」
頬を真っ赤に染めて目をぐるぐる回すぽんこつ鬼娘に、ハジメはチョップをかました。




