12-3
数日間――ベニザクラにとって、それはとても濃密な時間だった。
「オーラの基礎はもう身に付けてるのだろう。あとは実戦あるのみだ。戦いの中で俺の『攻性魂殻』を感じ取って見せろ。トリプルブイ曰く、それが義手を使いこなす近道となる。さぁ、模擬刀を握れ」
「望むところだ……!」
義手を動かすには、どうやらオーラが必要らしい。
詳細についてハジメは一切話を聞いていない筈なのに、彼の言葉には一切の迷いがない。その自信がベニザクラの戸惑いを消す。
それに、ベニザクラは何だかんだでハジメの戦士としての実力を一度もまともに拝んだことがない。
彼女は、ハジメという男に期待した。
そして、思い知った。
(――人類とは、こんなにも強くなれるというのかッ!!)
強いという言葉さえ陳腐に思えてくるほど、ハジメの力は規格外だった。
『攻性魂殻』によって操られる剣、ナイフ、槍、籠手、斧、メイス、鎖、その全てが一人一人達人級の武人が操っているかのように巧みに襲い掛かってくる。
ベニザクラに片手がないためか、ハジメはハンデとして『攻性魂殻』以外のスキルを封じた上で、武器の動きに関しても手加減もしているようだ。それでも、戦闘開始時点で多対一に等しい状況では何の慰めにもならない。
(オーラの特訓だから常にオーラを発動させろだと!? 馬鹿も休み休み言え! オーラが途切れた時点で八つ裂きにされるの間違いだろう!!)
訓練開始から一時間も経った頃には、ベニザクラは滝のような汗をかいて息も絶え絶えになっていた。武器は直撃こそしていないが、転倒や掠り傷で身体にも生傷がつく。ハジメが休憩ついでに手渡してきたポーションを一気に飲み干したベニザクラは、空になったビンを背後に放り投げる。
「はぁ……はぁ……死神とは、よく言ったものだ……お前に命を狙われて逃げおおせられる魔物は、この世にはいないだろうな……」
そもそも『攻性魂殻』そのものが規格外にも程があるスキルなのに、それをトレーニングがてら一時間発動し続けても行動に支障を及ぼさない体力と集中力は尋常ではない。
複数の種類が違う武器を同時に操る技量も然ることながら、『攻性魂殻』発動中は自分は動きが鈍るといったデメリットが見当たらないのも凄まじい。何よりも感じたのが、ハジメは『攻性魂殻』などなくとも桁違いに強いという点だ。
肉体、判断力、技量、どれをとっても超一流。
修羅場をくぐってきたベニザクラを以てして、どれほどの修羅場をくぐればこの域に辿り着けるのか戦慄を覚える強さだ。その強さが、ベニザクラの戦を求める鬼人の血を滾らせる。
ただ、ハジメ自身はその力に何か意味を見出してはいない。
「死にぞこない続けた末に勝手に身に付いた技術だ。褒められるようなものじゃない」
「そんなことはない……戦いとは生きることの証明だ。その積み重ねによって生まれた技術と経験が集結して己を形作る。羨ましいぞハジメ。お前は世界の誰よりも輝いている」
「……全く分からん」
ハジメは理解できないといった顔だが、お世辞ではない。
事実、ベニザクラは今やハジメに羨望を抱いている。
ハジメの顔立ちや種族、人格など関係なく、その戦う姿が鮮烈だからだ。
もし血反吐を吐くほどの努力の果てにハジメのようになれるなら、全ての鬼人はハジメに憧れてもおかしくないくらいだ。これほどの豪傑に会えるだけでなく身を以て力を味わえることがどれだけ稀有なことか、とベニザクラは喜びを噛み締めた。
特訓初日は『攻性魂殻』に碌に反応できずひたすらに叩きのめされた。
フェオに何度も訓練を止めるよう注意されたが、無理を言って押し通した。
「もうボロボロですよ! どう見てもオーバーワークです!」
「関係ない……! これほどの武に触れる機会、一秒でも無駄遣いしたくはない!」
その日の夜は疲労困憊で碌に動けなかったが、エリクシールを貰い、翌日にはまた立ち向かった。二日目もボロボロにされたが、ハジメの攻撃の気配を感じ取り、避けることが少しずつ出来るようになってきた。
「ふぅー、ふぅー……やっと目が慣れてきたッ!」
(動きが鋭く、オーラもより濃く収束されてきたな)
極限まで体を虐めることで、逆に感覚が研ぎ澄まされていく。
死を呼ぶ女と呼ばれた頃とも違う、修業時代に心が回帰する。
どうすれば攻撃を凌げるようになるのか、オーラを振り絞りながら何度も駆け出しては吹き飛ばされた。
その日の夜も疲労困憊になったが、クオンが心配してくれた。
「大丈夫? 無理してこないだのオロチみたいになったら、わたし嫌だよ?」
「心配性だなフェオは。オロチだって次の日には元気にしてた……私も大丈夫だよ」
クオンの笑顔を見るだけで癒されたが、それに甘えると研ぎ澄まされた緊張感が途切れる気がして敢えて多く会話はしなかった。ただ、ハジメを独り占めしてごめんとは謝っておいた。
三日目。ベニザクラは自らのオーラの練りが上達していることにやっと気付く。
ハジメに対応するために足掻き続けたことで、ハジメと呼吸が近くなっていた。この世界のスキルは、他者の行使する熟練度の高いスキルを何度も見たり体感することで、自分のスキルの熟練度の成長度合いが変わることがある。師匠と弟子の関係でよく起きることだ。
逆を言えば、それほど隔絶した実力差があるということでもある。
訓練は今回もボロボロにされたが、その疲労感が修業時代を思い出す。
試しに彼を師匠と呼んでみたら、やんわり拒否された。
四日目。五感が更に鋭くなり、ハジメの猛攻をなんとか凌げるようになった。だが、それを見るやハジメは『攻性魂殻』の力を更に強力に操り始めた。手加減していたのも勿論だが、彼自身もこの訓練のなかで成長しているのだと気付く。
当然の如く、ベニザクラは瞬く間に圧倒された。
フェオはもうベニザクラに止めろとは言わず、ただ訓練終了後にふらふらの自分に手を貸してくれるだけだ。戦狂いの鬼人の本性に軽蔑したか、と聞くと、あんなに辛い訓練なのに嬉しそうなことに腹が立つ、と言われた。
何のことかと思っていたら、それは可愛らしい嫉妬心だった。
「私の方がハジメさんと長いのに、二人とも言葉がなくても通じ合ってるみたいな雰囲気で……ずるいです」
「はは、そればかりは武人だからとしか言えないな」
ベニザクラは彼女の疑問に明瞭な答えを返せない。
彼女に限らず、鬼人とはそういう生き方をするものだ。
戦に生き、戦に死ぬ。
だからなのか、時々相手が何を考えて行動したのかが分かる。
きっと、それを相互に行って戦っているから通じ合えるのだろう。
五日目、何故かフェオも訓練に参加し始めた。
「って嫌ぁぁぁぁぁ!? 何これ、何なのこれ!? 訓練じゃないよこんなの殺戮よ!! 近づいただけで殺されると思ったから距離とったのに、『攻性魂殻』って射程範囲どんだけ広いの!?」
「忘れているようだがフェオ、俺はまだ魔法と弓矢を使っていないから相当手加減しているぞ」
「そうだったぁぁぁ!? ぐぐぐ……でもっ! 武人になれたらハジメさんともっと通じ合えるのであれば挑むしかない……っ!!」
「なんの強迫観念なんだそれは……?」
(フェオは本当にハジメのことが、その、好きなんだな……)
しかし、あれほどの武の領域に至った人間を伴侶に迎えることが出来れば、鬼人の女として至上の幸福だろうな――とベニザクラは考え、はっとする。今はそんな浮ついたことを考えている場合ではない。
しかし、暫くその考えが頭から離れず、結果、フェオ共々ボロボロにされた。この男、手加減はしているが容赦はなかった。
立ち上がる気力もなく地面に転がるフェオが「……動機が不純だったせいでしょうか」といじけるように呟いた言葉に、そういえば、とベニザクラは思い出した。
「ととさまはその昔、かかさまより弱かったと聞いたことがある。でもかかさまに認められるために腕を磨き、ついに並び立つほどの実力に達したことでかかさまの心を射止めたと」
「……なんか、素敵な話ですね。ってちょい待った! 動機が不純ってそういう意味で言った訳じゃないですからね!? べ、ベニザクラさんこそどうなんですか!! 鬼人って強い人大好きでしょ!!」
「えっ!? わわわ、私は別にそんな浮ついたことは!! それに私のような傷物で肌や角の色が気味悪い女に振り向いてくれる男など……」
「むっきー! その美貌とスタイルに肌の白さまで揃えておいてイヤミですかっ!!」
「いつも周囲からちやほやされる君に言われたらこちらもイヤミに聞こえる!!」
この日、ベニザクラは初めて人と口喧嘩した。
しかし、散々言い合いをしたら最終的には何故か仲良くなり、喧嘩の理由は翌日には忘れていた。
それから数日間は、思い出すのも億劫で、しかし充実した訓練の日々だった。
しかし物事には必ず終わりがあり。
それは新たな始まりと共に、村に近づいていた。




