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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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12-2

 トリプルブイは『究極の人形』を目指す人形師のキャットマンだ。

 毛色は茶色。外見は20代程度に見えるが実際には30歳以上で、芸術の為と称してたびたび美女を探しに周辺の町にナンパを仕掛けに行くという困った人物でもある。


 だが彼の人形に賭ける情熱だけは本物であり、人形の材料集めの護衛兼荷物持ちの依頼を度々ギルドに持ち掛けている。言わずもがな究極の人形を目指すだけあって素材の珍しさも半端ではなく、依頼料に騙されて仕事を請けた冒険者が数日後に「ついていけない」と泣きながら逃げ出すこともざらに発生する。


 そんなトリプルブイは顔面に拳型の凹みが出来たまま笑顔でお茶を飲んでいる。寛容な彼は床に生まれた自らの後頭部型の穴すら、責めるどころか面白がっている。


「いやぁ、素晴らしい経験だったなぁ。鬼人の女は沢山見てきたけど、君ほどしなやかな筋肉の鬼人は初めてだよ。それに肌のきめ細やかさ、色素の薄さも非常に珍しい。それに君、片腕ないだろ? 肉体に欠損のある人物への密着取材はまぁまぁこなしてきたけど、君の体幹は非常にイイ。太ももからお尻にかけての曲線に野性的で無駄のない美を見た!」

「……っ! ……っっ!」


 耳まで羞恥で真っ赤になったベニザクラだが、流石にこれ以上殴るのはまずいと思っているのか必死に恥辱に耐えているようだ。トリプルブイはその辺を気にする男ではないが、それはそれとして彼女が我慢の限界を迎える前にこの男を止めなければならない。


「おい、そろそろやめろ。立派なセクハラだ」

「あ、ごめんごめん。でも恥ずかしがってる顔も実にイイ! もーさぁ、最近俺と仲のいい子でこんなウブな反応してくれる子いなくてさぁ。あ、それはそれとハジメ、君また強くなってるみたいだから後でヌード見せてくれる?」

「またか。まぁ、後でな」

「お、男の裸まで見たいのか貴方は!?」

「そりゃもう。なにせ究極の人形を作るには究極の肉体美を追求しなきゃならないからねぇ。俺の知る限りハジメの肉体は戦士としての理想形に限りなく近い! 見たことあるかい、君? ハジメの鍛え抜かれた筋肉をさぁ!! もう舐めて質感確かめたくなるんだよ!!」

「へ、変態っ! この変態めっ!!」


 興奮気味にまくしたてるトリプルブイの本気の瞳に、ベニザクラが怯えと嫌悪感を露にする。なお、流石にハジメも舐められたことはない。舐めていいか確認を取られたことはあるが、彼にしては珍しく気味悪さから断った。

 そんな気持ち悪い男、トリプルブイはいつも以上に機嫌がよかった。


「いやぁ、人型刀剣類格納器試製壱號このあいだのしごとは良かったなぁ。ずっと魂がネックだったけど、まさか魂の宿った物体を使って肉体を作る経験を得られるなんて……」

「それで機嫌がよかったのか」

「当たり前だろ! あれで俺の究極の人形開発は大躍進を遂げたんだ! あの手の無茶ぶりは大歓迎だぜ!」

「そうか。なら、今回も少々無茶ぶりだぞ」

 

 ハジメはトリプルブイに用件を伝える。

 事情を把握した彼は顎を擦って考え込む。


「日常生活を送る程度の範囲なら頑張れば出来るが、戦いとなると天才の俺も流石にねぇ……」

「やはりそこがネックか」


 問題はそこだろうと予想はしていたが、いかなトリプルブイとてやはり二つ返事で返せるほど簡単ではないようだ。


「そもそも人間の手ってのは多機能かつ超高性能なんだぜ。沢山の関節と筋肉を操って一つの動作にしたり、触っただけで物体の重みや硬さをある程度予測したり、温度を測ったり。しかも消耗が激しいと疲れや痛みという形で異常を検知してくれる。もちろんそれらの動きを統括するのは脳だけど、逆を言えば脳の命令を忠実に実行できる腕があってこそなのよ」


 彼は夢のような理想を追いかけるロマンティストであると同時に、そこに至るまでに存在する障害を正確に把握するリアリストでもある。究極の人形を作るために人体を調べ尽くした彼の知識に、ベニザクラもやっとこの男が本当に只者ではないのだと気付く。


「差し当たって最大の問題は、仮にその義手が出来たとしてもメンテ地獄が待っていることだ」


 自分の手を指さしたトリプルブイは、いいか、と念を押す。


「俺たちの腕は半オートメンテだ。いつも血液が循環してるし筋線維が千切れてもある程度は栄養摂って寝れば回復するし、骨だって折れても時間と環境がありゃまたくっつく。擦り傷切り傷は言わずもがなだ。だが義手はあくまで人の手で作り出した代物だ。摩耗しても自然に回復することはないし、高度化するほどに小さな故障が致命的になる。戦闘に用いるなら尚更な。大体、冒険者ってことはこれからも成長するんだろ? 生身ならともかく義手で、しかも前衛職だと成長と義手性能の感覚がズレまくるぜ」


 圧倒的な知識量にベニザクラは口を挟めないが、「問題は他にもある」とトリプルブイは紅茶を口にした。


「動かすためのエネルギーが必要だ。魔力という手もあるが、戦闘中に魔力ガリガリ削られる義手なんぞカースドアイテム一歩手前。生命力は論外。燃料にエーテル注ぐとしても、どう考えてもそれを組み込む為のスペースを考慮すると重心や形が歪になる。ったく、考えれば考えるほど悪魔契約で取り戻した方が現実的に思えるぜ。絶対おすすめはしねぇがな」

 

 高位悪魔は契約によって、代償を払った人間に奇跡の真似事を起こすことが出来る。だが、相手が悪魔である以上はその代償も当然ろくなものではないのでハジメとしては却下だ。

 トリプルブイは、ああ、と言葉を付け加える。


「言っておくがハジメ。エペタムを格納するあの人形と今回の義手を同列に考えないでくれよ? あれはあくまでエペタムが核で成長を考慮しないから成立するよう設計したのであって、生きた人間に装着する戦闘可能な義手の作成とは全く根底が異なるからな。んー、でも……もう一歩、何かの要素があればな……」


 トリプルブイは問題点を挙げつつも、惜しいところまで来ているようだった。

 あと一押し、なにかが必要だ。

 彼の期待に添えるものかは分からないが、ハジメは自分なりに考えたことを提案してみる。


「トリプルブイ。見せておきたいものがある。もしかしたらこれがエネルギーの足がかりになるかもしれない」

「へぇ!」


 トリプルブイは好奇心にかられた少年のように瞳を輝かせた。

 彼は、こういう知的好奇心から新たな技術を生み出せる男だ。

 ハジメは、席を立って適当なスペースで足を止める。

 そして、自らの究極のスキルを発動させた。


攻性魂殻アスラガイスト……これが見せたかったものだ」 

「これは……ッ!!」

「君、そんな力を……!?」


 ハジメから膨大なオーラが放たれた末に、彼の身に着ける武器がひとりでに宙に浮かび上がり、自在に動き出す。その様にトリプルブイは勿論、ベニザクラも言葉を失った。


 ハジメが使うことの出来る最大最強のパーソナルスキル、『攻性魂殻アスラガイスト』。オーラの力を通常の何百倍にも束ねることによってオーラが物理的な力を持ち、手を触れずして武器を自在に操ることを可能にした埒外の能力だ。


 少なくともハジメの知る限り、自分と同じことが出来る相手は存在しない。

 だが、オーラを動力源にするという新発想を実用化できれば、義手作成の難易度は一気に下がる。


「どうだ。参考に出来ないか?」

「……浮かせた物体はどれほど精密に動かせるんだ?」

「ペンを借りるぞ」


 余りの集中力に感情の色さえ見えなくなったトリプルブイに促され、さっそく行動に移す。

 ハジメは部屋のペンと紙の切れ端をアスラガイストの力で掴み、テーブルに置き、その場から指一つ動かさないままペンを用いて紙に自分の名前をサインした。自分の腕で書くサインと全く同じ、乱れのない筆跡だ。


「……ふ、は」


 トリプルブイは両手で自分の顔を覆い、そして椅子ごと床にひっくり返り、足をばたつかせながら狂ったように笑い始めた。


「ははははははははははははッ!! そうか、そうだったのか!! それは最早エネルギーではない!! 生命の輝きと似て非なるものッ!! 嗚呼、そうかそうだったのか!! この世界は、根源は、魂ってそういうことなんだ!! 繋がった……全部繋がったぞ!! 我々がどこから来た何者でどこへ行くのかが見える!! 我々とはぁぁぁぁぁぁッ!!」 


 狂人染みた大笑いで騒ぎ立てるトリプルブイ。

 ハジメとしては一つの手がかりになれば程度で見せたのだが、思いがけずとんでもないことを彼は読み取れたらしい。

 やがてトリプルブイの声がピタリと止む。恐る恐る彼の方を見るベニザクラは、突然真顔で身を起こしたトリプルブイに驚いて軽くのけぞる。


「わあっ、急に冷静な顔をするな! ……だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫だとも。また一つ世界の核心に近づいた気分だ。少なくとも究極の人形に至る最重要ファクターを俺はこの手に掴んだ……よかろう!! 確かにそれを参考にすれば義手は形になる。ただし、使いこなせるかどうかはベニちゃん次第だからそこは了承してくれよな」


 何事もなかったかのように笑顔でベニザクラにウィンクしたトリプルブイは隣の部屋の工房に直行し、あ、と間抜けな声を出すとメモを片手にハジメを手招きする。


「ハジメ、この素材持ってる!?」

「あるぞ」

「じゃあこれとこれとこれを3つずつ、あとこっちは10は欲しい。それとコイツはマスト1つね。金もチョーダイ。請求は後ですっから」

「ああ、構わない」

「それと、出来るまで何日かかかるからその間お前はベニちゃんにオーラをガンガン教えとけ」

「諒解した」

「でわ失礼!!」


 バァン! と工房の扉が閉ざされた。直後、ガチャガチャゴリゴリと工房から凄まじい作業音が響き渡り始める。もはやノック程度の意思表示は彼の耳に届かないだろう。

 ベニザクラは、聞いている側が不安になるほど自信に欠如した声でぽつりと呟く。


「……本当に任せて大丈夫なのだろうか。私の手の測量すらしていないのだが」

「出来ないことは口にしない男だ」

「もしダメだったらお前のせいだぞ……」

「だから大丈夫だと言っている。それとも賭けでもするか? もしも駄目だったら賠償金に俺の全財産を払おう」

「等価交換が成り立ってないッ! というか単に散財したいだけだろっ!!」


 ムキになって怒るベニザクラは、大きなため息をついた。

 ハジメは彼の仕事の出来栄えは保証したが、少なくともベニザクラの心中でトリプルブイは揺るぎない危険人物になっただろうな、と他人事に思った。

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