12-1 鬼娘、転生おじさんに変態を紹介される
その日、依頼を終えてフェオの村に戻ったハジメは、自分を待ち受ける気配に気づいて足を止める。
道脇の樹木に寄りかかる影が、ゆっくりと魔力街灯の下に姿を現す。
闇に浮かび上がる白い肌と真紅の角――そこにいたのは、ベニザクラだった。
「ハジメ、お前に依頼がある……」
「内容は?」
簡潔極まりない問いに、ベニザクラは肩から下を失った腕を掲げた。
「失った腕の代わりが欲しい。義手で構わない、何か伝手はないか」
「……事情を聞こう」
彼女の瞳には、長らく封印されていたであろう戦士としての灯が宿っていた。
曰く――理由と呼べるほどの理由はない。
強いて言えば、今の自分が情けない存在であることを漸く自覚し、それを脱却せしめんと考えただけのことだそうだ。
「ここは暖かすぎた。私が戦士であることを忘れそうな程に……」
戦いに明け暮れた者が安らぎに身を委ねてはならないというルールはない。彼女が剣を置いて休む場はあっていい筈だ。しかし、鬼人は戦人だ。その根底には戦士としての誇りと闘争心がある。
「クオンが力のコントロールを、フェオは町づくりと並行して訓練を、そして忍者たちが目標に向けて不断の努力を続ける様を見て、思ってしまった。私が彼らにやってやれる唯一の手伝い、戦いを失ったのだと……」
ベニザクラが失ったのは右手だ。彼女自身は両利きらしく、最後に剣を握った時は片手で戦っていたという。ならば今の状態でも彼女の戦闘力は十分なのではないだろうか。ハジメの考えを読んだかのように、ベニザクラは首を横に振る。
「腕を失ったあの時の戦いは文字通り決死の覚悟だった。今同じ動きが出来るかと問われると無理だろう。それに……片手の私には皆どうしても遠慮してしまう。義手でもいい、その憐憫を抑えられるものが欲しい」
「そうか……」
この世界には義手の概念はあるし義手に武器を仕込む者もいるが、動く義手となると話は別だ。
ハジメの知るこの世界の技術を鑑みるに、作成条件が極めて厳しい。具体的には、超一流の魔法技能を持ち、『アイテム作成』のスキルを極限まで高め、かつ人体への造詣が深い人間が超貴重な素材を大量に継ぎ込んでやっとなんとか作れるかもしれないという程度だ。
地球の常識ならそれぞれのスペシャリストを集めて共同研究する所だが、この世界のマジックアイテム類の機能はそれを直接付与した人間一人の技量に依存する。簡単に言うと、職人が極限まで精巧な義手が出来たとしても、それを操る術式開発者が義手の機能を極限まで理解しなければ理想のパフォーマンスを発揮できないということだ。
しかもコンピュータと違って術式の付与は上書き不可の一発勝負である。この世界のゲーム的都合が逆に弊害になっている数少ない例だ。
道具の機能を十全に理解しない人間が魔法術式を組み込んだマジックアイテムなど、理想の効果を発揮できる筈もない。諸々の問題を解決する頃には数年経過しているだろう。かといって、すべての条件を一度に満たす職人など――いや、と、ハジメは考え直す。
(足りない要素を埋めるものをベニザクラが持っていれば、前提条件が変わる……か?)
幸いにして、義手について一つだけ心当たりがある。少し前に『人間にしか見えない鞘』という出鱈目なものを完成させた《《あの男》》ならば、可能性はある。
「明日、予定を空けておけ。確約は出来んが心当たりを探る」
「あ……ありがとう! 依頼料は必ず用意するから――」
依頼料と口にしたとき、ベニザクラの視線が微かに揺れる。彼女は決して裕福ではない。義手作成の材料を恐らくハジメが集めることになると考えると、依頼適正価格は相応に吊り上がるだろう。
少し考えて、ハジメは首を横に振った。
「いい。隣人にサービスだ」
「だ、だが……!」
「まだ作れると決まった訳じゃない。それに、作れるとしたら義手代金を俺が払い、ベニザクラは義手を手に入れる。誰も損はしない」
「その理屈が既におかしいのだが!? 等価交換が成り立っていないではないかッ!!」
今日もハジメの頭のネジは飛ぶ鳥をデモリッションする勢いで飛んでいた。
◇ ◆
ハジメとベニザクラはこの日、とある町を訪れていた。
王都に比較的近い場所にあるそこはその名もナロータウン。
何故かこの町だけはタウンまで含めて町の名前である。
特徴は何と言っても地理的なメリットが皆無なことだ。
周囲を城壁に囲まれた円形の城壁都市であるナロータウンは町の中を川が流れているのだが、氾濫対策に防壁を高くしすぎて生活用水としての利便性がイマイチで、川幅や水深が中途半端で船も使えず、川の脇に町作ればよかったのにという率直な意見が湧いて出る。
ちなみに川の水を通すための穴は魔物が侵入しないよう檻状の門があるのだが、これがまた大雨などで流木などが引っ掛かりまくって非常に厄介なのが地元では有名だ。
場所は別に物流は太くもなんともない平地である。商売は勿論、対魔王軍の拠点としても貧弱すぎる。せめて町の中くらいは区画整備されているのかと思いきや、何故か妙に道がカクカクしており見通しが悪い。商人たちは町の規模こそ大きいもののこの絶妙な不便さを厭い、用事が終わるとそそくさと帰ってしまう。
また、一応町並みは立派なものの、何故か防壁付近が整備されず林となっており、公園としての整備すらされていないので害虫の発生源になっている。当然ながら樹木や雑草は定期的に刈ったり剪定しなければあっという間に町に浸食するだろう。
このように、ナロータウンは割と意味不明な町なのだ。
ついでに言うとこのナロータウン、どうやら嘗てチート能力者と思しき建築家が一人で自己満足の為に建設したらしく、そもそも人が住むことを前提としていない節がある。立派なのは町中に立ち並ぶ家のみだ。
誰も管理者がおらず近づくメリットもないこの町は、今現在、世間から距離をとる辺鄙な人間や訳ありの人間が数多く住んで管理している状態だ。
その町を、ハジメとベニザクラは並び歩いていた。
「……そんな場所に住んでいる人物が探し人か。気難しい人物なのだろうか」
外套で隻腕を隠すベニザクラの問いに、ハジメは首を横に振る。
「変人だが、どちらかと言えば剽軽だ。少々だらしない部分もあるが、むしろ馴れ馴れしいくらいだろう」
「その者の名は?」
「本名不明。仕事名として『トリプルブイ』と名乗っている。彼の作った作品には、製作者の証として三つの『V』の字が刻まれている」
「作品……芸術家の類か?」
「彼は超一流の人形師だ」
そう語ったハジメの足が止まる。
彼の視線の先には、数件分の家を無理やり改築して繋げたような特異な家があり、その看板には『工房V.V.V.』と刻まれていた。
人形師トリプルブイ――その名にベニザクラが思い出したように顔を上げる。
「トリプルブイの人形……思い出した。金持ち御用達の最高級人形で、屋敷を買える値段が付くほど美しいのだとか……」
「そのトリプルブイだ。モノづくり全般の天才でな。鍛冶屋でもないのに武器を作らせれば一級品、家具を作らせりゃ熟練職人みたいに仕上げ、絵を描かせれば画展を開けるほど緻密な絵を描く。人形に着せる服も勿論自作。余りの才能に周囲の妬みを買い、今はここで隠居しながら趣味に没頭してる」
ちなみに、以前聖職者イスラが所持していた十字架鎌もトリプルブイの作品らしい。
トリプルブイには事前に鳩を飛ばしておいたので、入り口に雑に装着された呼び鈴を鳴らす。すると工房の扉が開き――そこに、地面に仰向けに倒れ伏したキャットマンの男がいた。
その口からは真っ赤な液体が流れ落ち、ぴくりとも動く気配がない。
ハジメの脳内でサスペンス劇場で死体が発見された音楽が鳴った。
「う、うわぁぁぁぁぁ!? 大丈夫か!?」
「あっ、待て――」
ベニザクラが驚きのあまり悲鳴をあげながら彼に駆け寄り、助け起こす。
すると男はうっすらと目を開けてベニザクラの手を握り返し、そして震える声で呟いた。
「……落ち着いた藍色のレース下着とは、お嬢ちゃん意外と大胆なの穿いてるじゃねーか……いいモノ、見れたぜ……」
「……は?」
震える手で親指を立てた男に、ベニザクラはしばしぽかんとし、そして彼の言わんとしたことに気付いて頬を真っ赤に染めた。
後から工房に入ったハジメは呆れる。
「……トリプルブイは工房に女性が来ると死んだふりをして下着を覗こうとする悪癖がある。すまん、事前に説明すべきだった」
「てへへ、悪いねっ! 零れてるこれは唯のトマトジュースだよ!」
全く悪びれなく微笑むこの男、床に寝そべってベニザクラのスカートの中を覗こうとしていたのである。ベニザクラはロングスカートだったが、駆け寄る際に一瞬中を垣間見たらしい。
瞬間、ベニザクラの剛腕がトリプルブイの顔面に直撃した。
「~~ッ!! この……助平男がぁぁぁ~~~~っ!!」
「パガペッ!?」
トリプルブイの顔面が工房の床にめり込み、今度こそ本物の事件現場が完成した。
今回なんか一話あたりの文字数がちょっと減ってますが、区切り的にそうなっただけなので今後は元の文字数に戻ります。これくらいの文字数の方が良い! という声があった場合はその限りではないですけどね。




