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1-4 fin

『私を本気にさせたことを悔いて死ねぇぇぇぇぇぇぇッ!!』


 怒り狂う巨大花の根から夥しい量の尖った種が弾丸の如く射出され、口からは避け切れないほど膨大な毒液が撒き散らされ、更に二人の足元から大量の野太い根が地面を貫いて湧き出てくる。咄嗟にその場を離れようとしたフェオはしかし、種と液を避け切れないと気づいて思わず目を覆う。


(やられるっ!?)


 直後。


「バーンブラスト」


 足元の根と、種と、液と、ついでに花本体を蒸発させる超高熱の炎塊が放たれ、全ての障害を消し飛ばした。フェオも弾けた炎に晒されるが、体には傷一つつかない。敵味方識別の付与魔法を付け足したのだろう。

 その精緻な魔法のコントロールも驚きだが、フェオの驚きは別の所にもあった。


(今の火力……さっきのスノウストームの時とは出力が全然違う。もしかして火が得意属性だったの……!?)


 今の火力は、フェオの母でも首を縦に振らざるを得ない威力だった。

 まるで息をするように立て続けに高威力魔法を使ったハジメは、相変わらず何一つ動揺することなくその場に佇んでる。一瞬フェオに視線を向けて「無事だな」と呟き、ハジメは消し炭になった魔物の炭化した根に近づく。


「フェオ、その場から動かずシールド魔法を張れ。少し荒っぽくする」

「いや、流石にもう死んだのでは……? それに、一体何をする気ですか?」


 先ほどから一方的に嬲られてばかりで名乗りすら出来なかった憐れな魔物の残骸は、根元から破壊されている。幾ら再生力が高かったとしても、これで生きているとは思えない。

 しかしハジメは首を横に振った。


「まだ索敵から反応が消えない。今から魔法で地面を吹き飛ばし、こいつの異常な再生力の秘密を暴く。だからシールドを張れ」


 言われるがままに物理攻撃を防ぐシールド魔法を使うと、ハジメは炭化した根の近くの地面に杖をつき、その下に火と地の二重の魔法陣を敷く。それが意味することを魔法に詳しいフェオにはすぐに理解出来た。


(うそ、複合魔法まで使えるの!? 魔法に素養があるだけじゃなくて複数の属性に適性があって、なおかつきちんと勉強しないと使いこなせない高度な魔術なのに……!!)

「爆ぜろ、イラプション」


 瞬間、彼を中心に大地が火を噴いて大爆発を起こした。


 飛び散る大地の欠片がフェオのシールドにガツガツとぶつかり、やがて収まる。イラプションは大地を火山噴火のごとく爆ぜさせる魔法であるため、魔法と物理の両側面から攻撃が可能な魔法だ。だが、一定距離離れていれば物理防御だけで事足りる。だからハジメはフェオにシールドを張らせたのだろう。


 土煙と植物の灼ける煙が空に高く上る中、大きくめくれ上がった大地の下を見たフェオは思わず息を呑んだ。


 そこには、毒々しい植物の根が隙間なくびっしりと広がっていたのだ。しかも、太さと広がりようからしてイラプションで露出したのはほんの一部であり、実際にはかなりの広範囲に広がっていることが容易に想像できる。


「雑草は葉を千切っても根がある限りは再生する。こっちが本体と見るべきだな。さっきから俺の魔法の威力が思ったほど出ないのは、根で大地から湧き上がるマナを遮断していたからか? こんな狡猾な魔物はなかなか見たことがない」

『……よくぞ見切ったものだ。褒めてやろう、人間。そう、枯れ果てた森たちは毒で枯れたのではない。我に下から養分とマナを吸い尽くされただけのことだ』

(それも恐ろしい話だけど……さっきのがハジメさんの本来の魔法威力じゃないことの方がビックリドッキリですよ!?)


 もしそれが本当なら、ハジメの魔法の実力は生まれつき魔法に長けたエルフを上回っていることになる。

 しかし、秘密を見切られた根の魔物はそれでも自らの優位性を疑わない。


『お喋りはここまでだ――絶望せよ、貴様に勝ち目はないという事実に!!』


 直後、地中に広がっていた根たちが一斉にハジメに襲い掛かる。ハジメはそれを一瞥するや切り裂くが、斬られた根は再生し、更に下から別の根も沸き出してくる。これだけ広範囲の養分を吸い、大地も枯らせる巨大な根だ。このままでは埒が明かない。

 しかも、切り裂いた根から飛び散った汁が大地に落ちた瞬間、そこにあった土が異臭を放って腐り果てた。物質的に腐ったというより、腐るという概念を内包した呪いのようだ。


『ハハハハハッ!! 我が体液は呪詛と毒の塊ッ!! 本来なら既に近くに居ただけで呼吸の瞬間に肺がぐずぐずに崩れ落ちる超絶致死性毒だ!! 幾ら貴様が毒に耐性を持つと言えど、いつまで保つかな!?』


 根の嘲笑う声を肯定するように、ハジメの服や鎧が腐食し、当人の顔色も悪くなっていく。本来彼がフェオに除毒の指輪を渡していなければ、こんなことにはならなかった。


 自分のせいで、彼が死ぬ。

 思わずフェオは指輪を外して握りしめ、腕を振りかぶる。


「は……ハジメさん!! 除毒の指輪を受け取ってください!!」

「手放すなッ!! 外した瞬間お前が死ぬ!! それに、毒を受けても問題ないと言ったのだから、信じて大人しく待っていろッ!!」


 これまで覇気のなかった彼が発した真剣な言葉に、思わずフェオの身体の動きが止まる。まるで彼にとってはフェオが死ぬことの方が問題だと言うように。

 夢の為に生き延びろと言うハジメの強烈な意志を湛えた視線に身が固まり、腕が降りる。無力な自分はこの指輪なしに生き残れない現状が悔しかった。

 だから、もう信じるしかない。

 ここが彼の死地でないことを。


「……絶対に生き延びると約束して!! このまま勝ち逃げなんて許さないんですからね!?」

「――」


 ハジメはそれに答えなかった。

 だが、代わりにアイテム袋から一つの瓶を取り出す。


 特徴的な美しい装飾の瓶に、フェオはすぐにそれがなんであるか気付く。


「うそ、ギガエリクシール!?」


 それは、世界で最も高価な回復薬であった。

 奇跡の薬であるエリクシールを更に上回るとされるギガエリクシールは、飲む者の体力や傷を瞬く間に回復し、魔力、精神力、果てはあらゆる状態異常をも一瞬で消し去る究極の薬だ。


 あれならば確かにどんな毒でも瞬時に回復出来るし、それどころか魔力回復で逆襲だって――と希望を見出したフェオだったが、次の瞬間にその希望は絶望へと変わる。

 魔物の根が瓶を絡め取ったのだ。


『ハハハハハハハ!! 最後の儚い希望が潰えたなぁ、人間ッ!!』


 ギガエリクシールはそれだけで屋敷の一つでも買える逸品。何本も持ち歩けるものではない。きっとハジメにとってもそれは切り札だったのだろう。それを奪われたハジメは――特に何も感じてないかのように淡々と、剣を振った。


「――ああ、潰えたよ。お前の命運がな」


 瞬間、彼はギガエリクシールの瓶を魔物の根ごとバラバラに引き裂いた。ギガエリクシールの中身は周辺に飛び散り、そして――ぼしゅう、と根から白煙が立ち上り、耳を劈く程の絶叫が森に響き渡った。


『グ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 苦しい、苦しい、痛いぃッ!! なんだこれは!? 貴様、瓶の中に何を入れたぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!!?』


 大地の根が一斉にばたばたと目的もなく蠢き、森全体がもがき苦しむように振動する。大地の下に広がる根たちが一斉に暴れているのだ。ハジメはその場から跳躍するとフェオの隣に着地し、彼女の身体を軽々と担ぎいで更に近くにあった一際大きな木の枝の上に飛び乗った。


「何をもなにも、それはそのままギガエリクシールだ」

『な、ならばなぜッ!! 死の力を持つアンデッドなら活力が毒になることもあるが、何故この我がここまで苦しまねばならぬッ!? 回復薬なら回復するのが筋ではないか!?』

「どんな手を使ってそうしたのかは知らないが、お前の血は呪詛と毒の塊なのだろう? ギガエリクシールがお前の全身の呪詛と毒を分解してるだけだ」

「それじゃあハジメさん、あのギガエリクシールは最初から相手にふりかける為に!?」

「そうだ。予想通り効果てきめんだな」


 もし通常の生物が、突然全身の血液の成分を強制的に分解されたらどうなるだろう。その答えが目の前の光景だった。魔物の根はギガエリクシールを浴びた場所を中心にみるみる枯死していく。


「ギガエリクシールはあらゆる邪悪をその身から払うが、心身への安全性は人間などの正常な種にしか保障されていない。人を害する為の毒が仇になったな」

『グググググ……だっ、がっ!! 貴様の身体に染みこんだ猛毒は毒消し程度で消せるものでは、ない……! そして、如何にギガエリクシールと言えど巨大な我が全身に行き渡るほどの力は、ない!」


 フェオはその言葉に顔を青くする。

 確かに、毒消しでは相殺出来ない猛毒は稀に存在する。そして、そのような猛毒から回復するのがエリクシール級の高級薬だ。そしてそれらは、高級故に何本も常備できる品ではない。


『仮にまだエリクシールを隠し持っていたとしても、次々に肉体に襲いかかる毒を解毒していれば必ず貴様が先に力尽きる!! この戦い頂いたぞ!! ハハハハハ――は?』


 苦悶交じりにほくそ笑む魔物の声が、不意に止まった。

 フェオもその光景に絶句した。

 道具袋を漁ったハジメの手に、追加のギガエリクシールが二本握られていた。


『……ちょ、は? おい待て、待て待て待て待て待て!!』 

「待つ義理がない」


 ハジメは片方のギガエリクシールの蓋を開けて中身を呷り、彼の全身を包んでいた毒と呪詛が一瞬で消え去った。そしてハジメは残った一本を雑に魔物の根に投げつけて割る。

 

『ギャアアアアアアアアアアアッ!?』

「ハジメさん!? 世界最高級の薬を、三本も持っていたんですか!?」

「いや、もっと持っている」


 ハジメは袋の中に両手を突っ込み、ギガエリクシールの瓶を一気に六本引き抜いた。魔物が恐怖に息を呑み、フェオは普通にドン引きした。


「とりあえずこれも飲め。あと万能薬と聖水も余っているから受け取れ」

『嘘だぁバッカお前……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!?』


 魔物に慈悲無し。

 ハジメはそのまま六本のギガエリクシールを何の躊躇いもなく根にぶつけて割り、更に精神異常以外の状態異常を治す万能薬と精神異常を整える聖水を、根が完全に動かなくなるまで次々に投げ込み続けた。

 冒険者の持つアイテム袋は質量をある程度無視して道具を詰め込めるが、フェオもここまで大量に薬を詰め込んでいるのは商人しか見たことがない。

 もはや財の暴力。

 札束ビンタに等しい所業である。


『こんな終わり方は嫌だぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーッ!!』


 金切り声を上げた根はやがてぴくりとも動かなくなり、その場にはかち割れた大量のガラス瓶と、索敵に完全に反応がなくなったのを確認したハジメと、財力の力を思い知ったフェオだけが残された。


「装備代金800万G、土地代10億G、マイホーム建築費用見積もり6000万G、そしてギガエリクシール8本40億G……久々に、悪くない出費だ」


 その瞬間のハジメの顔は、心なしか爽快感のようなものが見え隠れした。

 なお、当人曰く万能薬と聖水は元々多すぎたのでプライスレスだそうだ。




 ◆ ◇




 翌日の朝、ギルド隅のテーブルに突っ伏す男が一人。

 昨日散財生活の第一歩を踏み出したハジメである。


 その手には、依頼報酬の小切手が二つ握られていた。


「どうしたんですか、ハジメさん?」


 周囲から避けられる彼に自ら近づいたフェオは、彼の隣の席に座って問うてみる。すると、ハジメは今まで以上に覇気のない顔で、落ち込むに至った顛末を語る。


「土地の売買を行った地主は、魔王軍のスパイだったらしい。俺をおびき寄せて、裏で繋がっていたあの根の魔物に殺させる気だったようだ」

「あぁー……そういう繋がりだったんですね。なんというか、ご愁傷様です」

「別にそれはいい。問題は、詐欺で出費した金の一部が回収できたから戻ってきて、魔王軍スパイの情報提供とあの根の魔物討伐報酬がまとめて渡されたことだ。その値段、計20億G……」

「ギガエリクシールの代金、ちょっとは回収できて良かったじゃないですか! 私も情報提供の件では初めて見る桁のお金を貰っちゃいました!」

「よくない」


 上機嫌なフェオと裏腹に落ち込みを抑えきれないハジメは、顔を押さえて呻く。


「散財する筈が、なんで金が入ってくるんだ……そもそもギガエリクシールはまだまだ余っているから実質金が増えただけじゃないか……」

「うわぁ……というか、散財って何です!? もしかしてお金遣いが荒いのってその散財の為なんですか!?」

「使わないのに貯め続けても経済に悪影響だろう。この膨れ上がった金を使い切らねば有意義に死ぬことが出来ない」


 全く以て理解不能な理論である。

 少なくともフェオにはその考え方には全く共感を覚えない。

 ただ、少しいいことを聞いたかもしれない。

 どうやらこの男は、莫大な財産を持つ限りは安心して死にに行けないらしい。だとすれば、彼が戦いに斃れるのはきっとかなり先の話になるだろう。それまでに夢を叶えなければ、とフェオは妙なやる気が湧いてきた。


「楽しそうだな。俺は楽しくない」

「いじけてます?」

「そんなんじゃない」

「いじけてますよ絶対。なんかカワイイ」

「嬉しくない」


 年下のエルフに弄られながら、ハジメは恨めし気に小切手を睨む。

 彼の散財人生は、さっそく前途多難であった。


 ――余談だが、ハジメが倒した根の魔物は次期魔王軍幹部だったことが判明したが、その名前はハジメが名乗る前に倒したので不明のままに終わったという。




 ◆ ◇




 大地が死に果てた『霧の森』の一角――そこに一頭の豚と、豚に跨る二人の子供が訪れていた。


「どう、フレイお兄さま? マナは今も絶え続けていますか?」

「いや、フレイヤ。少しずつだがマナは戻ってきてる」

「まぁ! それは喜ばしいことですわ! 長老もきっとお喜びになりますね!」

「そうだなぁ。しかし、ここで何が起きたのか気になるなぁ……大人たちは何も言ってくれないんだもの。なぁグリン?」

「ブヒッ」


 グリンと呼ばれた豚は同意するように鼻を鳴らし、フレイはグリンの頭を撫でる。フレイヤもまたグリンの背を優しく、艶めかしく撫でた。


 二人は質素なローブに身を包んでいたが、その隙間から微かに見える尖った耳、顔立ちや素肌からは隠しきれぬほどの美しさが漏れ出ている。恐らく大抵の人が、この二人を純血のエルフだと予想するだろうし、それは事実だ。


 彼らが跨る豚もまた、畜産動物の豚と同じとは思えないほど凛々しい。黄金色の手入れが行き届いた毛並みが、この豚が如何に上に乗せている二人に愛されているかを物語っている。


「せっかくだから探索してみよう、フレイヤ。秘密を暴けるかもしれないぞ?」

「お兄さま、それはお父さまとお母さまの言いつけに反しますわよ? ……しかし、それはそれとしてバレねば問題ないのでわたくしも探索したいですわ!」

「じゃあ一緒に探索だ! グリン、気になるにおいを辿るんだ!」

「ブゴッ!」


 奔放な兄と欲望に忠実な妹、そして二人を運ぶ豚。

 何とも微笑ましく、どこかシュールな光景だ。

 しかし二人の背徳的な遊びは、思いのほか早く終結する。


 あからさまに焼け焦げ、めくれ上がる大地。

 その中に広がる、しなびて土に還り始めた根と大量の割れた瓶。

 聡明な兄妹は、すぐにそれが何なのかを察した。


「聖水、万能薬、それにこれはギガエリクシール! 成程、毒の根で侵された森にありったけの聖なる活力を注ぎ込んだのか!!」

「大地に満遍なく張られた根がそれを行き渡らせる役割をしていたのですね! それにしても物量に物を言わせたとんでもない荒業ですわ!」


 実際にはそれを行った当人は散財のことしか考えていなかったのだが、法外な値段と効果を誇る霊薬を計八本に加え、これでもかと万能薬と聖水を振りまいたのが森への薬となっていた。根が吸い取ったマナと栄養は、その根が崩れ去ったことで森に還元され、やがてまた森に戻るだろう。

 普通勿体なくて誰もやらない、まさに唸る財の為せる業である。


「長老たちは森を守るために勇士を募っていたが、まさかこんな方法で森を救う俗人がいたと知れば驚くだろうなぁ……あ、見てくれフレイヤ! 割れてない瓶が残っているぞ!」

「まぁ、お兄さま! 俗人の触った汚らわしいものに触れるなとお父さまとお母さまがあれほど言っていたのに! というわけで魔法で洗えばセーフですわ。わぁ、綺麗な細工の器! エルフの里の雑な陶器とは大違いですわね!」

「ついでだからこの割れた瓶たちも持って帰ろう。放っておいて踏んだ獣が怪我してはいけないし」

「流石はお兄さま! 慈愛の心に満ち溢れていますわ! わたくし、めんどくさいから放っておこうと思っていましたのはここだけの秘密でしてよ?」

「ははは、こいつめフレイヤ!」

「うふふふ、擽ったいですわお兄さま!」


 じゃれあいながらも道具袋に魔法でガラスを次々に放り込んでいく二人。これは風の魔法などより遥かに複雑な魔力操作の賜物なのだが、二人にとっては鼻歌交じりでも失敗しない魔法だった。


 と、豚のグリンが何かに気付き、地面を掘り起こす。


「ブゴ、ブゴ」


 二人は顔を見合わせ、グリンの掘り返した場所へ向かった。

 そこには――手のひらに乗るほど小さなマンドラゴラがいた。


「――ぷはぁっ!! お、おのれゆるさんぞあのにんげんっ!! わがちからのほとんどがうしなわれ、まるでむしけらではないかぁーー!!」


 マンドラゴラはどうやら根に埋まって出られなかったらしく、掘り起こしたグリンの存在にも気付かず何やら甲高い声で叫んでいる。ただ、聡明な二人はどうやらこのマンドラゴラが大地からマナを吸い取っていた根の正体ではないかと当たりを付けた。


「どうします、お兄さま? ワルモノっぽいですわよ」

「しかしフレイよ、これは少し珍しいがどう見てもマンドラゴラだ」


 魔物と妖精の中間とされる不思議な植物、マンドラゴラ。

 食虫植物のように上下に開く大きな口があり、その上から人形のように可愛らしい上半身が生えているという特異な形状は見間違えようもない。

 身の危険を感じるとその小さな体からは想像もつかない大音量で叫んで、相手が怯んだ隙に草陰に隠れてしまうお茶目な子である。実際、現時点でもかなりキンキン煩いので二人は音障壁魔法で鼓膜を守っている。


 未だ後ろの二人と一匹に気付かず森で行った悪行や自分を倒した成金冒険者への罵詈雑言を繰り返すマンドラゴラ。暫く悩んだ二人だったが、ふとフレイが思いついたように魔法で回収した瓶の欠片たちに錬金術をかける。

 丁度マンドラゴラが収まるサイズに変形させた瓶を空中で掴んだフレイヤは、なるほど、と納得しながらマンドラゴラを瓶の中に魔法で放り込む。


「ぬわぁぁぁーーーー!! なんだぁぁぁーーーー!? このわたしをじゅさつぐんだんしょぞくのかんぶこーほとしってのろーぜきかーーー!? きけ、わがなは――」

「きゅっと」


 叫ぶマンドラゴラがうるさいため、フレイヤは問答無用で瓶にコルクの蓋をした。マンドラゴラが気付いた時には、既に彼は閉じ込められていた。なにやら瓶の中で叫んでいるが、もう声は届かない。


「ううむ、魔王は不思議な力で力なき存在を凶悪な魔獣にしてしまうと聞いたことがある。力を失ったと言っていたし、失う前はさぞ凶暴な獣だったのだろうなぁ」

「実際にこの目に見られなくて少し残念ですが、これを手土産にすれば長老もそこまで怒らないでしょう!」

「うむ。流石は我が妹! 打算が早い!」

「それはお兄様が考えなさすぎなだけですわ?」


 フレイヤがぷくっと頬を膨らませてそっぽを向き、フレイはそれを苦笑いで宥める。だが、不思議な事に二人は思考の過程が異なるだけで導き出す答えは大体同じだ。二人は結局はしゃぎながらグリンに跨り、その場を去っていった。


 こうして、『霧の森』の問題は今度こそ本当に解決した。

 なお、マンドラゴラが二人の冒険者の索敵にかからなかったのは、弱すぎて脅威として認識できなかったのと、埋まって死にかけていたからである。

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