11-5 fin
ハジメはまず、先にエペタムと交渉することにした。
望みは薄いが一つだけ交渉出来るかもしれない事柄がある。
そのために一旦ガルダを黙らせる必要があった。
懐から魔法攻撃増強薬の最高級品(一本百万G)を飲み干したハジメは、杖を地面に付けて唱える。
「万象を巡る風よ、荒ぶる者を停滞の中へと誘え。ウィンド・バインダー!」
「横やり! でもその方法はさっき受けたばか……りぃ!?」
余裕のあったガルダの声に、微かな焦りが出る。
確かにハジメは風の牢獄に閉じ込める魔法を一度ガルダに使った。しかし今回の魔法は魔法攻撃力バフをかけて完全詠唱したウィンド・バインダーだ。効果は先ほどのそれを凌駕するため、これで数分動きを封じられる。
ハジメは改めてエペタムとラメトクに向かい合った。
『なぁに、うざったいお邪魔虫さん? エペはそこの女を自分の刃で切り刻みたいの。援護は要らないしハイエナ行為なら腹が立ってサイコロステーキにしたくなっちゃうんだけど?』
「交渉したい。エペタム、お前……人と同じ身体が欲しくないか?」
「『!?』」
エペタムは理由は不明だがラメトクの事を偏愛している。
ならば、やってみる価値はある。
「剣だから看病も出来ない、と言っていたな。では看病する方法があるとしたら、試してみたくはないか? もっといろんな方法でラメトクに触れてみたくないか?」
『いろんな方法……直接看病……ご、ごくり。ま、まぁエペやラメトクを呼び捨てするのはちょーっと気に入らないけど、話くらいなら聞いてあげなくもないかも?』
「ラメトク……いや、ラメトクくん。どうだろう、新しい彼女の体は鞘としても機能する。君の心労も少しは減……もとい、彼女とのコミュニケーションにいい変化がある筈だ」
「マジで!? 乗ります!!」
二人とも別々の方面で欲望に忠実であったことにハジメは内心感謝する。
ちなみにエペタムの体関連は「あとは魂さえあれば俺の人形は動く」と豪語する、ある男に丸投げする気満々だ。
「さて、では俺はこれからガルダの方とも交渉する。交渉が成立したら二者の戦いは終わる。たとえ交渉決裂が待っていたとしても、決裂するまでは手を出さないで貰えると助かる」
言うが早いか、ガルダを閉じ込める超特大の風の檻が破壊され、中からガルダが姿を現した。その表情は、ハジメが何を交渉材料に持ち出すのか値踏みするようなものだ。
「話は聞いてたわ。私に交渉を持ちかけた人間はごまんといたけど、交渉が守られたことや実現できたことは殆どない。貴方、当たりを引けるのかしら? 不死存在たるこの私に――!!」
「う、ん……」
ハジメは一瞬口ごもるが、これでガルダの正気を取り戻せるならばと暗示解除のワードを口にする。
「――そのキャラ無理あるよ、ちーちゃん」
一聞して何の脈絡もない場違いすぎる一言。
しかし、変化は劇的だった。
ガルダは一瞬表情が硬直したかと思うと、次の瞬間には羞恥心で顔を真っ赤にする。
「ちょ――なんで貴方私の転生前の仇名知ってるのよッ!! 嫌よチヨコ・クマダなんてダサい名前!! 私はガルダなの!! がーるーだーなーのーーー!!」
放っておいたら寝転がって手足をバタバタ動かす駄々っ子になりそうなほど感情の籠った情けない声でガルダは自らフルネームをばらす。どうやら神の言う通り暗示の解除には効果があったようだ。
事実、彼女はふと自分の姿を見て更に顔の赤みが増す。
「いやっ! いやーーーーっ!! もう何で名前思い出させるのよ!! 暗示の解き方どこで知ったのよ!! 貴方のせいで霞んでた羞恥心まで戻ってきちゃったじゃないの!! じろじろ見ないでよばかえっちすけべさいてー!!」
「最早別人だな、ちーちゃん」
「やーーめーーれーーー!!」
「……まぁ、なんだ。お前の不死を終わらせる方法を神が用意するらしいから、いい加減腰を落ち着けて人殺しは引退したらどうだ? 国の方は俺がいい感じに説明しておくから。そうだ、俺の上着貸そうか?」
「とってつけたような気遣い方ムカツク!!」
――こうして、鳥葬のガルダを巡る騒動は奇妙な形で幕を下ろした。
◇ ◆
事件の後始末は大変だった。
エペタムの新たな鞘を用意するためにとある男の顔面を計2億Gの札束でビンタして働かせたり、エペタムの暴走を止めるのを手伝ったり、調子に乗って殺人鬼面を出しそうになる彼女をちーちゃん呼ばわりして正気に引き戻したり……気付けば既に一週間が経過していた。
ライカゲにも手伝ってもらいながら自称ガルダとエペタムを監視しつつ、様々な調整の末に事後処理は何とか形になる。
まず、妖剣エペタムは『人型刀剣類格納器試製壱號』という人間の少女そっくりの人形に格納された。格納器は戦闘力をある程度度外視したことでエペタムと感覚器官を繋げた上で限りなく人間に近い五感を得ることが出来る。
(流石、あいつはこういうとき良い仕事をするな。人形を通り越して生身の人間にしか見えないぞ……いや本当に関節の継ぎ目とか一切見えないんだが)
彼はこの格納器の製造でまた一つ夢に近づいたと言っていたが、それでも何かが足りていないらしい。芸術家気質の彼が何を求めているのかは、ハジメには分からなかった。
ちなみに格納器の外見はエペタム本人の意向で比較的ラメトクに髪や肌の色を寄せて同じ部族の出身感を出している。
エペタムはこの非力な器を気に入ったらしく、今はラメトクに犬猫の如く甘え倒している。傍から見るとバカップルか、或いは兄妹のようだ。
「刺したり斬ったりしない触れ合い……想像してたよりすっごく、いい!!」
「はははソリャヨカッタネ。ヨカッタケド、む、胸の感触までリアルに作ってんのかよこの鞘……鞘? いや可愛いし嬉しいけどここまでする必要あったんですかねぇ?」
「あー……製造者曰く、今後の改良で子供作れるように出来たらいいなと思っているそうだ」
「待てぇぇぇぇ!! なんか想定してない新たな苦難が出来そうな予感ッ!!」
「コドモツクルってなに、ラメトク? どんなことするのー? エペ剣だからわかんないや。教えて教えてー!」
「ぬああああああ!? そんな純粋な瞳でそんなこと聞くなああああああ!! 赤ちゃんはコウノトリさんが連れてくるんですぅぅぅぅ!!」
(古典的だな。というか異世界でもコウノトリの仕業なのか)
心なしか負担が減っていないようにも見えるが、人間は肌の触れ合いで健康度が増すというデータもあるらしいので相対的にはより健康になってる筈だ。どういう理屈かエペタムは肌触りや体温まで人間を模倣しているので、これはもうホムンクルスと言うのではないかと思うハジメである。
余談だが、鞘はあくまで鞘なので、エペタムが鞘から抜ければ元の殺人妖剣に元通りになる。今のこれは、あくまで彼女にとって鞘の居心地がいいから留まっているようなもので、強制力はない。
なお、ラメトクから一応エペタムの来歴を聞いた。
エペタムがどこの誰が作った剣かは知らないが、彼女はつい最近まで封印されていたそうだ。嘗てはエペタムをコントロールする手段が存在したそうだが、手段の伝承が失われて封印も解かれたため封印場所の近所に住んでいた村は大騒ぎになった。
そこでラメトクが素手で捕獲するという古代の英雄もびっくりな力業でエペタムを捕獲し、その際に強く握りしめられたことでエペタムが「好きっ!」となったのが二人の旅の始まりだそうだ。
「ひどいな」
「いやまったく我ながら……」
「ラメトクすき~!」
完全解決には至ってないが、これで暫くエペタムも満足するだろう。
ラメトクは一応ハジメと《《あの男》》に感謝し、エペタムの我儘に付き合ってそのまま旅に出た。
もう一つ――ガルダ改めチヨコ・クマダは、神の手回しもあり教会がこちらに都合よく立ち回ってくれた。曰く、ガルダはもうじき神の洗礼によって不死の呪いから解放される、的なことを神が聖職者たちの夢枕で囁いたようだ。
念のため彼女の両手両足には教会が罪人用に作った行動制限リングが装着され、そのコントロールキーは彼女を監視する役を与えられた異端審問官マトフェイが握ることになった。
――そう、はぐれ聖職者イスラと行動を共にしていた女性モンクのマトフェイである。
元々マトフェイはイスラと共にフェオの村に一つ拠点がてら教会を作って管理して貰うという話をしていたが、マトフェイの護衛名目でハジメが金を出したことでイスラもチヨコの監視に加わることになった。
そのイスラは、困ったように首を横に振る。
「まさか引っ越し先でいきなり稀代の賞金首の監視とは……ハジメさんないしライカゲさんが村にいる間は私も村の外で仕事をさせてもらっていいですね?」
「ああ、構わん。君のスポンサーとして可能な限り協力しよう」
「……正直助かってはいるんですが、石碑設置依頼の件といいここまでマネーパワー使われると心中複雑ですからね?」
「いいではないですかイスラ。それはそれとしてチヨコの誘惑に堕落してはいけませんよ」
「なんの心配だ! それにほら、罪人チヨコも残りの人生で償いをするためにシスター姿で貞淑に振舞っているし!」
視線の先には、村に急遽作った教会の中で神に祈りを捧げるチヨコ。
服装もシスター服で、事情を知らない人なら誰も彼女が600年生きた殺人鬼とは信じないだろう。ただし彼女の服は全てチヨコの体に巻き付いたスライム――昔、魔物を創造する転生者に作ってもらったらしい――が変形してシスター服を再現しているだけで、実際には下着すらつけていない。
「神様。なんかもうほんと色々言いたいことはあるんですけど確かに不死の肉体は正直理性を消さないと辛かったので終わらせてくれるなら有り難く受け入れたいと思っています。それはそれとして洗脳解除ワードを別の転生者に教えるのちょっとずるっこくないですかねぇ……あ、それとチヨコじゃない名前、洗礼名的なものが欲しいです。なるだけカッケェの」
(祈りの内容が独特だな)
当人はチヨコ呼ばわりは罰として受け入れるがちーちゃんだけは止めてと何度も懇願してきた。どれだけ嫌な思い出があるのだろうか。
チヨコ・クマダ――色々あって死を極端に恐れる女性だった彼女は、転生特典に無理を承知で不老不死の肉体を懇願し、そして手に入れたらしい。
当時の彼女はそれだけ心底死を恐れていたのだ。
しかしそれが後の悲劇を招く。
どんなに普通の生を続けても取り残され、死なないことが人外扱いに繋がり、長い年月と経験は徐々に彼女を狂わせていった。彼女が600年の時を生きる猟奇殺人鬼なのに確認されている死者が少々少ないのは、彼女なりに自分が殺されることを願って相手を選んでいたからのようだ。
殺人行為を重ねたこと自体に後悔はないし、今も死を想起させる痛みには興奮するそうだが、神の慈悲を受けられることを知った彼女はあの狂気からは想像も出来ないほど穏やかだ。
逆に生前の俗っぽいさが出てるとも言えるが。
ちなみに彼女に身内を殺されて恨みを抱く人間がいないかという懸念があったが、ここ100年程彼女は余り殺しをしておらず、また殺した相手も独り身や殺されて当然の人物ばかりだった。犯罪の逃げ切りをしたようでやるせないが、彼女の処遇を決める上では都合がいい話だった。
なお、彼女の正体については村の中ではハジメ、二人の聖職者、NINJA旅団だけが知る事柄となっている。
――フェオの村、これにて人口が24人に達する。
(そのうち減るがな……俺とか)
ちなみに今回、チヨコの死亡が確認されていないからとハジメはギルドの用意した懸賞金5億Gを蹴り、賞金稼ぎを散らす策や消耗品を含め20億Gの散財と、財産増加の阻止を成功させた。
「金は結構」と言い残して颯爽とギルドを後にする姿にいつぞやハジメを兄貴分と慕ったオークのガブリエルは「あれぞ漢の背中……!」と感動したらしいが、実際には彼の顔は誰にも見えないところで思いっきり悪い笑みを浮かべていた。
この男、今日も軽快に頭のネジを飛ばしているようだ。
そのうちすべてのネジが無くなって頭がバラバラになるのではないだろうか。
チヨコの中にクマがいる……チヨコの中にクマがいる……。




