11-4
唐突に鉄火場に乱入してきた謎の青年の剣にズタズタに引き裂かれたガルダは、今まで以上の興奮を感じさせる熱い吐息を吐く。
「あら、あらあらあら!! ずっと避けてばっかりでツレなかったのに!! 自分からやってきたってことは、遂にその気になったてくれたのねぇ!?」
「……はぁぁぁぁ、正直すっげー関わり合いになりたくなかったですハイ」
(ん?)
ハジメはラメトクの言葉に当惑した。
彼の声が青年と言っていい若さであったことは別に驚くに値しない。口調がショージ並みに砕けていたことも、個性の問題だ。
ハジメが当惑したのは、彼の声に心底嫌そうな感情しか籠っておらず、殺気が欠片もなかったことにである。
(これほどの殺気を放っておいて、声だけ殺気を抑える理由などないだろうに……なんなんだ、こいつは?)
どう受け取ればいいか分からないでいると、不意に、ラメトクの剣を握る腕に力が籠った。
ミシィ、と、通常の剣なら手のひらの形に変形するほどの力が籠り、剣がその力にカタカタと震える。その腕を見つめたラメトクはため息をついた。
「なんでわざわざ逃げてるのに斬りたくなっちゃうかなぁ。気難しいんだから。気に入らないんじゃなかったのか?」
(……誰に話しかけているんだ?)
瞬間、ラメトクの腕に握られた剣が地面に対して水平に持ち上げられる。そこから発される殺気はガルダだけでなくハジメにも向けられていた。ラメトクはそこでぎょっとした表情をして、慌てた口調で叫ぶ。
「おいおいおいおい待て待て待て待てだから関係ない人巻き込むなって!! おいそこの目に生気がないおっさん、悪いけどここから火急速やかに撤退して貰えません!?」
「お前、さっきから何を言って……いや、待てよ……」
殺気のせいで暫く気付かなかったが、ハジメは索敵の反応がおかしいことに気付く。索敵反応は先ほどからラメトクの側にずっと向いているのだが、敵の座標とラメトクの立ち位置が微妙に一致しないのだ。
注意して気配を探ったハジメは、そこで初めてあることに気付く。
「違う、お前じゃない……まさか」
殺意は、ラメトクではなく、ラメトクの手から発されている。
暗闇を集めて塗り固めたような神秘的な光沢を放つ、その美しい剣から。
「まさか、魔剣妖刀の類かッ!!」
『……す』
彼の剣がカタカタと振動し、地の底から唸るような恐ろしい声が聞こえる。最初はかすれて聞こえたそれは、次第に鮮明な女性の声に替わっていく。
『……ろす。……殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!!』
すべての意識が殺意に傾倒した、まさしく殺意の塊。
ガルダはその殺意が堪らないとでもいうかのように恍惚の表情で艶めかしく身をよじらせる。
「はぁぁん……凄い……生まれて今までどんな試みをしても到達しなかった、余りにも激しく純粋な殺気!! やっぱりサイッコーよ、エペタムッ!!」
エペタム――それがツナデの分身を貫き、今までラメトクの前に立ちはだかった者たちを切り裂いてきた者の正体であった。
妖刀村正を代表として人を狂気に誘う剣は聞いたことがあるが、どうやらエペタムは自分自身が意思を持って動き回るタイプの、本来は独立して動く魔剣らしい。
正気とは思えないヒステリックな怒声が場に響く。
『殺す!! 引き裂く抉る千切る削る折る断つ壊す殺すぅぅぅぅぅーーーーッッ!!!』
「やばっ、備えろおっさん!!」
エペタムと呼ばれた剣がラメトクの腕の中で生物のようにうねって虚空を切り裂き、二人にソニックブレードのような斬撃が殺到した。
ハジメは咄嗟に剣技で迎撃するが、全て相殺しきれずやむなく自分に命中しないものを身を捻って避ける。ギュバァッ!! と空気の抉れる音がして、ハジメの足元の大地に巨大で一直線な裂傷が走った。
(この威力、レベル100相当……いや、斬撃の鋭さはそれ以上か?)
余りの戦闘力に、今までよく死人が出なかったと素直に驚く。
一方、ハジメと違って斬撃が直撃したガルダは腹を中心に体が四等分に引き裂かれ、鮮血と肉片を撒き散らしていた。無論、彼女の不死性はこの程度では揺るがず、秒もかからず元の形に戻る。
ガルダは興奮を抑えるような悩ましげな態度でラメトクを見た。
「ねぇ、ラメトクぅ。どうせ貴方の手にも余る剣なんだから譲ってくれてもいいんじゃなぁい? それにほら、この情熱的過ぎるアプローチも私には一切効かない訳だし」
「馬鹿言え、お前の手にこそ負えねーだろーが!!」
フードがめくれて顔が露になったラメトクが全力拒否する。
ちなみに彼の顔立ちが人が好さそうで、とても人斬りには見えない。
そして彼の主張は尤もだとハジメは思う。
(エペタムと言ったか……確かに殺人鬼に渡していい道具では断じてないし、そもそもまともな関係を築けそうにないな。混ぜるな危険だ)
こうしている間にもエペタムは相手を斬ろうと震えている。
そんなエペタムに対し、ラメトクは危ないことをする子供を諭すように叫ぶ。
「ああもう、暴れるんじゃありませんエペ!!」
『だってラメトクこのクソビッチ、ラメトクの事をエペのついでみたいに扱った挙句エペのこと手放せとか寝言以下の妄言を吐くのよ!? 妄言も妄言、行き過ぎて侮辱に等しい傲慢で吐き気を催す言葉が垂れ流されるこの女の臭い口が二度とラメトクのことを喋れないように細胞の一つ一つまで刻んでやらないと駄目でしょ!? 駄目だよね!? 駄目って言ってるのになんで放してくれないのッ!? あー分かった!! エペにそばを離れて欲しくないんだよね、それで止めてるんだよね、エペのこと愛しくてしょうがないんだねラメトク!! もうラメトクったら照れ屋さんなんだから、そう言ってくれればエペはいつでもウェルカムなのに!! さぁラメトク今こそ一つになる時よ!!』
途轍もない情念と情報量が詰まった強烈なラブコールに、思わず「うわぁ」と声を漏らすハジメ。しかも、「一つになる」とは物理的な意味なのかエペタムはなんとラメトクの側に刃を向けている。
『愛いっぱいのエペの体をプレゼントっ! 受け取って、この純愛!』
「だぁぁぁぁぁバカバカバカ危ない!! クソ危ない! 俺の脳梁でウェディングケーキ入刀でもする気かぁッ!?」
ラメトクが必死で剣を握って遠ざけることで刃はギリギリでラメトクは切り裂かれずに済む。その様子にエペタムは不満を示すかと思いきや、意外にも無邪気で嬉しそうな声を漏らす。
『あぁん、ラメトクぅ……他の人が見てる中でそんなに強く抱きしめられたら……エペ幸せ過ぎて刻みたくなっちゃう! それにウエディングケーキなんて、ラメトクってばエペとの将来をそこまで考えてくれてただなんて!! 幸せよラメトクっ! エペとっても幸せ……幸せなエペたちをじろじろ見て超克的な二人の絆に割って入ろうとする奴は死ね死ね死ね全員臓物ぶちまけて死ねぇぇぇぇーーーーッ!!!』
「やん、エペタムちゃんってばツンデレさんなんだから!」
「いや、病んでるだろ。好感度の振れ幅が100と-100しかないぞ。凡そ常識的な人間の思考形態じゃない」
「まぁこいつ人じゃなくて剣だからコミュニケーション手段とかいろいろ独特過ぎるので……ってか冷静にドン引きしてないで帰ってくれない!? ガルダはともかく冒険者のアンタは一般人でしょ!? 巻き込みたくないっつーか正直邪魔です!! ……うおッ!?」
エペタムが今までにない凄まじい力でラメトクを引っ張るように宙を飛び、ハジメに無限軌道の斬撃をお見舞いして来る。掠っただけでも体が欠損しそうな殺意と威力だが、空中でラメトクが身を捻ったり握力を加えて無理やり剣筋を妨害してるため無傷で弾き飛ばすことができた。
ラメトクは着地と同時に一気にエペタムを自らの腕の側に引き戻す。
「ぜはっ、ぜはっ、止まれって言ってんじゃん!! 今までも何人もそれで人をぶった斬るたびに俺が周囲からどんだけヤベー奴だと思われながらエペを鎮めて鞘に納めてきたかそろそろちょっとは理解を示してくんない!? もーお前の面倒見てると頭痛くなるわ!!」
『頭痛いの!? まさか怪我!? 病気!? ゴメンねラメトク。エペ、剣だから看病も出来ないしおかゆ作ってあげるのも一苦労で……せめて痛いの痛いのトンデケーっ! だけはやるから!!』
「その優しさを別の角度にも向けて欲しいですハイ!!」
(おかゆなら作れるのか……衝撃的な光景が想像されるな)
人斬りラメトクの正体見たりである。
どうやらラメトクはあの暴れ狂う剣が犠牲を出さないために、身一つで生ける鞘と化しているらしい。なのでエペタムというあの武器が人を斬ろうとすれば彼は毎度その邪魔をして致命傷を防ぎ、傷を負った相手には治療を施しているのだろう。
(……いや、レベル100クラスの妖剣に死人を出させないラメトクも大概おかしい気がするが)
今まで彼の身が持ったのが不思議でしょうがない。
どういう握力をしてたらあそこまで剣を妨害出来るのだろう。
ともあれ、これでやっと状況が呑み込めたハジメはぼやく。
「つまりエペタムを欲しがったガルダは、持ち主たるラメトク諸共エペタムをストーキングしていた……そこにガルダ捕縛の為に俺が割り込み、その会話を聞いて何やらガルダに殺意を覚えたエペタムがラメトクを引っ張る形でここにやってきた……ということでいいのか?」
「否定するほど間違ってないわね。でも欲しがっただなんて俗っぽい言い方はちょっぴり不満かしら?」
普通に喋りながらさり気なくガルダが再びこちらの腹を狙ってクローを放つが、弾いて止める。ガルダは少し不満そうにちぇっ、と舌打ちした。
「まぁでも引き際なんじゃない、冒険者さん? 貴方エペタムちゃんと私を同時に相手取る気? 私は別に構わないのだけれど、貴方のヘマでラメトクが死んじゃうと目論見が破綻しちゃうのよね……私がラメトクを殺すから」
『は? 死ね』
「ぬわー!!」
またラメトクごとエペタムが飛来してガルダの上半身をズタズタに引き裂く。もはや人間のそれと判別できない肉塊の中から同じ形に再生したガルダは恍惚の表情を浮かべた。
「そう、これよ!! ラメトクを海より深く愛するエペタムちゃんの目の前でラメトクを殺せば、エペタムちゃんの愛は全て純粋な殺意となって私に向かう!! 究極の妖剣の究極の殺意がこの五体を明けても暮れても微塵に切り裂き続けるの!! それはすなわち究極の死、究極の悦楽ッ!! 世界が終わるまで二人で狂いましょぉぉぉーーーーアハハハハハハッ!!」
『一人で勝手にイカれて死ねよやクソビッチがぁぁぁぁーーーッ!!』
「だーかーらーやーめーろぉぉぉぉぉッ!! こんな三角関係嫌だぁぁぁぁーーーーーッ!!」
ガルダの繰り出すクローとエペタムの刃が何度も何度も激突し、火花が宙に激しく散る。凄まじい激突は地を割り空を割き、そのたびに必死にエペタムが手から離れるのを防ぐラメトク。事前知識を何も持たずに見ると、ラメトクが人外めいた強さで剣を振っているようにも見える。
やはりこの中で一番凄まじいのはあんな剣に愛されながら殺されず堪えているラメトクな気がしてきたハジメだった。
ハジメはこのふたりの危険存在とそれに巻き込まれた一人をどうするか苦慮していた。
エペタムは明らかに聖遺物を超えた異常存在だ。
凶暴性は見ての通りだし、危険性は疑う余地もない。
しかし、何度か刃を交えたが、恐ろしく強固なのか破壊は容易ではなさそうだ。
そしてガルダだが、この異常な再生力と徹底した拘束対策は矢張り捕縛が難しすぎる。巻物結界に閉じ込める方法も取ったが、彼女の両手のクローが魔力を無限に吸い取ることで他の能力を底上げする極端に強力なカースドアイテムであったために巻物の術式が破壊されてしまった。
どうしようもない以上は放置して帰るのも一つの手だ。
ギルドもダメ元での頼みだったようだし、誰も責めはしない。
それでも、このふたりを放置するのは余りにも『正しくない』。
(最も確実なのはエペタム、ガルダ両名の完全排除……)
命は平等だ。されど、彼女たちが将来に奪うであろう数多の命と彼女たち自身の命は等価ではない。どちらが世界にとって善いことかなど考えるまでもない。今こそ己の命を賭して限界を超える時――! と剣に力を込めた所で、急に天のお告げがある。
『汝、転生者ハジメよ……神は貴方に特定の行為を強要はしません。だけどまぁ、ほら、なんと言いますか。幾ら善行をしろとは言ってもそういう杓子定規的な正義はどうなんだろうなぁ~なんて思ったりして? ほら、そういう選択してたら最後は心がすり減っておかしくなっちゃう的な?』
神の言葉は、全体的にふわっとしていた。
『しかし神よ。彼女たちは平時で既に冷静ではないので交渉ができません。特にガルダの方は長く殺し合いの中に身を置きすぎたせいか、完全に感性がイってしまっています』
『いやでも、あの子もかわいそうな子なんですよ? お察しかもしれませんが、彼女は転生者。元は貴方と同じ日本人です。同郷の好で、ね?』
『そう言われましても。あそこまで狂気に囚われた上に不死身なのでは、もうどこぞの究極生命体のように宇宙に旅立たせるしか処置のしようがないのでは?』
対ガルダの最終手段として考えていたハジメの案に、神は納得しがたいように唸る。
『うーん。うーーーーん。う~~~~~~~~~~ん……』
神はたっぷりうんうんと唸った末、ポン、と音を立てる。多分何かを思いついた時に手のひらに拳を置くあれをしているのだろうと思っていると、神が思わぬことを言い出した。
『まぁ、彼女の苦しみの原因の一端は間違いなく神の側にある訳ですし、ハジメはスタートラインに立ってないからセーフってことに私の中ではなっているので、ここは少々手助けをしましょう』
『はぁ。よく分かりませんが、手があるのですね?』
『まず彼女の永遠を終わらせる方法は神の側でなんとかします。今すぐとは言いませんが一か月以内には目途が立つでしょう。そしてもう一つ……実はですね、彼女は自分が正気でいられないからと当時この世界にいた転生者に頼んで『狂気の女になる』という暗示をかけられているんです。600年経った今となっては狂気の人格が既に主人格みたいなものですが、暗示を解くことで彼女にいくばくかの理性を取り戻させることが出来ます。いいですか、暗示解除の方法は……』
お告げを聞いたハジメは露骨に嫌そうな顔をしたが、不承不承といった態度で頷く。
何を隠そう、コミュ障なので交渉事は苦手である。




