11-2
普段はソロで依頼を受けるハジメだが、居場所が確定していない相手となると流石に単独捜索は効率が悪い。そのためハジメはそうした際は優秀な斥候を何名か金で雇って探らせていた。
そして今回、丁度いいから連れていけとの一言でライカゲから弟子のツナデとジライヤを預かることになった。
ライカゲの弟子の中でもツナデは遁術を得意とし、ジライヤは召喚や変装などの変則的な術を得意としているそうだ。彼らの兄弟子であるオロチには仕事を任せたことがあるが、ツナデは指で数えるほどしかなく、ジライヤは初めてだ。
「不肖の身でゴザルが、全力でサポートするでゴザル!」
「今回は格上相手だし、気合い入れてくにゃー!」
緊張の素振りは見せないが、油断の素振りもない。
なにせ彼らはあのライカゲの弟子だ。
レベルで言えば50前後で、伸びしろもある。
いくら相手が600年もの時を生きた殺人鬼でも、最低限自力で逃げ帰ることは出来る筈だ。
それにしても、とハジメは周囲を見渡す。
(賞金首の噂を聞きつけてか、その手の戦士が多いな……)
酒瓶片手に談笑しているにも拘らず立ち振る舞いに一切隙の無い歴戦の戦士から棚ぼた狙いでやってきた素人まで、既に『鳥葬のガルダ』を追ってきたと思しき連中が目撃現場近くの町に散見される。ハジメのように直接依頼を受けた訳ではなく、各々別の筋から情報を仕入れてきたのだろう。
ただ、自惚れるわけではないがこの中でガルダと戦いが成立するのは自分くらいだろうとハジメは考察する。確かに相手は捕縛されたこともあるが、それでも600年分の経験を蓄え、転生者の可能性が高い、推定レベル100オーバーの怪物だ。神が何も言ってこない以上は世界を破壊するレベルの存在には至ってないだろうが、少なくとも棚ぼたを狙う冒険者は無駄死にするだけだろう。
競合相手が多いと面倒事や死者が増える。
できればそれは避けたかった。
(……一計案じるか)
一つ、彼らを散らす方法を思いついたハジメは最寄りのギルドに向かった。
数時間後、町の冒険者の様相が激変する。
「おい、薬草採取依頼で報酬500万Gだってよ!!」
「町はずれの廃坑に住み着いた地竜討伐に1000万Gだと!? どんな大サービスだ!」
「鶏小屋の警備で一晩100万G!? 報酬美味しすぎるだろ!!」
「こっちは近くの山脈で取れる鉄鉱石の採掘依頼だ! 取れた分だけ全部相場の10倍で買い取るんだってよ!!」
ガルダをあわよくば捕まえられないか、程度の覚悟で来た冒険者たちが、突然湧いて出た非常に割のいい依頼を受注せんと次々にギルドのカウンターへ駆け出す。最初は興味なしの顔をしていた賞金稼ぎたちも、余りの割の良さに安定を求めてギルドへ流れていく。
ハジメは先ほどギルドに赴き、自ら大金を支払ってここら一帯の依頼の報酬金額を10倍以上に底上げしてもらったのだ。ギルドから正規の捕縛依頼を請けているからこそ出来る荒技だ。その甲斐あって、今や草刈りさえ一日5万Gと本日限りの破格の高騰である。
当然、賢い冒険者は上手すぎる話に「罠じゃないか」と疑う。しかし、ハジメは料金吊り上げに10億継ぎ込んだので、割の良い依頼が目の前で次々消えては増えていく様に、流石の賞金首たちも無視はできなくなっていく。
「もしかして、賞金首捕まえる為に競争相手を金で散らしてるのか!?」
「誰だか知らんが頭のネジ飛びすぎだろ畜生!!」
「クソッタレ分かったよくれてやるよ!!」
かくして競争相手の大半が散り散りになり、かなり巻き添えの犠牲が出る確率が減った。5億の賞金首を倒す為に10億を注ぎ込むとは誰も想像すまい。しても実行しないのが普通だが。
暫くして、偵察に向かっていたツナデとジライヤが戻ってくる。
「報告! ガルダらしき人物を発見にゃ! ただ、ものすげい殺気を放たれて尻尾にビビっと来たので逃げてきたにゃ!」
「報告! 人斬りラメトクを発見! 位置関係からしてガルダがラメトクを追いかけている形でゴザル!」
「よし、なら先にガルダに仕掛ける。二人はラメトクの動向に気を配れ。最悪邪魔さえされなきゃ放置でいい。ガルダは下手をすれば俺やライカゲ以上の相手だ、下手に援護しようとせず身の安全を優先しろ」
「「承知ッ!!」」
三人は、人間離れした脚力で一気に移動を開始した。
その移動による凄まじい風圧に煽られた残り少ない賞金首たちが即座に追跡を断念したのは、余談である。
――ハジメたちが追跡を開始して数分。
探知スキルに引っ掛かった時点で既にガルダは移動を止めていた。
「気付かれたか?」
忍者の二人がぎょっとした顔でこちらを見る。
「あの、ハジメ。ウチら忍者ーズはまだ探知できてないんにゃけど……」
「……今しがた探知! でもこの距離で気付けるものでゴザルか!?」
「俺より探知スキルのレベルが高ければ簡単だ。相手は600歳、十分あり得る」
「偶然立ち止まってるだけー……ってことは?」
「もうすぐ分かる。どちらにせよ最悪の可能性は想定しておくものだ」
ハンドサインで散開を指示したハジメは、剣に手をかけたまま一気にターゲットに接近した。相変わらず一切動く気配のないそれは、古びたローブに身を包んでおり性別も推し量れない。
ハジメは彼女の目の前で急ブレーキをかけて足を止める。
地面が大きく抉れ、土煙と同時に摩擦で雑草の焼け焦げた煙が立ち上る。
ローブの人物は、フランクに語りかけてくる。
「こんにちわ。今日はいい天気ね、冒険者さん」
艶のある女性の声だ。
そこには殺意も狂気も感じられない。
だが、ハジメは知っている。シリアルキラーだサイコパスだと呼ばれる人種は、一見すると普通の人間でしかない。だからこそ、より恐ろしい犯罪を犯すのだ。
「確認する。貴方が手配書に記載された指名手配犯、『鳥葬のガルダ』か?」
「まぁ、白昼堂々そんな失礼なことを聞くだなんて、貴方は紳士ではありませんね」
「俺の勘違いなら謝罪しよう。どうかそのローブのフードを外して顔を検めさせて欲しい」
「そんな必要ありませんわ。だって……」
次の瞬間、女性は既にハジメの懐まで踏み込んでいた。
「――私、ガルダで合っていますもの?」
直後、抉り散らかすような獰猛な鉤爪がハジメの腹部に捻じ込まれた。
その不意打ちに気付いていた訳ではない。
ただ、予測はしていたから腕は動いた。
「ぬ、ぐぅッ!!」
ギャリリリッ!! と、ハジメの直剣に三度衝撃が走った。
ガルダが放った格闘スキル、『トリプルバイト』だ。
親指、人差指、中指の3本の指に力を一点集中させて抉るような三つの衝撃を叩き込む技だが、鉤爪のように腕に直接装着する斬撃武器を装備した場合は三つの斬撃に変わる。
辛うじて直撃は防いだが、斬撃を完全に防げずに左肩、左脇腹、右の肋骨付近に防具を貫通した裂傷が刻まれ、血が噴き出した。
(パワーは俺以上かッ!!)
「あら、やるのね」
思わぬ幸運に喜ぶようなガルダの鉤爪を弾き返すと同時に、全力で斬り込む。本来なら距離を取りたい所だが、ずっと鉤爪を使い続けているらしいガルダは絶対に距離を潰そうとすると踏んだからだ。
ハジメはその場を動かず斬撃を放つ。一撃、二撃、三撃、全て剣道の面のような垂直斬りだが、これはスキルではなく前に剣道経験のある転生者に教わった『崩し』のテクニックだ。
一撃一撃に体重を込めつつ、斬ることより衝撃を次々に叩き込んで相手の姿勢を維持出来なくすることを重視する。少しでも叩き込む速度や相手の武器との角度がずれると上手くいかないが、この『崩し』が初見だったせいかガルダはたまらず体を後退させた。
だが、まだ攻めの手は緩めない。
「ベンドリッパー!」
瞬間、剣を握るハジメの腕がムチのようにしなり、極限の速度とリーチで鋭い斬撃を繰り出す。『ベンドリッパー』は威力的には控えめで牽制などに使われる剣、及び鞭のスキルだが、相手が離脱する瞬間に挟めば引いた相手を怯ませたり、バランスを崩させることも出来る。
しかし、ガルダはハジメの予想を平然と越えてくる。
「残ぁン念、こんなんじゃ満足できないわッ!!」
ガルダは斬撃を浴びる直前に前進し、自らベンドリッパーを浴びながら肉薄してきた。彼女のローブが裂けて中から鮮血が噴出するが、彼女の動きに一切の淀みはない。
抵抗するか防御すればこれほど深手を負わなかった筈なのに、敢えて浴びた理由。それは、攻撃による裂傷を無視すれば前進した方が手っ取り早いからだろう。まともな人間なら絶対にやらないし、肉を切らせて骨を断つにしても無謀な判断だ。
(それを平然と行えるのは、やはり情報通りだからか……?)
ガルダが腕を捻じって回転を乗せた鉤爪の一撃、『スラスト』を繰り出すのを弾き、ハジメはガルダの胸に鋭い蹴りを放った。そして、その一撃では止まらないだろうと間髪入れずに追撃の剣を数度叩き込んで吹き飛ばす。
ただ、『スラスト』の威力を殺しきれずに体の数カ所に裂傷が刻まれた。
ハジメは全身鎧とまではいかずともこの戦いに備えてかなり上位の防具を装備してきていた。なのに防ぎきれずに余波でダメージが入るということは、それだけ尋常ならざる威力の攻撃だということを意味する。
呆気なく吹き飛ばされたガルダは、地面に鉤爪を突き刺してブレーキをかけて自らの速度を殺す。ダメージは全て再生済みだ。
「全く躊躇いのない攻撃、それに練度……顔に見合わずワイルドじゃない?」
腕を捻じって滑らかに着地したガルダは、斬撃を浴びてもはやローブの体を為していないそれを乱雑に脱ぎ捨てる。そこには鮮血に染まりながらも傷の一切ない身体を晒す、手配書と特徴のよく似た美女がいた。
ワインレッドの髪に金色の眼。
肉感的な肢体に黒くて幅の広いベルトのようなものをぐるりと巻き付けて無理やり服のように見せかけただけの装いは、猥褻な行為に臨もうとしている人種にしか見えない。
しかも、そのベルトも相当特殊なのか、斬撃で斬れているにも拘わらず切断面が繋がって元に戻った。
「再生する衣服というのは、あまり聞いたことがないな」
「期待させちゃったかしら? ふふ……いいでしょ、このベルト服。正確には服じゃなくてむかーし知り合いに作って貰った人工スライムなんだけど、防御いらずで傷つき放題の私にはぴったりなのよ?」
「そもそも斬られるな。そして人を殺すな」
「ヤぁよ、こんな楽しいこと辞める訳ないでしょ? ……ふふっ、あははははっ! 久しぶりに戦いの中でこれだけ会話したわぁ? 半分以上の人がこの時点でお腹に穴空けて死んじゃってるんだもの!」
心底嬉しそうに肩を震わせて笑うガルダ。
話して通じる相手ではないと思っていたが、かなり狂っている。
不死という特性の為に立ち回りには隙があるが、純粋なステータスでは確実にハジメより上だ。しかも彼女は事前の情報通り、傷を瞬時に回復する驚異的な再生能力がを持っている。
防御や回避を度外視した戦いに慣れた様子から、ハジメの戦いのセオリーをそのまま持ち込めないのも厄介だ。常人なら防ぐか退くところを彼女は無視して突っ切ってくるため、気が抜けない。
ただ、目の前で本当に不死らしい人間を目の当たりにすることで、ハジメは微かな哀れみを抱いた。
「厄介な体を神に貰ったものだ。それでは死にたくても死ねまい。ぞっとするよ」
「無限恐怖症かしら? お気の毒に、享楽に溺れられないのね。無限の享楽も楽しいものよ?」
互いに互いを哀れみ、殺し合うという異常な状況。
だが、その攻防は更に熾烈なものになる。
鉤爪という武器は一見してリーチが短く剣相手には不利に見えるが、実際は使い方次第で剣相手にかなり有利に立ち回ることもできる。ガルダはそれをよく知っており、なおかつ技量も高い。一つ一つの技が必殺だった。
ハジメはそんな彼女にアイス・エンチャントを施した武器で対応する。彼女が不死だとしても肉体そのものは物質。体が凍り付けば動けなくなる筈だ。
しかし、彼女はその目論見にすぐ気づく。
「氷や寒さで凌辱してきた相手なんて幾らでもいたわ。対策、知ってる? ――こうするの」
挑発的な笑みでガルダがパチン、と指を鳴らした瞬間、彼女が身に纏うベルトが一斉に発火した。ガルダの全身がじゅうじゅうと肉の焼ける音を立て、タンパク質の燃える異臭が漂うが、実際にはガルダの再生能力で焼けた側から修復されていた。
「こうして全身が燃えてれば、寒さなんて関係ないの。はァ……皮膚が爛れて剥き出しの神経が焙られては再生を繰り返すこの感触、何度やっても冒涜的なまでに素晴らしいわぁ……!!」
再生するといっても痛みを感じない訳ではないようだが、彼女自身の浮かべる恍惚の表情を見る限り、とうに痛みを純粋に痛いと感じるような感性は消え去ったようだ。目の前の異常な光景に、600年生き続けた女の狂気が凝縮されているようにさえ思う。
この調子では熱の刃も効きそうにない。
「ハァ、アァん……次はどんな手で愉しませてくれるのかしら? ボ・ウ・ヤ?」
「……」
痛みを望んでいるかのように悩ましい吐息を放つガルダに、ハジメは無言でスキルを発動させる。「高速換装」と呼ばれるそれは、自らの所持する装備品を装着の過程を省いて交換、装備するというものだ。
「今更お色直し? 必死ねぇ」
「……」
装備したのは、ハジメが所持する中で最も性能の高い『聖遺物』装備。
手に持つ剣も同じく『聖遺物』。
その他、腰や背に装備しなおした武器も全て『聖遺物』。
それらは、神代の技術で鋳造された為に現代では再現が不可能とされる、神器に匹敵する装備の数々。この世界で最上位に位置する国宝級の装備たちだ。
これまで、ハジメはあくまで生きて捕縛することを考えた装備だった。なぜならば、生かして捕えられるならその方が「正しい」行為だと判断したからだ。しかしこの短期間の戦闘で、ハジメはこちらの装備に変更すると判断せざるを得なかった。
遺跡で手に入れた名も知らぬ剣を、ハジメはガルダに突きつける。
その切っ先が、物を言わずとも雄弁に語ってた。
――お前を滅殺する、と。




