37-11
久方ぶりの地上は、心なしか少し空気が軽く感じた。
出迎えの村人たちに挨拶し、寂しかったと激しく主張するサンドラを抱きしめて背中を撫で、フェオとも抱擁を交わし、魔界での話を土産話に訓練場へと向う。
そこには、ユーギアと同じく目の下に深い隈を刻み、焦点の合わない虚ろな視線を虚空に向ける車椅子のトリプルブイがいた。
彼の車椅子の取っ手には鞘に収められた大剣が横向きに寝せてあるが、なんかこの剣を掴んだ瞬間にトリプルブイが突然目を剥いてハジメの腕を掴んでくるジャンプスケアを疑うほど不気味だった。
「ふ、ふふ……やったことない技術に軽い気持ちで挑戦したらとんでもなく疲れた」
「それは大変だったな。仕上がったのか?」
「ああ。確かミテミロ!!」
「うん、呂律も回らなくなったか」
トリプルブイの前にカプセルに詰まったユーギアが姿を現す。
一応地上に来たことで起きたようで、トリプルブイと同じくやつれたまま不敵に笑う。
『クックックッ……我が『プレアデス』は既にハジメに期待以上とのお墨付きを貰っている。それを上回ることなど貴様に本当に出来るのか!?』
「答えは今から出る。眠そうな目をかっぽじってよく見てな」
『貴様に言われたくないわ!!』
二人とも寝不足マックス状態なため、血走った目はたまに眠気に負けそうな瞼でショボショボしている時がある。彼らの安眠の為に急いで武器の仕上がりを確かめた方が良さそうだ。
「では訓練相手は不肖ながらこのカルパが務めさせて頂きます」
言うが早いか、カルパは以前に披露した特殊装備『アーリアー』に身を包み、背中のコンテナユニットから剣を取りだして構える。成程、『アーリアー』があればレベル差の大きなハジメにもある程度対抗出来るだろう。
ハジメはトリプルブイから大剣を受け取り、刃を引き抜く。
白日の下に煌めく刃は根元から先端までの間にくびれのある少々珍しい形状で、中央に空洞があるなど趣味的な造型が目立つ。
『プレアデス』は幅が広いため盾としても使えたが、こちらの大剣は完全に攻撃に割り振っているようだ。
「剣の名前は?」
「んー……『オライオン』とでもしとくか」
その場で思いついたような口ぶりだが、オライオンとはオリオンのことだ。星座に纏わる伝承ではプレアデス七姉妹はずっとオリオンから逃げていることになっているので、思いっきり相手の名前に対抗している。
「『オライオン』の力、見定める」
ハジメは両手で『オライオン』を握り、魔界でやったときと同じように下限、上限、取り回しを確かめていく。大剣同士が何度も虚空で交錯し、火花が散った。
取り回した感想は――流石はトリプルブイと唸る仕上がりだった。
(威力、取り回し、共に問題無し。試し振りもなしにここまで仕上げるのは俺との付き合いの差か)
ハジメの求める上限を実戦すら見ずに割り出すのは、出来るだろうとは思っていたがいざ目の当たりにすると感心させられる。
触れるべき点としては、少しだけ『プレアデス』よりリーチが短く、その分軽い。
普通なら軽いのは初撃の速度や取り回しに有利なのでいいことだが、ハジメは大剣の中でも重量級の重さを活かしていたので一長一短だ。それに、斬撃の切れ味という点では『プレアデス』を上回っているが、飛び抜けた差は感じない。
現時点ではギミックの優位性で『プレアデス』に軍配が上がる。
しかし、あのトリプルブイが技術者として勝負するには仕上がりが平凡すぎるのが気にかかる。
ということは――。
「……この剣、隠しギミックでもあるのか?」
ハジメの言葉にカルパが大剣の連撃を捌きながら頷く。
「『オライオン』の刃に念じてください。『やわらかくなれ』、と」
カルパがバックステップで距離を取るので、その意図を汲み取って念じる。
すると、あれほど丈夫だった『オライオン』の刀身が布のようにぐにゃりと曲がった。これには流石のハジメも目を見開く。
「これは……!」
試しに振ってみると、重量は変わっておらず、布のようなのに切れ味は維持されている。逆に、切れ味を求めずに振ると唯の布のような柔らかい触感がした。
「変形機能!?」
槍になれと念じてみると、布のような刃の形状があっという間に槍のように先端だけ鋭い形状に変化する。斧になれ、鞭になれ、と念じると、サイズに限界はあれどおおよそハジメの思い描く形に変化する。
試しにハンマーにしてスキルを放ってみると、きちんと大威力が発揮されて防御に徹したカルパを後ずらせた。
「これが出来るのなら、こういう使い方もッ」
ハジメはすかさず刃を布のように戻して振ると、カルパの剣に巻き付かせた瞬間に硬質化せよと念じる。『オライオン』は主人の指示に忠実に柔らかい従い、柔らかい刃ががっちりと剣を固定した。カルパは我がことのように誇らしげに説明する。
「マスター発案の可変硬度繊維です。使い手の思念に反応し、大剣としてだけでなくあらゆる形状に自在に変化させられます。攻性魂殻と併用すれば高速換装に近い速度で形状を変えられるでしょう」
「こんな武器は前代未聞だぞ。思いついたとしても到底実現出来ない……」
「マスターですので。尤も、今回は少々無茶をされてしまいましたが」
「その甲斐がこれというわけだ。連続で仕掛けるぞ、カルパ!」
刃から手を離し、攻性魂殻を発動。
攻性魂殻状態でも問題なく変形、浮遊する『オライオン』は次々に別形状に変形しながらスキルを繰り出す。カルパは流石に剣で受けきれないと考えシールドを展開するが、斧、ハンマー、短剣、鞭と次々に予測不能な変形をしながら攻撃を重ねてくる『オライオン』に防戦一方だ。
――見学していたシーゼマルスはその厄介さに顔を顰める。
「ああも自在に形状を変えられる上に、持ち主の手を離れて遠隔で発動出来るとは嫌な武器ですね。せめて手に持っていれば構えからある程度繰り出すスキルを逆算できますが、あれでは見切るのは難しい」
あれを用いれば、大剣のスキルであれば受け流せると構えた瞬間にハンマーに変形して吹き飛ばす、といったフェイントを無限に相手に押しつけることが出来る。攻性魂殻と併用されればもはや全ての型を見切るのは不可能に近い。
『オライオン』という最強の刃を警戒すれば他の武器が、他の武器を警戒すれば『オライオン』が襲ってくる。ハジメと同じタイプの脳を持つが故にシーゼマルスはその厄介さ、そしてハジメならどう使うかにある程度の予想がついていた。
そして、彼女の予想は概ね当たっていた。
「高速換装に近いと言っていたが、体感では高速換装より僅かに変形が速い……これでフェイントをかけられたら相手はたまったものではないな。俺がかける側だが」
これほどリーチも性質も異なる攻撃を一本のみで繰り出し、更には性能も全て高水準というのはちょっとした転生特典級の利便性だ。普通の冒険者なら持て余す多機能性だが、ハジメなら問題なく性能を発揮出来る。
ハジメが武器の具合から即席でコンボを試す一方で、その様子を見物していたユーギアは歯を食いしばって呻く。
『なんじゃあれ……なんじゃあれ……』
「ウケケケケケーーー!! 拡大志向に偏ったメカオタクには思いつかなかったろう!!」
『ムッキーーーー!! 原理は大体今ので分かったわい!! クッソォ、あれ思いついてたら斬城刀がちゃんと形になってたのに……!!』
「0から1を生み出した俺の勝ち~!」
『より使い手に寄り添った側の勝ちだっつの!!』
(外野盛り上がってるな……)
二人ともややテンションがおかしいなとハジメは思ったが、実際に『オライオン』の出来は相当なものだ。性能も基準値を満たしているが、やはり唯一無二の独自性は特筆すべきだ。
何のスキルが繰り出されるのか見切りづらい初見殺し性能に加え、絡繰りが分かったところで心理的圧迫感は何ら変わらない。
くびれや中央の空洞は体積調節のためで、やや小振りな大剣に圧縮することも出来るようだった。布のようにしなり、すぐに硬質化出来る汎用性は戦闘外の場面でも役立つだろう。一通りの確認を終えたハジメは最終審査に入る。
「二人の武器の差異を確かめたいのでもう少し付き合ってくれ」
「勿論です。我々や見物客も、ユーギア博士の武器に興味がありますから」
許諾を得て『プレアデス』を展開すると、見物客の視線が集まる。
そして『プレアデス』の刃が分離して攻撃を始めると、今度はトリプルブイが呻く側になった。
「うわぁ……機械の利点ゴリゴリに活かしてきやがったな……」
『当たり前だ!! 活かさない訳がない!! 使い手の能力の最は多彩さより攻性魂殻とかいう能力の方だからな!!』
「だ、だがその力も安定した地力なしには成立しないもんねーーー!!」
『それとこれとは話が別ですぅぅぅーーーー!!』
目をしょぼしょぼさせながらも相手への怒りと対抗心のみで意識を保っている二人の低俗な罵り合いが続くのを無視してハジメは二つの刃を吟味したが、やはり所感は変わらない。
攻性魂殻を最大限に活かし、複数の刃を連結・分離することで汎用性も手数も拡張した『プレアデス』。
多数の刃ではなく一本の刃にあらゆる拡張性を集約することで万能性と高水準を両立した『オライオン』。
どちらも今のレベルのハジメが全力で振うのに相応しいだけの性能と利点がある。
両手に二つの刃を握って見比べ始めたところでユーギアとトリプルブイは口論をやめてハジメの動向に注目する。
「どっちだ……どっちを選ぶんだハジメ……!! 付き合いの長い俺なんじゃないか……!?」
『お前の心の中にある燃える魂に従え……!! つまり『プレアデス』を選べ……!!』
ハジメは一つ決心すると、『プレアデス』を地面に突き刺しす。
「手放すということ!?」と、ユーギアと魔導騎士たちがざわめく。
続いてハジメは『オライオン』を宙に浮かせた。
今度はトリプルブイ達が「返納する気か!?」と動揺する。
しかし『オライオン』は返納することなくその場で浮かせ続け、ハジメは地面に突き刺した『プレアデス』の柄を握る。
今度こそこれで決まりか!? と、周囲がざわめく。
期せずして結果発表でどちらを選ぶかで引っ張るテレビ番組のようになっているが、そんなつもりのないハジメはそのままプレアデスの芯となる剣だけを抜き取った。
ユーギア側が「どういうことだ……?」と困惑するなか、ハジメはその芯となる剣をその辺りの地面に刺し、代わりに『オライオン』を小振りに変形させて『プレアデス』の中心に突き刺し、持ち上げた。
「『プレアデス』に『オライオン』を収めて使えばよくないか? ぴったり刺さるし」
「え?」
『え?』
最強と最強を組み合わせれば超最強。
ハジメが唯一解せる男のロマン、全部盛りである。
ユーギアとトリプルブイの目が点になった。
確かにそれは出来るし、強い。
しかしそれを許してしまえば、作り手たちの苦節と苦労一体何だったのだ?
二つを比較してよりよいものを決めるという前提は、何の為に存在したのだ?
二人の技術者の頭の中を特大の疑問が圧迫していく。
「俺たちの苦労は……血と汗と涙と情熱と徹夜は……」
『ロマンのぶつかり合いだと信じて励んだ時間は、一体なんだったんだよ……』
ハジメはその問いに心底不可思議そうな表情を浮かべると、二人にとって衝撃の一言をさらりと放った。
「何だも何も、そもそも俺が金を払って作成を依頼したのだからどっちも俺のものになるだろ。選ばれなかった武器を返納するなんて文言が依頼文のどこにあったって言うんだ?」
「――」
『――』
言われて今更気付いたのか、二人の眠気に抗う気力がぷつんと途絶えた。
二人の競争心は行き場を失い、残る徒労感と疲労感に飲み込まれたトリプルブイとユーギアは白目を剥いてその場で気絶した。
「博士!?」「マスター!」と、それぞれの従者たちが駆け寄るが、二人には彼らの声は聞こえていない。ハジメは「なんのショックを受けてるんだ?」と首を傾げる。
「金は双方に支払うしどちらも使う予定だというのに、何がそんなに不満だったんだ? そもそも手間暇掛けて作って貰ったのに突き返すほうがどうかしてるだろ。どっちの顔も立てる提案だし、実際これの方が良いと思うんだが……」
いまいち二人のリアクションの意味が分からないまま『オライオン』を突き刺した『プレアデス』を見つめて首を傾げるハジメに、フェオは「まぁ……ハジメさんはそういう身も蓋もないこと言いますよね」眉間を押さえて深いため息をついた。
――結局、その後暫くして復活した二人は依頼主であるハジメの主張に渋々従って互いの剣を再調整し、中央に万能の剣を饐えた多目的大剣を完成させた。
なんなら中央の剣が形状を変えられるようになったことで『プレアデス』の構造に余裕が出来、ユーギアが諦めた機能が幾つか追加装備されたくらいだ。
トリプルブイは自分の渾身の力作になんかゴテゴテした外装がひっついて胸中複雑になり、ユーギアは自分が構造上一番苦心したと言っても過言ではない芯の剣が取り替えられたことで別の機能が拡長出来たことにやはり胸中複雑。
二人の技術者の勝負は痛み分けという形で一応の決着を見た。
なお、完成した武器は名前を改め『プレアデス・オリオール』と名付けられた。
名前に拘りのないトリプルブイがプレアデスを主とすることを認め、しかし自分の関わった名残が欲しいと提案したものをユーギアが了承したらしい。
「ハジメの使う武器なんぞでこれ以上頭捻るのが馬鹿らしい。もうそれでいい」
「全くだ。こんなオチになるなら可変金属でハリセンでも作ればよかった」
「何がそんなに不満なんだお前ら」
「失礼ながら、私個人としましてもちょっと、えー……と思いました」
「相変わらずカルパは主人びいきだな」
直後、ハジメは何故かその場の全員から「違う、そうじゃない」と言わんばかりのじとっとした視線を浴びた。




