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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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37-9

 訓練終了後――疲れたハジメがリラクゼーションルームに向うと、そこには先客がいた。先にゼノギア操縦に挑んでグロッキーになったブンゴだ。

 拘束用かと聞きたくなるほどホールドしてくるマッサージ椅子に凝りをもみほぐされるブンゴが顔だけ上げてハジメを確認する。


「おー……遂にあんたもゼノギアデビューしたな。部屋のモニタで訓練の様子ちょこちょこ見てたよ」

「そうか。退屈じゃなかったか?」

「後半は面白かった。俺は特殊装備まで辿り着かなかったしなぁ」


 ハジメも返事をしながらマッサージ椅子に座るが、ホールド具合はブンゴの半分程度だ。この椅子は座った人間の疲労度によってホールド率を変えるので、どちらの方が疲れているのか一目瞭然らしい。

 凝り固まった筋肉をほぐす優しい振動や圧迫が身体を癒やす。

 ブンゴは好奇心を覗かせてハジメに感想を求める。


「な、な、どうだったよ漢の浪漫を叶えた感想は!!」

「自分で動いた方が速いから正直イマイチ魅力は感じなかった」

「チクショーメーーーーーッッ!!!」

「煩い」


 ハジメより訓練結果の振わなかったらしいブンゴは嫉妬に加えてロボットの素晴らしさを理解して貰えなかったことから血涙を流す。水分量の不足を感知したロボットが強制的にブンゴの口にストローを突っ込んで水分を補充したため静かになった。


「んく、んく……ぷはっ!! この無理矢理なシステムだけはどうかと思う俺であった!!」

「それには同意する」

「はぁ~~~……ま、仕方ねえか。ロボットアニメなんて殆ど見たことなかったろ」

「テレビのリモコンは親のものだった」

「あるあるだねぇ」

「場所が分からなくなったときは「お前がやったんだろ」と責められ、仕方ないから見つけ出したら「やっぱりお前の仕業だった」と更に責められた」

「それはあるあると言うにはツラすぎる……」

「やっぱりそうか。改めて思い返すと理不尽だと今気付いた」


 ロボット熱を覚えなかったことへの悔しさが完全に霧散したらしいブンゴは、視線をモニタに映す。

 今度はリベルが搭乗しているらしく、ハジメよりもスムーズに機体を操ってゼノギア用の槍で演舞を披露している。淀みない流麗な動きは初めてゼノギアを操縦したとは到底思えない。


「うえっ、あの将軍操縦上手すぎだろ……」

「あれは関節の駆動域や反応速度を加味してリアルタイムで動きを修正してるな。流石は天才、あいつが一番ゼノギア向きかもしれん」

「リベル将軍、天才なの?」

「そういえばお前は知らなかったな。あいつ、アトリーヌに着いていかなきゃ確実に今頃アデプトクラス冒険者になってたくらいは才能あるぞ」


 同じ天才にマリアンもいるが、どちらかといえば特化型の天才であるマリアンに比べてリベルはバランス型の天才で、戦いは勿論のこと指揮も計算もスポーツも芸術も何もかもが常人を上回る。


「将軍になってから必要なスキルの習得と熟練を優先したんでレベルが伸びきっていないが、エルヘイムの一件で何レベルか上がっただろう。何より人当たりが良いから嫉妬される率が低い」

「ハイスペすぎて腹立ってきた」


 マッサージ椅子がストレスを検知して低周波マッサージを実行し、びりびりと心地よい電気を首筋に流されたブンゴが「あ゛ぁ~」と変な声を上げる。もはや椅子に管理されているブンゴをよそに、モニターではリベル対シノノメの模擬戦が始まろうとしていた。


 その映像を堂々横切ってハジメの隣のマッサージ椅子に魔族の男がどさりと身を預け、ブンゴ以上にガチガチに拘束されてガガガガ!! と強烈なマッサージを受ける。


 この研究所で今現在そんなに疲れを蓄えている人間と言えば――。


「ユーギア、終わったのか?」

「ガワ゛は゛出゛来゛た゛」

(マッサージのせいでヘンなエフェクトボイスに……)


 余りにも身体が震動しすぎて扇風機目がけて喋っているような声を出すユーギアは、目の下にがっつり隈を作って椅子に身を委ねきっている。ガワが出来たということは、次は中身をどうにかするのだろう。


 強烈な震動が一旦収まりまともに会話出来るようになったユーギアは、経過を説明し出す。


「改めて、ガワの部分はほぼ出来上がったけど、こっからより使いやすい形にブラッシュアップする作業に入る。つまり、よりアンタの手に馴染むようにするってこったな。今はその作業前の最後の一休みだ」

「身体を壊さないようほどほどにな」

「分かってないなぁ、ハジメくんや。こういうのはやる気があるときに即決即断。熱が高まってるうちに勢いを乗せてやりきるモンなんだよ。本当は休憩挟まずやろうと思ってたくらいだ」


 少なくとも常に一定のパフォーマンスを保てるハジメには当て嵌まらない法則だが、実際に気分に拘る冒険者や職人はいる。中には可愛い踊り子がいないと絶対に戦いたくない等と巫山戯たことを言っていた上位冒険者もいた。実際にパーティに踊り子がいると本当に強くなっていたので難儀なやつだと思ったのを覚えている。


 やると決めたらすぐにやるというのは一つの真理だ。

 だからだろうか――ハジメも聞きたくなった。


「ユーギア。これは興味本位の質問だが、お前は魔界と地上を隔てる次元の壁を――魔王軍システムをどう思い、どうするつもりなんだ?」


 ユーギアには魔王軍システムのことを知らせてある。

 もっと言えば、彼は独力で魔界と地上がいずれ一つになるという事実に辿り着いていた。今も彼の研究所には魔界側の観測協力という形で天使が数名派遣されており、ハジメより世界の隔たりに実感がある筈だ。


 ユーギアはそれに、寂寥感と覚悟の入り交じった顔で答えた。


「あのシステムはいらねぇ。どんなに時間がかかったとしても、いずれ必ずぶち壊す。それで問題が発生するって言うなら人類の叡智で解決してみせる。グレゴリオンだってそのためのに作ったんだ」


 彼が何を考えているのか、何が彼をそうさせるのかはハジメ達には分からなかった。ただ、ユーギアの言葉は彼にしては感情的だった。




 ◆ ◇




 クオンはユーギア研究所にやってきてからというもの、未知の体験に興奮しきりだった。

 特にゼノギアという巨大な乗り物を自分で操縦する感覚は新鮮で、自分で動いた方が速いという事実に対してもハジメとは真反対に「だからこそ面白い」と感じていた。


(ゼノギアがかっこいいし操縦してる感覚が楽しいっていうのもあるけど……この感覚はすっっごく役に立つかも!!)


 天真爛漫で好奇心旺盛なクオンにとっての慢性的な悩み。

 それは冒険範囲が限られていることでも、ハジメが構ってくれる時間が少なく感じることでもない。もっと根本的な問題――すなわち、己の力が暴走するリスクのことだ。


(自分の身体を脳で直接動かすんじゃなくて、『操縦』というプロセスを挟む! これが上手く行けば、ママに着いていけるお仕事が増える筈!)


 クオンはこれまで幾度か意図せず力を出しすぎたことがあった。

 一度目はハジメとライカゲのじゃれ合いに割って入ったときのこと。

 グロラゴ火山で悲しみを堪えきれず大泣きしたときのこと。

 そして決定的だったのが、バランギア竜皇国における暴走だ。


 ハジメ達からはもう終わったことと許されてはいるが、クオンはあのとき人殺しになっても何ら可笑しくないほどに暴走してしまった。グリンがその可能性を考慮して事前に手を回したり身を挺して止めてくれなければ、クオンは大変な後悔を抱えただろう。ハジメにも悲しい顔をさせた筈だ。

 あの一件は人知れずクオンの心の奥底に深く楔を打ち込んでいた。


 そんな訳で、クオンはハジメが思っている以上にゼノギアに執着心を抱いていた。


「ゼノギア欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい~~~!!」

「あらあら~。そんなに欲しがってるって知ったら博士も喜ぶわね~」

「そりゃそうだけど、親に止められてるんだったら諦めたら?」


 ばたばた両手を振り回して一方的な欲求を誰に言うでもなく叫ぶクオンに、テスラは頬に手を当てて喜ぶ。対照的にフェートは呆れ顔で冷静な指摘をする。


 クオンは今、テスラとフェートの二人と一緒に過ごしていた。

 理由は特になく、今日は訓練をノーヴァとシノノメが代わる代わる担当しているからだ。

 魔導騎士たちとクオンは村で顔を見たことはあったが、彼らは時々しかこないし短時間で帰ってしまうので実質的に付き合いが無く、今回やっと友達の関係になれた間柄になる。


 昔はじたばたするだけで地面を破壊していたことを考えると成長したクオンだが、やはり子供は子供。「こっそり練習していきなり成果を見せて驚かせたい」という彼女の計画故にハジメに素直に事情を説明することを憚っており、言いたくないのが相まって余計にもどかしかった。


「こうなったら、シサク機をゴーダツする!!」


 結果、クオンはとんでもないことを言いだした。


「クオン知ってるよ! シサク機はよく研究所からゴーダツされるんでしょ!」


 たぶん強奪ゴーダツの意味を正しく理解していない上に大分偏った知識である。当然、研究所に所属するパイロット達がそんな要求を呑む筈が――。


「それいいわねぇ! 博士も一回くらい盗まれたいって言ってたわ! ね、フェート?」

「あー、言ってた。確かに言ってた。一回はグレゴリオン強奪されても大丈夫なようにプロトを保管してるんだっけ」


 悲報、研究所長が強奪肯定派。

 厳密には敵にグレゴリオンを奪われて旧式機で立ち向かうという展開がやりたかったのでまさかこんな強奪の仕方をされるとは思っていなかっただろうが、どっちにしろ博士なら許すだろうという変な信頼がテスラとフェートにはあった。


 という訳で、三人は大人達をよそに地下の秘密施設へと足を運んだ。


「はい、これがαプロト。グレゴリオンの変形合体機構のテスト用に開発されたゼノギアなのよぉ?」

「私はなんかゴツゴツしてて嫌いだけど」

「おぉぉ~~~!!」


 クオン達の目の前にはグレゴリオンに似た巨大ゼノギアがあった。

 αプロトはオリジナルと比べて装飾がなく塗装も抑えめで、全体的にゴツゴツした印象が強い。フェートは肩をすくめてαプロトを指さす。


「テスラはこの子好きみたいだけど、アタシはおすすめしないわ。オリジナルと同じく四人乗りだし、武装少ないし、普通に次世代の魔導騎士育成の訓練に使われてるし、何より見た目が悪いわ」

「クオンはそんなに嫌いじゃないけど、四人乗りかぁ……」


 一瞬、村の友達を乗せて合体も楽しそうだなと思ったが、流石に友達経由で秘密がバレるんじゃないかという心配もあるのでクオンは素直に忠告に従った。

 テスラが次の機体を指さす。


「こっちがβプロト。武器運用のための機体だから合体機能はないけど、オリジナルと武装はほぼ一緒なのよ」

「ふーん……その割になんか、りょーさんがたのゼノギアっぽさあるね」

「ま、テスト用だからね」


 βプロトはサイズ感や大まかな装甲の形状はオリジナルに準拠しているが、クオンがそう感じるのは顔のせいだろう、と、テスラは語る。

 グレゴリオンやαプロトと比べてβプロトの顔はかなりシンプルだ。これはデータ収集の為に顔にセンサー機能を集中せざるを得ず、結果として余計なものを取り付ける余裕がなくなったせいらしい。


「顔の印象ってどうしても真っ先に見ちゃうわよねぇ」

「アタシはこれくらいシンプルでもいいけど」


 フェートはこの機体がおすすめらしい。

 αプロトよりはマシとはいえ装飾も簡略化されているが、シルエットで見るとαプロトやオリジナルよりややスマートな印象がある。


「フェートはスタイリッシュな感じが好きなんだね」

「まあね。デザインだけで言うなら量産型たちの方がスタイルいいじゃない?」

「機能を増やせば増やすだけゼノギアは着ぶくれしちゃうものねぇ。βプロトはそれでも武装を盛られてるけど、やっぱり合体機能がないから細かい部分でゴツゴツが減ってるの」


 クオンとしてはオリジナルの装飾が好みなので、βプロトは性能はいいが見た目的にちょっとだけマイナスだった。

 テスラが勿体ぶって最後のゼノギアを両手で示す。


「最後はこれ、γプロト! ……なんだけどぉ、これはお姉さんお勧めしないかなぁ」

「え、なんで? 格好良いのに……」


 クオンの視線の先には、細部がグレゴリオンとは異なるものの充分に格好の良いゼノギアが鎮座していた。オリジナルがトリコロールカラーを基調としているのに対し、γプロトは黒を基調に高級そうな色彩が施されている。ロボットアニメで言えばライバル機という印象だ。


 テスラとフェートは言いにくそうに顔を顰める。


「この機体、グレゴリオンのエンジンと空間転移能力試験の為に作られてて、元々博士が使ってたオリジナルグレゴリオンとも言える機体なんだけどぉ……」

「欠陥機よ。博士が解体してないのが不思議なくらいのね」


 フェートがずばりと指摘した。


「出力を上げたときにパイロットにかかる負荷が半端ないのよ。グレゴリオンはこれで得られた反省から色んな改良が施されてるけど、それでも出力が上がるほどしんどくなるんだから、こいつとなるとねぇ」

「……危ない機体なんだ」

「博士も『乗ったらダメ』って念押ししてきたくらいにはね」


 そう言われると、クオンの目にも黒色が禍々しく光って見える気がした。

 フェートは周囲の風景を反射するほど磨かれた黒い装甲をのぞき込む。


「元々はそこまでヤバイ機体じゃなかったみたいだけど、次元の壁を越える為に改良を続けた結果、博士の手にも負えなくなったんだって。グレゴリオンが四機合体なのはパイロットへの負荷を分散する為なのもあるっていつだか言ってたっけ」

「γプロトはβプロトと同じ一人乗りだけど、γの方が性質上かかる負担は途轍もないものになる。いくら魔導騎士でもこんなのに乗って戦ったら死んじゃうわ?」

「なんか博士にとっては色々思い出の機体らしくて。開発者の名前に知らない魔族の名前あるし。決まった時期になるとこっそり一人でメンテして、花束抱えて乗り込んで、空間転移でどっかに行ったと思ったら1分もしたら戻ってきたり……って、ノーヴァが言ってた」

「私もたまたま一回見たわ? 限界性能を引き出さなければそんなに負担はかからないのは理屈では分かるんだけどぉ……正直、心配になるから乗らないで欲しいなぁ」


 二人の視線や言葉の節々から、不安が漏れ出ている。

 クオンは少し名残惜しそうにγプロトの装甲をこつんと叩いて鳴らすが、やがてその意を汲んだとばかりに頷く。


「……次行こうか」

「そうね! 試作機は何もグレゴリオンのプロトだけじゃないし!」

「なんだったらシミュレーション機械だけ持っていったら? あれならコクピット分のスペースがあれば置けるし、何台か並べてシステムを直結させれば複数人でゲームみたいに出来るわよ」

「そういう手があった!! そっか、シミュレーション機械って手があったかぁ! 後でママと相談してみよ!!」

(……ママねぇ。なんでパパじゃないのかしら)

(……クオンのそこだけは理解に苦しむわぁ)


 こうして和気藹々と子供達の地下施設探検ツアーは続いた。


 しかし、テスラもフェートも気付かなかった。


 クオンがグレゴリオンの負荷程度なら屁とも思わない桁外れの耐久力を持っていること、そして本人にその自覚があることを。

 クオンが叩いたγプロトの装甲の奥では人知れず音魔法が発動し、内部フレームを通ってその中枢へとクオンの流した魔力がゆっくり浸透し、召喚術式を形成してゆく。


(シミュレーション機がダメだったら、ゴーダツするのはこれにし~ようっと!)


 クオンは「じゃあこれはやめる」とは一言も言っていないので、嘘はついていない。やめておけと言われただけでダメとも言われていない。ただ、ユーギアにはダメ元で後で話を通してみようと密かに決定するクオンであった。


(クオン知ってるもん! ユーギアみたいな人の言う『ダメ』って『押すなよ! 絶対に押すなよ!』と同じ意味なんだよね!)


 目的の重要度が高いせいか、クオンはいつもより自分に都合の良いものの考え方をしていた。

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