37-5
クオンとベニザクラが大立ち回りを演じたゼノギアだが、双方の機体には模擬戦用に様々なリミッターが施されており、特にコクピットはミニシェルター並みに頑丈で、しかもパイロットたちが高レベルなので死のリスクはまずない。
そのこともあり、二人ははしゃぎすぎてしまったと反省した。
しかし、ユーギアは通信越しに特に気にした風でもなく笑う。
「いやいや、簡単に壊れる機械を作ったこっちが悪いよ。それに、二人の戦いはこれまで得られなかったデータが取れて凄くよかった! 次世代ゼノギアの改良案が浮かんだから、次に出来る機体はもっと二人の思うような戦いが出来るようになる筈だよ!」
『それは楽しみだな!』
『欲しい! ママ買って!』
ユーギアの隣で二人の戦いを見物していたハジメは、娘のおねだりを即座に切り捨てる。
「ダメだ。こんなでかぶつは村に置き場所がない」
『た……確かに~~~!!』
『金額の問題じゃないのがハジメらしいな』
ぐうの音も出ない正論に打ちのめされるクオンにベニザクラの苦笑が漏れ、場が和む。
実際のところ、ユーギアは「近接戦闘用にフレームの改良が……」とか「バレルを折りたたんで……」などと既に改良案が浮かんでいたようだ。二人のゼノギアがオート帰投システムで戻ってきているのを確認して通信を斬ったユーギアは、改めてハジメに問う。
「お嬢さんはああ言っていたが、買ってやれる金はあるんじゃないの?」
「森の暮らしにどう使えっていうんだ」
「なるへそ。密林や森林地帯での運用はちゃんと想定してなかったな……」
「せんでいい。だいたい転生者相手にあのサイズはいい的だ。精々上空から延々射撃で嫌がらせするか、それこそグレゴリオンくらいの性能が無いと話にならん」
「そっかぁ。薄々気付いてはいたけど、ゼノギアよりクオンちゃんの方が圧倒的に強そうだもんなぁ」
「分かるのか?」
「データで。潜在エネルギーは神獣並……てか、神獣なんじゃね?」
「俺の娘だが?」
「ん~……深く言及しないが吉かね、これ」
べらべらと喋って広める話でもないことを悟ったのか、ユーギアはそれ以上追求しなかった。
「でさ、君の機嫌が戻ったところで話もついでに戻すけど、今日扱ったわしの発明品達の中でビビっと来たものはあったかい?」
「殆どが使えなくはないが酷かったぞ」
「ウッ」
鳩尾にパンチを食らったような低い悲鳴がユーギアの口元から漏れる。
「改良すればまぁ使えなくはなさそうなものも若干あったが、特大の欠点として殆どのものが大きすぎて道具袋に入れられない。高速換装で咄嗟に展開できないというのは困る」
「し、召喚や転送は……」
「俺の脳波を読み取って即時転送出来るなら考えるが?」
「ムリッス」
「素直でよろしい」
無論、そういう手札があること自体はハジメも悪いとは思わない。
ただ、今回は強力であっても使いづらい武器では困る。
通常戦闘において使いやすい大剣という条件がある以上、召喚する必要があるほど大きなものでは必然的に使いづらくなってしまう。なので、あのドリルだのメカライオンだのは論外なのだ。
「その上で言うが……一番マシに感じたのはセブンスラッシュとかいう剣だな」
セブンスラッシュは七つの剣が連結して一つの剣になるという仕込みのある連結合体剣だ。実際には六つの剣は鞘であり芯となる剣こそが本体みたいなことをユーギアは言っていた。
が、いざ使ってみると芯の剣が剣機能より巨大なビームの剣の発生装置の側面が強かったせいで扱いづらく、結局は全部合体している大剣形態の方が総合的に見て強かった。
ただ、合体形態は使用感に問題がなかったことがハジメのセブンスラッシュへの評価を上げた。
「全て連結させた際の使い心地が一番マシだし、分離合体がかなりスムーズでいざというときバラして扱えるのは俺の能力と相性が良く感じた」
「元々ソードビットみてーに使えるよう弄ってたし、確かに能力との噛み合わせは良いな。んで、他は?」
「次点で液体金属で大剣に変形する斬城刀とかいうやつだが、あれは強度が少し不安だ」
「んあ~……通常使用にゃ十分な強度だが、そこを突かれると痛いな」
ユーギア自身もその問題には気付いていたのか、ばつが悪そうに頭を掻く。
斬城刀は内部に圧縮された液体金属が瞬時に刃を形成して道具袋に収まらないほどの大剣に変化するという奇妙な剣だった。
液体金属はある程度自在に変形させることが出来るためある程度柔軟な使い方が可能で、道具袋問題もクリアしている。
ただ、液体金属の固着というこの世界に不釣り合いな技術はユーギアをして扱いが難しいらしく、使用後に若干の刃こぼれがあったのをハジメは見逃さなかった。
「俺が剣に求めるのは再生能力じゃない。強度問題を解決できないのならばセブンスラッシュを下地にしてほしい」
「分かった。じゃ、セブンスラッシュをベースに取れたデータを反映して上限を目指す。武器は剣としての強さに主眼を置いてギミックは信頼性と強度を優先。他のギミックはメインコンセプトを邪魔しないことを徹底する」
「急に真面目……」
「俺はロマンをギリギリまで大事にしてえの。でもトリプルブイにも負けたくねえ」
いまいち一人称や口調の安定しないユーギアだが、少なくともいま目の前のいる彼は巫山戯てはいない。トリプルブイというライバルがずっと巫山戯半分だった彼の本気を引き出しているかのようだ。
トリプルブイの提案に乗ったのは正解だった。
今の彼ならいいものを作ってくれそうだ。
「攻性魂殻での運用時に自立飛行と喧嘩しないよう何度か摺り合せを手伝ってくれ。もちろん必要最小限に済ます。どうだ?」
「その言葉に偽りがなければな」
ハジメが差しだした手を、ユーギアが固く握る。
「ようし!! 前回は負けを認めたが、今回は浪漫じゃなく純粋な技術力勝負だ!! トリプルブイも肩を落とすとびっきりの逸品を期待してくれよ!!」
「是非そうしてくれ」
「さて時間が惜しいので失礼する!!」
言うが早いかユーギアは猛スピードで自分の研究室に直行してバァン! と扉が閉ざされた。直後、ギュンギュンガチャガチャと扉越しに凄まじい作業音が響き渡り始める。もはやノック程度の意思表示は彼の耳に届かないだろう。
この光景、どっかで見たことあると思ったらトリプルブイが仕事テンションに入ったときとそっくりである。この二人、愛するものの方向性は違うがやはり同類なのだろうか。
尤も、それだけいいものが出来る可能性が上がるならハジメとしても文句はない。彼のインスピレーションの行く末が自分にとっても良いものであることを願って、ハジメはその場を後にした。
……なお、その後ハジメはクオン達のゼノギアがどうなったのかドックに見学に行った結果、油まみれで壊れたゼノギアを分解するツナギ集団の中に異物が混入していることに気付いて「何やってんだお前」と思わずつっこみを入れることになった。
「彼らと共に汗を流すことで魔界の暮らしぶりがそれなりに見えてきたぞ。見学に連れてきてくれたことに感謝する、ハジメ」
(グルーミングゴリラ……)
余りのコミュ強ムーブを前に、ハジメは何故陰キャと呼ばれる人間が陽キャを前に苦しむのかを少しだけ理解した。
この男、単身魔界に放り出されてもやっていけそうである。
ハジメもそれなりに他人と打ち解けられるようになったとは思うが、彼のこれは到底真似出来そうにない。
◆ ◇
魔界の夜空は地上と変わらず美しい。
研究所の外の公園で空を見上げながら、ハジメはそんなことを思った。
どうやら地上と比較すると星座が反転して見えるという不可思議な状態で奇妙な感覚に陥るが、星空を美しいと感じるのは魔界の人間でも同じらしい。何故ハジメがそんなロマンティシズムに酔いしれるようなマネをしているのかというと、今からここで花火遊びが始まるからである。
実は、研究所に行く時点でベニザクラが魔導騎士たちに何か珍しい手土産をあげたいという話をしていた。その中で挙がったのが鬼人伝統の手持ち花火だ。
転生者からすると花火が何だと思うかも知れないが、この世界ではなんと花火シェアは鬼人の里の工房ががほぼ100%独占しているという。元々鬼人の伝統文化だった花火はこの世界では珍しく、パレードや祭りで打ち上げ花火を見たことはあってもハンディサイズで楽しむ花火は見たことのない人が多い。なので魔導騎士たちだけでなく他の面々も珍しがり、多くの面子が集まって皆で花火をすることになったのだ。
ただ、ソーンマルスは報告所を書くとかで席を外し、ヤーニーも興味がなかったのか自室に行き、ユーギアは仕事に集中するために不在と全員参加ではない。
ハジメが参加したのは……実を言うとちょっとやってみたかったからだ。
シュウウ、という音に気付いて空から目を離すと、魔導騎士のフェートが勢いよく噴出する橙色の花火に目を丸くしていた。沢山の光の礫が止めどなく溢れる様は、夜の暗さ相まって幻想的だ。
「きれい……」
「ぼ、僕もやらせて!」
「私も~。はい、シノちゃんの分」
「了承。点火を開始します」
子供達が飛びついたのを皮切りに周囲で次々に花火の光が灯る。
ベニザクラはハジメとクオンの元にもやってきて、花火袋を差し出す。
「さあ、二人もやってみてくれ。先端の色によって吹き出す花火も見た目が変わるぞ。人に向けたり服や靴に引っかからないよう向きに気をつけて」
「ああ。ありがとう。それじゃこの赤いやつを試そうかな」
「ふふん、実はクオンは何回かやったことあるもんね!」
魔法による着火ではなく先端の長いライター(マジックアイテムではある)で火を付けると、先端のひらひらした紙を火がじわりと燃やして伝い、やや間を置いて先端から火花が飛び散った。
ハジメのものは収束した赤い花火が吹き出し、クオンの花火は何色かの色鮮やかな花火が広めに散っていた。時間にして僅か10秒少しの体験だったが、火花の美しい軌跡が鮮明に瞳に刻まれる。
花火には魅了効果もなければ稀少な素材も使われていない。
言ってしまえば唯の火がついた火薬だ。
なのに、ハジメが今までに体験したどんな魔法やスキルでも出せない優しく儚い魅力がそこにはあった。
「綺麗だ……こんなに綺麗ならもっと早くやってみればよかった」
思わず漏れた一言を聞いたクオンがハジメを横目で見てにやっと笑う。
「ママってば仕事ばっかりやってるからだよ~」
「本当にな。次はこっちの色を試そう」
「じゃ、クオンはさっきママのやったやつ!」
次々に火を付けては何が出るか予想のつかない花火の彩りを楽しむ。
焼けた火薬からくる独特の香り。
水の張ったバケツに放り込まれる、役目を終えた花火たち。
ベニザクラの用意した花火はあっという間に減っていった。
大人達は童心に返り、子供たちはただ無邪気に楽しむ。
クオンは欲張りにも両手に複数の花火を持って一斉に火花を散らしてはしゃぎ、ハジメはヘビ花火やネズミ花火のようなものにも好奇心の赴くままに手を出す。
リベルは横着してシノノメの着火した花火から火を貰って自分の花火を散らし、それを見たテスラがフェートの花火で同じ事をやって抗議されるのを笑って受け流す。そんな中でノーヴァの姿が見えないと思ったら、彼はぽちと一緒に小さな打ち上げ花火をずらりと並べていた。
「お願い、ぽちさん!」
『お安い御用よ。ふん!』
ぽちが口から絶妙な火加減のブレスを吐き、並べた打ち上げ花火の導火線に順々に点火してゆく。やや間を置いて、時間差で次々に花火が打ち上がった。大輪の花を皆が見上げる中、ブンゴが「ミサイルランチャー!」等と叫びながらロケット花火を空に大量に打ち上げ、スピーディな火花の軌跡に子供達が歓声を上げた。
ただ、楽しい。
何の努力もせず、何も生み出さないが、満たされる感じがする。
きっと一夏の思い出というのはこんな風に心を軽くするものなのだろう。
ハジメは最後にベニザクラと一緒に線香花火を楽しんだ。
「打って変わって静かな花火だな」
「これで締めるのが定番なんだ。実は村でやったとき、フェオや耳の良い種族はあまり花火が好きそうではなかったんだが、そんな彼らにも線香花火は評判だった」
小さな光球のようになった先端がぱちぱちと控えめに弾ける様を見ていると、不思議と心が落ち着く。
「鬼人にとって花火とはどういうものなんだ?」
「我々の歴史を紐解くと、子供のうちから火の扱いや火薬に慣れるために始まったという説が有力らしい。転生者が発明したという話もあるが、私はただ綺麗だから花火が好きだ。鬼人の夏祭りでは世界一美しく迫力のある打ち上げ花火が空を埋め尽くすんだぞ」
「花火大会みたいなものか」
ハジメの花火に対する知識は殆ど本やテレビのもので、特に花火大会に使われるような大きな花火というのは見たことがない。それも当然で、当時のハジメの家庭環境で祭りに連れて行って貰えることなどありえなかったし、店の花火を買って貰える可能性も無きに等しかった。
そうだ、あの頃のハジメも興味はあった筈なのだ。
どうせ自分には楽しむ価値がないと思って勝手に切り捨てた感情が、今になって蘇る。線香花火が役目を終えて玉がぽとりと落ちる。まだ呼びのある線香花火に手を伸ばすと、ベニザクラも新しい線香花火を手にして火を付けてくれた。
「一緒に見に行きたいな、花火大会。いつあるんだ?」
「そう遠くない時期だな……って、えっ? 一緒にって……二人でってことか?」
「うん。皆も行きたいっていうかもしれないけど、それでも二人きりになれる時間くらいある筈だろ? フェオやサンドラは結構デートに誘ってくるけど、ベニザクラは自分であんまり言ってこないから俺が行きたくなった」
花火で顔が照らされているベニザクラは少し顔が赤いようにも見えるが、花火のせいかもしれない。どちらにせよハジメには関係ない。
内縁状態とは言えどベニザクラはハジメの妻だ。
彼女はフェオやサンドラを優先して控えめにしがちだが、ちょっと控えすぎていると思うこともある。それがベニザクラという女の愛しい所なのだから、ここはハジメが誘うべきなのだ。
「花火が好きで、花火を好きになって欲しいから俺にも花火を渡したんじゃないか?」
「それは、そう、だけども……」
「じゃあ大成功だ。俺は花火がすっかり好きになった。君から花火大会の話を聞いて興味津々だ。君が俺をこうしたんだから、君と一緒に花火を見に行きたい」
ハジメとベニザクラ、二人の線香花火の先端がくっついて大きな玉になる。
ベニザクラは暫く熱に魘されたようにハジメをぼうっと見つめ、線香花火が再度役目を終えて玉が落ちると正気に戻るようにはっとした。
「えっと、その、に、日程が合うか分からないし、フェオの許しが出るか……」
「フェオは結構嫉妬するけど、そこまで心が狭くはないよ。俺からも頼んでおく。日程も何がなんでも空けよう。俺のデートの誘い、考えてくれるか?」
「……ひゃい」
いまいち肯定と取ってよいのか怪しい呂律の回らない返事をしたベニザクラは、他の皆が花火を片付けている間もどこか気もそぞろであった。彼女は嬉しさや気恥ずかしさなどの感情が許容量をオーバーするとこんな風になる傾向があるので、とりあえずハジメの誘い方は成功とみてよさそうだった。
――その後、ハジメと別れて宛がわれた自室に入ったベニザクラはフラフラとベッドに赴くと倒れ込み、両手で枕を抱きしめると声にならない声を上げた。
「~~~~~~ッ!! あんな、の、ずるい!! あんな誘い方されて断れる訳ないッ!! む~~~~~ッ!!」
枕に顔を埋めて思いっきり叫んだベニザクラの顔は、辛うじて堪えていた抑制から解き放たれて真っ赤に染まり、目もぐるぐる状態だった。
実の所、ベニザクラは唯でさえ童心を覗かせて花火に熱中するハジメの顔を見た時点で大分心の中の乙女が黄色い叫びをあげまくっていた。好きな男が覗かせた愛しいギャップと生来の母性本能を擽らせる純粋さのダブルパンチを、それでもベニザクラは眼福と思いつつ堪えていたのである。
そうしたら、最後の最後に線香花火を手に向かい合いながら「君と一緒に花火を見に行きたい」である。こんなもの、鬼人的には女を逢瀬に誘う理想のシチュエーションと言っていい。
それが自分という女一人に向けられたことがベニザクラには堪えられないほど嬉しく、余りにも嬉しすぎて気恥ずかしさや夢見心地などの感情がごちゃ混ぜで、自分でもどんな顔をすれば良いのか分からない。
彼女はしばし感情を持て余して足をバタバタさせたり顔を抑えて悶々と過ごすことになった。
なお、花火大会に一緒に行く約束は忘れないようにしっかり手帳にメモした。
紙にインクでしたためられら、ただ一行の文字列が、どうしようもなくベニザクラを魅了した。




