37-4
数十分後、リラクゼーション室にて。
「ゴメンて。データはちゃんと取ってたけどちょっと配慮が足りなかったことは謝るて」
平謝りするユーギアを前に、ハジメは冷たい視線を向ける。
あれからハジメはリラクゼーション室でふて寝した。
流石のユーギアもこれはやり過ぎたと気付いたらしく、今やっとやってきてハジメの機嫌を取ろうとしている。ハジメとしてはユーギアに腹を立てているという訳ではないのだが、今後も関係を続けるとすればこの調子が続くのは良くない。
ベッドから身体を起こしたハジメは、ユーギアと向き合う。
「いいかユーギア」
「はい」
「俺は依頼を持ちかけた側だ」
「はい」
ユーギアは完全に恐縮しきっている。
この状態でどれくらいハジメの言葉が頭に入るかは些か不安だが、なるべく言葉を選んで主張を伝える。
「お前に仕事を任せ、その結果を受け取る代わりに金銭を支払う。お前はそれを承諾した。お前の主張に納得し協力することを俺は承諾し、お前はそれに責任を負った。間違いないな?」
「はい」
「確かに、契約書には互いに一切迷惑をかけるなだとかどちらが完全優位だとか、そうした文言は含まれていない。しかしな、あんなにも使用者に負担をかける装備を連続使用させるデータ取得であるのならば、事前の説明などがあって然るべきだ。何故だと思う?」
「はい……その、騙してるみたいな、そういう形になるからです」
「そうだ。もっと言えば公平感や誠実性が損なわれ、信用や信頼が減少する」
「はい」
「これは俺の持論だが、信用や信頼というのは多くの人にとって有限であり、減りすぎると回復が見込めなくなるものだ」
「はい……」
30歳にもなって他人にガチ説教。
ユーギアは多分ハジメよりそこそこ年上だが、以前自分の欲望の為だけに地上に機動兵器の概念と技術をばら撒こうとしたくらいには自分勝手な男なので社会人としての自覚が余りなさそうな気はあった。それがこんな形で自分に負担をかけてくるとは思わなかった。
何故こんな話を聞かせなければならないのかと悲しくさえあるが、今後も関係性を続けなければならない間柄なのでしっかり聞いてくれないとこちらに負担がかかる一方だ。
ちなみにこの説教の様子を廊下から魔導騎士たちがこっそり見ており、「博士があんなに詰められてるの初めて見る……」とか「普段は飄々と突っぱねてるのにねぇ」とか、「魔族用の武器をほぼそのまま出した博士に問題がある」等と各々の感想が聞こえてくる。
子供達は全員リベルから提供されたであろうキャラメルナッツアイスを食べながら見物しており、主に助け船を寄越す気は全くないようだ。
これ以上は辱めになるので、ハジメは二言三言付け加えた辺りで説教を切り上げた。
「――であるからして、俺の言いたいことは伝わったと思う。今後の為にも公私はある程度分けてくれると助かる」
「はい」
「あとお前のロボットへのロマンを理解しようとしたが、今回の一件で正直悪印象が勝ってきたことは伝えておく」
「ぐぅぅぅぅぅわあああああああああああッッ!!!」
ついでの釘刺しのつもりで言った一言が心臓を貫通したらしく、ユーギアは絶叫してガクガクと痙攣しながら床に膝をついた。今のがそんなにショック受けるようなことか? と、困惑するが、逆にユーギアにはこの手が効くのかとハジメはひとり得心した。
「馬鹿な……おれは……自分でも気付かないうちにロボットの評判を落としていたというのか……」
ユーギアはよほど堪えたのか未だ放心状態だ。
自分の好きなものを他人に勧めるのはいいが、相手側の気持ちを無視した押しつけはむしろ逆効果になりかねない。彼にとってこれがよい教訓になればよいのだが、と、思いながら彼の脇を通り抜けるハジメであった。
◆ ◇
ソーンマルスは空き時間の間、総点検される量産型ゼノギアを邪魔にならない場所から見物していた。
シルベル王国はオートゴーレムの輸出が一大産業の一つで、聖結晶騎士もまたゴーレムを使役したり合体したりとオートゴーレムの知識を求められる。なのでソーンマルスに限らず騎士学校の門をたたいた者は必ずゴーレムの基礎構造や製造方法を学ぶ。特にクリスタライズ・ドミネーションを習得した者に至っては自作でオートゴーレムを作るという課題があるくらいだ。
ソーンマルスは流石にそこまではいかなかったが、それでも見ればゼノギアの構造は大体分かる。
(なんという洗練された構造……シルベル王国でも人型ゼノギアに拘る技術者はいるが、ここまでの段階に至れる者が一体どれほどいようか。ユーギアという男は間違いなく超一流のゴーレム設計士だ)
ユーギア研究所の職員は当然の如く全員魔族で、老若男女入り交じっているが誰もが職人の目をしてメンテナンスに精を出している。設計士だけでなく整備士もまたレベルの高さを感じさせる。
聞けばユーギアは魔界でもとびきりの変わり者らしく、この巨大なゴーレム――ゼノギアを初めとする高度な技術は全てユーギアが自分の為に使っているという。魔界ほどの超国家がゼノギアを本気で量産・配備すればどれほどの規模になるのか想像もつかないため、ゼノギアの技術が魔界に広く普及していないことにソーンマルスは深く安堵した。
(それにしても……魔族とは何とも不可思議だ。同じ人間だと感じる自分と、人とは違う存在だと感じる自分がいる)
魔族達は空を飛び、相当なレベルがないと持ち上げるのも難しい金属の塊をちょっとした荷物運びのように運搬している。これでも彼らは魔族としてはかなり低位らしいので、高位魔族の戦闘力の高さは疑うべくもない。
それほど優れた種族である筈の魔族が地上では毎度勇者一行に撃破されていることの不自然さ。それが魔王軍システムと裏で手を引く存在を考察材料に加えると驚くほどすんなり説明がつく。
「おやっさん、6番の魔圧ピストン死んでるわ! パーツの摩耗が進みすぎてイカれてる!」
「やっぱりか。道理で動きに変な遅延があると思ったぜ。予備パーツ持ってこい!」
「へいへいよっと!」
分解されたパーツの廃棄と取り替えを阿吽の呼吸で行なう魔族の整備士たちは実に活き活きしている。ソーンマルスは同じような光景を活気のあるオートゴーレム工場で見たことがある。
どこまでも物作りに真摯で、どこか楽しそうで、魔族整備士たちの姿があの眩しいほど純粋な職人達と重なる。戦いとは無縁だが、ここが自分たちの戦場だと気持ちのいい笑みを浮かべる彼らと――。
(もしも次の魔王が選出される事態になったら……この中から事情も知らない誰かが空虚な名誉に踊らされて死地へ向うことになるのか? 何の疑問も抱かず、拒否権も無く? そんな恐ろしい事を人の手で行なってよいというのか?)
十三円卓議会はそんな狂ったシステムを維持するために『聖者の躯』を守り、秘匿する。自国民に事情も告げずに被害者面して弱き民をすり減らし、勇者に全ての後始末を押しつけて。
(……いや、余計なことを考えるな。今は事実確認が取れればよい。今の所ハジメ達から聞いた話と実際の魔界の状況は符合していて、矛盾はない。出来れば町なんかで情報を仕入れたいがそれも難しいだろう……よし)
ソーンマルスは思い立って整備士たちに歩み寄ってシリンダーの一つを指さした。
「そっちのピストンも不自然な震動をしてないか?」
「……お客さん、仕事の邪魔だぜ」
「そーそー。シロートは引っ込んで……」
「オイ、七番のピストン開けてみろ」
一瞬整備士たちの冷たい視線が突き刺さったが身じろぎせずに堂々としていると、先ほどおやっさんと呼ばれたサングラスの年配技師がソーンマルスの指さしたピストンのパーツを調べさせる。整備士の一人が渋々開けると、中から出てきたパーツは先ほどのものほどではないが不自然に摩耗していた。
整備士が驚くなが、ソーンマルスは自信満々に腕を組む。
「ゼノギアは素人だけど機械については多少分かるんだ。多分芯が歪んでるんじゃないかな」
堂々たる指摘におやっさんが「言葉通りちったぁ分かるみてえだな」と乗ってくる。この展開こそソーンマルスが掴みたかったものだ。
「ピストン一個だけの問題にしては駆動時の反応がおかしかったから。片方の摩耗が進みすぎて全体のバランスが崩れたのが歪みの原因かな」
「……素人でもねぇな。兄ちゃんゼノギアに随分興味あるみてえじゃねえか。少なくとも開けるまで気付いてなかったカランの大間抜けと替わってみるかい」
「い゛い゛ッ!? そりゃないぜおやっさ~~~ん!!」
先ほどまでソーンマルスに対して胡乱げだった整備士がショックを受けて叫び、周囲のベテランらしい整備士たちがけらけら笑う。ソーンマルスはおやっさんお話に前のめりになった。
「どうにも見ているだけってのは性に合わなくてね。それにこのゼノギア、地上じゃ見たことないが見事な作りなもんだから、さっきから気になって仕方ないんだ。下っ端仕事で良いから混ぜてくださいよ」
「いいだろう。だが邪魔したら容赦なく叩き出すぜ、地上のお客人さん?」
「胸をお借りします!」
「いいのかよおやっさん? ユーギア博士の許可取らなくて?」
「上司の許可なんぞ一から十まで取らなくとも仕事すんのが職人ってもんだ。てめえ等もお客人の前でこれ以上間の抜けた整備見せるんじゃねえぞ!!」
「「「はいッ!!」」」
彼はおやっさんと呼ばれるだけあって現場監督級の立場だったらしく、彼の一声で一気に場が引き締まる。ソーンマルスはそのまま分からないことは周囲に確認を取りつつオートゴーレムの知識を頼りに作業に参加し、次第に周囲と打ち解けていった。
「――でよぉ。貴族の決闘は庶民の娯楽とは言うが、派手にやりすぎると巻き添え食らっちまうんだよ」
「でも皆暇だからまたぞろ集まってくると?」
「まーな。上位魔族の魔法はド派手で見応えがあるし、俺らみたいな庶民にとっちゃ貴重な暇つぶしで有り難いもんだ」
「おうい、ソーマくん。小休止だからおやつ食べようぜ!」
「ここ終わったらすぐ行きます!」
「真面目かッ!!」
ソーンマルスは周囲に馴染ながら、魔界の情報とゼノギアの情報を同時に吸収していく。同じ苦労と達成感を分かち合い、共に食事をして初めて聞ける情報というものは、この方法でしか手に入らないのだから。
◇ ◆
荒野で対峙する二機の異質なる機会の兵、ゼノギア。
片や見上げる程の巨刀を、片や呆れるほどの巨砲を握り睨み合う巨頭が、動く。
『行くぞー、ベニお姉ちゃん!』
『来い、クオン!』
クオンの量産型ゼノギアがスラスターを噴射しながら滑るように横へ移動し、半円を描くような軌道を描いて魔力砲を発射する。巨大な大砲の見た目からは想像出来ない細やかで連射力のある射撃が次々にベニザクラの量産型ゼノギアへと押し寄せるが、ベニザクラはそれらを最小限の動きで回避しながら直撃コースの砲撃を刀で切り裂いて凌ぐ。
『今度はこちらから行く!』
ベニザクラのゼノギアの姿勢が低くなると同時、踏み込みとスラスターで急加速した彼女の刃がクオン機に迫る。クオンは初撃を躱してみせたが、ゼノギア越しでも卓越したベニザクラの剣捌きはあっという間にクオンを追い詰める。
『逃げ切れない、でも……ふんぬぅ!!』
『なんと!?』
クオン機は大砲を両手で抱え、腰はそのまま胴体のみを一回転させるという生身の肉体では絶対に出来ない行動で遠心力をたっぷり乗せた砲台をベニザクラ機に叩き付けた。これにはベニザクラも面くらい、クオンは手応えを感じた。
ゴォォンッ、と、巨大な鐘の音が低く大気を揺るがす。
『どうだ! ……って、アレ?』
してやったりと思ったクオンだったが、ベニザクラ機が吹き飛ばされてないことに気付いて攻撃が失敗したことを悟る。ベニザクラは強引な攻撃を早めに見切り、迫る大砲に上手く角度を合わせて拳を叩き込むことで勢いを殺したのだ。
ただし、不意打ちに対して咄嗟に出た手であったためにベニザクラ側にも予想外のことが起きる。叩き込んだ拳が火花を散らし、スパークする。
『む、手が壊れたか!? なんと脆いのだ!!』
ベニザクラが自らの義手を振う感覚で放ったことで量産型ゼノギアの腕部に猛烈な負荷がかかり、腕全体が機能不全に陥る。そもそも砲台の重量もかなりのものであったため少々無茶が過ぎたようだった。
クオンはその機を見逃さず果敢に攻勢に出ようとする。
『チャンス! 砲撃を受けろー!! ……アレ?』
勢いを殺されたものの腕部の壊れていなかったクオン機は急いで砲台をベニザクラ機に向けたのだが、先端が長すぎてベニザクラ機の胴体に激突。砲身が質量と強度で負けてへの字に折れ曲がってしまった。
クオンはカチカチとトリガーを引くが、既に砲台は暴発防止のためのセーフティが発動し、エネルギー供給が遮断される。
このような状況になるとは予想していなかったクオン機の首に、無事な片手でナイフを引き抜いたベニザクラ機の刃が突きつけられる。
『正直予想だにしない動きでかなりびっくりしたが……今回は私の勝ちでいいか、クオン?』
『はーい……イケると思ったのになぁ! いつも冒険ごっこに使ってる私の武器って実は凄い頑丈だったんだね』
『私も戦闘義手《灼》のありがたみを再認識したよ。というか、壊してしまって怒られるかな、これ……』
『どうだろ……エンリョなくって言われてたけど』
冷静になった二人は壊れた腕とひん曲がった砲身を交互に見て不安を漏らす。
――二人はハジメがデータ取りに多種多様で不思議な武器を使わされていたのを見てゼノギアに興味が出てしまい、あの後シミュレーションをやらせてもらっていた。そして思った以上に二人とも上達が著しいとのことで、なんとユーギアの許可を得て模擬戦までさせて貰えることになり、その結果が今の状況だった。




