37-3
ユーギアには彼なりの親の悩みがあるのだな、と、考えながらハジメは件の彼の義理の子供を見やる。
悪魔の果実アイスクリームを伝導した張本人であるシノノメは、相変わらず黒い前髪で顔を半分ほど隠したままリベルと一緒に食事をしている。というか、リベルがひたすらシノノメの機嫌を取っている。
「姫、ジュースですよ!」
「必要ない」
「ハンバーグのおかわり取ってあげようか?」
「当方は魚類の方が好きである」
「なぁ姫、そんなに拗ねないでくれよー。将軍やってると危険な仕事くらいあるんだってぇ」
「……なら、当方の申請に応えるべき」
シノノメの表情は変わらないが、ぷいっと顔を逸らす様を見るに心情は丸わかりでちょっと面白い。
曰く、エルヘイム自治区で六将戦貴族の一角と衝突した際に滅茶苦茶心配をかけたのに長らく(戦闘中だったため普通に確認する暇がなかったのだろうが)既読すらつかなかったことで拗ねさせてしまったそうだ。
下手に出て機嫌を取ろうとするリベルに「勝手に困れば良い」とばかりにそっぽを向く様は、彼氏に愛想を尽かした彼女みたいである。実際のところシノノメにとってリベルがどれくらいの割合で好きな存在なのかは不明だが、重い女の資質を感じる。
とはいえリベルはシノノメを女として見ていないし、シノノメはまだ子供だ。
それが証拠に彼女のつんとした態度もリベルの必殺の一手で覆る。
「新作アイス……」
「!!」
「キャラメルアーモンド……キャラメルの甘みと、アーモンドの香り……」
「!!!」
「せっかく仲直り出来た時の為に冷凍保存して持ってきたけど、姫がいらないなら他の魔導騎士の皆にあげちゃうしかないかなぁ」
「……ッ!!!!!」
悪魔族のシノノメも震える悪魔の囁き。
シノノメの悪魔の尻尾がピンと直線に伸びる。
食べたいというシンプルで凶悪な欲望が耳元で許してしまえと囁くが、意地も張りたい彼女はジレンマから迷いを見せる。その小さな肩をリベルがぽんと叩く。
「今回は呼びたくても呼べなかったけど、すぐに返信できなかったのは確かに悪かった。それくらい俺のこと心配してくれてたってことだもんな」
「……肯定」
「俺もシノノメのことを不安にさせたい訳じゃない。ユーギアとも話し合って、今回みたいな時にも上手くやれる方法を考えるよ。だから、今回は勘弁して欲しい」
「……アイス」
「ん」
「食べさせて」
「姫の仰せのままに」
いつでも美味しく食べられる温度に冷やして置いたカップアイスを取り出したリベルは、未使用のスプーンでキャラメルナッツアイスを掬い、シノノメの口元に運ぶ。あーんと素直に口を開けて待っていたシノノメは、スプーンの上の甘美な魅惑を口に含んだ。その口元が微かに緩む。彼女にとっては満面の笑みにも等しい緩みだ。
「今回はこれ以上責任を追及しない」
「うん。俺は責任を負わなくていいよう努力する。だから、仲直りだ」
「……」
シノノメは返事の代わりに再度口を開き、リベルは次のアイスの一口を彼女へと運んだ。
二人の様子を見ていた数名は、無事仲直り出来た事に安堵する。
「……とまぁうちの子が無事仲直り出来たところで、さっきの話に戻るけど」
親の視線から研究者の目に戻ったユーギアの言うさっきの話とは、武器の作成依頼についてだ。
「ああ。どんな武器が適正なのかを探る為に午後から訓練場で試すという話だったな?」
研究所に着いてすぐ、ハジメはユーギアと武装についての話を詰めた。
他の面々は格納庫でゼノギアの見学をしたらしい。
ブンゴのみすぐにリラクゼーションルームに連行されてマッサージマシンに弄ばれてあられもない悲鳴をあげたらしいが、誰もブンゴのそんな声は聞きたくなかったので彼は今もひとりぼっちである。
テスラの音声案内ボイスが再生されているらしいので全身をテスラに弄ばれている妄想で喜んでいる可能性もなくはないが、気持ち悪すぎるので考えないようにしている。
「ま、ブンゴくんもあの調子なら午後には間に合うだろう。色んな白兵専用装備を用意してあるからきっと彼も気に入る筈だ」
「そうか」
「既製品なので君のコンセプトに多少沿わないものも出てくるが、それも完成品の設計に必要なデータの為! あくまで! データの為だから! 他の用途には使わないからッ!!」
「そうか」
何も聞いていないのに謎の言い訳をしてきたユーギアだが、すごく嫌な予感がする。何故そう思うかと言うと、トリプルブイが美しい――と、彼が感じる――肉体を舐め回すように見るときと今の彼のテンションが近いからだ。
これは長くなると勘が告げる。
(クオン、ベニザクラ、せめて二人は見て喜んでくれ。でないと俺のモチベが地を這う……)
先だっての戦いの筋肉痛がまだちょっとだけ尾を引いているハジメ、踏ん張り時であった。
◆ ◇
ユーギア研究所、地下。
そこにはユーギアが実戦演習をする為に作り上げた広大な景色が広がっていた。
『厳密には空間魔法の類だけどねぇ。『試練の結界』って知ってる? アレを色々応用してシミュレーションルームみたいに色んな状況を再現出来るんだ』
「成程な」
ゲームなどでよくある『ボスを倒すまで出られない空間』を創り出す技術――それが『試練の結界』だ。ハジメの知る限りその結界は神獣たるクオンと、あとはバランギア熾四聖天がマジックアイテムを用いて再現したものしか見たことがないが、NINJAの巻物内の異空間も程度は違えど似たようなものと言える。
シミュレーション用異空間で地に足を付けて立つハジメの耳には他の見学する面々の言葉もユーギアからもらったイヤーデバイス越しに聞こえており、ショージが「ゲームのトレーニングルーム!!」、ソーンマルスが「そういえばこういう商売をしている転生者がいたな……」などと喋っているのも小さく聞こえている。
「魔界では『試練の結界』はよく知られているものなのか?」
『いや、あんまりにも使い手が少なすぎて知名度は低いかな。マジックアイテムを経由して発動しないと人間には実質無理な上に、そのアイテム創るのもバカ大変だからねぇ。魔界一の技術力を持つこのワシのおかげじゃよシンイチ』
「誰だよシンイチ」
知らない人の名前が出てきて思わず聞き返すが、ユーギアは堂々とスルーして話を進める。
『では第一の装備、ゴー!!』
ハジメの目の前に鋼鉄の案山子めいたものが出現し、横に同じくライオンのロボットみたいなものが出てくる。デザインはロボットライオンという感じでメカメカしさの中に若干の玩具っぽさが混在している。
観察していると、ライオンが前触れも無くいきなり口を開いて火炎放射を発射した。案山子に命中した炎は渦を巻いて案山子を包む。
あと、何故か唐突に無駄に壮大な音楽が鳴り始めた。
どこから鳴っているのかと思ったらメカライオンからである。
『今だハジメ! 抜け!』
「なにを???」
『ライオンの口から柄が出ているだろ!!』
ジャーンジャジャンジャジャッカドドドドンパーラッパパパー!! みたいな勢いだけは凄い音楽を「喧しいな」と内心思いながら確認してみると、確かにそれっぽい黄金の柄が口からはみ出ている。
握ってみると、なんとすんなり抜けない。
「……こいつ固いな。しかもなんか刀身から光が出まくって眩しいんだが。故障してないか?」
『演出だ!! すんなり抜けたらタメがないし光らないと凄いもの出てくる感が薄れるだろ!!』
「実戦でタイムロスになるからやめてくれ」
『だからその前に敵を炎の檻に閉じ込めるのさ!!』
相手が炎に耐性があったらどうするんだと思いつつ引き抜くと、黄金に輝く大剣がその勇姿を露にする。
「……いや待て。ライオンの身体より長くないかこれ? どうやって格納されてたんだ」
『頑張った!!』
「頑張ったのか。いやもういいか」
『その武器には特別な改造が施されていてな! オリジナル武器スキルが一つ使えるぞ!!』
言われて見れば確かに、使った覚えも見たこともない筈のスキルが使えるような気がする。これは使えと言うことだな、と、ハジメは諦めた。
「ファイナリーエルドスラッシュ」
瞬間、炎の檻に囚われた鋼鉄の案山子を黄金の剣が両断し、案山子の爆発に背を照らされたハジメの服がはためいた。
斬った敵をスキルの力で無理矢理爆発させているらしく、破壊力の一点で言えば結構強い。が、ハジメの分析では炎の檻に閉じ込めないと爆発させられないようなので、最高効率で使うためにはまず炎を当てないと話にならず普通に使いづらい。
テンションの低いハジメとは対照的にユーギアとブンゴは『ウオオオオオオ!!』と叫び散らかしている。
『まさに勇者の一撃!! グレゴリオンには効率の関係でちょっと違う実装の仕方をせざるを得なかったが、コレだよコレぇ!!』
『スゲェ!! スゲェよアンタ!! 勇者って言ったらやっぱフィニッシュはこういうのしかねえもんなぁ!! それに比べて本物勇者はカスや!!』
「いや、この武器持たせれば別に出来るだろ……」
『では次のメカにゴー!!』
冷静にツッコむも既に熱狂している二人には届かない。
とりあえず剣をもう一度ライオンロボの口に突っ込むと、今度は空中からメカの鳥が飛来してハジメの背中に勝手に乗ると、変形して装着された。今までに装着したどんな鎧より重い。
メカ鳥は何やら変形をしているようだがハジメの背後で行なわれているため全く見えず、しかも変形の衝撃が固定されてる肩にかかる重量と加算されて肉にミシミシ食い込んでいる。
『おいハジメ、そんな姿勢でいたら過重が肩に集中してしまうぞ。前屈みになれ』
「いや、確かに前屈みの方がマシだが……これヒューマンが装備すべきものではないだろ。というかどういう状態になってるんだこれは」
『……ああ、そうか!! そりゃその姿勢だと見えんわな。ほれ!』
魔法で虚空に映し出されたホロモニタのようなものに、ハジメの客観的姿が映し出される。
どうやら鳥のロボットの頭が割れて巨大な砲台がその威容を白日の下に晒しているようだ……が、武器というよりは砲台にのし掛かられているようにしか見えない。一応は銃として扱えるようだが、攻性魂殻なしにはとても実戦で運用出来そうにない。
羽根は何故か正面から見るとX字に見える形状に変形して翼にエネルギーが充填され、いよいよ後頭部で桁外れのエネルギーが収束していく。
『叫べハジメ!! エネルギー150%!!』
「暴発しそうだから100%で止めてくれ」
『ガンダーラ砲、発射!!』
「今はなき古王国の名前を変なことに使うな……ガンダーラ砲、発射」
一応発射すると、禁忌魔法以上の特大火力の光が前方目がけて解き放たれる。
とんでもない威力なのは確かだが、余りにも出力が高すぎて踏ん張っても足がずりずりと後ろに下がってしまう。メカ鳥は一応スラスターの逆噴射で使用者の姿勢が崩れないよう支えてくれているようだが、この撃ちづらさはその補助のありがたみを全て消し飛ばしている。
放たれたビームのようなものはさっき真っ二つにした筈なのに復活している鋼鉄案山子を包み込み、大爆発。光が天を貫くように煌々と辺りを照らした。ハジメとしては何で爆発が綺麗に縦に伸びるんだと思わないでもない。
『本来はエネルギー供給用の補助機とセットで運用するものなので、気に入ってくれたらすぐに開発するぞ!!』
『月は出ているか!! マイクロウェーブが来る!!』
「いや、さっきのもそうだがセット運用前提だと扱いにくい。威力も高すぎる」
異空間だから派手なだけで済んでいるが、多分地上で運用したら町一つくらい軽々と消し飛ばす破壊力がある。攻性魂殻である程度操ることは出来るかもしれないが、ハジメの求める武器のイメージとかなりの乖離があった。
そこのところ、ハジメ側の要望を聞いて欲しくてはっきり口に出してみたものの、ユーギアは努めて明るい声で堂々と無視した。
『さあ、時間は有限! 次行ってみよう!!』
「さては意図的だな」
宣言通り次の武器がハジメの下に現れる。
下というか、足下に。
巨大なドリルが地面を穿って先端を突き出した。
現実の工事現場で見かける平べったい円形のドリルとは似ても似つかない円錐に螺旋型の溝があるタイプだ。しかもサイズがかなり大きく、長さだけでもハジメの身の丈の二倍はある。
『穴に利き腕を嵌めろ!!』
「俺は両利きだ」
『何だと!? じゃあ二本嵌めろ!!』
「言うんじゃなかった」
追加でもう一台出てきてハジメはテンションが下がった。
正確には無茶をしていた時代に「両手を同じ精度で動かせないと厳しい」と感じて利き手の反対だった左手を鍛えた結果なのだが、口は災いの元だなとため息をつく。いや、こんな災いを呼び寄せるなど予想出来る筈がないが、それはさておきそれぞれのドリルにある腕を嵌める用らしき穴に手を突っ込む。
すると、肘から下辺りの腕部が中でがっちり固定されて右手がドリルになってしまった。なんとも間抜けな姿である。当然だが装備品としてはハチャメチャに重く、下手するとベニザクラ辺りの筋力でも一度使っただけで脱臼するのではというレベルである。
『マッハの世界を見せてやる!! 万物貫通天元突撃!! ギガアームドスピニングドォォリルゥゥゥゥゥゥッッ!!! と、叫べ! ドォォの所だけちょっと伸ばして叫べ!!』
「ギガアームドスピニングドォォリル」
やる気の無い声と同時、ドリルの後部がいきなりジェット噴射を開始。秒速どれほどの回転数なのか想像もつかない螺旋の掘削機はハジメの身体ごと空を飛び、また何事もなかったかのように再生している鋼鉄案山子を四方八方から削りまくった。
四方八方から削るということは四方八方にハジメが振り回されているということであり、多分レベル100あってもステータスの偏り次第で失神する冒険者もいるくらいの凄まじい慣性と重力加速である。
鋼鉄案山子はまたもや大爆発し、やっとハジメの両腕が自由になる。
『どうだ!! 螺旋の魅力に取り憑かれたのではないか!?』
『穴があったら掘り抜けろぉぉぉぉ!!』
「操作自由度ゼロなので二度と使わない。繰り返す。二度と使わない」
確かに誰にも捉えられないくらいのとんでもない速さだったが、速さはカウンターを受けた際のダメージも加速させる。この場合、負担は主に両腕を装置に高速された結合部分に集中するので最悪両腕がもげる。
さっきから思っていたが、人間が武器を使うというより武器が人間を使っている状態ではないだろうか。ユーギアの発明品は確かに威力こそ大したものだが、全部使い手のことが碌に考慮されていないものばかりだ。
ハジメの頭のネジはよく行方不明になると言われるが、ユーギアの場合はフランケンシュタイン(正確にはフランケンシュタインの怪物らしい)の頭に突き刺さってるようなクソデカネジのせいで脳の大事な部分が圧迫されているのではないかと思った。
ただ、ハジメの苦労を知らない見物人たちは迫力ある見世物にそれなりに魅入っているようだ。
『ママすごーい!! クオンもあれ使ってみた~い!!』
『これがゼノギア技術。恐るべき破壊力だな……ううむ、畑違いとは思いつつも武人としてゼノギアに少々興味が湧いてきた』
『……こういう輩、シルベル王国の裏闘技場にはわらわらいるが魔界にもいたのか』
悲報、シルベル王国にユーギアの同類が沢山いることが判明。
これの何が良いのか全く分からないどころか段々嫌いになりそうだ。
その後もユーギアがハイテンションに変な武器を出し、ブンゴが太鼓持ちのようにオーバーリアクションに喜びまくりで約一時間拘束されたハジメは、ほくほく顔で「い~いデータが取れたよ!」と笑顔で握手を求めるユーギアをガン無視してリラクゼーションルームに直行したのであった。
心因性のもののような気もするが、とにかく疲れた。




