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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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37-1 転生おじさん、社会科見学にかこつけて散財する

 ――事の始まりは、いつものようにトリプルブイに依頼を持ち込んだことだった。


 前回の依頼において、今まで通じない相手のまずいなかった攻性魂殻アスラガイストも特殊な相性や条件に於いて決定打に欠ける場面があることが判明した。

 シーゼマルスは世界でも極めて希有で特殊な例だとは重々承知だ。

 しかし、判明した問題点を放置することはハジメの理念に反する。

 ハジメはトリプルブイに自分の現在のステータスで扱えるギリギリの性能の武器――出来れば使い慣れた大剣の作成を依頼した。バスターマサムネと違って常識的なスケールで、と、通常なら不要な条件も付け加えて。


「成程なぁ……確かにその条件に対応するには業物の方向性が良いだろうなぁ」


 トリプルブイはハジメの判断には普通に納得した。

 この世界で武器や防具の性能を極めようとしたら手段は二つ。

 古代遺跡を探りに探って聖遺物級装備を見つけることと、超一流の職人に業物を作って貰うことだ。そのうちの前者は確実な方法ではない。


「世界最強クラスの冒険者で聖遺物コレクションも豊富なお前さんのお眼鏡に叶う装備が現状ない訳か」

「ああ。将来的に発見される可能性はあるが、運をアテに待つのは時間の無駄に感じる性分でな」


 業物にはメリットとデメリットがある。

 メリットは、人の手で作ったオーダーメイドのため聖遺物という既存品にない細やかな調整や性質を持たせられること。

 加えて、仮に無くなったとしても職人の手で再び作ることが出来る。


 ……余談だが、聖遺物級アイテムに限らず一部の強力な装備品は大抵遺跡の最奥などにあり、誰かが入手しても暫く経つとまた同じ場所に収まっている。一つしか存在しない例外もあるようだが、ロンギヌスのように同じ聖遺物でも複数使い手がいたりするのはそのためだ。

 昔はゲーム的だなと思っていたが、今になって思えば再現体云々の話で説明出来るものだったようだ。


 閑話休題。

 業物のデメリットは、聖遺物級に比べれば耐久力に劣ること。

 そして、職人がこの世を去れば同じ業物にはまず巡り会えないことだ。


 ハジメの事情からすると、今回のケースはデメリットよりメリットが上回る。

 トルプルブイならこの仕事は問題なくこなせるだろうと判断した。

 しかし、トリプルブイはいつものように文句を言ったり安請け合いすることなく顎に指を当てて考え込んでいた。今までこうした反応を示したことがなかったため困惑したハジメだったが、やがてトリプルブイは意を決したように顔を上げる。


「ハジメ。この仕事、ユーギアにも持ちかけてみたらどうだ?」

「あの巨大ロボット好きにか?」


 魔界にて自らの名を冠したユーギア研究所という施設を運営する無類の巨大ロボット好き、魔族転生者のユーギア。

 嘗て一悶着はあったものの、今では天使族と共同で地上と魔界の空間情報を共有するなど良好な関係を築いている。そんなユーギアはこの剣と魔法の世界で強力な巨大合体ロボットを作るほどの技術力を有しているので、確かに選択肢としてなくはない。

 しかし、何故トリプルブイがユーギアの名を出したのかがハジメには解せなかった。


「あいつに頼んだら剣から人型ロボットに変形するとか、バスターマサムネ77式と似たような剣が出てこないか?」

「可能性はある。だが、武器を強くする方法として変形や合体っていうのはお前さんの能力とも相性が良い。俺も真剣に図面を引くが、ユーギアもこういうコンセプトならなかなか面白いモン出してくるかもしれん。お前は両方のプランを見比べてよりよいと思う方を選べばいい」

「一応聞くが、ユーギアへの競争心からそんなこと言ってる訳じゃないよな?」


 嘗てトリプルブイはユーギアを相手に美少女人形と合体ロボットのどちらが至高かという争いを繰り広げて互いを認め合った仲だが、それは職人としての力量を認めたのであって主義主張とはまた別の話だ。 

 トリプルブイは問いかけに対して悪びれもせずに愛想ある笑みを浮かべる。


「競争はいいことだぜ。相互に良い刺激になる」


 つまり、否定はしないということだ。

 とはいえ、ユーギアの製造したグレゴリオンは確かに凄い代物だったので、トリプルブイの主張には説得力があった。

 きっとトリプルブイ自身、ユーギアがどんな代物を出してくるのかが気になっているのだろう。彼の顔には好奇心が滲んでいた。


 ハジメは腕を組み、考える。

 バニッシュクイーン等の一件は既に話し合いを済ませたし、シルベル王国へ交渉に向う日程も調整中で、少なくとも数日中に事が動きはしないだろう。

 他にもアグラニール関連の分析結果報告は端末を通せば場所に関係なく受けられるし、ハジメが必ず聞かなければならない訳でもない。ユーギアに話を通して武器を作ってもらう時間的猶予は充分だ。


「分かった。お前の言う通りにしよう」


 ――こうしてハジメはユーギア研究所に依頼を持ちかけたのだが、一つ問題が発生した。


『こっちはハジメの要求するスペックの上限が分からん。一回研究所でデータ取らせて貰えないと流石にリモートじゃ無理だ。話は面白そうだし研究所まで来てくれよ』

「それはそうだな……」


 言われて見れば、ハジメはユーギアの製造したロボットと本気で戦ったこともないし、彼もハジメを集中して観察している訳でもない。むしろ相手を見ただけでおおよそ必要スペックを割り出せるトリプルブイのキモイまでの観察眼が異常なのだ。


 という訳で――。


「ユーギア研究所の見学会やるけど行きたい奴いるか?」

「「「「「はいはいはいはいは~~~い!!」」」」」

「多すぎる」


 これから行く先は魔界だというのに元気いっぱいな奴の多いこと。

 一般人視点で見れば魔界は忌むべき魔王軍の生まれ故郷、すなわち敵しかいない絶望の世界の筈なのだが、魔界出身のマオマオとぽちがあんなのなせいか誰も警戒感を抱いてないように見えるのは緊張感を欠きすぎではないかとハジメは思った。

 あとなんか後ろの方に部外者が混ざっている。


「おい、リベル・トラット将軍。なにを遠路はるばるやってきてシレっと混ざってる」

「悪いが俺は先約あるんだよな~」


 いつキャバリィ王国から出てきたのかラフに混ざっていたリベルは。折りたたみ携帯電話みたいな端末をすっと見せつけてくる。

 画面には、シノノメからの夥しいメッセージ着信履歴が並んでいた。

 内容は、端末を通して感知できたリベルのあらゆる行動や、自分の身の回りにあったちょっとしたことについてがびっしり。目が滑る文字列の合間合間にリベルへの謎の怒りが混ざっているように思えた。余りの迫力にハジメもたじろぐ。


「……ぉおう」

(エルヘイム自治区で無茶した挙げ句返信が暫くこなかったせいか、ここ暫くずっと怒ってて……)

『ハジメ、うちの騎士リッターが原因なことだし通したってくれヨン』

「よし、通れ」


 リベル、見学の権利獲得。

 ついでに研究所の査察などの公務もあるようだ。


 次にやってきたのはクオンだ。


「連れてって!!」

「いいよ」

「やった~~~!!」


 好奇心に目を輝かせまくったクオンには勝てなかった。

 最近は子供達の冒険範囲も狭くなってきたようだし、良い機会だろう。

 他の子供達も来るかと思ったが、フレイとフレイヤは折悪く里の方にいるようで、一緒によく遊んでいるルクスも今日は不在だ。多分姉のリリアンとどこかに遊びに行ったのだろう。

 残る子供はヤーニーとクミラだが、二人はひそひそ話し合った結果、ヤーニーだけがやってきた。


「はいはい行きたいです!」

「クミラは行かなくていいのか?」

「あんまり先生を一人にするのは嫌だけど研究所は知りたいということで、私だけになりました!」

「分かった。通れ」


 通さなかった場合変なことをやらかしかねないし、子供なので周囲もそこまで不満には感じていなかった。

 続いてやってきたのは、意外にもソーンマルスであった。

 奥にはシーゼマルスとアロもいるが、既に話し合い済みなのか見守りに徹している。


「聞いたところによると独自のゴーレムがあるそうではないか。オートゴーレム輸出最大手であるシルベル王国の人間として見逃せんな。それに、魔界の生の情勢を知るまたとない機会だ。()()()の真相も見極められよう」

「……行くからには引率の言うことは聞くと約束できるなら通ってよし」

「グラディス家の名に賭けて」

「よし、通れ」


 これで四人。

 余り大人数で押しかけるのも良くないのであと数人で区切りにしたい。


 と、ブンゴが前に出た。

 ブンゴはここ最近になって漸くアグラニールが『神の躯』をどうやってコントロールしているのか、その術式をマリアン率いる魔法研究者達と共に暴ききるという大偉業を達成した……のだが、見るからにそのときの疲労が抜けていない。目の下にはこの上なく分かりやすい隈が出来ている。


「寝ろ」

「行かせてくれ」

「寝ろ」

「行かせてくれ!」

「寝ろ」

「グレゴリオンの生合体を見られなくて後悔したまま、俺は何もないという渇きを抱えて今を生きてるんだッ!!」


 ブンゴ、J-POPの歌詞にありそうな台詞を言い出す。

 未だかつてこんなに真剣な顔のブンゴを見たことがあっただろうか。

 いや、下らないことに真剣になっているので見たことある気もするし目が充血してるのは寝不足が原因だと思うが、今回は今までと熱量が違う。

 とは言え、ブンゴはどう見ても疲労の限界が近い。

 どうしたものかと思っていると、通信端末からユーギアの声がする。


『研究所にもリラクゼーションルームはある。休んでから見ればええじゃないのよ。こんなに見たいと言う漢を誰が止められようか! 漢の浪漫は止められねェッ!!』

「所長から許可が出た。通れ」


 ブンゴは無言でガッツポーズをしていた。

 そんなにロボットが好きなんだろうか。

 彼の前ではガンダムとかなんとか迂闊な事は言わないようにしよう。自称ハジメの弟子のノヤマ曰く、そういうのはものすごく怒られるらしい。


 その後、魔界に行くなら魔界出身者が必要だろうとぽちが、そして妻達のごにょごにょした話し合いの結果ベニザクラが着いてくることにことになった。カルパも来るのではと思っていたが、「ユーギアの出してくるものを直前まで知らないでいたい」というトリプルブイの意向で今回は来なかった。


 かくして、この世界の人類史上初、地上の人間による魔界の社会科見学がスタートしたのであった。




 ◇ ◆




 ハジメとブンゴが魔界に来たのはこれで二度目だ。

 厳密には、無理矢理魔界まで突き落とされた後にすぐウルに元の空間に送り返して貰ったのでほんの少しばかり景色を見ただけに終わり、ほぼ何も見ていないに等しい。


 そんなハジメ達に気を利かせ、ユーギア研究所は小型旅客機のような飛行機械を地上に迎えに寄越した。白い流線型のボディにヘリコプターにもプロペラ機にも見える不思議なウイング。側面の窓は視界を広めに確保している。

 この中で唯一機械類に知識があり鑑定能力で何でも見抜けるブンゴによると、これは現実ではティルトローター機と呼ばれるタイプらしい。そういえばニュースで一時期見たことがある気がするな、と、ハジメは薄れゆく過去の記憶を思い出す。


「いずれにせよ、こういうのに乗るのは初めてだ」

「え? 旅行とか修学旅行とかで一回くらい乗る機会あんだろ?」

「親の資金に余裕があり、なおかつ修学旅行まで命が保てばな」

「おぉう……この話題やめよっか」


 大方ショージからバルグテール大森林で垣間見えたハジメの過去についてでも聞いたのだろう。彼の意見にはハジメも賛同する。


「広げて楽しい話ではないからな。子供達の前では殊更に」

「ママ、なんのお話?」

「ブンゴが空気の読めないことをまた言った話だ」

「フーン。いつものことってやつだね!」

「ひでぇよクオンちゃん!?」


 アマリリス辺りからブンゴの駄目な所を聞いたであろうクオンのさらりとした言葉にブンゴは大仰に傷ついた顔をしたが、この辺は村でもよくあるじゃれ合いの域なので誰も気にしない。

 ……ちなみにハジメは仮に生前修学旅行の話が出た場合、親は修学旅行費を払わない方向で押し切ろうとして学校とモメる事態に陥るのではないかと推察している。

 つくづく、いい親とは言えない人だった。

 自分もその要素を引き継いでいないか、最近は不安になる。


 タラップを上がり中に入ると、中はハジメの想像以上にゆったりとした空間だった。ハジメは詳しくないが、多分ファーストクラスと呼ばれる部類だ。

 中で皆を迎えてくれたのはユーギア研究所所属の魔導騎士マギカナイト――騎士と名はつくが実態は専属パイロットだ――のテスラとノーヴァだった。二人ともパイロットスーツではなく軍服風の装いをしているが、テスラのものはやや露出が多い。


「ユーギアエアラインへこうよそ~。乗務員のテスラで~す!」

「のっ、ノーヴァです! センエツながらパイロットは僕がつとむ……努めさせていただっ……」

「ノーヴァったら噛み噛み~! 大丈夫よぉ、運転に集中すればいいだけなんだから」


 ガチガチに緊張するノーヴァは少し気の弱そうな印象がある赤髪の魔族の少年で、テスラはおっとりとした喋り方が特徴的で年齢不相応に出るところが出た金髪の魔族の少女だ。これにシノノメとフェートを加えた四人が魔導騎士戦隊エクスマギカリッター……らしい。

 たまに村にも来ているが、ハジメはタイミングが悪かったりで彼らとは二、三回しか口を利いたことがない。

 とりあえず魔王様大好き勢だとは聞いているが、残念な事に魔王様は今回は不在である。


 全員が乗り込んで席に着くと自動でベルトが締められ、機体の周囲がバリアのようなものに覆われ――。


「それでは、魔界まで()()いたしまぁ~~す!」

「「「落下?」」」


 機体直下にワープホールがぽっかりと空き、機体が文字通り落下した。

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