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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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334/348

36-33 fin

 夢に見たことがある。

 シルベル王国の寒冷な土地ではなく、安定した気候の森の中に佇む家で、肉親の呪縛から解き放たれ、家族二人――今はアロもいる――と慎ましくも平穏に暮らす、そんな日々。


 結局の所、シーゼマルスの現実はそうはいかなかった。

 地位と力を求めて騎士団に入った彼女は、目的を達した後も目をかけられ出世しすぎてしまった。引き返そうと思った頃には国家が彼女を手放さなかった。ソーンマルスも騎士学校で己の通るべき道に騎士を定め、気付けば家族で過ごす時間そのものが減っていった。


 いつの間にか、シーゼマルスよりソーンマルスの方が仕事に真摯になっていた。

 シーゼマルスにとってソーンマルスは弟でありながら、どこか親になった気持ちでいたのかも知れない。弟が自らを慕いつつも自立していく様を少し寂しくも仕方のないことだと思っていた。


 微睡みの中、シーゼマルスはこんなにも心地よい眠りはいつ以来だろうとぼんやり感じた。

 幼い頃はいつ暴力で叩き起こされるか分からない生活で、第一等級騎士になってからも専用の豪奢な寝室は格式張っていて堅苦しかった。それに比べてこの寝床は木の香りが微かにするのが落ち着きを感じさせる。出張先でこうした寝室にありつけることが密かな楽しみだったシーゼマルスにとっては抗いがたいものがあった。


 暫くすると、鼻腔を擽る小麦の香りがして、自分が思った以上に空腹であることに気付く。シーゼマルスはくるくると腹の虫が文句を言い出したことに観念して身を起こした。


 見覚えのない小綺麗な部屋だ。

 特別に広い訳ではないが、適度に洒落ていて居心地の良さを感じる。

 もしかしてまだ夢を見ているのだろうか。

 そう思っていると、部屋の出入り口が開いた。


「わうっ、わうっ」

「こら、アロ! 物珍しいからってもう少し我慢しろ! ……おや、姉上。お目覚めになられましたか」


 そこには朝食プレートを盆にのせたソーンマルスと、その足下で盆の上の料理に興味津々なアロの姿があった。


「お疲れかと思い食堂から食事を預かってきました。情報収集はしばし俺が受け持ちます故、今は休息して疲れを取りませんと」

「……そう、ですね。流石に少し疲れました」


 一瞬、ソーンマルスが何を言っているのか理解が遅れたが、漸くこれが夢ではないことにシーゼマルスは気づき始めた。


 ここはシャイナ王国がコモレビ村。

 シーゼマルスは『ダイヤモンドの鎧』を強奪した醜悪な肉塊の追跡を引き続き続行することとなり、正規の入国手続きを済ませてソーンマルスと合流したのち宿で眠っていたのだ。


 連日の臨戦態勢とハジメとの激闘、おまけにその後一度シルベル王国に戻ってからシャイナ王国に正規の入国手続きをしてソーンマルスと合流するとそのままコモレビ村まで向うこととなり、疲労のピークに達したシーゼマルスは話し合いなどを後回しにしてベッドで眠りに就いてしまった。

 弟とアロが側にいなければ、こんな姿は晒さなかっただろう。


 宿のテーブルを借りて、二人で食事を取る。

 ドライフルーツ入りのふかふかなパンも、優しい口当たりのコンソメスープも母国のそれと特徴が異なるが美味で、特に小洒落たサラダを彩る野菜の瑞々しさとほどよい歯ごたえが心地よい。持ってきたソーンマルス自身もサラダを口にして少し驚いていた。


「採れたての野菜とはメニューに書いてありましたが、これは美味い……」

「本当にね。馴染のない野菜もある。シルベル王国では気候のせいでこんなサラダは難しいわ」


 寒冷な気候のシルベル王国でもマジックアイテムを利用して年中野菜を育ててはいるが、どうしても肥沃で気候も安定したシャイナ王国の野菜には及ばない。

 穏やかな地は野菜までも人に優しいのかと思ってしまう。

 二人はどちらかと言えば味に頓着しない方だが、この野菜を食べてしまうとシルベル王国の食事が苦痛になってしまいそうだと思った。


 胃に食べものが入って気の緩みが出たかもしれない。

 シーゼマルスは普段はしない食事中の私語を始めた。


「今更だけど、本当にこの村を拠点とするのソーン? 昨日は聞きそびれたけど、情報の収集しやすい都心に近い方が合理的じゃない?」


 先日は先にシャイナ王国入りしていたソーンマルスに方針を丸投げしたが、あのときはシーゼマルスも集中力が切れて色々と確認しそびれていた。

 いつの間にかアロに認められる実力をつけていた弟は、姉の問いに迷いなく答える。


「ハジメがこの国で最も我々の求める情報に近いのです。というか、恐らくハジメ以外のルートでは時間が足りず埒が明きません。戦力的に考えた場合でも、シャイナ王国の正規戦力は目を覆わんばかりの体たらくでしたしね」

「貴方の蛮行が目に浮かぶようだわ……」


 シーゼマルスは額に手を当てたため息をつく。

 この断言のしようからして、手合わせで相手を叩きのめしたに違いない。

 家訓に背いてはいないのだろうが、と、悩ましげなため息が漏れる。


「この子ときたら。私は悪いお手本になってしまったのかしら?」

「姉上が騎士学校卒業までに行なった決闘の数と勝利数は流石に越えられませんでしたよ?」

「あれは……避けるべきではない喧嘩を全て買ったまでのことです」


 ソーンマルスに悪戯っぽい顔で痛いところを突かれ、シーゼマルスは不満げに口を尖らせた。

 騎士学校入学当時、学校内でも特に貧困な地の出身でありゴーストチルドレンでもあったシーゼマルスの周囲は敵だらけだった。それが騎士として頭角を現したことで嫉妬の対象となり、嫌がらせが増加。きりがないと思ったシーゼマルスは嫌がらせの度に下手人に手袋を投げつけて決闘しまくり、彼女の鼻を明かして地べたを這いつくばらせようと挑んできた同級生たちを容赦なく叩きのめしまくった。


 それが後で入学するソーンマルスの為にもなるし、結局はそれがきっかけで実力を早くに見初められ、出世の早道にもなった……が、今になって思えばやり過ぎた気もしている。


 笑うソーンマルスと仕返しに女性関係の話を蒸し返すシーゼマルス。

 側でぺろりと食事を平らげ、欠伸をするアロ。

 これは任務だが、どうしても思ってしまう。


 こんな日々がずっと続けば良いのに――と。


 しかし、食事を終えて紅茶で一息ついた頃にはシーゼマルスも仕事のモードに入っていた。


「さて、まずは誰から回りましょうか」

「本日はハジメは所用により不在ですが、村長のフェオ殿、副村長のアマリリス殿はハジメと情報共有を頻繁にしているとのこと。まずはフェオ殿から訊ねるのが筋でしょう」

「フェオさん……若いエルフの女の子でしたね」


 村に来た際に愛想良く丁寧に挨拶されたのを思い出す。

 あの若さで村民に選ばれた村長だというので内心驚いた。

 ハジメ・ナナジマの妻だと結婚指輪を強調して念押しされた時にはもっと驚いたが、あれは妻を増やすハジメにこれ以上女性関係が増えないよう牽制しているのだという。なかなか可愛い嫉妬だと思ってしまうのはシーゼマルスが部外者だからだろうが、年相応の元気さがあって良いと思う。


「行きましょう。一晩ぐっすり眠って大分回復しました」

「ちなみにこの村には有料の人工温泉があるそうですよ、姉上。先日は時間が遅かったですが、今日は遠慮なく利用出来ます」

「それは楽しみだこと。後で場所を確認しましょうか」


 ソーンマルスは一晩で全ての疲れが取れきっていないことなどお見通しだったようだ。なのでシーゼマルスも強がりはせずに頷いた。


 しかし、シーゼマルスはこの後、彼女の想像を遙かに超えて疲れることとなる。

 村に出てすぐに、誰かの会話が聞こえてきた。


「レヴァンナさん、それほど深刻にお悩みになることならば一人で抱え込むものではありませんよ!」

「いや、いいって。マジでいいから」


 カフェの屋外席で向かい合うのは、なんと竜人の男女。

 しかも男の方の竜人と、彼を影ながら警護しているらしい竜人の男にシーゼマルスはハチャメチャに見覚えがあった。


 あれは、バランギア竜皇国の皇と護衛のガルバラエルである。

 皇は態度も服装もかなり違うので一瞬他人の空似かと思ったが、ガルバラエルは感じられる強者の気配は本物だ。ということは、彼が警護している皇も本物としか思えない。

 ありえないことだが、ただの村に皇がオフでやってきてナンパしている。


 そんな皇は目の前の竜人の女性――レヴァンナだったか――の煮えきれない態度に頬を膨らませて不満を露にする。


「むぅぅ……貴方を悩ませるものは、この私よりも!! 大きな存在なのですか!?」

「……。……ううん、アンタの方が全然断然確実に大きいかな」


 一瞬面食らったあと、レヴァンナは物憂げな顔を緩ませた。

 皇はそれに満足したのか、うんうんと自慢げに頷く。


「そうでしょう、そうでしょう! そんな私が相談に乗るからには効果覿面間違いありませんよ!!」

「あ、あはは……なんか本当にしょうもないことで悩んでた気がしてきた。うん、ありがと」

「……!! れ、レヴァンナさんが私に感謝を……!!」


 ソーンマルスは顔を知らないので「竜人一杯いるな」と平凡な感想を漏らしていたが、シーゼマルスは真面目に自分がまだ夢を見ているのではないかと思い始めた。


 と――。


「ばあ!!」

「うぬ、なんだ!? 何か用か君は?」

「騎士を相手にいきなり驚かせようとする蛮行!! これは斬首!! 斬首して然るべきです!! さぁさぁさぁ、首をお刎ねになりなさい!!」


 いきなり二人を驚かせたかと思えばその場で四つん這いになって己の無防備な首をビシッ! と指指す謎の少女に二人は困惑した。が、直後にどこからか光る鎖が飛んできて彼女を絡め取る。


「こら、マオマオさん! 海外からのお客さんにまでそんなことするんじゃありません!」

「何を仰るイスラさん!! 騎士といえば非情にも王の敵を屠る刃みたいななんかそんな感じでしょ!!」

「君みたいな無害ないたずら悪魔は屠る対象に含まれません! ホラ行きますよ!」

「ぶーぶー! 横暴だ! 代償にイスラさんに首斬らせてやるぅ!!」

「はいはい、斬首斬首」


 どこからともなくやってきた若い聖職者の男性に捕縛された少女は、羽根と尻尾をばたつかせながら遠ざかっていった。どう見ても悪魔とか魔族の持つ悪魔と尻尾を。

 シーゼマルスは衝撃の余りたまたま近くにいた人に確認を取ってしまう。


「あの、あれ、あの子供、悪魔……」

「え? ええ、ですがご心配なく。単に魔族というだけで魔王軍に陶酔している訳ではありませんよ。悪魔も色々です」

「そ、そうですか……」


 特に冒険者でも何でもない普通の通行人の男性が余りにも自然に彼女を受け入れているので、シーゼマルスは自分が何かタチの悪い転生者の幻術を仕掛けられているのではないかと疑い始めていた。


 そんな矢先、今度は別方向からアロの悲鳴が聞こえる。


「キャンッ!!」

「え、アロ!?」


 思わず悲鳴の方を振り返ると、神獣の眷属たるアロが痛そうに身を仰け反らせていた。

 アロの先にいるのは、驚くほど美しい黄金の毛並みのイノシシだ。

 森のイノシシに比べて小振りでアロからしたら子供のようなサイズ感だが、瞳からは神獣フェンリルと相対した時のような深い知性が感じられる。

 ソーンマルスは事の一部始終を見ていたらしく、シーゼマルスに耳打ちする。


「アロが先にちょっかいをかけて頭突きを喰らいました」

「……神獣の眷属なのに!?」


 例えば怖いもの知らずの猫は相手が熊でも容赦なく猫パンチをかまして撃退してしまうときがあるというが、唯のイノシシと神獣の血を継ぐ狼では格が違いすぎる筈だ。そのアロが怯えて後ずさると言うことは、まさか――。


 シーゼマルスの予想を裏付けるように、美しいエルフの双子――フレイとフレイヤがグリンに近寄る。


「どうしたグリン。お前が相手に手を出すなど我が記憶にはないことだぞ? なあフレイヤ?」

「お兄様、そもそもグリンにちょっかいを出す相手も記憶にありませんわ」

「ん? ということはあの狼、それほどの実力者ということか? 言われて見ればグリンほどではないがオーラがあるな」

「ええ。あの清廉な力、恐らく神獣と縁ある存在なのでは?」


 グリン――エルフの崇拝する、『守りの猪神』グリン。

 しかも、エルフの双子からはシーゼマルスと同じ『神獣の巫』の気配がする。

 グリンがふんす、と鼻を鳴らすと、アロは怯えてシーゼマルスの足と足の間に顔を突っ込んでしなしなの尻尾を震わせた。3メートルの巨体が完全に怯えている。ソーンマルスはグリンの名は記憶していないが、少なくともグリンが自分の敵う相手ではないことを悟って戦慄していた。


 皇と悪魔と神獣に散歩コースがてら遭遇する村。

 そんな村、ありえるだろうか。


(こ……こ……この村は一体全体どうなっているのですかぁぁぁぁーーーーーーッ!!?)


 シーゼマルスは叫び出したい気持ちを騎士の忍耐力で堪えきった。


 この後、シーゼマルスは驚愕の余りに疲れてしまい早速村自慢の銭湯のお世話になり、更に数日ほど衝撃的な翻弄され続けることになるのだが――それは割愛させていただく。


 ――ともあれ、グラディス姉弟とアロが滞在者として村に留まったことを以てして、今回の騒動で起きた変化は一旦の落ち着きを見せたのであった。

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