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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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332/348

36-31

 ミュルゼーヌはバルグテール大森林を全力で疾走していた。


「勝った!! 勝った、勝った、勝った、私は、勝ったあッ!!」


 頬の紅潮は寒さによるものだけでなく、彼女の興奮を示している。

 ダークエルフのリシューナ(と、彼女は思い込んでいる)による熾烈な妨害により第三次捜索隊は彼女を除いて全員が戦意を喪失したが、ミュルゼーヌだけは諦めずに無限再生するスノウゴーレムとヤケクソになって戦い続けていた。


 途中で何度かお節介のラバールに救助されつつも真面目に対策を練って戦い続けたミュルゼーヌは遂に実力でスノウゴーレムを突破した……と思い込んでいる。彼女の無茶が心配で様子を見ていたラバールからしたら明らかに途中からスノウゴーレムの方が弱くなっていたのだが、指摘したら怒られそうなので黙って追従している。


 臆病なラビットマンのラバールがミュルゼーヌを心配してとはいえわざわざ森に入ったのには理由がある。


(あのゴーレム、多分ハジメが余計な犠牲を出さない為に用意した差し金な気がするんだよな~。そのゴーレムが役割を終えたってこたぁ、いよいよ行方不明になった村の連中の捜索に一段落ついたってことなんじゃあないかな)


 自慢の脚力で冒険者であるミュルゼと互角の速度で跳ねるラバールの予想は概ね当たっていた。二人はやがて導かれるように、遭難時に避難したダークエルフの研究所に辿り着く。


 研究所は見ない間に改築され、隠されていた頃と違って三階建てほどの高さにまでなっていた。元々の研究所であった一階部分が残っていなければ別の建物と見間違える所だった。


 ミュルゼーヌは建物に面食らって少し冷静さを取り戻したのか、呼吸を整えるとドアをノックする。

 すると、中から気怠げなシスター――そういえばハジメのパーティにいた気がする――が扉を開けて顔を出した。


「あら、来たのあんた。もう捜索終わったわよ」

「あっえ、え?」

「……まー来なさい。外で立ちっぱなしもなんだし」


 シスター姿のマルタに手招きされるがままにミュルゼーヌが中に入ると、研究所の様相は一変していた。

 部屋を仕切る壁が一部取り除かれたメインフロアはだだっ広くなり、二階に昇る螺旋階段が築かれている。内部はやや雑然としているが研究道具や用途不明の材料、本などがなくなり、代わりに行方不明者リストで見た顔が清潔なベッドの上にずらりと並んで眠っていた。その中に心配していた第二次捜索隊の仲間達を見つけたミュウゼーヌは身を乗り出す。


「皆ぁ!!」

「ほい、まだ目ぇ覚ましてないから触らないように」


 思わず駆け出したミュルゼーヌの襟首を一瞬で捕まえたマルタは、勢いを殺さず身体を回して近くのテーブルの側の椅子に彼女を放り投げる。すとんと綺麗に椅子に座らされたミュルゼーヌに、マルタはココアを突き出した。


「あんたの知りたいことは大体想像がつくから、まずは落ち着きなさいな。そっちの兎くんもいる?」

「お願いしまぁす」


 ラバールも席に着きココアを飲まされたところで、ミュルゼーヌの説明が始まった。


 まず、研究所の主であるリシューナはもういないことが告げられる。


「秘密の研究所の場所がバレた訳だから、そりゃ拠点を別の場所に移してもおかしくないわよね。アンタらの妨害をしたってのも、引っ越しのための時間稼ぎと考えれば合理的なダークエルフらしくない?」

「確かに……」

(あーあ、ミュルゼ騙されてるなぁ。ま、変に触れてまた地雷発見したくないし黙っておこうっと)


 ラバールは思った言葉をココアと共に飲み込む。

 ミュルゼーヌはマルタが聖職者だと勝手に思い込んでいるために気付いていないが、よくよく聞くとマルタは全部「そう考えることが出来る」としか言っておらず、事実そうであったのかについて一言も言及していない。

 ラバールもハジメの妨害の可能性について気付いていなければ引っかかっただろう。


「てなわけで、ハジメの選抜した仲間の一人が開き直って冒険者用の避難所に改築しちゃった訳。遭難者の保護にも持ってこいだったわね」

「あの……捜索が終わったと仰っていましたが」

「うん、もうこれ以上の生存者発見は望めない。ハジメは残りの人間は全員死んだと判断したわ」

「そっ――」

「勿論理由がある」


 反射的に反論しようとしたミュルゼーヌを即座に牽制したマルタは、ココアを啜ってほう、と息を吐くと言葉を続ける。


「まず、シンプルに遭難者が雪に覆われた森林で生存できるリミットをとっくに過ぎてること。次に、第一次捜索隊の生存者から情報を得られ、その時点でバニッシュモンスターの存在を考慮しても遭難者の生存は絶望的という判断が為されていたこと。第三に……私たちは貴方が去った後も森の広い範囲を捜索したけど、僅か二人の生存者と欠損した人間の身体が僅かに見つかっただけに終わった。異様な欠損の仕方からして、バニッシュモンスターに食われたと考えざるを得ない」


 マルタがぺらりとギルドに提出予定の報告書にあるリストを見せる。

 そこには第一次捜索隊は奇跡的に全員生存、第二次捜索隊はミュルゼーヌを含めて六名生存、その他、近隣の村の行方不明者が予想された捜索範囲を大幅に越えた場所で一名だけ発見されたことが記載されていた。


 他は、恐らくはバニッシュモンスターに喰われて全滅。

 遺留品や遺体の一部らしきものが見つかったのは僅か三名。

 生存者を喜ぶべきか、助けられなかった者の死を悼むべきか、或いはまだ発見されず生き残っている者がいるのではないかと可能性に縋るべきか――ミュルゼーヌは咄嗟には選べなかった。


 ――彼女に対して詳しくは説明していないが、ハジメたちの結論はこうだ。


 まず、最初の民間の行方不明者は全員がバニッシュモンスターによって殺害された。バニッシュモンスターがいつから出現していたのかは分からないが、最初は森のモンスターや野生生物をターゲットにしていたから気付けなかっただけで、何週間も前からそれはいたのかもしれない。


 第一次捜索隊は聖躯アグラのリシューナ襲撃に居合わせ、その場で取り込まれたことが不幸中の幸いとなって生存。逆にこの際に逃走に成功したイゼッタの方が死の淵を彷徨うことになった。尤もそれは後の捜索隊救出に繋がることとなった。


 その後にちらほらいた民間行方不明者も、最初の行方不明者たちと同じくバニッシュモンスターに食われたのだろう。この中で生存したのがラバールと、最後の最後でフェオの感覚にひっかかり発見されたラビットマンの村人だ。その村人は冬眠している間にバニッシュモンスターに殺された魔物の巣に偶然転がり込んで九死に一生を得たようだ。


 そして、第二次捜索隊はシルベル王国から鎧を奪って逃走してきたアグラニールとそれを追うシーゼマルス、及びバニッシュクイーンの戦いに巻き込まれた。アグラニールは逃走しながら少しでも補助脳を確保しようと敢えて逃走ルートに第二次捜索隊を巻き込んだと思われる。


 この際、アグラニールは新たに四人を補助脳に取り込んだ。

 そして、他の面々はバニッシュクイーンによる反転情報空間に飲まれた。

 ただし、シーゼマルスは寸でのところで人が巻き込まれていることに気付いて効果範囲に届くギリギリの場所にいた冒険者二名を結晶に閉じ込めたらしい。辛うじて消滅を免れた捜索隊員は、その後カルセドニー分隊に回収、保護された。


 ――これが、行方不明者たちの顛末である。


 実際にはそれらの理解しづらい事情に基づく事実は資料の上では大胆に省略され、概ねの事実が記されている。無事生存していた捜索隊の面々は、奇妙な怪物の体内に取り込まれていたことで逆に死を免れたが、怪物の毒のような成分で意識を失っていたと誤魔化されている。

 アグラニールや『聖者の躯』の話はなく、資料には類似する性質の魔物の生態や特徴に基づくそれらしい考察があるだけだ。事情を知る人が見れば雑な報告書に思えるが、ギルドからしたら冒険者の提出するものにしてはしっかりしている方という認識を得られるだろう。命懸けで戦う相手のことをのんびり観察して記憶する暇など、普通はないのだから。


 ミュルゼーヌは、別の事情で報告書を鵜呑みにしていいのか悩んだ。


(第三次捜索隊が妨害を受けなければ、生存者はもっと……でも、捜索隊をおびき出すタイプの魔物だったとも取れる。現に彼らはこんなに生存者を連れて、簡易的とは言え治療まで施している……それでも……)


 第三次捜索隊と連携すれば救える命があったのでは。

 まだ生存者がいる可能性を捨てるべきではないのでは。


 されど、第三次捜索隊が生存者を全員死なせず保護出来ただろうか。

 スノウゴーレムを突破出来たところで、資料にある怪物を相手に出来たのか。


(怪物がナナジマさんによる虚偽……いや、それでは生存者の状況が不自然すぎる……そもそも、なんで私はこんなに悩んでいるの……?)


 彼女は自分の感情に気付けていない。


 前例を恐れて行動しては現実は何も変化しない――彼女が自分で口にした言葉だ。しかし、目の前の現実は一体どうしたことか。前例に逆らい人道的により正しい選択をした筈の自分は何も成せず、そしてミュルゼーヌの正しい行動に対して異を唱えたハジメは目に見えた結果を出している。


 自分のやったことは無駄を通り越して足手纏いですらあったのではないか?

 しかし、それはおかしい。おかしい筈だ。

 だってミュルゼーヌが尊敬した人の正しい理論と矛盾する。


(正しい行いをしたのに上手く行っていないなら、相手に欺瞞がある筈じゃないの? ないとおかしい。絶対にある筈。そう、そうだ、私たち第三次捜索隊が中心になって捜索していれば、やっぱりもっと助かった命があったに違いない……)


 ミュルゼーヌは知っている。

 メディアも町の声もネットも雑誌も何もかも、あの人の全ての言葉を正しき理論だと称賛していた。

 いい年をした大人たちが単純な嘘に騙される訳はないから、あれは正しいことの筈だし、実際に正しいとされる根拠をSNSでも動画サイトでも山ほど見てきた。

 中には正しき理論を貶める人間もいたが、民主主義は多数決だから多数が絶対的に正しく白い筈だ。国民が選んでいるのは正しき理論なのだ。そも、正しくないのであれば法律が全て平等に物事を解決する筈だ。


 だから、多数決で民衆から選ばれ、法にも罰せられることの一切なかった尊敬するあの人は、やはり正しい。その意思を知り尊重するミュルゼーヌもやはり正しく、目の前の現実は理想より劣化した現実であり結果でないとおかしいのだ。


(なのに、どうして『貴方方の頑なな態度が犠牲を増やしたと』と言える根拠が何も見つからないの――?)


 革新的な正しさが古き考え方に敗北することなど、あってはならない筈なのに。


「――と。――っと。――ちょっと? お話、まだ終わってないんだけど?」

「少し……情報を頭の中で整理させてください」


 か細い声でそう呟いたミュルゼーヌは出入り口から外に出る。

 マルタの声がきちんと耳に届いていたのかも怪しい様子だった。

 ラバールにあれは大丈夫かと声をかけようとして視線をやると、彼は彼で死者に祈りを捧げていて話を聞いていなさそうだ。時折口元から人の名前と祈りの言葉が漏れているのを見るに、彼の村の行方不明者は生存者の中にいなかったようである。


(ま、普通の人間なら犠牲者の話を前にしたらこんなもんなのかな? こっちとしちゃ何にも終わってないんだけど、部外者は暢気ねぇ)


 倫理観がやや壊れ気味のマルタには二人の気持ちがまるで分からない。

 ただ、彼らには彼らの苦悩があるように、マルタにも新たに悩みが出来た。 


(神の言葉通り己の死に方を知ることは出来たけど……いますぐあの世に逝ってきまーすって感じでもなくなっちゃったなぁ。臨時講師、もう一年続行かも)


 実は、彼らには伝えていない重大な事実がもう一つ存在する。


 バニッシュクイーンの消滅後も、反転情報空間は消えていない。

 それどころか、僅かずつ――本当に僅かずつではあるが、歯止めが利かないまま拡大を続けていた。

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