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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-30

 人を説得するときにどうすべきか。

 ハジメは生憎と心理学者でもカウンセラーでもネゴシエイターでもないので、思った言葉を口にするしかない。それで数多くの人を怒らせたり不快にさせてもきたが、最近は多少減ってきたような気がする。

 だから、余計な前置きはしないし情に訴えもしない。


「ソーンマルスの処分の有無に関わらず、俺はシルベル王国の国王と謁見してこの一件について報告する。君は知っていると思うが、俺と俺の住まう村はエルヘイム自治区と親密な関係にあり、彼らもアグラニール・ヴァーダルスタインの危険性について懸念を示している。奴を追い詰めて無力化するには一国家のみでは対応しきれないため国家間で協力するべきだ。その際に、ソーンマルスは一貫してシルベル王国の国益の為に行動していたことを当事者として証言するつもりだ」

「……エルヘイム自治区の人間との合意形成コンセンサスが取れていることの証明がないことには、ただの言葉でしかない」

「外交筋による確認をお勧めする」

「それではこの場における説明になっていな――!」


 と、話の途中で突如としてハジメの隣の足場に雪がうねって魔法陣を描き、その中からエルヘイム自治区最強の古の血族――オルセラが転移の光と共にぬっと姿を現した。

 これにはさしものシーゼマルスも瞠目する。

 彼女はオルセラの顔も素性も既に目撃済みなので、余計に驚いたことだろう。


「シルベル王国の騎士。我の顔くらいは覚えていような?」

「はっ!! ご無礼をお許しください!!」


 流石は責任ある騎士の立場だけあって、シーゼマルスが他国の王族に礼儀として頭を下げるのは速かった。

 他国の人間とは言え外交に影響しかねない重要人物だ。無礼があれば国政の未来に干渉しかねず、今度こそソーンマルスの立場が危ういと感じたのだろう。

 オルセラはそんな彼女を面倒臭そうに手で制す。


「我とハジメは契約を交わしておる故、その気になればいつでも意思疎通ができる。便利なものだ。当然ハジメがエルヘイムの威光を傘に着ればそれを諫めることも容易い」


 つまり、ハジメの言葉に偽りがないことをオルセラは伝えてくれている。

 で、それは大変有り難いのだが、ハジメは彼女に一言言わずにはいられないことがあった


「お前寒くないのかその風通しのいい格好で。いや、魔法で守っているんだろうがこっちとしては見ているだけで寒くなるぞ。上着くらいなんか羽織れ」

「貴様等の感想など我は知らん」


 この極寒の森林の奥地にあって、オルセラは相変わらず身体のあちこちが露出した姿を堂々と晒していた。流石に日焼けみたいな皮膚の色は元の玉の白肌に戻っている。

 シーゼマルスはオルセラに対してハジメが敬語も使わず堂々と会話している光景を見て、ハジメがエルヘイムと深く繋がっていることを確信したようだった。快くはなさそうだが納得はしてくれそうだ。


「で、なんで出てきたんだ?」

「此度の事は兄上に報告してある。その上でシルベル王国の王宛に親書を預かっておる」

「……そうか」


 彼の意図を考えてみたハジメだが、恐らくは政治だろう。

 今、シャイナ王国は保身の為に何をやらかすか分からない国家だ。

 もしこの一件を察知したシャイナ王国がシルベル王国に自国の都合の良い情報を伝えたり事実の隠蔽のためのカバーストーリーを伝えた場合、長年の友好国であるシルベル王国はシャイナ王国側に傾くかも知れない。

 しかし、エルヘイム自治区が先手を打てばその真逆にもなりうる。

 エルヘイムとしては後者の方が都合が良いだろう。


 オルセラはふん、と、鼻を鳴らす。


「これから届けるついでに無駄な諍いを止めてやったのだ。感謝せよ」

「ん、ありがとう」

「……相変わらず毒気を抜かれる男だ」


 憎まれ口を叩くオルセラは素直なお礼を他人から言われ慣れてないのか少しむずがゆそうだった。彼女はそれだけ言ってまた転移で姿を消したので、ハジメは話を進める。


「今回の件についてはつまり、エルヘイム自治区からの情報提供を酌量すればソーンマルスが大きな罪で罰される可能性は低くなると俺は見ている。その上で俺とエルヘイム自治区側から彼の罪が功績によって相殺されるよう働きかけるつもりだ。政治的に見ればこちらから巻き込んだ形だからな」


 無言のシーゼマルスに、ハジメなりの誠意を示す。


「冒険者としての依頼人への義理立てと、神に誓って最善を尽くす。俺のせいでソーンマルスが牢獄に叩き込まれたら妻や子供、隣人たちに胸を張って誇れない」

「ワウッ」


 アロが吠えた。

 なかなかの巨狼だけあって顔は厳めしいが、その鳴き声に人を威嚇するような鋭さはなく、神獣なりの感覚でハジメの心を見抜いた上で認めたものだったのだろう。シーゼマルスはアロに絶大な信頼を置いているのか、アロの頭を撫でて頷くと改めてハジメの側を向く。


「一つだけ要求します。私とアロに対して、その言葉に責任を持つと誓いを立てなさい。私はフェンリルの巫女で、アロはフェンリルの眷属。その前での誓いは神獣によって見届けられることと同義です」

「誓おう」

「ならば、ここは引き下がります」


 それでもシーゼマルスは不安そうな気配を隠せていなかったが、それはハジメに対する不安ではなく彼女自身の心境に起因する者だと自覚があったのか、それ以上は追求しなかった。


 ぱちぱちぱち、と、横合いから拍手の音が響く。

 ハジメはさっきからずっと今の光景を傍観する者がいたことには気付いていた。シーゼマルスも同じらしく、一つため息をつくとそちらを見やる。


「あと一時間早く現着して頂きたかったですね、『サファイアの騎士』、オズフォード卿」

「勘弁してくれよ、シーマちゃん。おっさんこれでも全力で来たんだぜ?」


 シルベル王国最強格の騎士を相手に飄々とちゃんづけで呼ぶその男は、年齢にして四十代ほどの騎士だった。

 頭には軽く白髪も交ざっておりなんとなく苦労人という言葉を彷彿とさせる皺がちらほら見受けられる顔だが、自然体でありながら隙のない姿は上位冒険者のそれと同じ場慣れを感じさせる。男は続いてソーマに向けてフランクに片手を挙げる。


「よっ、坊主。また派手にやらかしたみたいだな。お前の上司、ランディ・オズフォードの登場だぞ~?」

「能書きはよろしいので要件をば」

「……お前ら姉弟ときたら息合いすぎだろ。おっさん虐めて楽しいか? 泣いちゃうぞ? 40代のおっさんが全力で号泣しだしたらこの世の地獄だぞ?」


 どうにもグラディス姉弟と『サファイアの騎士』ランディは気の置けない間柄にあるらしい。二人の邪険な無言の視線に気圧されたランディはため息をついて肩を落とす。


「急いで来たのは本当なんだが……まぁいいや。一昨日カルセドニー分隊からの現場の詳細な報告がやっと王宮に届いてな。想定外に訳の分からんことになってるからお前が現場確認してこいってことでおっさんが派遣された訳。ご丁寧にこんなもんまで寄越してくれちゃってさぁ」


 ランディは胸元から虹色のクリスタルのネックレスを取り出した。

 途端に聖結晶騎士団全員の顔色が変わる。


「お客人に説明するとこれ、最高指揮権限の証ね。先任特権も第一等級騎士としての権限も上回る、王の代理としての命令権って訳。おっさん今一番偉い」


 どやった瞬間アロが鬱陶しそうに大きな尻尾でランディの脛をはたいた。


「狼には効果がないみたいだな」

「神獣の眷属だしねぇ。王にだって従わないよねぇ……あたっ、いたっ、分かった! 本題に入るからやめてよぉ!!」

「ワウッ」


 アロの容赦ない脛への連打にダメージを受けたランディは涙目になる。

 鎧が守っているとはいえ無防備に受ければ痛いものは痛いのだろう。


「王様から色々言付かってるけど、まず『ダイヤモンドの鎧』は? ……あら、もう取り返してんじゃん! んじゃ、命令の一つは達成した訳だ。んで、『アメジストの騎士』に煮え湯を飲ませた肉まんじゅうはどったの? 粉微塵になって死んだ?」


 しばしの沈黙。

 騎士達には言い出しづらいかとハジメが口を開きかけた刹那、ソーンマルスが一歩前に出る。


「下手人を現状のまま倒す事は不可能と判断し、自分が介入して逃がしました」

「ほー。そりゃまたアレだな」


 そり残した顎髭を摩ったランディは、一瞬でソーンマルスの眼前にまで近づいて真っ直ぐに目を見る。


「王の勅命を何と心得るか?」


 そこには、先ほどまでの苦労人感がある三枚目の気配は欠片もない。

 今にもソーンマルスの頭を叩き潰しても可笑しくない威圧感があった。

 ソーンマルスは直属の上司の気迫を完全に受け流して堂々と発言する。


「王の勅命であろうと出来ないものは出来ません。そんなことのために第一等級騎士とオーバーライドの権限をリスクを抱えてまで集中させておくことは、最終的には王の名誉に関わるので妥当な判断としました」

「お前が国王に代わって物事を決定するのか? いつから貴様に国を動かす権限カラットが付与された? 貴様のやっていることは国王引いては国家に対する叛逆に他ならない。騎士たる身分において最も許されざる所業の一つだ。しかし貴様は俺の部下でもある。言いたいことがあるなら――おい、何してる?」


 会話の途中でソーンマルスはいきなり自分の装備する鎧を脱ぎ始めた。

 全て外した装備を最後にマントでくるんで丁寧に一つに纏めたソーンマルスは、深々とお辞儀しながらそれをランディに差し出した。


「理由がどうであれ王の勅命を妨害したのは紛れもない事実。ソーンマルス・グラディスは只今を以てその責を負うために騎士の鎧を王へと返納し、騎士団の座を辞し、その上で何なりと処分をお請け致します。お受け取り下さい」


 余りにも決断が早くて周囲は絶句した。

 ハジメでさえ意図を図りかねるほどの判断の早さで、すぐ意図を察したのは恐らくシーゼマルスだけだったろう。ランディも面食らったが、すぐにまた責任を追及する。


「貴様の鎧の返納程度で減刑できるとでも思っているのか、え?」


 ランディの言葉はどこまでも冷たいが、ソーンマルスはそんな彼の言葉を完全に無視して鎧を押しつける。クーが止めようと間に入ろうとして、ヘインリッヒ達に制止される。シーゼマルスはただただ固唾を呑んで事の経緯を見逃すまいと事の成り行きを見ていた。


「唯一つ、全ての地位と鎧と引き換えに王に進言致したく存じます。罪人の身故に王に謁見すること叶わぬ故、『サファイアの騎士』ランディ・オズフォード卿に言葉を託しまする」

「罪人の言葉など伝える義務がないなぁ」

「あの者はシルベル王国のみならず全ての国家にとって魔王軍以上の脅威となり得る存在であり、更にはシャイナ王国にとって知られると都合の悪い存在でもある模様。あれを滅する鍵は冒険者ハジメ・ナナジマにあり。どうか彼の者の御言葉に耳を傾け、慎重なる聖断を下して頂きたくここに願います。それがこのソーンマルス・グラディスの望む唯一のことです」


 ランディは鎧を抜いたソーンマルスの胸ぐらを掴んで片手で持ち上げる。


「上司として部下の話を聞いてやらんこともないとはない。が、勅命を邪魔した挙げ句に分不相応な諫言を王に伝えろとは、いよいよを以てして貴様の減刑は期待できないものと知れ」

「ふっ……」

「何が可笑しい」


 足が地面につかないほど持ち上げられた姿勢で、ソーンマルスは笑っていた。


「騎士ならば、民の命がより多く助かる方を選ぶのは当然のこと。他ならぬ貴方の言っていたことです」

「……」


 ランディはソーンマルスを視線だけで人を殺しそうな視線で睨め付けていたが、やがてため息をつくと威圧感を全て霧散させて彼の足を地面に降ろした。


「もーいい。ヤメヤメ。一応王に頼まれて凄んで見せたが、これ以上やったらおっさんアロの餌にされちまうよ」

「アロはグルメなんでおっさんは食べませんよ」

「も~お前って奴は~……はぁ~……もう一回確認すっぞ。二言はないな?」

「ありません」

「分かった。んじゃ、王の言づてに従ってこの場で俺がお前の処分とシーマちゃんに命令を下す」


 おっほん、と、わざとらしく咳払いをしたランディは、マントで包まれた鎧をソーンマルスに突き返した。


「勅命を妨害した罪状を以てして、現時刻を以て『アイオライトの騎士』の席を『聖結晶騎士団セイントクリスタルナイツ』から追放する。ほれ、持ってけ」

「……はぁ?」

「だからぁ、『アイオライトの騎士』がなくなるんなら鎧も当然国の所有物じゃなくなるって訳。俺はいらんからお前が持って帰れ」

「……はぁぁぁぁッ!!?」


 今度はソーンマルスが唖然とする番だった。

 ランディは意趣返しとばかりにソーンマルスの反応を無視する。


「シーマ嬢ちゃんは例の盗人の討伐を続行。ただしカルセドニー分隊から最低一名定期報告役を近くに置くことと、必要に応じてアクアマリンの騎士団から援軍を呼んでよし。なるべく速く片付けろってことだけど、これ要するに時間に期限ないよってことね。成功の暁にはなんか一つ褒美をやるから考えておけって言ってたけど、まぁないなら弟の騎士団復帰でも頼めば?」


 とんでもなく軽いノリで弟と一緒にいてもいいことになったシーゼマルスは唖然。

 アロは大あくび、クーは安堵に胸をなで下ろし、そして――ソーンマルスとヘインリッヒはランディに猛烈に食ってかかっていた。


「ならん!! それはいくら何でも道理が通らんぞ団長!! まるで罰になってないのが丸わかりじゃないか!! 王たるもの、仮に目を掛けていた相手だとしても罰に手を抜くなどあるまじき贔屓!! 君主のやるべきことではないッ!!」

「その通りです、オズフォード卿!! シルベル王国は王という絶対者とその下に属する者との上下関係と王自身がお決めになられた厳格にて厳粛なルールによって律せられてこそ安定するもの!! 幾ら表沙汰になってない一件とはいえこれでは他の臣下に示しがつきますまい!!」

「そうだ、ヘインリッヒが俺の言いたいことを全部言ってくれた!!」

「ほら、聞きましたか!! この男は王の面目のためにも罰を望んでいるのです!!」

「お前ら仲良いなぁッ!!? 王制国家の在り方についての考え方だけシンクロ率100%かッ!!?」


 まさかこんな場面で二人が結託するとはハジメも予想外だったが、正直王の決定なんだからさっさと諦めて鎧を受け取って欲しかった。

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