10-2
サンドラの村加入から数日経った、ある日のこと。
NINJA旅団のアジトから眼下を見下ろすオロチは、ぽつりと呟く。
「この村も少しばかり賑やかしくなってきたな」
「確かに村らしくにゃってきたにゃー」
「師匠はアジトを町の外れに移そうかと考えてるそうでゴザル。ニンジャ的な気配りでゴザルね」
オロチに独り言に、共にいたツナデとジライヤが続く。
ここ最近で村には人が増えた。
まず、ハジメがどこからか連れてきてショージと飲み仲間になったハーフドワーフのブンゴという男。
「んふふ……エルフ、鬼人、キャットピープルにモノアイマン。この村の女子は粒揃いじゃないの……」
「え、お前モノアイマンもイケるクチかよ」
「なんだお前駄目なの?」
「いや、俺はイケる。生前の友達にはめっちゃ馬鹿にされたけど」
「分かりみ……」
「お前もか……」
この男は碌に修行もしていないのに一級冒険者に迫ろうかという実力者なのだが、どうも他人と歩調を合わせられない上にかまってちゃんなところがあるらしい。
曰く、自分が中心的役割を果たしていたパーティでリーダーとの不和から追放されたが、その結果仲間に全く止められないわパーティは順当に成長を続けるわで自分が普通に面倒がられていたという事実に打ちひしがれているところでハジメに出会い、彼を経由してショージと友達になったそうだ。
結果、二人は数年来の友人のように意気投合している。
「いやね……俺めっちゃパーティの中心だったと思ってたんだけど、全然気のせいだったわ。何日か前に様子見に行ったら俺がいた頃と全然変わんない雰囲気だったわ。みんな近づいたら普通に俺に世間話とか振ってくれるし。ちょっと社交辞令的だったけど」
「うわキッツ……」
「ほんまやて……そのあと暫く一人で頑張って冒険してたけど、パーティに誘われても一回仕事一緒にしたらその後二度と誘われなくなるんだよ。なんでか聞きたくて尾行してみたら、やたら強くて親切だから不気味で、逆にいつもの空気感になれないって……」
「もぉヤダよぉ……悪がいないのに排斥されるのがリアルでヤダよぉ……」
「異世界にはもっと丁度良くぶちのめして気持ちよくなれる人間のクズが必要だ!!」
「おうよ必要だ!! もっと安易に爽快感を味あわせろー!!」
二人はその染まりやすく飽きやすい性格、よく分からない場面で興奮するところ、意味の分からない言葉を使うなど妙に共通項が多い。おかげでショージの発作が減ったが、たまにブンゴも発作を起こすのでトータルあまり変わっていない気がする。
次の加入者は、ヒューマンの医者クリストフと助手二人だ。
彼らはNINJA旅団がこの村に連れてきた者たちである。
まずクリストフ医師は三十代半ばの男性医師だ。
少々治安の悪い場所で長らく医者をしてきていたため口が堅く、ライカゲとも相応に付き合いがあるのだという。事実、オロチも何度か世話になったことがある。性格は温和そのもので虫も殺せなさそうだが、治療の邪魔をされたり患者が言いつけを無視したときはその限りではない。
最近魔物の執拗な攻撃で住んでいた町が滅んでしまい、その際にいい移転先がないか相談したのがライカゲだったため、助手諸共ここにやってくることになったという。
「ここはいいねぇ。怖い人がみかじめを取りにこないし、薬草を育てるにはとてもいい環境だよ」
クリストフはフェオの許可を得て建てた診療所の庭で薬草に水をやっている。その隣には助手であるダークエルフの子供が二人ついていた。
「そうですね、先生。あんな薬草やこんな薬草も育てられますし!」
「……」
元気よく返事したのが姉のヤーニー。
返事はないが頷いたのは弟のクミラ。
二人とも親のダークエルフに研究費欲しさに奴隷として売られて紆余曲折あったのち、クリストフに保護されたという。
二人に血の繋がりはないものの付き合いは長いらしい。一見して仲のいい姉弟のように見えるが、ああ見えて独占欲が強いのか夜はどっちがクリストフと同じベッドで寝るか争っており、クリストフはもっと大きなベッドの発注をかけているそうだ。
それでも根本的には結局仲良しではあるようだが。
ただ、彼女たちを見るハジメとライカゲの視線が僅かに鋭いことから、弟子三人もそれとなく彼らを警戒している。彼らはクリストフの前では従順な子供だが、時たま昆虫的な無機質さが垣間見える気がした。
最後の加入者は、フェオが開拓計画の一環として見つけてきた二人のジジイ。
ドワーフのゴルドバッハとシルヴァーンだ。
「ほうほう、ここを基本の通りにしつつ、ツリーハウスも連ねてぇと? なかなか無茶考えるな、お嬢ちゃん。だが面白れぇ!! おいシルヴァ!!」
「わぁってらい。間隔、路地、日照、全部計算して図面引いてやるわい。お嬢ちゃんは測量手伝いな」
「はい、了解です!!」
ゴルトバッハは建築担当で、シルヴァーンは設計担当。
このコンビは嘗ては城の建築でも名をはせた名コンビらしい。
子供に自分たちの建築チームの跡目を継がせて暇を持て余した二人は、彼らの噂を聞きつけてスカウトに来たフェオに驚くほどあっさり協力を承諾したという。老後の暇つぶしだと言いつつ、仕事をする様は活き活きしていた。
これで村の住人は計21名。
更に、イスラとマトフェイという聖職者もこの村に住む予定らしい。
「……フェオ殿は凄いな」
「どしたのオロチ、急に?」
「いや……彼女の夢に対する情熱には驚かされる。最初に未開の土地であったここで姿を見たときは少し頼りない印象だったが、今は違う。大きな事を為そうとしているのが伝わってくる。その情熱が周囲に伝播している」
「分かる気がするでゴザル」
ジライヤが頷く。
「きっとフェオ殿は、誰よりも心がお強い人なのでゴザル。特別な能力がなくとも、きっとそれこそがフェオ殿の尊敬に値する力。故に師匠もハジメ殿も一目置いているのではと思うでゴザル」
「そうかにゃ? 友達としてはそんな風には思わないけどにゃ。フツーにお洒落で盛り上がったり、フツーに推しの作家の本読みあったり、フツーに美味しいもの食べにいったりするにゃ」
「それはそれでいいことですよ、ツナデ。誰もが彼女を特別扱いしてたら、きっとどこかで皺寄せが来ます。フェオ殿にとってツナデ殿は得難い友。そんな風に人によって違う関係を結んでこそ、フェオ殿は今のままでいられるのでしょう」
ハジメを言葉で圧倒するフェオ。
ジライヤに愛想笑いで距離を取るフェオ。
クオンの世話を満更でもなさそうに焼くフェオ。
そして、村の発展の為に様々な事に挑戦するフェオ。
この村は、まさに正しく「フェオの村」だと三人は思った。
「……なんだか体を動かしたくなってきたな。修行するか?」
「確かに、今は時間があるにゃあ」
「我らも我らの夢を追いかけねば、でゴザルね!」
忍者の弟子たちは、真の忍者を目指して今日も修行に励む。
彼らが大きく活躍する日もそう遠くないだろう。
◆ ◇
唐突だが、ハジメはクオンの父である。
ママ呼ばわりされてるので母でもある。
当然娘のことは気にかけているし、日を跨ぐ仕事の際には周囲に事情を伝えてよく見てもらうようにし、仕事自体も可能な限り短縮を図って、少しでもクオンと一緒にいる時間を稼ごうとしている。どうにか時間を金で買えないか真面目に検討しているほどだ。
忍者たちの修行場をアスレチックに見立てて遊んだり、寝る前に絵本を読んであげたり、クオンが初料理チャレンジで作った犬の餌みたいな食事を文句を言わずに平らげたり、精一杯親としてできることを果たそうとしている。あとハジメは味に頓着しないので別に犬の餌は嫌ではなかった。
そんなハジメであるから、自分が留守の際に時々クオンが忽然と姿を消し、そして夕方にこっそり家に戻ってきてあたかも家にいたように振舞いつつ「グランマグナの上の花畑なんて行ってないよ!」と堂々とボロを出していることは知っている。なんとも子供らしく可愛らしいボロの出し方だ。
どうやら娘は何者かとグランマグナの上の花畑で遊んでいるらしい。
実際、彼女はちょこちょこ見慣れない不思議なアイテムをいつの間にか自室に飾って鼻歌を歌っていることがある。枯れない花冠、見慣れない手袋、強烈な呪い耐性を付与する木札のお守りなどだ。そのすべてが冒険者の装備品として上質なまでの機能を持っているのは鑑定スキルで確認済みだ。
十中八九、クオンが遊んでいる友達というのは森の奥に住むエルフだ。
こっそり言いつけを破っているのは若干気がかりだが、ハジメは敢えてそれには気付かないフリをしている。クオンが村の外に友達を作るのは悪いこととは思わないし、町で起きたことを考えれば、むしろエルフとは上手く付き合えてるのではと思ったくらいだ。
ただ、親としてそれをいつまでも放置は出来ない。
関わり合いを持つなということではなく、せめて一度顔くらい確認したいという思いはあった。何も知らないままではクオンの身にいつか危険が迫るかもしれない――というのもなくはないが、逆にクオンの強すぎる力が相手を傷つける可能性をハジメは気にしていた。
なのでハジメは一芝居打つことにした。
「いつかクオンが友達を連れて家にやってきたら、ご馳走を作ってお迎えしてやりたいな」
「ふ、ふーん。そうなんだぁ……ご、ごちそうってどんな?」
「そうだな……まだクオンには食べさせたことのない揚げ物なんていいかもな。からあげ、えびフライ、コロッケなんかはどうだろう。サクサクした歯応えと油の旨味はきっとクオンも気に入るだろう。誰もが羨むごちそうだ」
「だれもが羨むごちそう……!?」
一体どんな食べ物を想像していたのかは不明だが、クオンの口からは見事に食欲を湛えた涎が垂れていた。これまでのクオンの食事嗜好から見てこれらの揚げ物は確実にクオンの胃を掴むだろう。今のうちに最高級の材料を揃えておかなければならない。
このやり取りによってクオンは「友達を家に連れて来れば未知なるご馳走を食べられる」という情報が刷り込まれた。更に、「友達が出来たと知れば約束を破った件は誤魔化せるかもしれない」という考えも頭をよぎったことだろう。
念のため揚げ物以外のエルフが好きそうな品を幾つか考え、ハジメは「買い物に出かける」とわざと家を空けた。
さて、クオンはこの誘いに引っ掛かるだろうか。
しかして、結果はハジメの予想通りのものになった。
「た……たまたま! たまたま村に来てたまたま仲良くなったフレイとフレイヤとグリンだよ!!」
私、隠し事してます! と言わんばかりに引きつった笑顔のクオンが紹介した友達は、やはりエルフだった。一匹ちょっと予想外なのもいるが。
「初めまして! エルフの里より掟を破ってやってきたフレイだ!」
「まぁ、いけませんわお兄様! エルフの里は存在自体を余所者に知らせてはいけない他、いろいろ掟を破っています! まぁ、バレなければ問題ありませんけど。妹のフレイヤですわ。どうぞよしなに」
「ああ、娘が世話になったな。俺はハジメという」
エルフの兄妹は、いわゆる絶世の美少年だった。
美少年とは男も女も含むので誤用ではない。
絶世というのは誇張表現でもなんでもなく文字通りだ。
例えばだが、この村にいるフェオ、ツナデは一般的視点から見ると非常に見目麗しい。ベニザクラも鬼人から受けが悪かっただけで、ショージとブンゴ曰く『水墨画から抜け出してきたような美人』と称されるほどの容姿を持っている。
そんな彼女たち全員が口をそろえて「将来絶対美女になる」と太鼓判を押し、ドラゴン系列の存在からは神々しささえ感じさせるというクオンと並び立って、彼らは遜色のない美しさを持っている。
美醜に頓着のないハジメでさえ気づけたのだから、相当だろう。
しかもこの二人、レベルに対して能力値が恐ろしく高く、フェオの半分以下のレベルなのに魔力はフェオを上回っているほどだ。もしかしたら里の中でも特別な存在なのかもしれない。
(……特別度合いで言えばもう一方のが凄まじいがな)
「……ブヒッ」
エルフの兄妹に紹介されて鼻を鳴らす金色の毛並みの豚、グリン。
こちらの方が特大の問題だ。
(この気配、上手く抑えているがレベル100はゆうに超えている。しかもこの深い知性を湛えてこちらを値踏みする瞳……こいつ、恐らく……)
「……」
「お願いだから村の中で暴れてくれるなよ」
「ブヒッ」
我が家はペット立ち入り禁止です、とは言えない空気なため、ハジメはとりあえず当たり障りのないことを言っておいた。
ちなみに、戸惑っていたのはハジメだけではない。
実はフレイとフレイヤも予想外の展開に戸惑っていたのだ。
「ママと呼んでいるからてっきり母親だと思っていたが、思いっきり男だとは予想外だったなフレイヤよ」
「ええ、あれはどう見てもパパにしか見えませんわお兄様。クオン、別にママがいる訳ではないのですか?」
「卵を産んだのをママにカウントするならいるかもしれないけど、わたしにとっては今のママがママだよ!」
「むぅ、そうか……」
「人の世は不思議ですわ……」
不思議なのはクオンの方だが、生まれてこの方エルフ以外の人間に出会わなかった二人は気付かない。そして二人も自分たちがだいぶ不思議な存在であることに気付かないのであった。




