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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-28

 シーゼマルスの足止めは成功。

 全てではないがアグラニールから取り出すべきものも取り出した。

 残るは、謎まみれのバニッシュクイーンのみ――。


 アンジュが目を細め、事実上マルタ一人で相手をしていたバニッシュクイーンを見やり、呟く。


「どうやらあっちも終わりみたいだね」


 視線の先では、バニッシュクイーンが再生能力を失って次々に身体を切り裂かれていく無惨な光景が広がっていた。


 ――バニッシュクイーンとの戦いの決着は、実際には最初から着いていた。

 カルマはバニッシュクイーンがどういう存在なのか、分析という観点からおおよそ暴いていたため、倒すことは難しくなかった。しかし即座に倒さなかったのは、ハジメの人間にしては頑張っているが欠点だらけの計画に従者の義理で付き合ってやった結果である。


 無論、これはカルマが圧倒的に優れた存在であるからして、ハジメがどんなに努力して最良の選択を心掛けたところで欠点があるのは仕方のないこと。そこで己の出来る精一杯を振り絞っている部分をカルマはある種、評価している。


 本当にあと少し足りない、その埋め合わせ。

 ハジメはそれ以上を望まない。


 彼はアグラニールの逃走が終わってからバニッシュクイーンを倒すという順序を重要視していた。

 何故ならば、聖躯アグラニールを封印したり完全に撃破する手段がなかったからだ。

 もしもバニッシュクイーンを先に倒せば、最大の脅威が消えたアグラニールは無限の再生能力を利用してずっとハジメたちと戦おうとしたかもしれない。その間にダークエルフの秘術を学習し、鎧の特性を学習し、現在進行形の戦いからも着想を得て急激に成長されたらどうなるか。


 空間魔法の掌握に成功すれば転移で逃げても追ってくる。

 封印の術なしに相手にすればいずれ誰かが捕まるか殺されてしまう。

 かといってアグラニールだけを殺せば『聖なる頭』は無限の暴走を始め、取り返しのつかない甚大な被害が発生する。


 もしかしたらその被害はカルマならどうにかするかもしれないが、ハジメはそのことを知っていて敢えて彼女を利用するようなやり方――アグラニールを子供のいる場所に誘導して本気を出さざるを得なくするといった愚かな最適解を自ら排除していた。


 結果、アグラニールはバニッシュクイーンを警戒して捨て台詞のひとつもなく逃げ出した。もうバニッシュクイーンを生かしておく理由はない。


(とはいえ、もし私がいなければ果たして人間達はバニッシュクイーンを殺せたのか……なんて、気にしても仕方ないか)


 バニッシュクイーンもまた無限の再生能力を持っているかのように見えるるが、実際には基底構成情報を元に現実がそのように振る舞っている――つまり、リアルタイムで再生する再現体のような存在だ。

 再現体を完全に破壊するにはいくつかの方法が存在するが、最も簡単なのは基底情報への干渉――呪いだ。魂なき器は呪いへの抵抗にある種の脆弱性を抱えている。


(人間には難しくとも私には児戯に等しいこと……ほうら、ね)


 ハッカーがセキュリティの穴を見つけるのと同じように、カルマは再現体の弱所をあっという間に発見し、掌に球状の術を浮かべる。無数の図形や紋様、文字が重なり合って形成されたそれをカルマが軽く投げると、球体は分解されながら戦闘を続けるマルタの鉤爪に纏わり付いて効果を発揮した。


「マルタ、宴もたけなわなところ悪いけど、そろそろ終わりの時間よ?」

「アハハハハァァーーーー!! ……はぁ、こいつも私の死じゃなかったかぁ」


 異常な興奮状態から瞬時に落ち着きを取り戻したマルタは、爪撃でバニッシュクイーンの異形を切り刻んでいく。切り裂いた傷口から入り込んだ呪いは基底情報を蝕み、参照されるデータそのものを欠損させていく。生ある存在ならある程度レジスト出来るが、バニッシュクイーンには魂がないので設定されたセキュリティを掻い潜られれば防ぐ術はない。

 触手や爪、翼、異形の下半身が鮮血を吹き出して切り離されていき、あっという間にバニッシュクイーンは躯の中枢である女性の上半身くらいしか原形を留めない程に破壊されていった。


 最後に残された人間の形の上半身をマルタは見つめる。

 昆虫の複眼や角の生えた頭が脱力し、マルタの方に傾く。

 直後、その人外的な部分がずるりと剥げて落下した。

 露になったのは、怪物ではなく人間の顔だった。

 顔は無機的に目だけを動かしてマルタを見ると、瑞々しくも血色の失われていく唇を開く。


『久しい顔だ、チヨコ・クマダ。当該個体の基底にある知性、オリジナルの反応を言語化すると、そうなるだろう』

「――……」


 虫の息とは思えないほど淡々と喋り出したその異形の素顔は、余りにも、余りにもマルタと瓜二つだった。ただし、声はマルタのそれに、何故か記憶を擽る男性のものが混ざっている。


 脳の奥から光が漏れるような感覚がマルタを襲う。

 それはまだ形を為していないが、感覚で分かる。

 逆流しようとしている光の正体は、己の遠い過去だ――。


『まだ死への旅路に向っていなかったことは予想に反していたが、それは結果としてオリジナルへの手助けとなった。オリジナルを再現した知性はお前に深く感謝している。おかげで悲願は達成された』

「あんた、そう、あんたは――ヘイズル。ヘイズル・スミス。あたしにこの子(スライム)をくれた、友達……」

『オリジナルを記憶してくれていたことに、僅かな嬉しさを覚える』


 マルタの記憶が一気に鮮明になる。

 そうだ、ヘイズル・スミスはダークエルフで、生物を創造する能力を持っていた。

 最初はマルタを利用するために近づいてきた陰湿で得体の知れない男だったが、長い時間はやがて二人を友人に変えた。


「そっか……アンタと最後に会ったの、大森林ここだったわね。あの日はもう少し綺麗で深く白い雪で森が覆われてた。ここでスライムくれて、別れを告げた……いや、正確にはアンタじゃないのよね? ヘイズルとは似ても似つかない姿だし」

『君であれば類推することは可能な筈だが。長期に亘る人生で記憶が不鮮明になっていると推測する。もしや死ぬ方法すらも君は忘れてしまったのではないのか?』

「えっ……知ってる、の?」


 その言葉に、また心の奥から何かが漏れる。

 表情を変えないバニッシュクイーンは淡々と語る。


『恩義から再度教えよう。《《ねじれの神》》より賜った力は、《《返納》》することが出来る』

「……手順を踏み、代償を……払え、ば」


 頭をハンマーで撃ち抜かれたような衝撃が脳裏を駆け抜ける。

 そんな大切なこと、いつの間に忘れてしまったのだろう。

 返納の仕方、返納するとどうなりのか、全てが記憶に鮮明に思い出される。


『人にしては長すぎる刻をこえて再び君と邂逅できたことを、オリジナルは嬉しく思うだろう』


 バニッシュクイーンの身体がぱらぱらと白い粉になって崩れてゆく。

 どうやら、限界らしい。

 最後にヘイズルの面影は、バニッシュクイーンを通してマルタの記憶の中の彼に似た不器用な笑みを浮かべた。悪巧みだと陰口を叩かれていたが、実際にはただ下手なだけの純粋な笑みを。


『擦り切れる寸前まで摩耗した人間の残滓が最期に君の役に立つとはな。実に心穏やかだ……私は全ての準備を計算通りに済ませ、悔いなく終われた。君も悔いなく終わることを、今際いまわきわにせめて願う――』


 まるで本人と喋っているような錯覚を覚えてマルタは咄嗟にバニッシュクイーンに手を伸ばしたが、それより一瞬早くバニッシュクイーンは完全に崩壊して散り、そして塵すらも反転情報に呑まれて跡形もなく消滅した。


 ――手を伸ばしたまま動かないマルタの隣に、珍しくばつの悪そうなカルマが着地し、彼女の背に声をかける。


「なんつーか、その。接点あるのは予想できたけどそんなに仲良い間柄だとは思わず普通に呪い預けちゃって、ごめん」

「……いーのよ別に。忘れてたこっちが100パー悪いし、あいつ自身はとっくに死んでたみたいだからね。あいつの最期にしては上出来だよ」


 マルタの反応はからりとしていた。

 不死身の彼女は旧神とは違えど死生観が常人と違う。

 だから、相手の気持ちも考えて本当に悔やんではいないのだろう。


 それでもカルマは神より優れたると自負する己らしからぬ見落としを気にして、所在なさげに自らの髪先を指で弄んだ。マルタはそんなしおらしい彼女を意外そうに見つめると「何ヘコんでんのよ」と意地の悪い笑みを浮かべ、肘で彼女の脇腹を優しくつついた。




 ◆ ◇




 真剣勝負の決着の刹那に横っ面からとんでもない衝撃波と雪交じりの土砂を浴びてひっくり返っていたソーンマルスは、土砂を吹き飛ばして身体を無理矢理起こす。


「ぶはッ!! ハァ、ハァ、なんだ今のッ!?」

「ブワウッ!! ブルルルル……」


 横を見るとアロも地面に突き刺さっていたらしく、身を捻って土砂から脱出した巨体が毛に付着した塵を振り払うようにぶるんぶるんと身体を震わせる。二人の集中力は完全にぷっつり切れてしまい、もはや目が合っても戦う空気ではない。


 近くまで飛んできたクーが着地して二人の安否を気遣う。


「ソーマ大丈夫!? 怪我してない!?」

「あ、ああ。衝撃の余り一瞬気が遠のいたが、身体は問題ない。アロは?」

「ワウッ」


 けろりとした顔をしたアロは一吠えすると、不意に上を見上げる。

 視線の先には『ダイヤモンドの鎧』を抱えた天使シャルアの飛行する姿があった。

 シャルアはソーンマルス達を見つけると風を切って下降し、目の前で着地する。


「作戦は完了です。細かい話は後にして、こちらを貴方のお姉さんへ。先生との戦いを止めましょう」

「そうだった! アロ!」

「ワウ!」


 アロが身を屈めて背に乗れとばかりに吠える。

 ソーンマルスは一瞬面食らうが、「そうか」とひとりでに頷くと飛び乗った。

 風の如く疾走するアロに捕まりながら、ソーンマルスは先ほどのアロの反応を感慨深く思う。


(アロは俺を背に乗せてはくれるが、いつも鼻先で身体を突き上げて器用に乗せていた。俺が大きくなってからも。それを自ら背に乗るよう促すのは……アロなりに俺を認めてくれたってことか)


 嬉しい反面、子供扱いから卒業したことに微かな寂しさもある。

 しかし、ならば余計に己はしっかりしなければならない。

 結晶で拡声器を生成したソーンマルスは肺一杯に空気を吸い込み、姉の耳へと声を届けんと叫ぶ。


「姉上ぇぇぇぇーーーーーッッ!!! 『ダイヤモンドの鎧』はぁぁぁぁーーーーーッッ!!! 取り返されましたぞぉぉぉぉぉーーーーーーーーッッ!!!」


 森林に響き渡る声はシーゼマルスの耳に届き、動きが止まる。

 ハジメはというと、何かを叫んでいるがソーンマルスの声が大きすぎて聞こえない。何を言っているのか確認するためにふたりはハジメに接近し――。


「トルネードスピンの余波が! 残っているから! ちょっと待――あっ」

「おうわぁぁあぁぁぁッ!!?」

「キャオォォォォォンッ!!?」


 ――剣が巨大過ぎたせいで咄嗟に止まらなかったスキルの繰り出した吸い込みに捕まって再度仲良く空を飛び、ハジメの近くの土砂に頭から突っ込んだ。


 二度に亘って不甲斐ない姿を晒してしまったソーンマルスとアロのふたりだったが、流石に二度目ともなると反応が速く、突き刺さった一秒後には既に自力で頭を抜いて立ち上がっていた。最初から刺さるなという指摘は甘んじて受けるが。

 ソーンマルスは『ダイヤモンドの鎧』を高らかに掲げ、シーゼマルスに見せつける。


「姉上ッ!! 任務もよろしいが、奪還されたこの鎧は再度盗まれぬよう姉上が手づから我らが祖国に持ち帰り、王にお渡しするのが道理ではありませぬか!!」

「……一理あるけども」


 ソーンマルスの尤もな主張にシーゼマルスは心中複雑そうに顔を顰める。

 任務が最優先であることは騎士として当然だが、奪われた鎧を取り返したにも拘わらずいつまでも王の手元に戻さないことにも、一度厳重な警備を潜り抜けられた鎧を第二等級騎士に任せて再度強奪される隙を晒すのにも問題がある。

 目的を完遂していないとしても、鎧を奪還した以上は確実を期してシーゼマルス自らが迅速に王宮に持ち帰るべきだ。


 ハジメもバスターマサムネ七十七式を手放して両手を挙げる。


「俺は依頼主の目的と利益に準ずるだけだ。これ以上は戦う意味がない」

「それが虚言であるかどうか、証明する手立てがありますか? 誰と繋がりがあるかも定かではないのに?」


 シーゼマルスは疲労を滲ませながらも、尚も晶装機士の姿を維持して槍の切っ先をハジメに向ける。一触即発の空気の中、アロがのそのそと歩いてシーゼマルスの側に寄った。

 アロが主の側に寄るのは当然だが、しかしアロの瞳にはもはや戦闘を続けようという意思が全く感じられない。シーゼマルスはそんなアロの上目遣いの視線を受けて諦めたように矛を収めた。


「……貴方を信じる訳ではない。二心はないと判断したアロを信じるのです」

「それで構わない」


 後からクーを初めとするカルセドニー分隊が駆け寄ってくる。

 機動力の高さでいの一番に到着したクーは、ソーンマルスから鎧を預かってシーゼマルスの元に飛び寄る。シーゼマルスは鎧が本物かどうかを入念に確認し、本物であることを確認してから漸く晶装機士の鎧を解除した。

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