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突然の予期せぬ衝撃に盛大に弾き飛ばされたシーゼマルスは、何が起きたのか分からず混乱しながらも勢いに逆らわず結晶のウィングとゴーレムの浮遊機能で風に乗った。
ここ一番の不意打ちであったならば、無理に踏ん張ればいい的になりかねない。逆に加速して幾つかの針葉樹をへし折りながら加速したシーゼマルスは状況を確認し、追撃の気配がないことを確認して姿勢を立て直す。
今のはアイテムか、あの猫たちの手品か、或いは何か見落としているのか――次の出方を窺うために自分を吹き飛ばしたものの正体を確かめたシーゼマルスは、流石に面食らった。
この森の針葉樹林はおよそ30メートルはあるが、そんな木々も小さく見えるほど巨大なブレードがハジメの眼前に聳え立っていた。この手の力を持った転生者がいたという話は聞かない訳でもないが、いざ目の前にすると余りの大きさに逆にスケールの感覚が狂う。
第一等級騎士の中にも身の丈を越える大剣を剛腕で振り回す者がひとりいるが、その騎士の剣は精々10メートル程度。それでも十分すぎる程に巨大なのに、このサイズを軽々と振り回されるとすると完全に未知の体験だ。
(落ち着け、サイズに呑まれてはいけない……あの男のサイズ感や周囲の木々からしてブレードのリーチはおおよそ70、いや80メートル程度。間合いはほぼ推し量れる。問題はあの剣をどれほどの速度で振るえるのか――)
ハジメが巨大なブレードを傾け、大地に水平に構える。
本来あれほど巨大な物体が移動すると不気味なほどゆっくりに見えるもらしいが、刃の動きはかなりスムーズに見えた。到底人間の膂力では操れない筈だが――。
(いや、あの男は武器や装備を浮遊させて操作していた。あの巨大な剣にもそれが有効なのかもしれない。それにしても巨大過ぎるけれど……さしもの彼もリソースを全て割いて操っている筈。その巨剣は仇となる!)
大剣のリーチは確かに脅威だが、晶装機士の飛行能力と砲撃能力ならばレンジ外から一方的に攻撃することは充分可能だ。
と、そこまで考えた刹那、ぞくりとした悪寒が背筋をなぜた。
(――あの男の思考能力でその欠点に気付かない筈がない!! まずい、考えが出遅れた!!)
転生者への不信感とは別にずっと感じていた、相手と自分の脳の近さ。
そして、不意打ちでシーゼマルスは少しの間思考するのが遅れたという事実。
即座に両腕部を砲撃型に変形しようとしたときには、大剣の切っ先は動き出していた。
巨大な剣が、戦闘の余波で滅茶苦茶になった無惨な森の上を滑る。
横薙ぎの斬撃ではない、回転斬りの類だと気付いた時には遅かった。
「うっ……!?」
刃に強烈な風が纏わり付き、晶装機士の巨体が揺れる。
「吹き飛ばすのではなく、引き寄せられている!! トルネードスピンかッ!!」
最悪だ、と、内心で毒づく。
トルネードスピンはハンマーの上位スキルだが、熟練度次第では大剣等でも使うことが出来る。その効果は重量武器をぐるぐると振り回すことで発生する突風で近くの敵を吸い寄せて叩くというもの。それをあの巨剣でやろうものなら、吸い寄せる勢いの強さは文字通り竜巻だ。
魔法による竜巻であればどうにか出来たが、トルネードスピンの吸い寄せ効果は範囲の狭さと引き換えに魔法以上で、風属性に対策しても減退率が低い。その狭さという欠点を巨剣という想定外の方法で補った結果、晶装機士はまんまと吸い寄せる風に捕まってしまった。
「り、離脱を……!!」
推力を増強して逃れようとするが、ここで晶装機士の巨体が仇になる。
サイズが大きければ空気抵抗も大きくなるからだ。
(空気抵抗を減らした形状へ……!)
結晶の形状を防御力に優れた形から空気抵抗の少ない流線型を意識した形状に変え、ウィングと武装を複合させて離脱しながら武装を爆弾に変更する。
これなら砲撃の反動を気にせず、次々にエネルギーを充填して切り離すだけで勝手に相手に向ってくれる。更に長距離砲撃ドローンも結晶実弾に切り替える。
エネルギーを充填された結晶の爆弾が順次切り離され、ハジメへと向う。
するとぐるぐると回転していた巨剣の切っ先が急に高くなった。
「え」
直後、振り上がった巨剣が大地に盛大に叩き降ろされた。
轟ッ、と、巨大な質量が生み出した衝撃と破滅的な暴風が雪や土砂を含んで押し寄せた。切り離した爆弾を乗せ、実弾を呑み込んで。
身体がバラバラになりそうな衝撃と自分の放った爆弾の誘爆が晶装機士を打ちのめした。
「キャアアアッ!!」
一体いつ以来だろう、こんな女らしい悲鳴を上げたのは。
それほどまでに衝撃は凄まじかった。
逃げるために防御力を下げたことと、背中から衝撃を浴びてしまったことの二つがダメージを加速させた。
あの叩き降ろしはインパクトフォースか、それとも別のスキルか咄嗟に判別はつかないが、衝撃波や風を飛ばすものだということだけは推測できた。だが、推測できたところでどうしろというのだ。
スキルが齎した実質的な攻撃範囲は軽く200メートル。
しかも一直線ではない、大規模魔法のような広範囲だ。
こんなもの、吸い寄せの途中で回避出来る訳がない。
「あんな、あんなものを……今までの戦いでは手を抜いていたとでも言うのですかッ!!」
シーゼマルスの顔が屈辱と苦渋に歪む。
まさに彼女の嫌いな勝手気ままで気紛れに力を振う転生者らしい戦い方に思えて、憎々しい。憎々しいが、どうしようもない。
破損した結晶部分は修復されるが、先ほどの衝撃はこの戦いが始まって初のまともなダメージとしてシーゼマルスを揺さぶった。それでも鍛え抜いた肉体にとっては小さなダメージで回復可能な範囲だが、彼女の明晰な頭脳はこれから起きる出来事を全て予測していた。
叩き降ろされた巨剣が再び回転を始め、身体が吸い寄せられる。
そして彼はある程度シーゼマルスが近寄ればまた刃を叩き降ろす。
吹き飛んだ所を吸い寄せて、叩き降ろして吹き飛ばし、吸い寄せ、吹き飛ばし……体力と膂力の続く限り、延々と繰り返す。たったそれだけでシーゼマルスは面白いくらいにダメージを負い続けるだろう。
防御を捨てて一気に接近するとしても、100メートル以上の距離が開いた場所からではどんなに加速してもあちらの剣の反応の方が速い。しかもあちらの出鱈目なリーチのせいで、相打ち覚悟で投擲や射撃をしても剣を手放して避けられればそれまでだ。そも、あの男は土壇場でオーラブレイドを使ってリーチを更に伸ばすことなど平然とやるだろう。
逆に推力で振り切ろうとすれば、ソニックブレードのような分かりやすい長距離スキルで容赦なくシーゼマルスの背中を斬りつけるだろう。巨剣の生み出す衝撃波の範囲はもはや爆撃の域だ。巻き上げる雪と土砂も下手な砲撃を全て遮ってしまう。
様々な攻撃方法を模索するが、どんな方法を用いても巨剣のリーチと遮蔽物の無さ、破壊範囲が邪魔をする。一度イニシアチブを取られた時点でシーゼマルスは抜け出せない負のループに囚われていた。
「この……いいだろうッ!! ならば、そちらの体力と私の根のどちらかが尽きるまで、私は勝利を諦めないからなぁぁぁぁッッ!!!」
シーゼマルスがこの状況から抜け出すには、背を向けて逃げ出す以外ではもうこれしかない。
聖結晶機士の頂点とは到底思えない、泥臭く、華のない足掻き。
それでも、シーゼマルスは意地でも転生者に負けたくなくて可能性に縋り続けた。
――実際の所、ハジメは結構疲れていた。
(力任せすぎて普通にしんどい)
唯でさえ慣れない戦い方な上に常に渾身の力を込めているので、集中力ではなく体力の方が消耗が大きい。経験則からしてあと数時間くらいは状況を維持できるだろうが、こういう身体の酷使の仕方をすると後々厄介なデバフを背負うことになるのをハジメは知っている。
(明日、筋肉痛で戦えないかも……)
厳密には筋肉痛は筋繊維の損傷なのでポーションで回復する筈なのだが、この世界の筋肉痛は何やらシステムが違うのか無茶を繰り返すと回復を貫通して翌日に来る。クサズ温泉の湯治とマッサージでも回復に半日は要する等、筋肉痛はなかなか厄介なデバフなのだ。
ただ、幸いにして今回の筋肉痛は村の銭湯で何とか出来る範囲に収まりそうだ。
何故ならば――。
『先生、すみません!! リシューナ氏だけガードが固くて剥離に失敗しました!! でも鎧と取り込まれた捜索隊・遭難者の方々は無事救出しました!!』
通信機から響いたのはシャルアの報告だ。
ずっと待っていた報告は理想のものではなかったが、予定外の出来事があったにしては十分な内容だ。念のため、ハジメは確認を取る。
「今からリシューナの回収は出来るか?」
『アグラニールが全力で抵抗してます。鎧以上に手放したくないようです。天使族の里で見て盗んだのか独学と思われる空間魔法を使っていて……無理に救出すれば引っ張り合いになり捻じ切れて死ぬかも』
「ならやめておこう。予定通りアグラニールをリリースする」
幾らリシューナが屑で邪魔だとしても殺していい理由にはならない。
それに、狙っていた訳ではないが彼をアグラニールの中で生かしておくことにはメリットもある。
あと、実はさっきから気になっていることがあった。
(感知の隅っこで戦ってたソーンマルスと狼を広範囲攻撃の余波に巻き込んでしまった……)
森の奥の方で戦いに集中していたソーンマルスと狼は直撃ではないとは言えまともに衝撃を浴びてしまったらしい。さっきからたまに視界に入っているのだが、ふたりは仲良くひっくり返って上半身だけ雪と土砂に埋まって足だけ突き出た間抜けな姿勢で動かない。失神してるのか衝撃で一時的に動けないのかは謎だ。
幸いにして遠目に様子を見ていたクーが心配して救助に向っているのであのまま窒息死みたいな悲惨な死に方はしないだろうが、よりにもよって依頼主を巻き込んでしまったことに小さな罪悪感を覚えるハジメであった。
◆ ◇
時は、少し遡り――。
ハジメ達も大変な戦いをしていたが、アグラニールと戦っていた組も大概神経を使う戦い方を強いられた。
バニッシュクイーンが放っていると思われる反転情報からアグラニールを出さないようにしつつ取り込まれた鎧を奪取するだけだった筈が、中に沢山の人が詰まっていることが判明して救出作戦に切り替わり、特にシャルアの負担と責任は重大なものとなった。
ただ、途中で三人の援軍があったおかげで漸く状況が整ってくれた。
一人はハジメと同等の能力を持つハイドッペルゲンガー、アンジュ。
残る二人は手の空いていた『アゲートの騎士』ザイアンと『カーネリアンの騎士』バルドラスだ。特にザイアンは作戦を修正するのに予想以上に貢献してくれた。
作戦第一段階は、敢えて反転情報空間からアグラニールを引きずり出すこと。
それも、一気に脱出させず、さりとてスムーズに出てきて貰わなければ困る絶妙な力加減が求められたが、ウルの圧倒的魔法力とレヴァンナの竜覚醒の力がそれを可能とする。
「レヴァンナちゃん!」
「おっけ! 映ユル月影ッ!!」
ウルが僅かに魔力を緩めたその瞬間、レヴァンナが両腕を胸の前で交差させて1メートル以上はある大きな鉄扇を蝶の羽のように広げる。すると彼女の前にアグラニールを受け止められるほど巨大な満月のような防御壁が展開される。
踊り子スキル上位、映ユル月影はカウンター込みの防御の技だ。本来はこんなに巨大にはならないし強度も知れているのだが、実力者かつ竜人覚醒したレヴァンナが全力を出した結果がここにある。
そもそも踊り子というジョブ自体メジャーなものではなく、竜人がこのジョブを取ること自体もまずないため、恐らく世界でレヴァンナくらいにしか展開出来ない代物だ。魔力、オーラ、スキル効果が複合された月の盾は、僅かな魔力の緩みを縫って脱出してきたアグラニールに真正面から叩き付けられた。
「どっせぇいッ!」
『『『『『『グアッ!!』』』』』』
大量の口から一斉に間抜けな悲鳴を漏らしたその瞬間、一条の光がアグラニールの肉の巨体を貫いた。
砲撃の主はザイアン。
実に1キロ以上離れた位置からの貫通結晶弾頭による精密狙撃であった。
これこそが作戦の第二段階だ。
今、ザイアンはクリスタライズ・エクステンションで呼び出した巨大な狙撃砲を操作するための一つの装置と化していた。そうすることでザイアンは最高精度の狙撃が出来るようになる。手も足も目も、全て狙撃砲を支え、照準し、トリガーを引く為だけの機械と化していた。
更に、その砲台をエルフの魔法や蔓が補強する。
本来ここまでやると威力が過剰になり砲撃の反動を支えきれなくなるが、バルドラスが背後から彼の背を支えることで衝撃も堪えられる。歯を食いしばって衝撃を堪えたバルドラスは、ザイアンと共に初弾の行方を即座に確認する。
『目標命中、鎧も飛び出したぜ!!』
『誤差修正。第二射まで2……1……ファイア』
ザイアンは感情の介在しない凍えるような瞳で目標を見据え、再度引金を引く。
更にもう一発、今度は貫通弾ではなく螺旋状に深い切れ目の入った脆そうな弾頭が発射された。脆そうなのも当然、この弾丸は崩壊して弾けることが仕事だ。
ザイアンのイメージに寸分違わぬ弾道で初撃でこじ開けた風穴に通った弾丸は、その穴の丁度中心で自壊し、破片がアグラニールの肉を内からずたずたに破壊する。
『炸裂する弾『おのれ『まず『ウオォッ!?』い!』小癪な』頭だとぉ!?』
弾丸は何にも触れていない。
ザイアンは初弾が発射されてから命中するまでの時間を計算し、次弾を爆発させるタイミングを割り出したのだ。身体能力にて伸びしろの限界を迎えたザイアンが編み出した他の聖結晶騎士にはまず出来ない芸当である。
――本来、この狙撃は周辺で潜伏待機していたツナデがアグラニールに見つからないよう長距離からエルフたちの援護を受けて弓矢で行なう予定だったが、それは鎧とリシューナだけを抜き出す前提の作戦だ。
人質を一斉救出するには、どうしても二の矢が必要になる。
結果的にツナデは出番を失ったが、忍者の情報を隠しおおせることが出来た。出番はないが、忍者としてはより正解の道なためツナデは気にしなかった。それはそれとして、ヴァイグとトライグを自分の召喚獣として契約できないかなぁ、と画策していた。
(《《あいつ》》には悪いけど、ビジュアルが悪いし能力が偏ってて使いづらいんにゃ……)
ライカゲの弟子達は師匠たるライカゲから託された巨大召喚獣を受け継いでいる。
しかし、召喚獣と親和性が高く蛙仙の里で数多のカエルと契約を結んだジライヤ、元々リザードマンなこともあってヘビやトカゲを味方に付けやすいオロチと比べ、ツナデの受け継いだ召喚獣は色々と特殊だ。そのため、ツナデは術を得意とするのに他二人と比べて召喚術では遅れを取っていた。
閑話休題。
炸裂した結晶弾頭によって肉をずたずたにされたアグラニールだが、肉の断面に取り込まれた人間が見えるかというとそうではない。そもそも、そのような取り込み方をしているのであれば弾頭で救助対象をズタズタにしてしまう。
アグラニールは天使の里で手がかりを掴んだ空間魔法によって、質量をある程度無視して彼らを取り込んでいた。しかし、肉体が裂けるということはアグラニールの防御の緩み、引いては彼の掌握する空間への干渉がしやすくなるということでもある。
シャルアはその瞬間を見逃さなかった。
「次元の歪みを絡め取れ、ディメンショナルチェインッ!!」
瞳の聖痕と天使の輪が一際強く輝き、彼の周囲から無数の輝光の鎖がアグラニールの断面に次々に突き刺さる。非実体でありながら情報密度によって実体としても機能する摩訶不思議な鎖は、補助脳とされた人々の閉じ込められた空間をはっきりと捕縛した。
ディメンショナルチェインとは本来物理では干渉できないものに物理の力で干渉出来るようになる、という性質の天使固有の空間魔法なのだ。
物理で干渉出来るなら、後の引っ張り出しはシャルア単体で行なう必要はない。攻性魂殻・飛天で空を飛ぶアンジュが並列使用の攻性魂殻で全ての鎖を掴み、シャルアと同時に全力で引っ張った。
「ふんッ!!」
「うおおおおおッ!!」
じゃらじゃらと耳障りな音を立てて鎖が一斉にピンと張り、アグラニールの断面から直方体型の光のキューブが次々に引きずり出される。キューブの中に入っていたのはアグラニールがこの森で取り込んだ人々だ。全員が一様に胎児のように身体を丸めて眠るように目を閉じているが、無事のようだった。
しかし、このまま全て回収出来ると思った刹那、アグラニールの肉塊が変形して巨大な腕となり、鎖を一本掴んだ。
『こんなことならばもっと大量に取り『どのようなメカニズムで『やはり本物の『素晴ら『欲しいなぁ!』しい!』天使術は違う!』空間指定と固定を?』込んでおけばたっぷり観察出来たのに!!』
「うっ……!!」
最後の鎖は、リシューナに繋げたものだった。
引く力が強まり、リシューナを閉じ込める空間とシャルアの操る空間同士が干渉し、軋む。このままでは軋みの中に閉じ込められたリシューナが潰れかねないし、アグラニールの無限の魔力によって綱引きに負けかねない。やむを得ずシャルアはリシューナのいる空間への干渉を打ち切り、最後の一本の鎖が弾け飛んだ。
リシューナ以外の人々は全員アンジュが回収し、巻物に放り込んで保護する。このときにシャルアは急いでハジメに連絡を取り、リシューナを一旦諦めると決定した。
ずたずたになりながら辛うじて見える肥大化したアグラニールの顔は一瞬口惜しそうに弾ける鎖を見つめたが、ウルとレヴァンナの追撃を受けて再度情報反転空間に突き落とされることを警戒して即座に逃げ出した。
二人はそれに申し訳程度の追撃を放つが、急に映像が早送りになったような加速でアグラニールが一気に距離を開けたのを見て諦める。レヴァンナは鉄扇を腰のベルトにマウントすると、頭を掻いた。
「なにあの加速。きも……」
「多分空間を弄ってワープトンネルみたいなものを疑似的に形成したんじゃないかな」
ウルも多少は時空魔法に造型があるのでなんとなく分かる。
目的地と自分の周囲の空間の間の距離を短縮するトンネルを形成する。自在なワープや転移と違って空間操作としては初歩的で効率の悪いやり方だが、地上の人間にはそもそもまず実行出来ないだろう。
アグラニールはリシューナの頭脳を利用することで空間魔法を実用可能な段階まで操ることに成功したらしい。鎧は手放してくれたが、もしかしたら取り込んでいる間に解析して鎧の秘密の足がかりくらいは掴んだかもしれない。
竜覚醒を解いたレヴァンナが項垂れる。
「はぁ……次は何やらかすのか全然予測つかなくてユーウツ……」
「天使族が対策を完成させて捕まえる算段が立つまでに犠牲が出ないといいけどね……」
シャルアはそれに頷くしかない。
今回、シャルアの天使魔法を見て彼のインスピレーションはまた加速するだろう。
ただし、今回シャルアがつかったディメンショナルチェインは本来のものより大幅に簡略化していた。本来なら引きずり出す所まで鎖が自動でやってくれるなど多機能性があったのだが、今の鎖は繋ぎ止めるまでの機能しかない。
(天使族の空間魔法、いずれアグラニールに独学で到達されるとしても出来るだけ見抜かれたくない。そうですよね、先生……)
ハジメの懸念を聞いていたシャルアはディメンショナルチェインの術構造を可能な限り簡略化し、非効率に変えた。結局見せた時点でいずれ彼は完成系の術を独学で編み出すかも知れないが、完成品を見せるのと未完成品を見せるのでは後者の方が完成が遅れるだろう。
人命救助のために使わなければならないが、時間稼ぎくらいはしたい――そんな苦肉の策だった。




