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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-26

 本当に困ったな、と、ハジメは真剣にライカゲを呼ぶかどうか考え始めていた。

 既に腕の骨や肋に何度か罅が入り、ヴァイグとトライグはちょこちょこ攻撃が直撃して「フギャー!!」だの「み゛ゃあ゛ァ゛!!」だの汚い悲鳴を上げている。


 トライグが涙目になりながらハジメに懇願する。


『え、援軍を呼べるのであろう!? 呼べ!! 呼ばんか!!』

『そうだそうだ!! 幼気いたいけな猫たちが虐められておるのだぞ!! 哀れめ!!』

「お前らが幼気かどうかはさておき、出来ればこれ以上の援軍は避けたい」


 ハジメの選択肢としてはライカゲ、もしくは無理に頼んでグレゴリオン、ないしクオンといった辺りが現実的な選択肢なのだが、今はどれにも頼みたくない。


「アグラニールの学習能力に餌を与えたくない。あれが今以上に強化されたらと思うとな」


 万が一の話になるが――ライカゲを呼んだと仮定した場合、ある最悪の事態が想定される。

 彼がアグラニールに捕まり補助脳にされる可能性は流石にないと思うが、彼との戦闘でアグラニールが『忍者』というジョブを学習してしまったとすればどうだろう。


 転生特典で異常な思考能力を持つアグラニールならば、マスターとはいかずとも基礎的な忍術や応用忍術を編み出すかもしれない。『忍者』ジョブは既に世界に組み込まれた正当なジョブだ。無限の再生能力と魔力に忍術というエッセンスが加わったアグラニールはもやは厄介という一言では片付けられないほど危険な存在になりうる。


 仮にそこまで至らずとも、この世界の転生者の中にはライカゲ以外にも忍者になった者がいくらか存在する。彼がダークエルフのリシューナと同じように襲撃して取り込み、その力を解析したとすれば――。


 グレゴリオンもそうだ。

 ゼノギアという巨大兵器の規格をアグラニールに悪用されれば、一体どんなゲテモノ兵器が跋扈することになるか分かったものではない。


 クオンに関しては危なくて前線に出したくない。

 危ないというのは、色んな意味で事態をコントロール出来なくなる可能性についてを指している。主に『聖者の躯』と『野放しの神獣』の接触の影響とか、普通に力加減を間違えて誰かを殺めてしまうとか……。

 クオンも成長して力加減をかなり覚えてきたとはいえ、今の戦場にいる敵たちはその加減の範囲を軽くオーバーしているので不安しかない。


 ハジメは悩んだ末、ダメ元である人物に助けを求める為に懐の通信機の通話機能をオンにした。


「カルマ、頼みがある。シーゼマルスの晶装機士クリスタルマギアを破壊出来る性能かつ俺の使える武器を持っていたら、今回だけでいいから貸してくれないか」

『なんで?』

「ピンチだから」

『ふーん……』


 彼女は戦況を全て把握しているので、しらばっくれるような物言いは全てわざとだとハジメは確信している。しかし、急かすことはしない。急かしたとして、彼女にその気がなければ絶対に手など貸してはくれない。彼女がそういう性格だからこそ旧神は従僕の筈の彼女を扱いきれなかったのだ。


 会話している間にもシーゼマルスの猛攻を逸らす為に全力で刀を振うが、衝撃を逃しきれず全身が軋む。


 ハジメの所持する最高ランクの武器を惜しげなく投入しても戦法上の相性でこの差は埋まらない。ハジメ自身に瞬間的なパワーアップの術はない。

 いや、もしかすれば上手く攻性魂殻を使いこなせばそういった運用も出来るのかもしれないが、天才ならぬハジメがそんなものをぶっつけ本番で成功させる可能性は限りなく0に近い。

 練習したことのないことをやれば大体失敗するかイマイチな結果に終わってきた。

 ハジメは根本的に、こつこつ努力型の人間なのだ。


 となれば、手っ取り早く現実的でアグラニールにも情報を与えない打開手段はひとつ。

 ごくごく単純に、ハジメの所持装備を上回る攻撃性能の武器を振るうことだ。


「ゴッズスレイヴの武器はゴッズスレイヴにしか操れないというなら諦めるが、どうなんだ?」

『まぁ、アンタなら振るえるんじゃない? 脳のタイプはあの娘と同じでも攻性魂殻はアンタ固有の力だもんね』

「では頼む。次からは自力でなんとかするよう努力する」

『どーしよっかな~。一度力に頼った人間って調子に乗って二度目も三度目もおんなじことしようとするしなぁ~』


 明らかにわざとながら発言自体は割と真っ当なものだ。

 要するに、ゴッズスレイヴの力を借りられることへの魅力に負けて堕落しないか、本当に頼らないでいられるよう自省し思考する人間力がハジメに備わっているのかを彼女は試している。

 それでもはっきり断らないのは、ハジメを一応は主と認めた証なのか、それともフレイとフレイヤがこの戦場を見ているからなのか――何にせよ、彼女は一定の譲歩の姿勢を見せているとハジメは推測する。


 シーゼマルスの晶装機士が槍の合間に振う拳と蹴りを受け流して腕が千切れそうな痛みに耐えながら、ハジメは彼女の想定する『正解』を探る。


「……情報異性体の技術は、神代の頃にどこで使われていたのか」


 丁度ミュルゼーヌの無謀な行動を知る直前に交わされた、カルマとのやりとり。あの時はその問いの答えは分からず仕舞いだったが、今ならば足りないパズルのピースが揃っているのではないだろうか。


 情報を反転させるバニッシュクイーンは、『聖者の頭』を取り込み制御するアグラニールを自力で脱出不能な状態に追い込んだ。天使をして暴走すれば星を滅ぼすと言わしめたそれを、だ。


 神獣との戦いでそれを用いたというのは考えづらい。

 カルマ自身が運用のメリットがないと発言していたし、技術が使われていたのは『場所』だとも言っていた。


 そして、神代の終焉と共に技術は使われなくなった。

 であれば、導き出される推論は絞られる。


「その技術は、『聖者の躯』を分割しエネルギー源、兼、コンピュータとして扱う装置に応用されていた。『聖者の躯』が目覚めたり暴走しないようにする為の安全装置の一種だったんじゃないか?」

『なんで一種だって思ったの? 全面的だったかもしんないじゃん』

「技術は神代の末期まで使われたということは、以降は機能していないということだ。つまり、他にも安全装置があったから十三円卓の前任者たちがバラしてもそれぞれの『躯』は暴走しなかった」


 会話にリソースを割いているためシーゼマルスに寸毫の思考力の差で追い詰められ、ヴァイグとトライグも長距離砲撃ゴーレムを捌きながらでハジメにまで手が回らない。シーゼマルスはハジメとの戦いに王手をかけていたが、それでもハジメは会話に思考を割いた。


「この答えを以てして、力を考えて扱う人間力を示したということにしてくれないか?」

『……ま、思ったより早く正解したしサービスしますか。この状況でその判断が出来るんならアンタの頼み、一度だけ聞いたげる』


 瞬間、ハジメの頭上にスイッチをオフにしていた筈の光輪が光った。


『気合い入れてしっかり持ちなさいよ。こいつは旧神の中でも馬鹿が作った類だから』


 ハジメの目の前に桁外れに巨大な光の柱が立ち上る。

 柱は晶装機士を弾き飛ばし、天を突くかに思われた光は次第に幾条もの幾何学的な光の帯が集まるように中心へと再構成されてゆく。小さくなったとは言ったがその全高は依然として7メートルの晶装機士が小人に見えるほど高く、50メートル近くあるグレゴリオンより更に大きい。


 一体何なのかと思ったハジメの目の前で、如何にも手を取れと言わんばかりにポールのようなものが顕われた。反射的にそれを掴んだハジメは、巨岩を押すかのような凄まじい重量感が伝わってくることに気付く。


『それ、取っ手。気をつけないと倒れてきた武器にぺちゃんこにされるわよ』

「まさかとは思うがこれは……この桁外れの重さは……馬鹿みたいな高さは――!」


 光の帯が全て収束を終えたとき――ハジメの目の前には、天高く聳える巨大な刀があった。直後、その先端がハジメの側にゆっくりと傾いていることに気付き、慌てて攻性魂殻の力を全力で振り絞る。


「本当に俺に振るえるんだろうな、これはッ!?」

『正式名称はバスターマサムネ77式。ゴッズスレイヴが扱う近接兵装の中では最大の77メートル。使い方は圧倒的な質量で敵を叩き切ること♪』

「見れば分かるッ!! ぐ、お、おおおおおおおおッッ!!!」


 他の全ての攻性魂殻を中断して、この神殿の柱より巨大な剣を扱うことだけに全神経を注ぐ。ハジメの武器コレクションでも最大は精々3メートル前後だというのに、このサイズは余りにも桁が違いすぎた。

 一体どう力を込めれば上手く振るえるのか迷ったが、いざ力を通して見るとリソースこそ全て持って行かれるが振り回せそうなことに気付く。


「……いや実際大概な重さだし負担も相当だが、何で持ち上がるんだ。見た目と重量が比例しなさすぎる。重力制御か?」

『厳密には引力及び慣性制御ね。相手に命中するときだけ破壊力は最大になるから心配なさんな』

「これ、さては押し付けられて余ってたろう。こんな無骨な代物をお前が使っているイメージが湧かんのだが」

『仮に余ってたとして、あんたにくれてやる理由ある?』

「貰っても困るからいらん。幾ら武器カテゴリでもこれは流石に道具袋に入らないだろ」


 こんなものプレゼントされた暁には置き場所がなくて家の横に突き立てるしかなくなり、村の名物になってしまうところである。持って行くにしてもぶん投げては剣に飛び乗ってを繰り返すくらいしないと非効率極まりない。


『呼び出せるわよ。自律飛行で持ち主のところまで飛んでくるわ』

「いらんいらん。そういうのは多分ショージとかが喜ぶやつだが俺には分からん」

『とりあえずあんたの頭の光輪を利用して一時的に権限を譲渡してるから、遠慮なくぶん回しなさい』

「うん……まぁ、ありがとう」


 改めて巨大剣、バスターマサムネ77式を見る。

 片刃の刃は通常の刀と違って剃りのない直線で構成されており、刀をベースとしつつも各所に意図の分からないバーコードめいた紋様や黄色いテープで無理矢理固定されているように見える部分、機械的なパーツが見られて趣味的な印象を受ける。

 風でテープがはためいているのは何の素材で出来ているのかと思ったが、簡易鑑定してみると精巧なホログラムだった。何故底に手間を掛けるのだろう。NINJA旅団が空蝉の術を使うときに丸太に手裏剣を突き刺す拘りと同じようなものなのだろうか。


 ハジメの握っている取っ手は柄の裏側にあるもので、柄部分だけでハジメの持つどんな大剣より巨大なので最早自力では武器のリーチが分からない。ひとつだけ言えることは、元々の制御機能と攻性魂殻によって拡大された感覚を兼ね合わせれば、どうやらスキルをぶっ放すことは出来そうということだ。


「一度に複数の武器を使うのではなく、扱えない武器を扱う為に攻性魂殻を借りる、か。そんな運用は考えたことがなかったな。まぁ、こんな武器そうそうあってたまるかという話だが……」


 強力なのは疑いようがないが、余りにもリーチが長すぎて下手なスキルをぶっ放したら味方を巻き添えにしそうである。幸いにして、先ほどバスターマサムネ顕現の衝撃でシーゼマルスが吹き飛ばされた方角に味方は誰もいない。

 ハジメはややヤケクソ気味にヴァイグとトライグに忠告する。


「ヴァイグ、トライグ」

『ぬ、ぬ……?』

『ななな、なんぞ?』

「巻き込まれたくなければ離れていろ。多分だが、大変な余波が出ると思う」

『『はいッ!!』』


 その忠告を聞いた途端、二匹の巨体は脱兎の如く逃げ出した。

 己の感覚に正直な猫たちである。


 リーチも威力もいっそ過剰。

 峰打ちスキルは問題なさそうだ。

 ただ、予想していた武器のイメージと違いすぎることに関しては絶対にカルマの悪戯心だろと思わずにはいられない。確かにどんな武器にするかは指定していなかったのでこちらにも非があるといえばそうなのだが……。


「はぁ……覚悟しろ、シーゼマルス。なんか思ってたのと違うなぁってなるやり方で君を止めるッ!!」


 何故ならハジメ自身がそう思っているからだ。

 もうこうなったら被害を減らすためにも急いで終わらせよう。

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