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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-24

 意識のないイゼッタの独白は術の効果で周囲にまで響き渡る。


『捜索活動は中層までは問題がなかった。しかし、謎の透明なモンスターの襲撃を受けて装備に損傷があった。モンスターに接近戦を仕掛けるのは危険……気配も臭いもない……透明だが、ガラスのような透明さなので注視すれば姿は見える……』

(バニッシュモンスターの襲撃を受けたんですね……でも、そこは堪えたんだ)


 意識を直接読み取っているだけあって、イゼッタが言い残そうとする言葉はどこか報告書の要約のようだった。


『捜索途中、遭難者の欠損した身体の一部を発見……透明なモンスターに襲われて死亡したと推定……捜索隊は黙祷を捧げた……』

(!! なんてこと……)

「マジかよ……」


 作業中だったショージが手を止め、合掌して黙祷を捧げた。


『遭難者の生存は絶望的……遺留品ごとモンスターに破壊されている可能性も出てきた。第一次捜索隊は未知の魔物の脅威を伝達するため伝書鳩を頼るも、鳩が怯えて飛んでくれない……隊長は調査日数を短縮してギルドに一時帰還することを決定……』


 隊長は行方不明者捜索より隊員の安全を優先したようだ。

 バニッシュモンスターの異質さは常軌を逸したものがあるので、正しい判断だとフェオは思った。


『しかし、撤退中に……怪物と出会った。巨大な頭に無数の口が生えた、キショすぎる……マジ生理的に無理……』

(急に俗っぽく!!)

(それだけ強烈に印象に残っていたということだ)


 これは恐らくアグラニールのことだろう。


『キショい怪物は言った……』


 ここで、声が別人に切り替わる。


『鎧の奪取に備えて優秀な補助脳を『補助脳は数が多いに『それにしても何を『運がない『我が下僕となれ』いや運がいい』しにこんな森の奥へ?』越したことはなかろう』手に入れる算段だったが』

(うわキショ……耳の奥がざわざわするし何言ってるんだか……)

(これはこの娘の記憶がそのまま抽出されておるな。混乱状態だと記憶が混濁することもあろう。ふむ……)


 オルセラが会話を分析して何を言ったか割り出しているのがフェオにダイレクトに伝わってくる。

 推察するに、アグラは補助脳――フェオには意味は分からない――とやらを欲していて、それは察するに他人の脳を支配下に置いて利用することを意味するのではないかということ。そして、捜索隊の存在を疑問に思っていたことを察するに、彼は森の異変にこの時点では気付いていなかったのかもしれない。

 イゼッタの独白が続く。


『キショい怪物の頭の一部に、下半身が怪物に埋まって藻掻いている人間がいた。ダークエルフ、男。年齢不明。魔法で抵抗しているが、どうやってか押え込まれて……そのまま内部に取り込まれた。食べられたんだと思った。そして……ああ……みんな……みんなが、取り込まれて、あたし、あたしだけが――』


 凄惨なる記憶としか言い様がなかった。

 アグラニールに襲撃された第一次捜索隊は、抵抗も虚しくイゼッタを除いて全滅したらしい。恐らくアグラニールは一人くらい見逃してもなんの問題もないからイゼッタを追わなかったのだろう。

 そして一つ、ヤーニーとクミラにとって重要な事実が判明した。


「アグラニールはお父さんの脳が目当てで研究所を襲撃したんだね」

「人格を、いい人に変えたせいで……足が、つきやすかったかも……」


 自分たちの肉親が食われたかもしれないというのに、ヤーニーとクミラの反応は淡泊だった。フェオは、彼らにとってはクリストフこそが親なんだろうと自分を納得させた。

 二人は顔を見合わせる。


「どうなってると思う?」

「分かんないけど……脳だけ取り出す、みたいなことは……効率が悪いから、してないと思う」

「呪いのリンクからしてもそうだよねー。脳を維持、管理するには肉体ありきの方がメンテ楽だし。ってことは、取り込まれた人達はまだ救出可能かもね!」


 聡明なるダークエルフの姉弟から飛び出たのは、希望の持てる言葉だった。

 彼らの本性をよく知らないフェオは、だからショッキングな話を聞いても平気そうだったのかと勝手に先ほどの違和感を自己補完した。


 ただ、こちらの声や思念はイゼッタには届いてないのか、「寒い……もう無理……誰かあたしの記憶を、みんなの最期を受け継いで……」と譫言のように何度か呟くと、沈黙した。オルセラは「伝えれば安堵して事切れることもある」とこちらから意思を伝えない理由を端的に説明した。


 とにかく、第一次捜索隊の生存説が浮上したのは大きな収穫だ。

 急いで現場に伝えなければと思ったフェオは、しかしはたと気付く。


「どうやってアグラニールの肉塊から捜索隊の分離を……?」


 今、どんな状態で取り込まれているかも不明。

 なんなら現在進行形で魔法を叩き込まれているアグラニールから捜索隊の面々を救出するなど、今の逼迫した状態で可能なのだろうか?

 いや――可能かどうかを判断する所から始めなければならない。

 フレイとフレイヤが立ち上がる。


「ヴァイグとトライグを援軍に出そう!」

「あの子たちを危険な地に向わせるのは心苦しいですが、そうも言っていられません!」


 ヤーニーとクミラは黙って通信機を使って現地のカルマや天使族の里との回線を開く。通信に応じてくれた相手に、フェオはすぐさま事情を伝達した。そしてそれらは精査された後に、アグラニールから鎧を奪還する為の観測を行なっていたシャルアに伝わり――。


「え? 今やっと鎧の空間指定ビーコンを埋めこん……え? 取り込まれた人が沢山? データを同期して、スキャンして……うわぁ!! すごいいる!! 第一次捜索隊の二倍くらいの人数が中にいますよぉ!? 無事みたいですけど、ちょっと待って、こんな人数いくら何でも我々だけじゃ一気に救出できませんってッ!!」


 ――こうして、当初は事足りると考えられていたアグラニールからの鎧の奪還の難易度が跳ね上がり、ヴァイグとトライグがハジメの下にやってきたのであった。




 ◇ ◆




(――ということです! 戦闘の邪魔でしょうからもう切りますけど、ご武運を!)


 念話でフェオから手短に伝えられた事情を知り、ハジメはアグラの狡猾さに感心すら覚えた。


(成程な、ダークエルフを……そのための襲撃だったか)


 ダークエルフは世間で知られていないような特殊な魔法知識を有している。もしもその脳を自由に利用する方法があるとすれば彼にとって己の力を増強するこの上ない手段になるだろう。


 何より、ダークエルフは世俗に存在を悟らせないよう動くことに関しては別の意味で忍者級に用心深い。様々な魔法と道具を応用して研究の為に禁足地に入ったり、資金を得るために銀行から金をくすねるなど日常茶飯事な者も少なくない。

 元々のアグラニールの知識と能力に加えてダークエルフ――恐らくリシューナ――の頭脳が加われば、シルベル王国の警備をすり抜けるのも不可能ではない。


 そして、補助脳という言葉。

 恐らくはアグラニールは、コンピュータ同士を接続することで処理能力を上げるように、複数の脳を自分の情報処理の補助に使う術を習得しているものと思われる。だとすると今のアグラニールの厄介さは浮遊島での接触を遙かに上回っている。


 それだけに、アグラニールを逃れることさえ出来ない状況に追い込んだバニッシュクイーンの異常性が際立つ。カルマが余裕綽々なので倒すこと自体は問題なさそうだが――。


「ぜやぁッ!!」


 シーゼマルス操る晶装機士クリスタルマギアの蹴りが襲う。

 そう、ハジメは他のことを気に掛けている余裕がない。

 結晶で刃の追加された蹴りは真空波を纏っており、更に蹴りと同時に内蔵したゴーレムが光って魔力砲まで飛んでくるため捌くのに必死だ。


「……くっ!! デモリッションスティンガー!!」


 隙を突いて攻性魂殻・多連斬ナーハヴァイゼンを応用し、槍を6本完全同時に放って魔力砲を貫き内部を破壊することを試みる。更に槍を叩き込むと同時に槍を蹴りで穿とうかと考えるが、それらの思惑を予測していたシーゼマルスが絶妙に足の角度を変えたせいでそれは叶わない。三本の槍は人間でいう脛の辺りの結晶の表面を多少抉り取っただけに終わった。


 ハジメはそれでも構わず高く飛び、蹴りを叩き込んだ。


「メガッ!! バスターッ!! キィィィィックッ!!!」

「ガッデスヒールッ!!」


 シーゼマルスはそれに対抗して蹴りで迎撃する。


 落下速度を加算した、再度渾身の一撃。

 しかし、晶装機士の蹴りの破壊力も破格であり、ハジメは大きく押し負けた。

 ハジメはそのまま空中のブーツたちを三角飛びの要領で蹴りながら距離を取る。

 シーゼマルスは追撃に来るかと思いきや、素直にそれを見送った。


(気付かれたか……!!)


 実は、ハジメはシーゼマルスを罠に嵌めようとしていた。

 巨人特攻の力を持つ格闘最上位スキル、『ティタノマキア』を複数同時に叩き込んで巨体を破壊するためにカウンターを狙うのがハジメのプランだった。ガントレットを攻性魂殻で操ればそれも可能だったからだ。

 ちゃんと訝かしがられないよう蹴りの際も攻性魂殻で多角的にハンマーの大威力攻撃を放ったし、ヴァイグとトライグも同時攻撃を仕掛けていた。それらは遠隔操作されている巨大浮遊ゴーレム達の容赦ない砲撃で相殺されたが、ハジメとしてはそれもフェイク。彼女の追撃に合わせる瞬間が本命だった。


 シーゼマルスは油断なく槍の切っ先をハジメに向ける。


「貴方はよく戦いましたが、いい加減に諦めたらどうです? 他の転生者たちは潔い方の方が多いですよ」

「それは俺の自意識による行動と何も関係がない。それに、諦めを促すくらいならとっとと倒した方が話が早いと思うぞ」

「減らず口ですね。勝敗の見えた戦いに意味を見いだせないと言っています」


 ずきり、と、蹴りを叩き込んだ足が痛む。

 実は、先ほど完全に押し負けたことでハジメの足の骨には罅が入っていた。

 魔法や薬でさりげなく回復しているので接合自体は既に終わったが、この調子で何度も割れればいくら強力な薬でも肉体に疲労が蓄積し、コンディションは悪化していく。


 と、ヴァイグとトライグがハジメの左右に並んでシーゼマルスをせせら笑う。


『虎の威を借りてよくも言う。我らには見えているぞ、人の子よ』

『貴様の内から湧き出る力は、貴様自身の力ではあるまい』

『使いこなしていること、それ自体は称賛に値するが……』

『旧神共の遺したものに縋っているようでは、シルベル王国とやらも程度が知れる』


 その言葉に、ほんの僅かだがシーゼマルスの放つ気配が強ばった。

 もしや、図星を疲れたのだろうか。

 ヴァイグとトライグは彼女の秘密を正確に暴いているのかも知れない。


「お前ら知っているのか、あの鎧の秘密を」

『さて、教えてやってもよいがどうしたものかのう?』

『以前おぬしには酷い目に遭わされた。そのときの詫びなどもないのにタダというのはのう?』

「分かった。フレイとフレイヤとグリンには後でお前らは援軍として何一つ役に立たないどころか邪魔をしてきたと伝えておく」

『『やめいッ!!』』


 シーゼマルスが無言で砲撃と槍を加えてくる。

 ハジメは咄嗟にそれを回避した二匹の内、手近なヴァイグの背に勝手に乗ると攻性魂殻で盾を展開し、シーゼマルスの動きを防ぐことに専念する。


「今のうちに言え」

『おぬし、主にしか許しておらん我が背に勝手に……ええいもういい!! あれは旧神共のゼロ転送という技術で活力を得ておるのだ!!』


 自身も必死に猛攻を掻い潜りながら、ヴァイグは叫ぶ。


『上位の精霊や魔物、或いは神獣から人間が加護を受け取る際、その力は時空を越えて繋がっておる! 同じように旧神も時空を越えて力を別の場所に送る技術を持っておった! タイムロス、エネルギーロス、まったくなし! ゆえにゼロ転送だ!!』

「力というのはステータス、つまり肉体的な力か!? それとも魔力か!?」

『小難しい話は知らぬ!! だが、見たところ力は鎧に注がれ、鎧の発生させる結晶たちに反映されておる!』

「そうか……! 聖結晶騎士団の鎧は親機から受け取った力を結晶に返還して攻守に利用している、それが違和感の正体か!」


 鎧の本質は受け取ったエネルギーの変換装置。

 強くなっているのは鎧ではなく、結晶の質。

 それがハジメの抱いた違和感の正体だった。


 とはいえ、結晶の質は使い手によって大きく左右されるようだ。

 現にヘインリッヒの鎧や遠隔ゴーレムは、ソーンマルスやシーゼマルスのそれを比較して明らかに強度や攻撃力に劣っていた。恐らく力量のない者が結晶の力を無理に引き出せば力に振り回されるか、もしくはそもそも引き出せずに終わる。


 では、最高位の騎士ならばどれほど力を引き出せるのだろうか。

 目の前の結果――レベル130を凌駕する戦闘能力がその答えだ。

 オーバーライドは基本的に最強の騎士にしか使用を許されないという話はつまり、そういうことではないか。シーゼマルスの場合、実力以外に力との親和性が相乗効果で乗っているとハジメは推察する。


 ずるいという感想や印象は浮かばない。

 才能がなければ力を引き出す範囲にも限界がある。

 今のシーゼマルスの強さは、彼女自身の驚異的な頭脳と精神力の成せる業だ。


 驚異的な力を得ても、その力によってもたらされる現実にイメージがついていかなければ力に振り回されるだけ。コントロールできたとしても長続きさせるには集中力や精神力が必要だ。

 シーゼマルスはそれらの力が優れているため、ここまで性能を引き出せる。

 将来的にはもっと強くなると思うと末恐ろしいものがある。

 おまけに力に溺れない判断力も伴っている。


「彼女は俺と同じ複数の武器で相手を追い詰める戦闘スタイルでは差が埋まらないと考え、遠隔操作に割いていた頭のリソースを全身の操作に割り切り、代わりに余ったリソースで遠隔ゴーレムを用意したんだな」

『成程? あのでかぶつゴーレムは動き自体は単純だ。エネルギーが他所から貰え、遠距離砲撃に集中させるのであれば思考を割く量はそれほど多くは求められぬと』


 ヴァイグはシーゼマルスの合理性に素直に感心していた。

 晶装騎士の結晶の基部となるゴーレムが増えた途端に力が跳ね上がったのは、あの形にすることでより満遍なく、効率的に結晶の力を強化できるから。

 そして、ハジメの弱点を見つけた彼女はそちらに舵を切った。

 己の迂闊さにハジメは顔を顰める。


(参ったな。攻性魂殻にこんな弱点があるだなんて気付きもしなかった……)


 ハジメの攻性魂殻は複数の武器を用いて攻撃するが、攻撃の威力自体が増大している訳ではない。バフ等は乗っても使い手のステータスと練度に見合った以上の力が引き出されることはない。

 これまではハジメ本人が周囲と比較して隔絶した能力の持ち主だったため、それを欠点だと感じたことはなかった。実際、攻性魂殻・多連斬で疑似的に威力を補うことも出来たのでこれまでは問題がなかった。


 しかし、オーバーライド状態の晶装機士は違う。


 気付いてから改めて観察すると分かるが、シーゼマルスは基礎能力が高いだけでなくスキルの瞬間に結晶の出力を自分のコントロール出来る範囲で上げている。力を込めすぎればスキルに身体が振り回されるため、発動後に隙の出来ない神懸かり的な出力調整でだ。


 だから、ハジメが多連斬で瞬間的に威力を上げれば彼女は結晶の出力を上げて押しきる。逆にその状態ではハジメの多角的な攻撃を回避しきれないが、防御力と再生力の上昇による恩恵があればまばらな攻性魂殻は決定打にならず、なるとしても本人が回避すれば良い。


 もっとシンプルに考えると以下のようになる。

 ハジメはコテツとの戦いで後出しによって勝利したが、シーゼマルスはハジメの力に対して後出しが出来る。そして恐らくコテツであれば純粋な単発火力でシーゼマルスの槍や結晶の強度と再生力を貫通して切り裂けただろう。


 つまり――。


「参った……俺がパーなら彼女はチョキだ。相性の差が埋められん」


 ハジメは純粋強化オーグメント増設装備エクステンション遠隔掌握ドミネートの三種並行利用の極致というものの恐ろしさを改めて思い知らされ、久しぶりに本気で敗北するかもしれない状況に唸った。

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