36-23
ソーンマルス達とアロの戦いが激化する中、ハジメとシーゼマルスの戦いも同じく激化の一途を辿っていた。
「其は曇りなき道標、折れど曲がれど過ず収束せよ! リフラクションレイッ!!」
シーゼマルスの号令に従い、無数の砲撃ゴーレム達が一斉に前面に魔法陣を展開し、無数の光魔法が空間を彩る。リフラクションレイは中位光属性魔法だが、戦いの合間であるにも拘らず完全詠唱可能な隙を見出してから放たれた光線たちは凄まじい速度、威力、数でハジメに迫る。
本来のリフクラクションレイは単発魔法だが、恐らく全てのゴーレムを杖と同じように利用しているのだろう。この魔法は光属性にしては珍しく屈折してホーミングする機能がある。
光属性魔法は他のどんな魔法より速度に優れる。
これだけの数では回避は困難で、迎撃するしかない。
無数の刀を攻性魂殻で構えたハジメは、闇属性をエンチャントすると極限の集中力でタイミングを見計らう。
速すぎれば屈折されて迎撃に失敗するが、遅すぎれば全てが直撃する。
正に刹那のタイミングで――。
「大虚空刹破ッ!!」
リフラクションレイが屈折しきり殺到した寸毫の時間、肉体と意識が完全にシンクロした状態で放たれた虚空の壁を斬り開く斬撃達は、全てのリフラクションレイの破壊力を虚空に消し去った。
ハジメはそのまま近接戦闘に持ち込み、シーゼマルスはそれを迎撃する。
先ほどまでも隙のない戦いをしていたが、今はその正確さを損なわないまま破壊力が増大しており、ハジメと力が拮抗する。
「ぬううううッ!!」
「ハァァァァッ!!」
剣戟乱舞の合間にも互いに互いの隙を突こうと武器を遠隔操作してはせめぎあい、熾烈さを増していく。ハジメは攻性魂殻・飛天と飛行魔法を織り交ぜて完全に空中戦をモノにしていたが、シーゼマルスもまた飛行を可能にし、全力の激突は一進一退の攻防となって互いに突破口を見いだせない。
シーゼマルスが巨槍に紫電を纏わせて回転させる。
反属性である地でも防ぎきれない強烈な魔力が迸り、華麗な手捌きで構えられた槍は雷霆となって一直線にハジメへ降り注ぐ。
「ケラウノスッッ!!!」
「アルバトロスドライバーッ!!」
頭上から迫る巨神の槍を、ハンマーの上位スキル複数で迎撃する。
ケラウノス程の大技であれば、逆に力で押し返すことが出来れば反撃の基点たりうる。攻性魂殻の力を極限まで引き出し、槍の軌道に合わせてハンマーを振り上げる。
ゴガンッッ!!! と、全身を突き抜ける衝撃。
結果は、ハジメとシーゼマルス操る晶装機士の双方が衝撃に弾かれるという結果に終わった。
(……そんな馬鹿な。ヨートゥンだって空に打ち上げるくらいの破壊力はあった筈だぞ)
ハジメは弾かれた後のフォローと迎撃を攻性魂殻でこなしながらも、心の内で愕然とした。
今の攻撃は勝負を決するくらいの気持ちで、かなり本気で放った。
威力的にも多連斬使用時の破壊力に近く、瞬間的な破壊力だけで言えば渾身だった。
なのに、結果は相殺。
何かがおかしい、と、長年培ってきた勘が囁く。
(……インスタンツサモンを使うか? いや、まだ早計か)
シーゼマルスは転生者を毛嫌いしているようなそぶりを見せたが、ハジメとしては彼女自身も実は転生者であるという可能性を排除した訳ではない。パーソナルスキルの可能性もある。もし力の秘密が、例えば『相対する敵の戦闘力と自分の戦闘力を拮抗させる』のようなカウンター発動型だった場合、味方の数を増やせば良いという話ではなくなる。
(考えて暴き出せ。俺が今まで生き残ってきたのは考えることを放棄しなかったからだ)
彼女に隙を見せないように瞬時に夥しい観察、選択、実行を繰り返しながら記憶を探る。
シーゼマルスの判断力、思考力、反応速度は戦闘開始時点から変わっていないように思える。つまり最初からずば抜けていただけで、相手に合わせて上昇はしていない。
一方でスキルの威力やゴーレムの性能は明らかに最初より上昇している。
ここで考えるべきは、何故最初から全力ではなかったのかという点だ。
時間稼ぎが出来ればそれでいいハジメと違い、シーゼマルスには戦いを長引かせるメリットがあるとは思えない。最初から全力を出しても何ら問題はなかった筈だ。ハジメを転生者とみて引き出しを確認してから叩き潰そうとした可能性はなくもないが、肝心の任務が失敗するリスクを背負ってまで今それをやるだろうか。
ハジメならばやらないので、きっとシーゼマルスもやらないだろう。
(蓄積して発動するタイプの力……あり得なくはないが、違和感がある)
そうした力は存在するが、大抵は強化時間に制約がある。
解除後に反動が来るタイプという線もなくはないが、その手の制約を持つ能力ならばもっと戦闘能力が跳ね上がるし、相手としても決め時を見極めて使うだろう。
よって、蓄積型である可能性は低い。
二代目『剣聖』コテツはマジックアイテムによるレベル強化だったが、あれとて使い時は彼なりに考えていたし、制約もあったことだろう。
(レベルか……レベルを一時的に引き上げる能力はどうか? ……しっくりこない)
レベルが上がったとしたら、少なくとも反応速度は多少なりとも上昇する筈だ。レベルが上がりたてでまだ身体に馴染んでいない時はすぐに発揮出来ないこともあるが、今の状況に符合していない。
(スキルの威力を増強する力。これはあり得なくはないが……)
事実、シーゼマルスから放たれる攻撃は序盤の戦いと現在で比較して、現在の方が格段に強い。スキルの威力が上昇しているのは確かだろう。ただ、それで言えば基礎ステータスも若干上がった部分がある気がする。
正解ではないが、考えとしては答えに近づいた気がする。
(レベルは上がらない。スキル威力は上がる。ステータスは部分的に上がっているかもしれない……特殊なバフか、装備品か)
スキル周りに限定した特殊なバフであれば辻褄は合わなくもない。
だが、それよりは装備品の方がしっくりくるのではないだろうか。
(そうだ、鎧から発生させるクリスタルの強度が明らかに上がっている。実際それでゴーレムは格段に撃墜しづらくなった。これまでは攻撃で細かな破損があっても修復されていたが、今はそもそも破損しづらくなっている!)
考えてみれば、 『聖結晶騎士団』の鎧は部外者のハジメにはよく仕組みの分からないものだ。その上でオーバーライドなる強化も行なわれているとすれば、彼女の異常な力の源は鎧ということになる。
彼女がこの後に及んで切り札を隠し持っている可能性が絶対ないとまでは言わないが、装備が強さの主な原因であれば後は根比べで時間を稼げば充分に目的は達される。
ただし、それは――峻酷なる『アクアマリンの騎士』が今まで通りの戦いしかしなかった場合に限る。
「貴方の弱点が見えてきたようですね」
シーゼマルスの目の色が変わり、突如として彼女が使役した全ゴーレムがハジメ目がけて特攻を開始する。軌道自体は単純なため迎撃は容易だったが、迎撃しようとした直前に全てのゴーレムが自爆した。
「ッ、峰斬巌断ッ!」
覚え立ての超広範囲長距離刀スキルを渾身の力でぶつけて爆風を消し飛ばし、目眩ましを防止すると同時にシーゼマルスへの攻撃も行なう。しかし、巨大な斬撃は晶装機士の巨槍にて一刀の下に斬り伏せられる。
ハジメの視線の先にいた晶装機士は、出で立ちが変わっていた。
巨体の基部に当たるゴーレムパーツがより増え、比例するように結晶の装甲が色濃く輝きを放っている。周囲に展開していた飛行ゴーレム群は失われたが、その代わりに彼女の後方にあの巨大浮遊ゴーレム『カークス』に匹敵するサイズのゴーレムが六機浮遊している。
形状からして、広域攻撃を主とするカークスと違い一撃の火力に特化した砲撃ゴーレム。的が大きいと判断したハジメが迎撃しようとした刹那、シーゼマルス操る晶装機士が一瞬で距離を詰めて槍を振り下ろしてきた。
即座に回避したハジメだったが、その威力が先ほどより更に増していることに気付く。凄まじい重量に速度が加わることで衝撃波も激しくなり、回避が困難と判断したハジメは攻性魂殻で迎撃した。
が、それでも押し負ける。
レベル130に到達したハジメが攻性魂殻を集結させて、尚も力負けしている。
(どういうことだ、鎧によるパワーアップではないのか!? 何故内蔵ゴーレムが増えただけで、これほどの力を……ッ!!)
考える間もなく、大型砲撃ゴーレムが火砲を解き放つ。
高火力、長距離の砲撃は先ほどと比べて数こそ減ったものの精度についてはまるで低下することはなく、しかもゴーレムの射程ギリギリまで離れているため即座に打ち落とせない。
打ち落とそうと攻性魂殻の力のリソースを割いた瞬間、シーゼマルスの猛攻が増す。信じられないことだが、シーゼマルスは今、二代目『剣聖』コテツよりも手強かった。
(パワーアップの秘密が分からん……! ええい、やむを得んか!)
ハジメはインスタンツサモンを準備しようとする――が、そこで予想外の出来事があった。
『何をやっておるか、不甲斐ないヒューマン!』
『おうおう、お主はとことん気の強い女を呼び寄せるようだのう!』
巨大な二つの影が颯爽と交差し、同時攻撃で晶装機士の攻撃を押し返す。
影は攻撃の反動で跳ねながらくるりと身を捻ってハジメの両脇にずしんと着地した。 二匹の見上げるほど大きな長毛の猫は、声も姿も間違いなくエルヘイム自治区の迷宮で戦った嘗ての敵だった。
「お前達は……ヴァイグとトライグ? なんでいるんだ……?」
『フン、お主は知らんだろうが、あの後我らはフレイ様とフレイヤ様の住まう里に身を寄せておったのよ』
『つまり、お二方が我らを必要としたからそれに応えているまでのこと』
相変わらず交互に喋る二匹の巨大猫は、よく見れば二人にプレゼントされたであろうエルフのマジックアイテムであちこちを着飾っている様子から可愛がられているようだ。
そもそも以前からフレイとフレイヤを知っている風な口ぶりだったし『枷から解き放たれる』などと言っていたのを見るに、今はあの二人のペットをしているらしい。村に顔を見せないので全く知らなかった。
二匹ともレベル100相当の実力者だが、正直に言ってこの場への援軍としてはやや心許ない。が、そもそも二匹にとっても援軍はついでで用事は別件だった。
『あの天使の小童から言づてだ。想定外の事態につき、出来れば援助を求めたいとな』
『アンジュなる娘か、もしくはライカゲなる男のどちらかを欲するそうだ』
『おっと、あちらの様子を見ようと目を逸らすなよ』
『この結晶を纏いし娘、あの凶悪なエルフの姫と違った意味で手強いぞ』
「今まさに身に染みている……」
会話している間にも連撃を打ち込んでくるシーゼマルスだが、ターゲットが三つに増えたことで僅かながら時間を稼げたためにハジメはインスタンツサモンでアンジュを呼び出す。
呼び出されたアンジュは状況確認など一切することなく「行ってくる!」とだけ言い残して飛行魔法で一目散にウルたちの元へ飛び立っていった。自分と記憶を共有しているというのはこういうとき便利だが、一体後ろで何が起きているのかを考える時間までは稼ぐことが出来なさそうだ。
シーゼマルス操る晶装機士の巨槍の切っ先が煌めき、大気を穿って迫った。
『私、断然犬派ですので猫相手でも手心は加えませんよ?』
「そうかい――!!」
彼女は言葉通り、ヴァイグとトライグ諸共一切手心のない刺突と斬撃を嵐の如く繰り出した。ただ、回避に徹したヴァイグとトライグは獣特有のしなやかさがあるため上手く翻弄しており、ターゲットが分散されたことで僅かにハジメへの攻撃が緩む。
(いないよりは大分いいな。それに、この場でライカゲを……いや、忍者の存在はなるべく最後まで漏らしたくない。俺の想定する最悪の事態を予防するために)
……ところで、ウル達は元々神躯アグラの内部から鎧を奪取する為に動いていた。
元々の想定では十分な戦力であった彼らが、何故ハジメと同格の援軍を欲するに至ったのか?
その理由は数分前に遡る――。
◆ ◇
そのとき、フェオは拠点で作戦遂行中の皆の様子を見ながら無力感を紛らわすためにやれることをやっていた。
今、拠点にいるのは彼女とエルフの子供達、そしてダンゾウ、ショージ、治療中の遭難者の計八名。
エルフの子供達は捜索隊の妨害などやることが多く、ショージは暇な時間にも拠点をちまちま改築している。ダンゾウは周辺の警戒と行方不明者捜索。となると、フェオに出来ることは限られる。
『森の声』にひたすら耳を傾けることと、遭難者の容態の変化を見逃さないようにするくらいだ。
(森の怯えが増している……遭難者が深層にいるとしたら、私の力ではもう……)
フェオの感覚そのものはかなり先鋭化してきている。
今では森の入り口で未だに雪ゴーレム相手に泣きながら戦っているミュルゼーヌがちょっとづつレベルアップしていることまで感じる。彼女への妨害が結果的にレベリングの役割になっているようで、彼女の頑張り次第ではそのうち突破出来るかも知れないと思う。それまでに深層での決着が着かなければの話だが。
しかし、それでも遭難者の気配は捉えられない。
バニッシュモンスターに消されたり既に死んでいる場合はそれも無理はないが、現に生存者が一人見つかっているので絶対にないとは言えない。
(……力が欲しいな)
(手伝ってやろうか?)
「ひゃわあっ!?」
いきなり脳裏に走った他人の声にフェオは驚きの余り悲鳴をあげる。
周囲が何事かとフェオの方を向くが、それどころではなかった。
「だ、誰ですか! 頭の中に急に直接!」
(感じ取ってみよ)
「……あぁぁぁぁ!! 出ましたね、変態日焼け痴女!!」
気配や声を冷静に察知してみれば、それはエルヘイム自治区でハジメに関係を迫ったばかりかフェオにまで魔の手を伸ばしてきた(※フェオ視点)オルセラであった。驚愕が即座に怒りに変換される。
「こ、こ、この間はよくもあんな辱めを!!」
(古の血族の接吻を受けることが出来た栄誉をなんと心得るか。失礼な娘だな)
「それはそれ、これはこれです!!」
当時の恥辱を思い出してわなわな震えるフェオだが、全く相手にされていなさそうな気配に悔しさが滲む。
エルヘイム自治区の支配者たる古の血族の中でも最強格を誇る姫、オルセラ。
以前に自分の知らないところで夫とあれこれやっいたらしい許されざる女。
以前に公衆の面前でディープキスをされたときからフェオはハジメと共に彼女とも術によるリンクが出来ていたのだが、彼女からフェオにメッセージを送ってくるのはこれが初めてのことだった。
周囲も変態日焼け痴女というワードから「ああ、あの人なら念話とか出来るよな」と大体の事情を察する。少なくともフェオがイマジナリーな誰かと会話するイタい子になったのではという偏見は幸いにして払拭された。
まだ不満を言い足りないフェオだったが、目の前の重篤患者が呻いて身じろぎしたことから大声を止める。もしや意識が戻る兆候なのではないだろうかと中止すると、脳裏に『ふむ』と声が響く。
『この死に損ない、何かを伝えたがっておるな』
(もう少し言い方ってものがないんですか!?)
『死の間際に瀕した者は何かを遺そうとする。この男もそうだ。よし……少しばかり血族伝来の魔法の手解きをしてやろう』
(え? ……え!?)
『集中せよ』
フェオの身体が勝手に動き、右手の指が遭難者の額に触れる。
すると、掌から魔力の光が漏れた。
フェオの魔力が半分、オルセラの魔力が半分を占めるそれは、操作するのはオルセラなのにフェオにも感覚の共有でどのように魔力が使われているのかがはっきり知覚できる。
『魔王軍の上位存在は『辞世の句』というスキルを所有するという。死の間際の言葉とはそれほどまでに強い力を帯びておる。この術は『辞世の句』とは逆に、死の間際に言葉を遺したい者から声を聞き出す』
(……この人、死んじゃうんですか?)
『それほど強い思念だという話だ。このヒューマンはそこなエルフたちの助力で命を繋げるだろう。治療そのものに興味があるなら今度また教えてやる』
脳裏を過った不安が杞憂で良かったとフェオが安堵していると、遭難者の思念が音のように周囲に響き始める。
『あたしはイゼッタ。第一次捜索隊の最後の一人。一端の冒険者として、せめてあたしたちの辿った顛末を誰かに聞いて欲しい……』
やはり、遭難者は第一次捜索隊に参加したリカントの女性冒険者、イゼッタで間違いなかった。




