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ハジメはこの相手に出し惜しみしては勝てないと判断し、攻性魂殻を発動させた。ゴーレム達は結晶装備故に斬撃より打撃が有効な為、ハンマー系の装備が無数に宙に浮いた。
(ハンマーは攻性魂殻で使うものの中では難易度が高いが、なんとかやってみせよう)
自らはタクティカルガジェットの刀を握りながら、合計10個の大型ハンマーを従える。
本気の戦闘時のハジメの武器運用はおよそ15から16個。その誤差は、向いていない武器が混ざっているかどうかにより変動する。
例えば槍は刺突が中心なので使いやすいが、弓矢は固定する場所が多いのでやや不向きだ。一つや二つほど不向きな武器がある程度なら問題ないが、不向きな武器だらけになれば同時使役の効率を考えて数を絞る必要に迫られる。
ハンマーが不向きな理由は重量、空気抵抗、慣性などどれをとってもスムーズに動かすのに向いていないからだ。同じ重量武器には斧もあるが、斧は空気抵抗を減らした飛ばし方が出来るし投擲スキルもハンマーより充実しているのでコツを掴めば軌道をコントロールしやすい。
対して、ハンマーの投擲は破壊力と引き換えに大雑把で軌道がどうしても単調になり、命中後に再度動かすのに他の武器より力がいる。
(……まぁ、破壊力と引き換えに避けやすいはずのハンマーが10個襲ってきたら、相手からすれば充分脅威なんだが)
極端な話、ハンマーを高高度から10個投擲スキルで投げれば相手は防御どころではない。一つふたつ防いだ程度では凌げない質量と衝撃波の爆撃だ。なので、ハジメはそれをやる。
「スレッジボンバー!」
空高く構えられたハンマー達は、中位投擲スキルのスレッジボンバーによって一斉に加速し、シーゼマルス――晶装機士と使役ゴーレムに降り注ぐ。
事前に全く情報の無い筈のハジメのパーソナルスキルの予期せぬ挙動に対して、シーゼマルスは厄介そうに眉を潜めながら跳び去る。最初からハジメも当たるとは思っていない。彼女の脳の力を探る為の一手だ。
結果は――ハンマーが降り注いだ瞬間、晶装機士を援護する浮遊ゴーレム達が一斉に回避行動を取り、ハンマーは全て空振り大地を破壊した。全て的確に回避しただけではない。浮遊ゴーレムが撃ち落とされない効率的な浮遊の仕方が脳に染みついている人間の動かし方だと他ならぬハジメには分かる。
「やはりか。ドミネートが遠隔操作系技術ならば探せばいるかもしれんとは思ったが……」
シーゼマルスは、ハジメと同じく極度に空間認識能力と並列思考能力の発達した人間だ。
ハンマーが空振った直後にシーゼマルスが即座に反撃の砲撃を放つ。
晶装機士の主力砲撃を避けても包囲するゴーレムの砲撃が命中する実に理にかなった射角の砲撃を前に、ハジメはハンマーを手放して高速換装で五本の杖を抜く。攻性魂殻で自分の手に握る杖を十時に囲うように展開したハジメは真正面から迎撃に出た。
「アクアスマッシャー!!」
五つの杖から水属性の青い燐光が瞬き、超高圧水流の大柱が一斉に五発発射される。
大量の水とはすなわち大質量の物質。移動する質量は対物の破壊力に直結する。それこそが水属性攻撃魔法の神髄だ。他の魔法ではこれほどの質量を一瞬で用意することは難しい。
結晶を核とした弾頭は確かに破壊力抜群だが、質量のある攻撃には利点と弱点が存在する。そのひとつが水属性だった。
――このとき、シーゼマルスは内心かなり驚いていた。
元々油断などしていなかったが、弟は本当にとんでもない援軍を見つけ出したものだ。先ほどのスキルに加えて魔法も多重化ではなく複数並列で使いこなすとは、一体どれほどの手札を揃えているのか想像もつかない。
何よりも、武器を浮遊させ使役するあの力。
恐らく転生特典だろう。似た力の転生者は何人か戦ったことがあるが、どれも能力頼みで大した手合いではなかった。
彼はそれら小者とは明らかに違う。自分のように空間を掌握する頭脳を高度に活用しつつ己の身でも戦う相手に遭遇するのは初の経験だった。
同時に、即座にこの戦いの本質に気づく。
(同じ力を行使出来る人間がぶつかれば、より純度の高い力が競り勝つ! 一瞬でも時間を無駄にしてはいけない!)
何故ハジメは水魔法を放ったのか。
当然それがある程度有効な手段であったのは確かだが、もしその次まで考えているとしたら? であれば、取るべき手段は――。
「アイズオブセルシウスッ!!」
氷属性上位魔法、凍える冷気の光線がシーゼマルスの晶装機士が振う槍の先端から放たれる。詠唱破棄ではあるが鎧に加えて槍の中核となっているシーゼマルスの槍が杖と同じ機能を持つために威力は完全詠唱並かそれ以上だ。
ゴーレム達も氷属性のビームを放たせ、先ほど放った弾丸を押し返さんとする大質量の水にぶつける。
水属性の大質量攻撃から続けざまに放たれて厄介だと感じる魔法の属性は三種。
今の状況であれば実質的に二つ。
最適の答えは一つに絞ることが出来る。
問題は間に合うかどうか――相手の動向を凝視したシーゼマルスは、やはり相手が手強いと確信した。シーゼマルスが放たれたくない属性の赫く猛る魔力光がハジメの杖に瞬いていたからだ。
「クレイジーミスト!!」
直後、ハジメとシーゼマルスの丁度中間で巨大な水蒸気爆発が発生し、周囲の木々と雪を更に吹き飛ばした。
――爆風を斬撃で切り裂いて一気にシーゼマルスに接近しながら、ハジメはたった今の攻防を分析する。
(よく気付いたな、こちらの狙いに。アクアスマッシャーの放出を切るタイミングまでは読めなかっただろうから殆ど反射に近い思考で最適解を導き出した筈だ)
ハジメが狙っていたのは、アクアスマッシャーである程度押し返した時点で水と火の複合属性魔法であるクレイジーミストを用いて相手を吹き飛ばすというものだ。
クレイジーミストは場に水か火のどちらかの属性が含まれているとき、より威力を増す。
シーゼマルスはその危険性に気づき、即座に凍り魔法を放つことで水属性を氷で上書きしてクレイジーミストの破壊力を減退させようとしたのだ。
(普通は水を浴びせられたら氷属性か雷属性で重ねられるのを警戒するが、厳密には雷属性は相手に水を浴びせた後こそ本領。氷属性は確かに威力は上がるが、向こうのゴーレムを攻めるには優位性が薄い。となれば、本来相反の属性であるにも拘らずこの環境では逆に威力が伸びるクレイジーミストこそ最も警戒すべきだ)
結果として妨害は半分成功したが、ハジメの攻撃も半分成功し、結果は引き分けのような形になった。
とはいえ、択を迫ったのはハジメの側だ。
まだ勢いは僅かながらこちらにある。
接近して一気に制圧する――!!
◆ ◇
ソーンマルスはハジメの後方を追い縋るので必死だった。
移動と並行して銃と弓矢を虚空で発射してシーゼマルスの攻撃を相殺する離れ業は、自分には到底真似できそうにない。
底の見えない男だとは思っていたが、まさかこんな隠し球まで持っていたとは――と、素直に驚愕する。シーゼマルスの晶装機士を相手に真っ向から力をぶつけた度量、実力、判断力、どれもずば抜けている。
「これがシャイナ王国のトップランクか……!」
こんな男と同格が何人もいるとは思いたくないので、最強の噂を信じたいとまで思う。
しかし、それでもなお一抹の不安が消えない。
(姉上はオーバーライドの許可を得ている。だが俺は姉上の強さはオーバーアクトまでしか知らん! 否、オーバーライドの力など現役騎士の誰も見たことがないッ!!)
オーバーアクトとは、第一等級騎士になるための最低条件だ。
第一等級騎士は全員がそこに至った者であり、第二等級でさえも一生至れない者が多い。至る者は才能ある者か引退寸前まで努力を続けた者ばかり。後者は年齢問題で第一等級に選ばれることはないが、それでも名誉なこととして歴史に刻まれる。
しかし、オーバーライドはオーバーアクトと似て非なるもの。
一説にはオーバーライドを用いれば実質的なレベルが30から50上がるとまでされるほどの、他国には決して存在しない秘中の秘儀。一度オーバーライドを開帳すれば越えられないのは『理』のみとまで伝えられる必殺の力だ。
そのような力、『ダイヤモンドの騎士』でもない限り神髄を引き出しきれない。
ではシーゼマルスはどうだろうか。
最年少の第一等級騎士で、実質的に今の騎士団で最強で、ハジメをして特殊な脳――今になって見れば、自分自身と同じという意味だったのだろう――の持ち主と言わしめるシーゼマルスであれば。
騎士として、オーバーライドについては言わない。
言ったところで大した助言になるとも思えない。
だからこそ歯がゆい。
ソーンマルスはこの戦いでやれることが余りにも少ない。
それでもハジメの後を追うのは、一つの確信があるからだ。
ソーンマルスは声を張り上げてハジメに最後の助言を伝える。
「ハジメ、黙って聞け!! 姉上は無欲な騎士だが、一度だけ第一等級騎士の職権を強引に振るったことがある!! ある前例のない第二等級騎士の任命だ!! そやつが恐らくもうすぐ出てくるので、俺はそれを相手取る!! 今の俺に出来るせめてもの援護だ!!」
ハジメは振り返らないまま頷いた。
流石、いちいち聞き返すような真似はしない。
(さて……言ったからには腹を決めるか)
あのシーゼマルスが強引にでも任命した第二等級騎士は、ありとあらゆる面で特別な存在だ。アクアマリンの騎士団に何も告げなかった姉も、あの騎士だけはこの戦いへの同行を許すだろう。ソーンマルスより格上の存在だ。
ソーンマルスは、勝ち目の薄い相手との戦いを自ら引き受けたのだ。
「……来る!!」
ソーンマルスは鎧の両腕に結晶の小盾を展開し、一気に踏み込んでハジメの側面に回った。
直後、両腕を通して全身を凄まじい衝撃が突き抜ける。
歯を食いしばり、足先に至るまで全力で力を込めて踏ん張ることで何とか受け止めた《《それ》》は、ソーンマルスの小盾を粉砕して尚も鎧を押しきろうと容赦の無い力を込める。
そこにいたのは、鎧を身に纏った体長3メートルの純白の巨狼だった。
「ガウウウウッッ!!!」
気の弱い者なら一吠えで失神させるほどの形相で吠えるその狼はしかし、ソーンマルスを前にじゃれるように無邪気に尻尾を揺らし、瞳には久々にソーンマルスに会えた事への喜びを内包していた。
図体が大きくなっても何も変わっていない己の家族に、ソーンマルスは苦笑する。
「久しぶりに全力で遊ぼうッ!! 家族だもんなぁッ!!」
「ヴァウッ!!」
狼の名は、アロ。
過去に氷の神獣フェンリルの巫女を務めたシーゼマルスが騎士学校入学の数年前に家に連れてきた、優しく人懐っこいグラディス家の家族。
そして、巫女を信頼してフェンリルが遣わした神獣直系の眷属でもある。
――アロは、シルベル王国の歴史上初の狼の騎士だ。
◇ ◆
狼騎士アロとソーンマルスが戦闘に突入する気配を感じながら、ハジメはタクティカルガジェットで刀スキルを次々に繰り出し、シーゼマルス駆る晶装機士に猛然と斬りかかる。
刀スキルはこの世の武器スキルの中で最も切り裂くことに長けているため晶装機士の結晶をそぎ落とすにはよいと判断したが、シーゼマルスは巧みな体捌きで凌ぐ。
当たってはいるが、悉くが芯の部分――巨体の基幹を司るゴーレムパーツまで届いていない。本気の斬撃も何度か浴びせるタイミングがあったが、オーバーライドなるものの影響なのか本来のレベル以上の速度だ。
クリスタルの躯体に走った傷は即座に修復されるが、それ以上にシーゼマルス当人の反応速度や判断力がハジメと拮抗しているのが攻めきれない原因だ。
(もう俺の刀の間合いを掴みつつある! オーラによる切れ味の増加まで加味した上で骨を断たせてくれない!)
ハジメは並行して杖とハンマーを攻性魂殻で攻撃を仕掛けるが、晶装機士は槍、砲撃、遠隔操作ゴーレムを駆使して逆にこちらに攻め込もうとするために互いの攻撃は複雑化の一途を辿る。
目まぐるしく武装や砲撃が宙を飛び交い、巨体の刃とハジメの刃が衝突し、火花が散る。同時に十以上の武器や人間が入り乱れる様は、無数のパフォーマーが入り乱れるサーカスのようだ。もはや情報量が多すぎて常人では目で追いきれない。
ハジメの銃が上位スキルのアンチマテリアルで浮遊ゴーレムの一つを粉砕するが、すぐさまシーゼマルスは新たなゴーレムを召喚して迎撃する。しかもゴーレムに幾つかの種類があるらしく、その瞬間でより有利なゴーレムを選択してみせる。
ゴーレムを召喚した瞬間に攻撃する召喚狩りという手段もあるが、そうするとシーゼマルスは動きを察知して相手の狙い撃ちという動きに合わせて更に効率的に攻撃をしてくる。
ゴーレムの数は有限であろうからその点に於いて武器を破壊されていないハジメは有利だが、何の躊躇もなく使い捨てているのを見るに相手の物量はかなりのもので、ゴーレムの在庫を全て使い切らせるのは現実的ではないように思える。
ただし、シーゼマルスの目的はあくまで鎧の奪還とアグラニールの捕縛だ。
彼女は隙あらばそちらに向おうとしているが、隙を見いだせないからハジメと争い合っている。そういう意味ではハジメの目論見は上手く行っていた。
(問題は他の連中だな)
アグラニールの方はそう時間はかからないだろう。
如何に天才的思考力があろうとウルの圧倒的パワーの前には為す術なく、シャルアに順調に内部を分析されている。
一方、バニッシュクイーンに関しては今後の展開が未知数だ。
マルタは高笑いしながら暴力の化身として存分に暴れ狂っているが、当のバニッシュクイーンは損傷箇所が再生するというより損傷前の状態を再現するかのようにダメージを修復している。
(再現……再現体? 条件次第であんな再生まで出来るものなのか、それとも別物か――)
「よそ見とは余裕ですね」
シーゼマルスの晶装機士が槍スキルのヴォーパルピアッサーを放つ。
実際には放たれた後に言っており、そのときにはハジメも体捌きと刀スキルの流牙による弾きを組み合わせて最小限の動きで捌いていた。技名を口にしないことで不意を突くことを優先したことで威力が低くなっていたからこそ出来たことだ。
シーゼマルスはその結果には驚かなかったが、その目に籠もる敵意は静かに熱を上げる。
「私は転生者というものが余り好きではありません。自分の価値観と能力をひけらかして他者や先人を見当違いの意見で矮小化し、貶め、責任からのみ狡猾に逃げようとする者が多いからです。貴方は一体どちらなのでしょうか? 弟を言葉巧みに誑かし、私の地位を貶めようとしていることに無自覚なのではないですか?」
言葉の間にも背部の砲塔からは色鮮やかなクリスタルの弾頭が飛ぶ。意図的に曲線を描いた弾丸が着弾する前に回し蹴りのスキル、ブレイキングを放ってくる。ハジメは蹴りを回避し、上空から降り注ぐ弾丸を自分の浮かせた武器を三角飛びの要領で次々に飛んで躱した。
晶装機士の槍がそれに先回りして斬撃を放とうとするが、弾丸が降り注いだ後にハジメの攻性魂殻で操られたハンマーが降り注いだために双方決定打がないまま仕切り直す。
「ソーンマルスを見てればだいたい想像がつくが、あんたは覚悟の塊みたいな人間だ。自分たちの地位に執着なんて本当はしていないだろう。動揺を誘いたいならもっとましな方便を使うことをおすすめする」
「否定はしないのが真実を物語っているのでは?」
「人間は自分の都合の良い結果を求めて生きるものだ。善意の行動でさえも善でありたいという欲から生まれる。それとも君は誰かに命や大切なものを脅かされて絶望の中に戦っているのか? だとすれば、力になれることもあるが」
「……」
シーゼマルスの雰囲気が変わった。
先ほどまで微かだった敵意が、より私的なものに偏ってきている。
「私たちの祖父母もそうして他者を労り力を貸す人間だったそうです。その教育を受けた父もそうだった」
「立派な家族だ。少なくとも俺の親と比較すれば」
「そうですか? 私にとっては忌むべき愚か者です」
敵が、瞳の奥で炎に変わる。
憎悪か、或いはそれに類する黒い業火。
あれほど冷徹に見えた彼女の内に秘めたる怒りが言葉として吐き出される。
「人を愛し子を成す資格もなくそのようなことをすれば後に何が残るのかも考えられずに、ただ自己満足の中で逝った。先ほど転生者が好きではないと言いましたが、訂正します。私は増長した転生者を嫌悪する。そして善意を見せびらかす転生者は更に嫌悪する」
「俺が軽率にソーンマルスに手を貸した自己満足野郎だと? 生憎とそこまでお人好しではない。冒険者は自分にメリットのある仕事を請けるものだ」
「ただ欲深いだけの人間がソーンマルスから信用を得ることなど出来ません。私の弟なのですから」
(あー、こいつもブラコンな部分はありそうだな……)
さらっと出てきた発言にシーゼマルスなりの弟への執着が垣間見えた。




