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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-20

 ヘインリッヒがソーンマルスとシーゼマルスの拳のぶつかり合いから逃れながら、カルセドニー分隊に命令を下す。


「一時撤退!! 私の護衛を除いて全員撤退しろ!! 急げぇッ!!」


 突然の事態にも拘わらず騎士たちは一目散に撤退を始める。

 命令系統の重視に加え、元々こうした事態の為に予備の拠点が幾つか用意してあるため迷いはない。ただし、本音を言えばこの場から一刻も早く離れたい気持ちもあったことだろう。


 逃げる彼らと違って、ザイアンはバニッシュモンスターの源と思われる怪物――仮称バニッシュクイーンに近づいていた。ソーンマルスとシーゼマルスの戦闘が開始されたのを見て「結局こうなったか」とごちりながら事前の計画通りに巻物を開く。

 すると、中からマルタが姿を現した。


「へー、あれがねぇ……なかなか刻み甲斐のありそうな図体ですこと」


 聖職者風の女はマルタと名乗っているが、ザイアンはこの女の顔を手配書で見たことがある。


 鳥葬のガルダ――懸賞金5億G、不老不死の女。

 現在は死んだことになっている筈だが、本人はやる気のようだし、何よりも化物と戦うのにこれほど最適な人材はいない。なにせ同じ化物だ。最初は不老不死など実在するのかとアグラニールの情報を疑っていた分隊メンバーも、彼女の存在を目の当たりにして妙に納得してしまった。転生者の跋扈する世界に於いて他ならぬ不老不死の体現者がここにいるのだから。


 600歳という年齢を感じさせないマルタは、禍々しい両手の鉤爪に加えて修道服の清廉さを台無しにする禍々しい首飾りや悪魔的なブーツを身に付けていた。強力な呪いは情報消失に対抗できるそうだが、実際には万が一マルタがアグラニールに取り込まれた時を想定して特殊な呪いがかけられているらしい。


 また、姿は見えないがカルマが彼女のサポートを務めているらしい。

 理由は、本気で暴走したマルタを制圧出来る人間が他にいないことと、彼女こそがハジメを凌駕する最終兵器だからだそうだ。あれがゴッズスレイヴだと知ったときには、諜報部門の集めたハジメの資料にあった情報は本当に紙くずほどの価値もないことを思い知らされた。


「さあ、思い出させて頂戴よ!! 死の恐怖を!! 有限の存在であった頃の儚き過去をッ!!」


 全身に禍々しいオーラを纏わせたマルタは、頬を裂けそうなほど吊り上げて地面を蹴り、その反動で雪と土が弾け飛んだ。


 マルタの肉体が歪みの内部に突入する。

 結果は――剥き出しの肌が結晶化したが、その内側から健康な肌が表れてを延々と繰り返し彼女の肌が粒子のような煌めきを放つのみに留まった。


相棒スライムが先に死んだら忍びないから、守るために肉体に回す防御削っちゃった!! でも、アハァ!! 面白いじゃない、全身の皮膚が延々と剥がされ続けるこの感覚!! あんたを抉ればもっと凄いのが味わえるのかしらァッ!!?」


 一時の正気を取り戻していたとはいえ、マルタという女は根本的に壊れたままだ。振りかぶった禍々しい爪がバニッシュクイーンの背に広がる鱗とも翼とも言い難い平べったい部位に衝突。600年感経験値の降り積もり続けた埒外の膂力は、容赦なく接触部位を捻り千切った。

 その瞬間、今までアグラニールに夢中だったバニッシュクイーンの注意が初めて背後に逸れる。


 情報散逸という最強の盾と不老不死の最強の矛が、激突した。


 一方、アグラニールは数日に及ぶ膠着状態が解かれた一瞬の隙を縫い、魔力を爆発させた反動で加速する。


『あんなのに絡まれ『流石に困って『しめた!』いたんだよ』てはたまらない――!』


 絶好の逃走の機会を見逃すほど彼ものんびり屋ではない。

 アグラニールにとってもバニッシュクイーンに付け狙われたことは想定外だった。

 情報が膨張する『聖なる躯』と『情報の分解』は相性が最悪だ。

 それさえなければアグラニールはまだ自由に世界を飛び回れる。

 だが、目的が叶うことはなかった。


「戦闘機能、限定解除!! ――グランドスマイトォッ!!」


 瞳の聖痕と頭の光輪を輝かせたシャルアの純白の翼から放たれた虹色の粒子が二つの槌となり、アグラニールを強かに打ち付けた。更に、鎚はパイルバンカー式で、命中と同時にもう一撃の衝撃が走る。


『ペガ――ッ』


 アグラニールの肉塊めいた体は威力の余りにまんじゅうのように平べったく変形し、歪みの外からギリギリで出られなかった。当のアグラニールはそれを嘆くでもなく、目の前で起きた現象を分析する。


『空間に干渉する方法は分かってきたが『独自に改良を加えたような『光属性では『天使固有の『取り籠め『興味深い』ないかな』魔法かな』なさそうだが』ギミックがあった』天使の力はそれだけではないな』

「うわ、生で見ると本当に気持ち悪いね。ちょっと愛せないかも……」


 相手が愛を求めているなら美醜は気にしないシャルアが流石に顔を顰める程度には、アグラニールの姿は醜悪だった。人間味はより失われ、頭部は浮遊島の頃の数倍にまで肥大化している。無数の口が全く同時に別々のことを喋る姿は雑音と切り捨てられるほど理解出来ない訳ではないだけにたちが悪い。

 シャルアの隣にはウル、レヴァンナが並ぶ。

 ウルは二人を交互に見て、二人のアイコンタクトを得るとアグラニールに呼びかける。


「シルベル王国で盗んだ鎧を返してくれるなら、ここでは捕まえないでいてあげるけど~~~!! どうする~~~!?」

『これは神代から残る『子機の解析も『奴らのような『苦労して手に『何を言うんだ』入れたんだ』連中には勿体ない』出来ていないのに』ゼロ転送機能だぞ』


 質問はしたものの上手く聞き取れなかったウルはシャルアに視線をやる。


「ん~……拒否られたかな?」

「鎧の解析をしたいから手放せない的なことを言っていますね」

「じゃ、計画に変更なしかぁ」


 ウルの埒外の魔力とレヴァンナの竜覚醒、シャルアの天使としての戦闘モードという全員が飛行形態を持ったパーティでアグラニールの能力を制限する歪みの縁ギリギリで戦闘しつつ、鎧の在りかを探る。

 それが事前に建てられた計画で、発見後は待機中の別メンバーによる不意打ちで回収する手はずになっている。


 歪みの中では彼女たちの攻撃もある程度は減退することになるし、引きずり込まれるリスクもある。とはいえ三人とも長距離攻撃火力は高く、ショージが一晩で色々と対策装備を用意してくれたのである程度は耐えられる。


 ――本当ならもっと容赦ない数を用意して一気に片付けることも考えたが、狙いが鎧であることを悟られたくないことや、《《ある懸念》》から今はこの人員に絞らざるを得なかった。


 バニッシュクイーンと聖躯アグラニールはこれでどうにかなるし、保険もある。


 問題は、『アクアマリンの騎士』シーゼマルスだ。

 最初こそソーンマルスとシーゼマルスの拳は互角に見えたが、その均衡は早くも崩れつつあった。シーゼマルスの拳は余りにも容赦がなく、更に戦闘しながらクリスタライズ・ドミネーションでゴーレムを出現させて援護攻撃が開始される。


 ハジメは即座に弓矢でゴーレムを攻撃するが、ゴーレム達の体躯を覆う結晶はヘインリッヒのゴーレムとは比べものにならないほど固い。練度に加えてゴーレムの性能も高いらしい。それでいてクリスタライズ・オーグメントによる自己強化もソーンマルスと互角かそれ以上だ。


「並行使用でも隙が生じる様子はないか……枉矢おうし怒濤どとう!」


 上位クラスの弓によるマルチロックオン掃射の追撃がゴーレムを今度こそ完全に打ち砕き、矢の幾つかがシーゼマルスに向ったことで漸くソーンマルスは劣勢から抜け出してハジメの側へ距離を取る。

 短期間のやりあいであったにも拘らず、ソーンマルスには息切れがあった。


「はぁ……はぁ……覚悟はしていたが、やはり俺と姉上では勝負にならん。片手間の戦闘でこの様か、軟弱なこの身体め!!」

「援護するか?」

「いや、俺が援護に回るから攻めを任せる。口惜しいが、貴様の実力に賭けるしかない……」


 悔しさを噛み締めながら呼吸を整えたソーンマルスがハジメに道を譲りつつファイティングポーズを取る。その姿にシーゼマルスは少なからず意外そうな顔をした。


「……まぁよいでしょう。グラディス家、家訓その4、人望人脈は能力に含まれる。ソーマが勝敗を預けるに足ると判断した男ならば、こちらも全霊を以てお相手するだけのこと――クリスタライズ・エクステンション」


 極寒の世界を統べる女王の如き号令と共に、シーゼマルスの全身に追加の鎧が纏わり付く。否、あれは全てゴーレムの技術の延長線上だ。ハジメはそれに対して容赦なく妨害の弓矢を放つが、矢を番えるか否かというタイミングでシーゼマルスは一瞬にして特大の結晶の塊を作り出すとそれをハジメ達目がけて蹴り飛ばした。


「シュートドライバー」


 猛烈な勢いで蹴り飛ばされた結晶の塊は軽々と吹き飛んだかと思えば回転しながら途中で急に軌道を変えてハジメ達の元に落下してくる。シュートドライバーは格闘上位スキルで、岩や氷などを出現させる魔法と組み合わせて使われるものだ。

 ハジメは構わず弓術スキルの火雷天咆で真正面から突き破るが、破った先に展開していたゴーレム達が次々に絶妙に衝撃を逸らす覚悟で受け止める。威力のままに三機ほど破壊したが、最後の一体にまでいくと威力が減退し、軌道が逸らされる。その一瞬の隙に、シーゼマルスは戦闘準備を整えて二人に迫っていた。


『アサルトザッパー!!』

「これは……!!」


 ゴウッ、と、大気を抉る音と共に特大の斬撃が迫った。

 咄嗟に弓で攻撃を受けたハジメは、恐るべきリーチの伸びと斬撃の鋭さ、そして威力に驚いた。明らかにレベル100以上の手応えが弓を握る腕を振わせる。

 ハジメの使う弓は特別製だったので辛うじて受け止め切れたが、下手な業物ならば受けきれなかったかも知れない。


 ハジメは完全な戦闘態勢に入ったシーゼマルスを見る。


 シーゼマルスの纏ったゴーレムを基部とした結晶の鎧は全高7メートルほどの巨体と化しつつ、その速度は生身と比べても衰えを感じさせない。騎士鎧らしい格式としなやかさを保ちつつ迫力のある威容は、シーゼマルスの視界を守る頭部も含めて魔法を用いた機動兵器ゼノギアを彷彿とさせた。


 振った武器は錫杖をモチーフにしたと思われる業物の槍を結晶で拡張したもので、質量的には殆ど結晶だ。しかし、触れた手応えからして結晶の密度と質量は途轍もなく高い。あれをへし折るにはオリジナルの槍をへし折るのと同等かそれ以上の力が必要だろう。


 はためく藤色の長髪はアクアマリンと同じ透き通った水色に変色し、全身を覆うゴーレムとその隙間を埋めるクリスタルの輝きはソーンマルスのそれよりも眩しく、そして美しい。

 

「弓で我が槍撃を受け止めるとは、成程どうして強かな戦士を見つけたではないですか」


 世辞を言いながらもシーゼマルスの連撃は容赦なく続く。

 援護しようとするソーンマルスへの牽制まで放ちながら、一度防御に回った相手を最後まで押しきろうとする動きが、彼女の場慣れと戦闘センスに優れていることを窺わせる。


(弓兵に一度接近したらとことん食らいつく。普遍的なセオリーだが、それだけに手強い)


 どれほど凄腕の弓使いも一度接近を許せばどうしても別の分野の一流には劣るもの。だから超一流い弓使いは絶対に接近を許さず自分が有利な位置から相手を情け容赦なく完封して見せる。

 一度接近したらば撃破するまでチャンスそ逃さず食らいつくのはまさに弓使いにとって一番嫌な攻められ方だ。まして、一流止まりのハジメは少しだけ超一流に劣る。


 だが、だからといってこの程度で押しきられるハジメではない。


「この弓は特別製だ」


 ハジメが弓にオーラを送った瞬間、弓の中腹が分離して形状が変化し、双剣へと変貌した。これにはシーゼマルスも目を見張る。


「なんと!?」

「弓で攻撃を受け止められた時点で不思議に思うべきだったな」


 これはトリプルブイが戯れに作った世界にひとつしか無い多目的変形武器、タクティカルガジェットだ。元は実戦を想定していなかったが、酒の席で存在を知ったハジメが自分の使用に耐えうるよう5億Gの札束ではたいて改造させた。


 このように弓、双剣、刀の他にもいくつかの形態があるタクティカルガジェットは、数多の武器を使いこなすハジメが使えばその多機能性を腐らせることなく存分に活用できる。


「イーグルドライブ!!」


 ハジメは即座に双剣による十字の斬り上げを放ち、予想していないであろう角度からの攻撃によってシーゼマルスの巨大な槍を弾く。ハジメは更に双剣の腹同士をぴったり重ね合わせると、今度は連結してタクティカルガジェットが一つの刀と化した。


「破斬烈震撃ッ!」


 強烈な振り下ろしで脚部を狙ったが、予想外の攻撃にも拘わらずシーゼマルスは即座に格闘スキルで迎撃してきた。


「ブレイキングニー!!」


 ハジメの刀とシーゼマルスの鎧の膝が激突し、互いに弾かれる。

 質量差からハジメの方が遠く飛ばされる結果となったが、流石に本気で叩き込んだ斬撃は結晶の鎧に損傷を与え――そして一秒も経たずに傷が結晶に覆われて修復された。


「無事だな、ハジメ」

「ああ。結構本気で斬ったんだが、損傷の修復はなかなか厄介だ。内部のゴーレムにダメージが通ったとしても油断ならん」

「……今更言うが、姉上は三種のクリスタライズを自在に使いこなす」

「どんな状況にも対応出来るオールマイティな騎士という意味か?」

「いいや、三つ使えることと三つを自在に使いこなすことには大きな違いが存在する」


 否定したソーンマルスの表情に、僅かな怯えが浮かぶ。


「姉上は三種のクリスタライズを同時並行で使役する。二つの技術の同時使役ならば第一等級では珍しくもないが、《《三種が完全にひとつの戦闘スタイルとして融合している》》のは姉上のみだ。若さによる経験の不足故に他の騎士団長と互角と見做されているが――」


 二人の視線の先に、更に出現した空中浮遊ゴーレムを無数に展開しつつザイアンのようにアタッチメント装備を追加していくシーゼマルスが二人を睥睨する視線があった。


 ヨートゥンでさえ霞む威圧感と、びりびりと空間を揺るがす戦意。

 同時に使役されるゴーレム一機一機、結晶の巨体の指先から足先に至るまで、全てが一人の女の戦闘手段として淀みなく機能しているのだと肌で感じる。これはもはや、そういう機能の生物としかハジメには思えなかった。

 生唾を呑込んだソーンマルスが震えを誤魔化すように拳を強く握りしめた。


「第一等級騎士の恐らく全員が、姉上があの姿で戦えることを知らんから互角だと勘違いしている。姉上が編み出したオリジナルのクリスタライズ、晶装機士クリスタルマギアをな」

「……アレは多分、特別な脳を持っていないと動かせない類だぞ?」

「――覚悟をなさい。私の覚悟を受け止める、その覚悟を」


 直後、アタッチメントと浮遊ゴーレムの一斉砲火と同時に機晶騎士クリスタルマギアの槍の猛攻が二人に降り注ぐ。

 戦術級ゴーレム『トータス』のそれが霞むほどの破壊力は、瞬く間に大地を破壊し尽くした。

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