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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-18

 およそ三十分後、憑きものが取れたような顔で部屋から出てきたヘインリッヒは完全に落ち着きを取り戻していた。

 尤も周囲は気まずいなんてものじゃない空気なのだが、ソーンマルスは立ちこめる空気を一切無視して堂々とヘインリッヒの前に立った。


「泣き言は終わったか? なら本題に入るぞ」


 せっかく立ち直ったヘインリッヒに対して余りにも辛辣な言葉が飛び出し、カルセドニー分隊の面々に緊張が走る。しかし、ヘインリッヒはやや不服そうに眉を潜めたものの「いいだろう」と淀みなく答えた。


「ザイアンから一通り話は聞いたのだろう。どこまで話が進んだかもダンゾウに聞いた。この一件に関して貴様が介入する正当な余地はどこにもない」

「現在は、な」

「相も変わらずしつこいやつだ。いいだろう。こうなったらとことん最後まで付き合ってやる」


 今度はソーンマルスが意外そうな顔をしたが、問いただすことはなく話を続けさせた。


「王宮は……シルベル王国は、確証はないが戦争の準備をしている」


 彼の言葉の衝撃に、ザイアン達が腰を浮かす。

 ソーンマルスさえ流石に予想していなかったのか面食らっていた。


「宮廷の動きを見るにそうとしか考えられない。魔王軍の脅威を退けて間もない今、一体どこと事を構えるつもりなのかは分からない。シルベル王国の歴史上初の侵略戦争が始まるとは思いたくないが、『アクアマリンの騎士』だけに事を選任したりオーバーライドの権限を与えるといった不可解な行動も戦の前だからと考えれば説明がつく」


 流石は将来文官になる出世街道を歩んでいるだけあって、ヘインリッヒは王宮の様子を独自の伝手で確認していたようだ。

 しかし、内容については衝撃的の一言に尽きる。

 ハジメのパーティ側でも戦争というワードには少なからぬ衝撃があった。

 ソーンマルスは顎に手を当てて思案する。


「……12の第一等級騎士は国防の要。そして戦争には数が必要。問題は解決したいが可能な限り戦力を分散したくないということか。騎士団にまで秘密にしているということは情報漏洩を極力減らすため。となれば電撃強襲……いやしかし、我が国にそんな恥知らずな真似をしなければならぬメリットなど……」


 ソーンマルスの顔色は思わしくないが、それも無理らしからぬことだ。

 この世界において戦争という表現は魔王軍との全面衝突などで主に使われるものだが、人間の勢力同士の熾烈な殺し合いも全くなかった訳ではない。タイミングを考慮すればこの場合の戦争とは侵略戦争と考えるのが自然だ。


 ヘインリッヒも資材や人員の流れからそうとしか説明できないと結論づけただけであり、実際に命令が下っている訳ではない。それでも確かに国はそちら向きへと動いている。

 彼の警告には見下したニュアンスはなく、ただ真実を告げるばかりだった。


「分かるなソーマ。これ以上の援軍はない。する訳がない。戦争を仕掛けるのに国防の要の第一等級騎士を分散などさせられない。そもそも、もしも逆にこれが防衛戦争の準備で、鎧の強奪犯が敵国の尖兵だったらどうする? 彼奴は既に第一等級騎士を一名戦闘不能、一名を釘付けにしている。更に援軍を送ることで手薄になった王都を再度襲撃か? 援軍を更に挟み撃ちする腹づもりか? 後手に回った我々には選択肢が少ない。第一、オーバーライドでも倒しきれないような相手なら下手な増援は犠牲を増やすことにもなりかねん」

「オーバーライドの許可を得ても一週間も決着が着いていない現状に打開策はあるのか」

「あるなしに関係なく、そうするほかない。それに相手も生物ならば再生力が無限ということはあるまいよ」


 シルベル王国はこのままシーゼマルスに押し切らせることがリスクとリターンの最も釣りあった判断としたようだ。


 いまの話を聞いたことで、漸くハジメはシルベル王国の内部事情を察することが出来た。


「シルベル王国は鎧の強奪犯がシャイナ王国十三円卓議会の命令で動いているのではないかと疑心暗鬼に陥っている」


 その言葉が全員の注目がハジメへと集中させた。

 証拠はないが、ハジメはこの理論に自信がある。


「王宮の様子がまずおかしくなったのはエルヘイム自治区の新王就任式典以降だという話があったな?」


 ヘインリッヒはハジメの意図を図りかねながらも頷く。


「それは、その通りだが。シャイナ王国の次期国王との間に諍いがあったという噂だ」

「やや正確ではない。エルヘイム自治区の新王は就任式典でシャイナ王国が建国以前からひた隠しにしていたある事実を告発した。それはシルベル王国とシャイナ王国の蜜月関係に無視出来ない亀裂を齎した」

「待て、一冒険者の陰謀論などに意味は……あっ」


 そこでヘインリッヒはあることに気づいて口元を覆った。


「そうだ、死神ハジメ……貴殿は新王ギューフと就任前から交友があり、貴殿の住むというコモレビ村の代表として会場に招かれていた! 諍いを目撃した当事者だったのか!」

「ああ。確かあの場には他にも第一等級騎士の護衛がいたが、事が事だけに箝口令が敷かれたのだろう。尤も、荒唐無稽な陰謀論に聞こえるような内容だったのは否定しないが……」


 ソーンマルスがハジメに迫って肩を掴む。

 冷静を装ってはいるが、手に籠もる力が彼の動揺を物語っていた。


「ハジメ、一体あそこで何があった」

「シルベル王国の王様はお前らに伝えるべきではないと伏せた情報だ。実際、世界の首脳陣しか知らない。もし公的にこの情報が広まれば、大陸の歴史がひっくり返る大騒動になるだろう。それでも知りたいか? 知る覚悟はあるか?」


 ハジメはソーンマルス以外の全員に問いかけた。

 ヘインリッヒはというと、無言で消音魔法を使って自分の周囲の音を遮断した。聞く気がないということらしい。カルセドニー分隊の面々は隊長に従って同じ消音空間に入っていったが、クーは彼らとソーンマルスを交互に見て逡巡した。


 彼女はやがて、ソーンマルスを見て「ソーマを信じる」と言うと消音空間に入った。分隊のメンバーとしては隊長に倣うが、物事の真偽を見極めて判断する役割をソーマに託したということだろう。


 ハジメとしても言いふらして気持ちの良い話ではないが、依頼主が目的を達成するための説得材料としてこれを経由するかしないかで大きく話が変わってくる。

 ソーンマルスの急かすような目を真っ直ぐに見つめ返し、ハジメはシルベル王国の戦争準備の端緒を説明した。


「シャイナ王国は魔王軍との戦いの中心たる国家として長年その信頼を築いてきたが、実際には前提が異なっていた。魔王軍が襲来するための魔界の門の鍵は、十三円卓議会が王にも内緒でずっと管理し、度々開いていたんだ。つまるところ、魔王軍という存在とそれが齎す被害は全て十三円卓議会による恣意的なものだったということだ」

「……、……。……」


 ソーンマルスは何かを言おうとして、しかし言葉が出なかった。

 話が大きすぎてまるで実感が湧かないんだろう。

 いきなりこんな話をされればそうなるか、或いは信じないのが当たり前だが、残念な事にこの情報の確度は高い。それこそエルヘイム自治区に直接確認したらあっさり答えるだろう。何せ自治区の民全員がその話を知っているのだから。


「エルヘイム自治区は十三円卓議会の前身と取引したことがあったから知っていたそうだが、これが自治区の路線変更の宣言の前置きとして各国首脳陣の注目の只中で暴露された。事情を察せぬ次期国王を尻目に取り巻きの十三円卓が大慌てしたことで、各国はそれが戯れ言などではないと気づいてしまった。或いはシルベル王国には心当たりがあったのかもな。タイミングの良すぎる出来事に」


 シルベル王国は寒冷地故に食糧事情で肥沃なシャイナ王国に遠く及ばす、代わりにゴーレムや鉱物を輸出することで補い合ってきた。

 魔王軍はシャイナ王国とほど近いシルベル王国に侵攻をかけることも珍しくなかったため、特に対魔王軍の援助にはドメルニ帝国と並んで力を入れていた。


 しかし、その魔王軍を呼び出しているのが他ならぬシャイナ王国となればどうだろう。

 今までシルベル王国が魔王軍の襲撃で損害を負った場合、シャイナ王国は手厚く手助けしてくれた。その信頼によってシルベル王国は対魔王軍の援助を長年拠出してきた。しかし魔王軍が攻めてきたそもそもの理由がシャイナ王国に事実上嗾けられたからであった場合はまるで構図が変わってくる。

 定期的に損害をわざと与えて手助けをするマッチポンプによって得た信頼は、魔王軍が訪れない間も援助としてシャイナ王国の懐に安定収入として入って来る。保険会社と同じで、トータルで考えればシャイナ王国が絶対的に得をすることになる。


「両国の友好関係の土台を揺るがす事態だ。とはいえ貿易関係を考えるとシャイナ王国とは縁を切れないし、何より物証がない。かといってエルヘイム自治区の王の発言の信用性は高く、実質的にはクロと思って関係を続けなければならない。そこにきての鎧強奪だ」


 アグラがそこまで考え抜いて犯行に及んだかどうかは定かではないが、少なくともシルベル王国にとってはシャイナ王国の陰謀という可能性を無視出来ないほど最悪のタイミングだ。


「理由はなんとでもとれる。シャイナ王国に従えという警告とか、鎧の秘密を解き明かして優位性を奪いシルベル王国属国化を見据えた一手とか。しかし、政を行なう者というのは最悪の事態は考えておかなければならないものだ」


 ソーンマルスの様子のおかしさに、話の聞こえていないクーは不安げだ。

 当の本人は情報両の奔流と大きさに戸惑いつつも、頭の回転はしっかりしていた。


「……歴代最強の『ダイヤモンドの騎士』が引退して最強騎士の座が空位となり、魔王軍との戦いの為に多少身を切ってまで資金や資源を拠出した後の埋め合わせ中。攻め込まれるタイミングとしては、最悪、だな……」

「一応言っておくと、十三円卓が出来るのは魔王軍を呼ぶところまでで、呼んだ後はその行動をコントロール出来る訳じゃない。だから魔王軍が全面的にシルベル王国に攻め込むという事態は現実的には考えづらい。が、シルベル王国はそんな事情は知らない。そもそも知っていたとして、シャイナ王国が『秘密を知ったからには友達ごっこはここまでだ』と全面戦争を仕掛けてくるシナリオも否定できない。だから、多分防衛戦争の準備を急ピッチで進めざるを得なかったんだろう」


 疑心暗鬼を生ずとは正にこのことだ。

 正しい情報が無いだけで、人とはこれだけ見当違いな方向にひた走れる。

 現実に何千年もすっかり騙されていたという事実がより疑いを深くし、想定すらしていなかった事態に慌て、起きるかどうかも分からない最悪の事態を無視できず、そこに偶発的要素が飛び込んできて勘違いを誘発する。


 彼らが間抜けな訳ではない。

 当事者は当事者なりに可能な範囲で努力している。

 ただ、問題が許容量を大幅に超過してしまっただけなのだ。


 漸く戦争準備の真相を終えられた、と、ハジメは安堵する。ソーンマルスがとりあえず全部真面目に聞いてくれるから、ここまで脱線することなく辿り着けた。


 しかし、彼には可哀想なことだがここから先の情報こそが最もカロリーの高い部分である。


「アグラニール・ヴァーダルスタインは俺の知る限り十三円卓議会とは繋がっていない。むしろ円卓としてはコントロール不能なアグラニールのことを一刻も早く捕縛したいと考えている。円卓はアグラニールが取り込んだ神の遺物の正体に心当たりがあるからだ」

「それもあるのか!? 小休止!! 流石に小休止させろ!! 頭がついていかん!!」

「認める」


 両手で話を制したソーンマルスは、疲労しきった顔でふらふらテーブルに着くと飲みかけだったココアを口にしてほっと一息つき、そのままテーブルに突っ伏した。


「クーに頼むと言われた以上は全部頭に詰め込まなければならんが、考えることが多すぎて頭が痛い……」


 情けない弱音の吐露で、場が少し和む。

 そういえばソーンマルスは頭の回転は早いが座学の成績はそこまで良くなかったみたいなことを言っていたのをハジメは今更思い出した。

 さっきから言葉が出てこなかったりしたのは、動揺もあるが彼の脳回路にかかる負荷が許容量を超過する寸前だったからのようだ。ゴリラにしてはよく頑張ったと失礼千万なことを思うハジメであった。


 しばしの間を置いて何とか脳を落ち着かせたソーンマルスに、ハジメはアグラについて説明した。


 アグラの目的は不明だが、力を得ようとしている可能性が高いこと。

 ハジメとは少々の因縁があること。

 彼が魔法学術都市リ=ティリから現代魔法の開祖の遺産を盗み出したこと。

 その品の中に、リ=ティリの人間すら知らなかった特級の危険物が紛れ込んでいたこと。

 やはり『神の躯』の詳細まで話すと更に話が複雑化してしまうため、細かい部分は誤魔化さざるを得ない。それがソーンマルスの脳の為でもある。


「――十三円卓の前進となった連中が内ゲバを始めたせいでその危険な旧神の遺産は多くが行方知れずとなってしまった。それが今になって出てきたもので、十三円卓は躍起になって探している。エルヘイムの告発で他国から猜疑の視線を集めている今、事が露呈するどころか他国で被害など出そうものならシャイナ王国は外交上孤立しかねない」

「な、成程? シルベル王国に黙っているのはつまり、保身か……」

「遺産そのものの危険度もあるのかもしれないがな。シャイナ王国の絶対的地位が揺らぐ今、遺産を手に入れれば交渉材料になると考えて確保に躍起になる国が出れば混迷は多方面に波及する。その話は後にして……ともかく、泥棒の正体は十中八九アグラニールだ。遺産の力で無限の魔力と再生力を持ち合わせた怪物と化している」

「そう、そいつの話をしよう! 敵を知ることが何より優先すべき事だ!」

(ややこしい話の時は疲れてたのにシンプルな方向に来た途端元気になったな。分かりやすいつ……)


 露骨に元気になるソーンマルス。

 ここまで分かりやすいと愛嬌を感じるのも彼が周囲に愛される理由かも知れない。


「今の所、アグラニールを拘束する手段がない。十三円卓直下の『影騎士』は手段を所持している節があるが、彼らの協力を仰ぐのはシルベル王国にとって好ましくないだろう。最悪の場合、不法入国と無断の戦闘について責任を追及され、拘束したアグラニールごと鎧を持って行かれることになる」

「……それはまずい。何とかそやつらを騙くらかして利用できないか?」

「『影騎士』を舐めるな。奴らは正規の騎士団とは訳が違う。恐らく構成員の殆どが手練れの転生者で、裏方仕事に慣れている。そもそも目撃者を消す方向で動かれれば目も当てられない。連中がまだ国境沿いの騒ぎに介入していないことは不幸中の幸いだ」


 拘束具については、天使族曰く十三円卓が所持しているのが元々拘束に使われていた一点モノでデータがなく、再現するよりオリジナルで製造した方が早いとのこと。マリアンと仮弟子たちによるアグラニールの術式の分析や『左腕』との戦闘記録の分析結果が出れば本格的に目処が立つだろうが、今回の一件に間に合うとは思えない。


 ソーンマルスは「これはあくまで確認だが、アグラニールを殺害するというのは?」と端的な疑問を投げかけてきた。


「遺物によって力を得ているのならば遺物と本人を切り離せば解決するのではないか? 無論、殺さず切り離す方法があるならば聞くが……」

「アグラニールが遺物のコントロールを失った瞬間、遺物は暴走して周囲のあらゆる生物や物質を取り込みながら無限に膨張を始めるだろう。そうなると『影騎士』でも止められない」

「なんでそんな厄介なものを遺失してるんだ、十三円卓はッ!!」

「俺に向けてキレられても困るがそれは本当にそう」


 あんなものを野放しにしてよく世界は今まで均衡を保っていたものである。

 ともあれ、倒せなくとも出来ることはある。


「俺のおすすめはこうだ。今回はアグラニールの捕縛については目をつむり、鎧だけ取り返す。奴の再生能力の高さを逆手に取れば可能だろう。シルベル王国の国王への弁明は俺の方でなんとかする。エルヘイムの古の血族の伝手を頼れば戯れ言と一蹴はされまい」


 ソーンマルスは今更になってわんさか出てくる重要情報と人脈の数々を前にしていよいよハジメのことが分からなくなってきたのか、「なん、この、こいつ何なの?」みたいな珍獣を見る視線を向けてくる。


「なんでギルドでたまたま雇った冒険者がそんなもの持ってるんだと思うのは俺だけか?」

「持っているのは持っているとしか言えないがそれは確かにそう」


 こっちだって一年前までは今のような事態に陥るとは思っていなかった。

 あと珍獣に珍獣扱いされたくない。

 閑話休題。


「この作戦には二つの問題がある」

「バニッシュモンスターの存在だな」

「そうだ。一応シャルアを通して天使族の協力を仰いでいるので封じ込めは可能だが、アレが何なのかは俺にも全く分からん。天使族の方でも把握していない。ひとまず目撃証言にあった『三体の怪物』のうちの一体がバニッシュ属を生み出している可能性が非常に高い」


 これはシャルアから報告を受けた里の観測によりほぼ裏付けられている。

 また、この怪物そのものはバニッシュモンスターではないようだ。

 情報を消し去る力はあるが、対抗は可能とのことである。


「アグラニールを執拗に狙っているらしいので放置すればどんな動きを見せるか分からん。こいつは足止めし、可能ならば倒す方向性でいこうと思う」

「了承した」

「もう一つの問題だが……」

「姉上だな」


 ハジメがどう伝えるか一瞬言い淀んだ瞬間に察したのか、ソーンマルスはこちらから触れづらい問題を自ら切り出した。彼の姉、シーゼマルスが弟の提案を拒否する可能性に触れられるように。


「騎士にとっての勅命とは命を賭してでも成し遂げるものと記憶している。であれば、王からの命令撤回か目的の達成まで彼女は止まらないのではないか?」


 王制国家の国王とは概してそういうものだ。

 下手に逆らえば一族郎党が責任を問われ、社会的地位を剥奪されるかもしれない。

 実際ハジメも母国の国王の不興を買った際は相当危なかったし、今も影響は受けている。これが第一等級騎士ともなれば、命令無視の代償は一体どれほど重くなるのか予想もつかない。

 そして、『躯』のことを詳しく知らないシルベル王国の国王の命令は、ハジメ達の知識に基づいた計画と衝突するだろう。


「彼女は鎧の奪還と同じく下手人の捕縛ないし殺害を命ぜられているのではないかと俺は予想している。俺がもし王ならばそうするからだ」


 一度国の重要施設に侵入して目的物を奪還できたということは、そのときに建築物の間取りや警備について情報を得ているということである。一体どこから情報を得て計画したのか。その計画のための情報をどこで手に入れたのか。手に入れていないとしても間取りを把握されるのは非常にまずい。

 まずすべきは捕縛して情報の漏洩を防ぐこと。

 そのための手段は出来れば生け捕り、ダメなら殺害だ。


 ソーンマルスは少し考え、無音空間から事の成り行きを見守っている分隊のヘインリッヒに手招きする。素直に無音空間から出たヘインリッヒは、ソーンマルスに強奪者の扱いについて尋ねられるとハジメの予想通りの答えを出した。


「捕縛、ないし、捕縛が困難もしくは更に鎧を失うような事態になった場合は殺害。当然のことだ」

「分かった。話し合いはもう少し続くから待ってくれ」

「さっさと済ませろ。魔法の維持も面倒だし、後方に待機させている部下にこれ以上心労をかけると後々面倒だ」


 軽い嫌味で済ませたヘインリッヒが無音空間に戻るのを確認し、ソーンマルスは戻ってくる。


「聞いての通りだ。姉上は誰よりも騎士の規範たりうる誇り高き騎士。物理的に妨害するしかない。その役割は俺がしたい所だが……他の誰かに押しつけるなんてことはしたくないが……ぬぅ……本当の本当に不本意だが……ふっぐぅ……今の俺では姉上の足止めすら難しいが故、貴様の采配に任せるッ!!」

(シスコンの楔を理性が断ち切った……)


 不本意そうな顔をまるで隠しもしないまま勢いだけで言い切ったソーンマルスは、その後は未練を見せなかった。というか、未練はタラタラなのだが我が儘は封じ込めると決意したようだ。

 幾らシスコンでもそこを割り切れるのは偉いなと素直に思う。

 彼はこれ以上後ろ髪を引かれないよう力強く宣言する。


「つまり! 我々はアグラニールと遺物を切り離さず鎧だけを奪還し、その間姉上とバニッシュモンスターの親玉をそれぞれ足止めするために戦力を三分割する!! それで間違いないな、ハジメ!!」

「ああ。承認するか?」

「『アイオライトの騎士』の名の下に、承認する!!」


 こうして、遂に最終方針が決定し、ハジメたちは最後の戦いに向けての準備と作戦会議を始めるのであった。

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