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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-17

 一応は盗聴していなかった体でソーンマルスとザイアンの情報交換の場に赴いたハジメは、既に一度耳にしたやりとり――簡略化していたが――を聞いた上で情報を提供した。情報異性体バニッシュモンスターの話や、それがとうの昔に消え去った旧神くらいしか作り方を知らない事など、話の流れに於いて不自然のないように気をつけながら。


 また、カルセドニー分隊が短期間にかき集めた鎧の強奪者についてはハジメの悪い予想を裏付けるまでには至らずともかなりその可能性を広めるものであった。

 大量の魔法を同時行使し、空を飛び、無限に再生して喋る肉塊――騎士が記憶を頼りに描いたであろう簡素なスケッチを見て、ため息が漏れそうになる。


(この犯人、十中八九アグラニール・ヴァーダルスタインだろ……)


 天使族より提供された最新のアグラニールの外見情報より更に怪物に近づいている気もするが、装備品や肉塊と称されるほど肥大化した頭部から生えた無数の口、そして無限とも思える再生能力を鑑みればそう考えるのが妥当だろう。


 彼は天使族の里で天使の力を手に入れようとしていた節がある。

 あのあと二度と来なかったし個人で動き回る天使たちの警戒の網にもかからないということは、天使そのものが必要という訳ではなく力を求めての行動だったと考えられる。だとすると、謎に包まれた『聖結晶騎士団』の上位の鎧を狙う可能性は充分にある。


 シャイナ王国はアグラの捕縛=『神の躯』を奪われるという図式から、シルベル王国にアグラに関する正確な情報は教えていないに違いない。

 下手をしたら話題にすら挙げていない。

 恐らく最後まで知らんぷりを貫き通すつもりだろう。

 大陸最古の同盟関係が聞いて呆れる。


 ハジメは『神の躯』のことはややこしいので伏せて、何らかの神の遺物で異形と化したアグラニールが犯人である可能性を指摘した。

 ソーンマルスは鵜呑みにする訳ではないにせよ可能性として考慮はしている様子だったが、ザイアンは違った。


「その指名手配犯のことは知っているが、貴殿の説明は話にならない。全部が『かもしれない』程度の確度だし、我々はアグラニールについてのそのような情報は初耳だ。そも、貴殿が知っているのならシャイナ王国の外交筋から伝達があってしかるべきだ。出所の知れない情報を鵜呑みには出来ない。バニッシュ某に関してもだ」


 口ではそう言ってのけるザイアンだったが、実際のところ彼は言うほど情報を疑っている訳ではないようにハジメは感じた。信じるに足る根拠や情報同士の関連性が見いだせず、かといって自分の手持ちの札では問題を解決出来ないというジレンマに陥っているようだった。


 このままでは決定打に欠ける。

 結論を急いても結果を得られそうにないと考えたハジメは、ソーンマルスに話を振る。


「ところで先ほどちらりと言っていたオーバーライドというのは一体なんだ?」

「言えん」

「今言える範囲でいいから説明が欲しい。王宮にとってその許可というのがどれほど重いのか、とか」


 国家の軍事機密に類するものなのだろう。

 流石のソーンマルスも渋々で、かなり言葉を選びながら答えてくれた。


「……シルベル王国の建国以降、オーバーライドの許可は片手の指で数えるほどしか下されていない。いくら第一等級で才色兼備の偉大なる姉上とはいえ、『ダイヤモンドの騎士』以外にオーバーライドの許可が下りるのは俺の知る限り歴史上初めてのことだ。恐らく王宮では分不相応にして前代未聞とそれなりの反対意見が出たはずだが、決定の早さを見るに王の強権でねじ伏せられたと見える」

「分からんな。そんなに揉めるようなことならば他の第一等級騎士の援軍の方が現実的だったのではないか? いくら前代未聞の不祥事とはいえ、こういうときのための第一等級騎士だろうに」

「そこは王宮や王の解釈の問題だ」


 ソーンマルスは曖昧な表現で言葉を濁す。

 納得がいかない訳ではなさそうな様子を見るに、オーバーライドの許可は第一等級騎士の追加派遣と拮抗するだけのものであるらしい。少なくとも単なるリミッター解除で片付けるほど単純なものではなさそうだ。


 ソーンマルスはザイアンに意味ありげな視線をやる。

 ザイアンは肩をすくめて「こちらを見るな」と困った様に首を振った。


「王宮関連の情報なら私などよりヘインリッヒ分隊長殿の方がよほど知っているよ」

「それでも貴殿の方が俺よりは知っている筈だ」

「知らない。騎士の名に誓って。そもそも最近の王宮はずっと様子がおかしい。エルヘイム自治区の新王就任式典辺りから、王宮と近しいうちの騎士団でさえ下りてくる情報が明らかに少なくなっている」

(エルヘイム……まさか……)


 ハジメの脳裏で幾つかの可能性が浮かび、推論と推論が結びつく。

 証拠はないが、もし予想が正しかったとすれば辻褄は合う。

 しかし、もしそうだとすれば、今回の一件は思った以上に尾を引くものになるかもしれない。




 ◇ ◆




 ハジメがソーンマルス達との話に参加したちょうど直後、フェオ達が遭難者一名を救助して拠点に帰還した。


 遭難者は極めて衰弱しており、もはや精神力のみを頼りに歩いていたのだろう。一刻も早く温かい場所で治療する必要があったためシャルアが空間転移魔法を使ったほどには遭難者の状態は悪かった。


 すぐに遭難者は暖炉の側のベッドに運ばれ、蘇生薬やポーションを点滴して延命措置が図られた。

 この世界において蘇生薬は、死者の肉体に残存した生命力に働きかけることで意識を現世に引き戻す秘薬である。なので不意の攻撃で瀕死の重傷を負った際などには傷の状況次第で死後も効果が見込めるが、そもそもの生命力が尽きかけている場合――死亡前の極端な衰弱や寿命に起因する死に対しては殆ど意味が無い。

 遭難者は蘇生薬が効かなくなるかどうかの瀬戸際だった。


 騒ぎを聞きつけたフレイとフレイヤは顔を青くしながらも純血エルフの不思議な魔法で生命力の回復を試みてくれている。


「これでも森で迷い倒れた遭難者を助けたことは何度かある。医者はいないが優秀な助手もいる。なんとかしてみせよう」

「お兄様、その助手とはわたくしですか? それともアッチのダークエルフですか?」

「今はどちらも頼りにしている!!」

「まあ! 流石はお兄様! 勿論フレイヤなどと正直な本音を即答したらば人命救助を甘く見るなと一発おビンタで喝を入れるつもりでしたが、杞憂でしたわ!」

「ちなみにヤーニーとクミラを選んでいた場合はどうなっていたのだ?」

「勿論、嫉妬のおビンタですわ!」

「嫉妬するフレイヤもきっと愛らしいので問題ない!!」


 ……大分巫山戯ているようにも見えるが、二人ともしっかり治療の手を止めていない。

 レヴァンナは生命力の枯渇で凍傷の引かない遭難者の顔や装備を注意深く観察し、手元の資料からこの人物の正体と思しき人を探し当てた。


「リカント……女性……第一次捜索隊のイゼッタで間違いないと思う。可哀想に、凍傷でこんな顔に……」


 レヴァンナが同情するのも無理はない。

 一体今日までどんな目に遭いながら森を彷徨ったのか、痩せこけた上に酷い凍傷に苛まれた顔は一見して女性かどうか判別しづらいほどだ。様々な回復方法を働きかけているので峠は越せると思うが、何日かは目を覚まさないかもしれない。それほどにきわどい状況であった。


 フェオは暗澹とした気持ちになる。

 一人目の遭難者が生きて見つかったことは喜ばしいが、逆にそれなりに寒さに耐性のあるリカントでこの有様では他の生存者はかなり絶望的といわざるを得ない。それでも冒険者として辛い現場を見たことはあるので、現実は素直に受け止めざるを得ない。


(こんな時のやるせない気持ちって、経験重ねて抜けるものじゃないんだろうなぁ……)


 この世界に生きる人間の多くが、死に対して一定の諦めを抱いて生きている。

 受け入れなければ生きていけないほど死が身近にある世界だからだ。

 最後まで希望を捨てない志と、最悪の結果を受け入れる覚悟。

 捜索活動に於いてこの二つは不可分であるとフェオは思っている。


 治療においてフェオに手伝えることはもうない。

 ここは拠点の人間に任せ、再度出発しようかと思案しながら部屋を出る。

 すると、見覚えのない人物が二人いることに気づく。


「マイったな……おセンチなのは結構だが、自分で喧嘩買っておいて負けたらヘコむのも、仕事に気分持ち込まれるのも一番困ンだよ」

「私、正直ヘンリーがそこまでソーマに固執し続けてるの知らなくて……こんなことになるなんて予想してなかったよ」

「まーそれを言うならメンバー全員そうなんだけどよぉ。オレなんて目が覚めた時には全部終わってたし」


 結晶をあしらった鎧に身を包んだ大柄で筋肉質な女性――だと思う――と、似た意匠の鎧を着たスレンダーな女性。どちらもフェオより年上の大人だ。


「あのお二人はシルベル王国の騎士サマらしーよ」

「ショージさん」


 作業を終えて一息入れていたらしいショージがココアをコップに注ぎながら説明する。


「フェオちゃんが戻ってくるちょっと前にハジメたちがあの人達連れて戻ってきて、今は情報提供とか協力とか出来ないか交渉してんの」

「女性ばかりを……? へぇ……」

「いや、話し合いの相手は男だしそういう訳ではないんじゃないかなぁと思うよ……いやホント」


 ショージが慌ててフォローしてきたが、「言ってみただけです」と悪戯っぽく笑うと胸をなで下ろしていた。フェオとしては内心嫉妬深いキャラが周囲に定着しているのは不本意だったりする。オルセラみたいな略奪系は話が別だが。


 どうやらハジメは戻ってきているようだ。

 拠点にいないのはアンジュ、ツナデ、そしてハジメがアンジュと入れ替わった後に「厄介事が起きてるならリスクよりスピードでしょ」と半ば強引にダンゾウの分身を連れてハジメの班から分かれて行ってしまったマルタだ。

 アンジュは一旦村に帰還し、ツナデはマルタと合流しに行ったとショージは簡潔に教えてくれた。


「んで、騎士は全員で四人いるんだけど、どうも騎士の部隊長さんが大暴れしたもののこっぴどく負けてすっかり不貞腐れちゃったみたいで、交渉は代理の副隊長が担当中。肝心の隊長さんはあの二人の奥の部屋に閉じこもってる」

「シルベル王国の騎士ってことは、ソーンマルスさんの同僚さんですか?」

「ん。黒髪のカワイコちゃんと引きこもりの隊長さんはソーマくんと同級生らしいけど、どーにも野郎同士は随分拗れてるみたいね」


 ソーマというのはソーンマルスの渾名だろうか。

 本人公認かどうか分からないので一先ず流す。

 ショージは拠点にいるメンバーと来訪者全員分のココアを淹れ終えると盆にのせて配りにいく。フェオもそれを一つ受け取り、温かなココアの甘みで一息つく。喉から胃にかけて広がる熱が、外での活動で知らず冷えていた体を暖める。

 しかし、引きこもっている隊長――ヘインリッヒというらしい――だけ部屋から出ようとしないため、ショージはどうやって渡そうか思案しているようだ。


 彼のビルダー技術ならハンマー一発で扉の鍵だけスポンと抜き取って入れるだろうが、傷心でいじけた男にそれをやって本格的に機嫌を損ねたりしたら厄介なことになりかねない。


 と、ダンゾウがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……私が持って行きますぅ」

「え。大丈夫? なんかいじめられそうオーラが出てて若干不安なんだけど」

「慣れてるんで……それに、多分ですけど私、あの人の心を開けるんで……」


 いつも自信なさげで引っ込み思案なダンゾウにしては珍しい自発的かつ行動的な発言なのだが、「いじめられそう」に対して「慣れてる」は何の安心要素にもなっていないのではと思わざるを得なかった。


 ――それから数分後。部屋から成人男性のむせび泣く声が響き始めて全員がぎょっとした。慌てて扉に近づいて耳を欹てる。


『う゛わ゛ぁぁあああああああ!! えっぐ、ひっく、う゛えええええッ!! 見ないで……こんな情けない顔を見ないでくれぇ……!!』

『いいんですよ、今はだれも見てません。このような部屋に召し使いと二人きりで寄り添う貴族などおりません。我々はいま、世界にいない。いない者同士がどうしようが、誰も気に留めることなどありません。さあ、仮面を御剥がしになって……きて……胸の内を曝け出して……』

『ひっぐ、信じていた……父の指し示す道が絶対だと!! 他の全ては下らないと信じていた!! だから信じたくなかったんだ!! 正しいと信じて情熱を費やしてきた時間が、全て無駄になってしまう気がして……!! 一族が正しくないような、気がしてぇっ……う゛え゛ぇぇぇぇぇぇぇッ!!』

『旦那様……よいのです。んっ、よいのです……ああ、旦那様、そんなにも強く……』


 子供のようにみっともなく喚く成人男性と、普段のおどおどした姿からは想像も出来ないほど艶っぽい声でリードするダンゾウの声。時折布が激しく擦れ合ったりベッドの軋む音がして、盗み聞きした面々は一斉に顔を赤くして扉から離れた。聞き耳のスキルも思わず切って、聞こえなくなる距離まで後ずさる。


 偶然近かった騎士のバルドラスとクーとそれぞれ目を合わせるが、気まずすぎて全員咄嗟に言葉が出なかった。


「その……もしかして、シてるんでしょうか」

「んな馬鹿な。いやでも、色を知らないお坊ちゃんだし……うわぁ……マジか……」

「ど、同級生が任務中に壁一つ隔てた向こうで、とか、もうマジでどんな顔したらいいのよ……!」

「シてませんよ? 女の使い方を知らなくて抱っこが不器用なだけですぅ」

「「「おわぁッ!?」」」


 いつからそこにいたのか、ダンゾウが何食わぬ顔で背後に立っていたため三人は飛び上がって驚いた。ダンゾウは「あ、私は分身です」と注釈した上で誤解を解く。


「貴族の子弟さんの中には時々ああいう世間とのギャップに耐えられない人がいるんですよぉ。そういう方は無意識に母性を求めてます。ヘインリッヒさんはとても性根の素直な方なので、凝ったことをせずとも抱っこしてよしよしだけで本音は引き出せましたよぉ?」


 心なしかいつもより饒舌に語るダンゾウは、上手く行ったことへの安堵でも、男を手玉に取った優越感でも、面倒な仕事を終わらせたという解放感でも、ヘインリッヒを純粋に愛おしく思っている風ですらない得体の知れない喜色に頬を綻ばせていた。


 フェオ達との村の生活では一度も見たことのない、しかし何故か目を逸らせない笑みは、もしかしたら逆にあらゆる感情がない交ぜになっているのかもしれない。

 ダンゾウは元愛玩奴隷だ。主人に笑えと言われれば何を思っていようが笑わなくてはならない。彼女は必死に空っぽの笑みに自分の思いつくあらゆる小さな『嬉しい』を無理矢理に詰め込んで、虚ろの笑みを限りなく本物に近い何かに仕立て上げたのだとしたら。本来はそんなことをすれば心が壊れてしまうのに、奇跡的に奴隷としては上手く行ってしまったのだとしたら。

 そこには天然ものではなく、さりとて人為的な人間の育成では絶対に再現出来ない魔性の力が宿っていた。


 彼女はその魔性を自分の居場所を維持する為に使うことを躊躇っていない。

 ライカゲが彼女を弟子にしたのには、やはり相応の理由があったのだ。

 彼女の過去を知らないバルドラスとクーにはその笑みは性的なものに見えているらしく顔を赤くしているが、彼女の顔にはそれも含まれているからどの先入観から見ても違和感がない。一度そう見えるとずっとそうだと思わせてしまう。

 フェオにはそれがダンゾウの人生の地獄と狂気の象徴である気がして戦慄した。


 ……なお、ショージは「男の声だけ消してボイスくれねーかな」と堂々盗み聞きを続行していたが、話し合いが行き詰まって小休止に入ったため部屋から出てきたハジメとソーンマルスが二人で彼の左右の足を掴んで連行したため中断された。


「本人にとっては深刻な問題なのだから娯楽にするな」

「同じ騎士団の人間として見捨ててはおけんのでな」

「アダダダダダ!! イダダダダダダ!! 裂ける!! お股裂けちゃうからそれ以上引っ張らないでぇぇぇぇぇッ!!!」


 むせび泣く成人男性が一人増えたのは全くの余談である。

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