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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-14

 ヘインリッヒの足下に巨大な魔法陣が浮かぶ。

 ハジメの見立てでは召喚魔法の一種だが、サイズからして出てくるものはかなり大きい。

 ザイアンは相貌を見開いて狼狽える。


「おい、隊長……正気か!? そんなものを使えば我々まで巻き添えを……くそったれめ!!」


 砲撃形態を解除して駆け出したザイアンは一直線に意識を失ったバルドラスの方へ向かう。途中でソーンマルスとすれ違うが、彼はそのままバルドラスを助け起こして必死にその場を離れ、ソーンマルスはそれを見ているだけだった。

 ハジメは背後から彼に近づいて声をかける。


「何故あんなに奴を挑発したんだ? 何か意図があるように思えたが」

「カルセドニー分隊に口を割らせるには特務の続行を不可能にするしかないからだ。第三条二項を引き出した上で負ければ、最早一分隊ではどうしようもない」


 一体どこから考えていてこの展開に持ち込んだのか、ソーンマルスが延々とヘインリッヒを挑発していた理由は彼に自ら切り札を切らせる為だったようだ。


「俺が妨害する限りは奴らは絶対に任務を達成できないが、俺は奴らの任務内容を聞けば退くか協力するかもしれないので、任務を告白して俺に懇願するしかない。そして俺に最後まで抵抗し、『隠し札』を呼ぶ権限を持つのはヘインリッヒなので完膚なきに叩き潰す必要があった。虎の子の戦術級ゴーレムを粉砕すれば奴の鼻っ柱も砕け散るだろう」


 こちらが諦めることを諦めさせる為に、相手に切り札を使わせる。

 それがソーンマルスの作戦であった。


「って、力押し100%じゃないか……」

「一瞬納得しかけた自分が恥ずかしいんだけど」


 ハジメコピーとウルは思わずツッコむ。

 先ほどは作戦と称したが、やっているのは全身全霊の嫌がらせだ。「嫌なら避ければ良いのに」と言いながらラガーマンばりの全力タックルしてくるくらい理不尽である。

 ウルが心底理解に苦しむ顔で眉間に手を当てる。


「結晶騎士ってみんな脳みそゴリラなの……?」

「心配するな、シルベル王国に俺以上のゴリラはおらん」

「自覚あったよ!! そして心なしかドヤ顔ォ!!」

「えばって言うことじゃない。お前さては敵に回すと死ぬほど迷惑な男だな?」

「俺は俺がやるべきと定めた事に忠実なだけだ。姉上にも『迷えば後れる。後れれば負ける』と子供の頃からよく教えられた。幼き頃から世界の真理を見抜いておられたとは、流石は姉上である」


 正々堂々と断言するソーンマルスだが、それで特殊任務中の同僚を計画的にボコボコにしようとするのは迷いがなさ過ぎである。


 正義を振り翳して人を死地に送るミュルゼーヌは迷惑だったが、自分一人の目的を達成するために全力で他人の足を引っ張り回してジャイアントスイングをかますこの男とミュルゼーヌは果たしてどちらがマシなんだろうか。


(いや、待てよ? ハジメとしてはそう思うが、ウルリの為なら敵対者全員消し炭にするって宣言してたアンジュはよく考えたら……同、類?)


 ……ここに悲しきゴリラがもう一匹見つかったのであった。


 そうこう言っている間に、ヘインリッヒの足下から巨大な結晶ゴーレムが大地からせり上がり、彼を頭部に乗せたまま凍え荒れた大地に顕現した。

 サイズはゆうに20メートルはあるだろうか。人型ではなく浮遊式のエレメントゴーレムに近いが、膨大な質量の結晶を鎧に纏い、幾つもの砲台を覗かせる異様はこのゴーレムが戦術兵器扱いされる理由を言葉より雄弁に語っている。


 ユーギア研究所の量産型ゼノギアに匹敵する巨体が、曇りに霞んだ陽光を更に覆い隠す。身震いのような軋みを上げる戦術級ゴーレムは、頭部に佇むヘインリッヒの高笑いに呼応するように駆動音の咆哮を針葉樹林に響き渡らせた。


「クリスタライズ・ドミネェェェーーーートッ!! カハッハッハッハッハッハッハァ!! 『アイオライトの騎士』ソーンマルス!! 士道不覚悟の傾奇者!! 『聖結晶騎士団』の正しき秩序と正義の名において、命令に背く者は須く誅殺!! 誅殺!! 誅殺ぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!!」

「そんなデカブツを持ち出したところで、騎士学校時代に俺に全戦全敗したひ弱な貴様が操っているのではなぁ。はぁ……」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇッ! 貴様如きがこの私を見下すことは許されなぁぁぁぁぁぁいッ!!」


 優位に立ったと思った途端に浴びせられた挑発に、ヘインリッヒそろそろ血管がはちきれるのではないかと心配になるほどの情緒で喚き散らかす。二人のやりとりを見て、ハジメコピーは何となく何故ヘインリッヒが異常にソーンマルスを嫌うのかの片鱗を見た気がした。


(騎士学校時代も意見が反目する度にこの調子だったんだろうなぁ……しかもソーンマルスはそもそも相手にしてないような態度だから余計にムカついたのでは?)


 この期に及んでまだ煽りに余念の無いソーンマルスの煽りゴリラっぷりに、ふとハジメコピーは不安を抱いた。


(姉のシーゼマルスも負けないくらい煽りゴリラだったらどうしよう……)


 なにせ彼の姉で、弟に『迷うな』と教える性格で、第一等級騎士で、同じ等級の『アメジストの騎士』に嫉妬されているのだ。弟を心配する常識的側面とは関係無しにナチュラル煽りゴリラでも全くおかしくはないのである。




 ◇ ◆




 『ジャスパーの騎士』ヘインリッヒ・アーゲントの心は溢れ出す感情の嵐に飲まれていた。

 その中でも特に間欠泉の如き勢いを持つのは『嫌悪』、そして『歓喜』。


 ヘインリッヒが最も騎士として嫌悪するソーンマルスという男の存在。

 それを自らの手と権限で裁くことが出来るカタルシス。

 相反するように思える感情は、矛盾せずに戦いという一つの器に注がれる。


「私はずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと!! この時を待っていたのだァァァァァッ!!!」


 戦術級ゴーレム『カークス』の下部から水平部位にかけて搭載された魔術砲台にエネルギーが充填され、ヘインリッヒの意のままにソーンマルスたちの佇む森に一斉発射される。

 大口径4門、中型砲塔4門、連射式小型砲塔6門の計14門から放たれるクリスタルと魔力の複合弾頭は、地表に着弾すると同時に次々に大爆発を引き起こした。爆風の範囲を考慮しても回避は不可能だろうとヘインリッヒは嘲笑した。


「ヒハハハハハハハ!! 浮遊状態から放たれる圧倒的火力による広域殲滅攻撃ッ!! これぞ『カークス』の真骨頂よ!! 貴様のような地を這う虫けらに逃れる術はなぁぁぁぁいッ!!」


 砲塔それぞれの連射性能や照準能力の一つひとつはヘビーエレメントゴーレム並だが、14門の砲塔はおおよそヘビーエレメントゴーレム4機分に相当する。ただし、クリスタル弾頭の使用と大容量の魔力コンデンサの恩恵を加味すれば、その火力は10倍以上に跳ね上がる。


 更にこれらはエレメントゴーレム達と違って一定の浮遊・飛行能力があり、防御力も極めて高く、フルパワーで砲撃を乱射しても一時間は経戦可能。

 一斉砲撃が放たれればクリスタル砲弾の破壊力と魔力による爆発が上乗せされ、たとえ弾丸を躱しても爆発そのものを回避する術はない。


「だが一度の砲撃で死ぬほどヤワじゃないよなぁ、貴様は!! だから油断せず念入りに磨りつぶしてやるよぉぉぉぉぉッ!!!」


 鮮やかな魔力で彩られた砲撃と爆風の美しい光にうっとりと見蕩れながら、ヘインリッヒは回顧する。

 ソーンマルスという男にまつわる怒りの記憶を。


 ソーンマルスは、クーと共に同じ年度に騎士学校の門を叩いた者同士だ。

 当時、ヘインリッヒはソーンマルスのことが眼中になかった。

 何故なら彼は入学試験に於いて最優秀の成績を収めた名門アーゲント家の次男坊であるのに対し、ソーンマルスは姉が有名を轟かせてこそいたが大した家柄ではなかったからだ。

 ソーンマルスは試験でも実技だけは抜きん出ていたが、筆記は平凡かそれより少し下で、典型的な腕っ節だけで成り上がろうとする騎士だった。


 シルベル王国の騎士学校には大きく分けて三つの進路がある。


 一つ、そのまま卒業して第三等級騎士となること。

 殆どの生徒がこの道を辿るが、第三等級から第二等級へ上がるのは極めて至難。

 言わば雑多で出世の見込めないノンキャリア組だ。


 二つ、在学中にその才覚を認められ、第一等級騎士より騎士団にスカウトされる。

 スカウトされれば第二等級、及び第二等級候補として普通の第三等級より上位のカラットが与えられる。次世代の第一等級騎士はこの中から選ばれるため、それだけ実力が認められた一握りのキャリア組と言える。


 そして三つ目は、騎士団を経由して王宮の文官に召し上げられること。

 これが最も困難でありながら現実的な出世の最短ルートだ。


 実は、第二等級騎士はその殆どがそこで出世の限界を迎える。何故なら、より上位である第一等級騎士は12人までと決まっており、第二等級の中でも別格の実力がなければその席に座る機会が訪れないからだ。

 一方、文官ルートは第二等級でも特別扱いされる。

 騎士団同士の運営において有能な文官を王宮に送り込むことは大きなアドバンテージとなるため、実力より頭脳面や家柄を買われてカラットも高い。

 文官ルートに乗った騎士は騎士団内のいくつかの代表的な役職を経由して十分な肩書きを手に入れたのちに、結晶騎士の地位の返納と引き換えに王宮で他人を動かす上位の立場の人間になることができる。


 ヘインリッヒは生まれながらに三つ目を確約されたような立場であった。

 一方のソーンマルスは姉のコネで二つ目に辛うじて行ける程度の存在と認識されていた。突き当たりの出世に馬鹿正直に進んで、壁を背に満足する――未来を見据えず漠然と騎士に憧れた者が選ぶ凡夫の道だ。


 なのに、ソーンマルスには何故か人望があった。


 当時、周囲に馴染めず浮いていたクーが彼に懐いたのを皮切りに、彼はソーマという渾名と共に周囲に広く親しまれていった。将来性を考えればエリート中のエリートであるヘインリッヒと仲良くした方が合理的であるにも拘らず、級友は彼とヘインリッヒでは彼を優先して話しかけた。


 別にそれでヘインリッヒが孤独になった訳ではない。

 同じ文官ルートを目指す名門の出のものや、将来の見返りを望んでへりくだってくる者は少なくなかったので我慢は出来た。

 しかし、我慢とは己の感情を押さえ込むことだ。

 次第にソーンマルスは彼の目に余るようになっていった。


 ――ふと、ヘインリッヒの意識が現実に引き戻される。


 地上を彩る大口径クリスタル弾頭の一つがはじき返され、『カークス』に命中したのだ。威力は大きく減退していたとはいえ機体に震動が走り、ヘインリッヒも踏ん張って転倒を堪える。

 直後、爆炎を突き破って結晶を纏った何者かが跳躍した。

 速い、しかし――!!


「シィィィルドッ!!」


 結晶化した巨大な魔力障壁がソーンマルスの迫る角度を覆い尽くす。

 ヘインリッヒは口角を吊り上げ、その障壁の裏側――すなわち彼から見える面より大口径の砲撃を叩き込んだ。結晶でソーンマルスを阻み、視界を奪った上で結晶ごと砲撃することで爆風と結晶の破片の両方でダメージを与える作戦だ。


「浅知恵がッ!! 貴様なら猪突猛進に突っ込んでくることなどお見通し――!!」


 バギャア、と、思わぬ角度から衝撃が走り『カークス』を揺さぶる。

 気づけば砲撃を放った砲台とは異なる左側面の大砲塔がへし折られていた。

 へし折った砲塔を片手に宙を舞う張本人――クリスタライズ・オーグメントによる純粋強化された鎧を晒すソーンマルスのすました顔がそこにあった。


「さっきのは唯の結晶の塊だ。俺が作ってぶん投げた。迂闊な行動だったな、障壁で自ら視界を塞ぐとは」

「ッ!!」


 砲塔が一つやられたことで攻撃に弱い箇所が出来たため、慌てて『カークス』を不規則に空中で回転させることで対応するが、またソーンマルスにいいようにやられた怒りではらわたが煮えたぎる。


「教本ではッ、砲撃手はッ、視界に入った時点で即座に砲撃が最適解だろうがッ!! 何で貴様はいつもそうなんだぁぁぁぁぁッッ!!!」

「敵が教本に合わせて動くものかと以前にも言った筈だぞ」


 彼はそのまま空中で身を捻ってヘインリッヒに砲塔を投げつける。

 一瞬反応が遅れたヘインリッヒが慌てて盾を展開して防いだ頃にはソーンマルスは飛び降りており、完全に見失ってしまった。


 ――騎士学校時代からソーンマルスは制御不能な手合いだった。


 基礎に忠実でよく考えるヘインリッヒとは対照的で、即決即断即行動。

 彼は特に実技において度々悪癖を披露した。


 時としてセオリーを無視して訓練の趣旨と違うと教官に叱られても堂々と反論し、何度も反省文を書かされていた。ヘインリッヒは人を使う立場になる以上はこうした輩も御せなければならないと彼を何度か諭したが、彼は即座にルールの抜け目や欠点、合理性の観点から即座に反論してきて説得には失敗した。鋭い指摘に言葉を詰まらされることもあった。


 その判断力を買われてか、訓練中に教官も予想していない問題が発生した際にはヘインリッヒを無視してソーンマルスを頼る者まで出てきた。

 結果的にソーンマルスは勝手な判断で皆を先導したと反省文を書かされていたが、「俺が選択した結果だから不満はない」と愚痴の一つも零さない様に周囲からの信頼は更に高まった。

 そもそも、あれだけ問題を起こしても反省文で済まされている時点で処分としては甘い方であった。

 そんな光景を見せつけられる度に、ヘインリッヒは苛々した。

 彼の周囲のエリート組に慰められても納得し難かった。


 ――身勝手なヒロイズムに酔いしれているだけではないか!


 ――何故どいつもこいつも騎士団の秩序を軽んじる男に頼もしさなど感じる!


 ――騎士不適格、官僚にとって最も唾棄すべき、操作不能の不良品だ!


 それはヘインリッヒがアーゲント家の幼少教育において絶対になってはならないと念押しされた、国家というシステムのあるべき姿を理解しない愚かな民衆そのものだった。

 組織や政治とは構成する人間達が与えられた役割を全うすることで円滑な活動を可能とする。役割を逸脱して奔放に動く存在は害悪であり、集団の中から排除すべきだ。誰だって問題ばかり起こす人を近くに置きたくはない。


 ヘインリッヒはそれでも、勘違いした愚か者が政治や民の在り方を解せず情に絆されるのは仕方が無いと納得しようとした。

 彼は、『アメジストの騎士』の最年少昇格記録を塗り替えた己が姉――『アクアマリンの騎士』シーゼマルスのコネを自らの実力だと勘違いをしているに過ぎない。彼の虚飾はシーゼマルスの後ろ盾あってのことであり、教官たちは姉の権威ありきで弟を扱っているだけだ。

 シーゼマルスも弟を可愛がる余りに裏で教官に手を回しているに違いない。

 そう思う事で、ヘインリッヒは自らを納得させてきた。


 あの日、偶然にもシーゼマルスが教官に苦言を呈する会話を耳にするまでは。


『ソーンに対して対応が甘くありませんか、教官? 私はどちらかと言えば厳しく絞って欲しいと言ったつもりだったのですが?』

『その意見は理解しますが、私は彼はあれでよいと思っています。彼を見ていると、彼の未来が見てみたくなる。そう思わせるものを感じるのです』

『……私が学校にいた頃には言われたことがないんですが』

『ははは、貴殿は周囲からの信頼の集め方が違いましたね。優秀すぎてあっという間に第一等級まで上り詰める天才でしたから、手を掛ける暇もなく追い越されてしまいましたよ』

『教官! これは真面目な話ですよ!?』

『愛されることも彼の人としての長所です。まあ、女子生徒との交友が少ないのが逆に心配なのはお察ししますがね』


 厳格な教官と騎士の頂点たる第一等級騎士の会話を廊下の角から偶然にも耳にしたヘインリッヒは、胸の奥底からドス黒い嫉妬の炎が心を焦がすのを感じた。


 ――規範たるべき教官まで一時の気の迷いで特定の人間を特別扱いするなどと!


 ――私にはより確実な未来があり、人を導く頭脳があるのに!


 ――あんな口が上手くて行動するのが早いだけで後先を考慮せぬ者などに……!


 ――何故、何故、何故どいつもこいつも本質を見抜けない!!


 ヘインリッヒは、ソーンマルスだけでなく彼の周囲をも不出来な愚か者だと思うことにした。

 数年後、十数年後には必ず全員が間違いだったことに気づく。

 ヘインリッヒこそが国家の秩序の安寧の為に必要だったと気づく。

 そのときに後悔しても遅い。


 ヘインリッヒはより一層、文武共に精進した。

 実技に於いても、ゴーレムの遠隔操作に特化したクリスタライズ・ドミネートにおいて特に優秀な成績を収めることで、入学後の成績でも主席に立った。


 なのに、問題行動を起こすソーンマルスとの口論では度々現実的な問題とルールの食い違いを指摘されて言い負かせなかった。

 それどころか、模擬戦や訓練では何度戦術を練り直して完璧な布陣を整えても必ず突破されて敗北した。敗北後の礼で何度不甲斐なさに自分の奥歯を噛み砕きたい衝動に駆られたか分からなかった。


「正しいのは私だ! あんな劣等生に本来負ける訳がないんだ! こんなにも巨大なゴーレムをドミネート出来るんだ! これまで敗北したのはゴーレムの性能が足りなかったからなんだぁぁぁぁぁッッ!!!」


 興奮の余り、ヘインリッヒの脳裏で過去と現在が混同する。

 戦いはより少ないリスクで効果的な行動をすることで安定する。

 ゴーレムを回転させながら砲撃をばら撒けば、相手は弾丸と爆発の衝撃で消耗して押し通せる筈なのだ。誰よりも正しい頭脳によって導き出された戦術――しかし、爆炎を突き破って今度は弓矢の射撃が弧を描きヘンリッヒを次々に襲う。


 そこに至って、ヘインリッヒは先ほどゴーレムを破壊してきた冒険者らしき男が未だ健在であることに気づく。それまで倒したものと思い込んでいた為に完全に頭から存在が抜けていた。


「チィ!! 苦し紛れの攻撃など!!」


 鎧の表面の結晶を削られながらもヘンリッヒは直撃を避け、ゴーレムのコントロールも手放すことなく凌いだ。しかし、躱された矢は彼の足下に突き刺さると、爆ぜた。真下から無防備に爆風を浴びたヘンリッヒは痛みに絶叫する。


「うぎゃあああああッ!? こっ、これは……朱計陸爆射だとぉッ!?」


 弓術の上位スキル、朱計陸爆射は爆発する矢を放つスキルだ。

 防いだり切り落とすようなことをすると火属性の爆発が起きるのだが、地面に着弾した際には地と火の両属性で更に威力が増す。冷静に矢を見れば魔力を纏っていることに気付けた筈なのに、ヘインリッヒは結果的に最悪の選択をしてしまった。


 バギャッ、と、何かがへし折れる音。


「存外、戦術級ゴーレムも脆いものだな」


 そこにいたのは、二つ目の大砲塔を素手で引き千切ったソーンマルスだった。

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