36-12
真っ先に飛び出したのは、激昂した『隊長』に苦言を呈し、クーと呼ばれた女性だった。
黒髪をサイドテールで纏めた凜々しい顔の女性は跳躍と同時に叫ぶ。
「クリスタライズ・エクステンション!!」
瞬間、彼女の背後に二機の機械的な何かが召喚され、跳躍する彼女の両足や腰などに装着されると同時に隙間を覆うように結晶が纏わり付く。
一瞬にして厳めしい巨大な足を手に入れた彼女は一直線にソーンマルスに飛来する。両腕に盾を展開して受け止めたソーンマルスだが、脚部のゴーレムパーツがが推力を生み出しているのかパリィできず、足が浮く。
「同期とて容赦せんぞ、『クリソプレーズの騎士』!!」
「もうっ、面倒な……!!」
クーは隊長の指示を快くは思っていないが、従わない訳にもいかないのか渋面のままソーンマルスを連れてハジメコピーと分断される。
ハジメコピーは即座に対応を決める。
「ツナデ、依頼主の援護に。ここは俺とウルで片付ける」
「諒解にゃっとぉ!!」
ツナデが獣のようなしなやかさで跳ねると木々を三角飛びしてあっという間にソーンマルスを追う。
ハジメが追って追いつけない距離ではないが、まだツナデが分身であることを第三者に悟られたくないし、ソーンマルスの実力や相手の等級を考えても援護はツナデ一人で十分だろう。
隊長と呼ばれた男はくつくつと笑うと勝ち誇ったように両手を広げる。
「数の利を自ら捨てるとは、どなたか存じ上げないが算数の出来ない御仁のようだ! あのような愚劣な男に金で雇われでもしたのだろう!? 依頼主を恨んで虚無と消えよッ!! ――クリスタライズ・ドミネートッ!!」
隊長の周囲に無数のエレメントゴーレムが召喚され、結晶で形状を変えていく。
彼に付き従う二人――筋肉質で赤髪の男と眼鏡をかけた水色の髪の男もそれぞれ詠唱をする。
「クリスタライズ・オーグメント!!」
「ふぅ……クリスタライズ・エクステンション」
「『聖結晶騎士団』の実力、冥土の土産に存分に味わっていくがよいッ!!」
めきめきと結晶の鎧や結晶ゴーレム達が異様を主張する中、コピーハジメとウルはひそひそ話をしていた。
(詠唱によって戦闘形態が異なるらしいな)
(変身中に攻撃しなくてよかったの? 普通に出来たでしょ?)
(出来るが、せっかく格下だし勝手に手の内を晒してくれるうちは見ておきたい)
(あーあ、あんなに粋がっちゃってるのにかわいそ……)
かくいうウルも彼らに苦戦するヴィジョンはまるで浮かばないのであった。
◇ ◆
ハジメコピー達から一定距離離れたところで、クーと呼ばれた少女は減速してソーンマルスから距離を取ると、本当の困り顔でソーンマルスに問いかける。
「ホントになんでこんなとこにいるの、ソーマ?」
「休暇中だ!」
「あー……はいはい。休暇という名目でってことね。君らしさ大爆発だよホント」
肩を落として完全に戦意の感じられないクーに、ソーンマルスも殺意を鎮めて構えを解く。
「蹴りで分かった。本気で戦う気になれないからひとまず一対一で話をしたかったんだろう、クー」
「全身複雑骨折もしたくないしね。全く、こういう時だけ察しがいいんだから」
呆れ顔でため息をつく『クリソプレーズの騎士』クーは、ソーンマルスと同期であり友人だ。所属が変わってからは頻度こそ減ったが今も月に何度かは顔を合わせている。
ちなみにクーというのはソーンマルスが気紛れにつけた渾名なのだが、彼女は自分の本名を「全く可愛くない」という理由で嫌っているのでまったく本名に沿っていない渾名を気に入り、以降周囲にはずっと自分をクーと呼ばせているという少々変わった人物だ。
つまり、この場は彼女なりの友人への義理立て。
ソーンマルスにとっては状況を確認する絶好の機会だ。
「俺がどういう人間かは語るまでもないだろう。聞かせろ。カルセドニー分隊は何の目的でここにいる?」
「いや、直接的すぎ……こっちにも所属や軍規ってものがあるんだから、言えないことは言えないよ。こっちが言えることは、話がややこしくなるから帰ってくれってことだけだ」
「それは騎士としてか? それともクーとしてか?」
「どっちも! ……はぁ。前々から規則違反やルールの穴を突いては小言を言われてきた君でも、今回の一件は流石に周りが庇い立てしきれないよ」
彼女の指摘は鋭い所であり、確かにソーンマルスは騎士学校時代から教導騎士や先輩、姉に幾度となく迷惑をかけた問題児寄りの存在だった。クーに迷惑をかけて食事を奢らされた回数は両手の指では足りないくらいだ。
しかも、今回は経緯はどうあれ仕事中の現役騎士の妨害。
今回ばかりは相応の処罰を受けかねない。
「……ふっ」
漏れたのは、安堵の笑い。
不意の笑みに、クーは怪訝そうに首を傾げる。
「え、笑うとこ?」
「いやなに、クーが俺の知るクーのままでよかったと安心したまでだ。裏の仕事を請け負うカルセドニー分隊に行ったと聞いて心が荒まないかと心配していたのでな」
「……ふ、ふーん?」
クーは照れを隠すようにそっぽを向いて何やらもじもじする。
彼女は何故かソーンマルスに対して妙にシャイな所がある。
今更何を遠慮するのかと思う不思議な一面はまるで変わっていないが、同時に詰めの甘さも残っているとソーンマルスは思った。
「では俺は手を引こう」
「……あれ、なんか嫌な予感」
ついさっきまであれほど殺意を漲らせていたのにスンと落ち着いたソーンマルスの情緒にクーは嫌な予感が心を過る。
「ソーマがあっさり引き下がる時って大体ろくでもない代案があるときじゃない? ダメだよ? マジで引き下がってくれないと君に同行してた冒険者たちが隊長達に殺されちゃうよ?」
「甘いなクー。俺が実力の無い人間に同行を許す訳ないだろう。今頃あいつらは返り討ちだ。俺がお前の誘いに乗ったときには既に手遅れだったのさ」
「は!? ウッソだぁ、いくらボクが抜けたからってあの三人を過小評価しすぎでしょ!?」
隊長ヘインリッヒを頂点としたカルセドニー分隊は前衛二名と後衛二名により構成されているが、そのフォーメーションは非常に堅牢だ。
好戦的な性格のバルドラスは鎧の純粋強化であるクリスタライズ・オーグメントを用いたパワーファイター。
参謀的なザイアンは鎧に追加装備を加えて一部の力を増強するクリスタライズ・エクステンションを用いた遠距離特化。
そして二人の隙間を結晶の遠隔操作に特化したクリスタライズ・ドミネートの使い手であるヘインリッヒ操るクリスタライズゴーレムが埋める。
本来はこれに脚部機能を特化させたクーが加わるが、彼女を抜きにしても遠近中の揃ったこのチームは十分すぎるほど堅実で堅牢だ。それこそレベル100相手にでも勝機がある。
特に同期であるヘインリッヒの厄介さは彼もよく知っている筈なのに、何故これほど余裕綽々でいられるのかがクーには理解できなかった。
彼女の困惑をよそに、ソーンマルスは来た道を堂々と引き返す。
「戻るぞ。クーはそうさな……先走ったヘインリッヒたちがやられてしまい救出のタイミングを狙っているとか、そういう筋書きでいればいい」
「ちょっとソーマ!? ちゃんと説明してよ、ソーマったらぁ~~~!」
――慌てて追いかけてくるクーは、本当に自分には過ぎた友人だとソーンマルスは感謝する。
女性が苦手なソーンマルスにとってクーは唯一の女友達だ。
クーは家庭環境がやや複雑で、ある程度の年齢までは男として育てられたためか女性らしさへの憧れと女扱いを嫌う感性の両方を持っている。なのでソーンマルスとしては男友達と同じ態度で接することができて有り難い。
(……姉上もクーのことは大切にしろと言っていたな。なんか記念日とかちゃんと覚えろとか誕生日プレゼントはちゃんと可愛いアイテムを贈れとか交友を疎かにするなとかやけに口を酸っぱくして言われたが)
それでも、もしもクーが『アメジストの騎士』による謀略によって避けられない命令を請けていれば、ソーンマルスは彼女を倒して姉を助けなければならない。
(そうなって欲しくはないが、しかし――)
ソーンマルスは未来のことを考えると憂鬱になった。
この拳で、《《大切な女性》》を殴るかもしれない未来は考えておかなければならない。
しないで済む選択肢があるならばそれを選ぶが、ないならば殴る。
ソーンマルスはそういう男だった。
◆ ◇
同刻――バルドラス、ザイアン、ヘインリッヒの三人はハジメとウルへ猛攻を仕掛けていた。
「エレメンタルガドリング、砲撃開始」
ザイアンが展開した大剣より巨大なガドリングの重心が回転し、八つの砲塔から無属性を除く他の八属性が魔力弾となって嵐のように乱射される。通常の魔力弾と違い結晶化した魔力を弾丸として打ち出しているため、転生者の言う「グミ撃ち」などという生易しい破壊力ではない。
(これは下手な防御スキルではあっという間に削り切られるな。スキルや魔法にもこれほどの性能はあるまい。流石は古代ゴーレム技術を引き継ぐ国家の騎士か)
ハジメは大盾を取り出して攻撃をいなすが、弾丸は雪や地面諸共抉り取る。
ウルは空間歪曲魔法で防いでおり、相手を観察する余裕も見せる。
「あれ、火力は凄いけど機動力ほぼゼロじゃないかな」
「これだけの火力が出せるなら切り捨ててもお釣りが来るということだろう」
ザイアンの鎧は背部の曲射砲台と腕部の大型ガドリングガン、その運用を補強する為のパーツと結晶で覆われていた。
右腕がガドリングを運用するパーツの一つのように組み込まれた左右非対称で歪な変形は、機動力を諦めて火力に特化していることがよく分かる。
更に、背部の両肩から反り立つ二つの砲台が火を吹く。
今度の魔力弾は迫撃砲のように個を描いて迫る。
ハジメが一瞬の隙を突いて盾の隙間から飛来する魔力弾に銃撃すると、空中で爆ぜて大爆発を起こす。爆風が周辺の雪を吹き飛ばし、木々が一斉に軋む。
「バーンブラストのような魔法か?」
「ううん、多分イラプションの方が近い。当たれば地面ごと吹っ飛ばされるわよ」
「まるで現代戦だ。しかも迂回しようにもゴーレム共が邪魔をする。考えられた布陣だ」
ザイアンの冷酷無比な掃射をより堅固なものとしているのが、ヘインリッヒ操るゴーレム達。しかも、このゴーレム達もまた簡易ながら砲撃機能があり、一度砲撃に晒されるとじわじわ包囲されて脱出が困難になる。
この布陣、恐らく少々格上が相手だったとしても先手を打たれた時点で大半の相手が詰むだろう。しかも、集中砲火に晒されるハジメコピー達を安全圏から暇そうに見つめるバルトラスの存在がいやらしい。
ハジメコピーとウルは何度か攻撃を掻い潜って反撃のスキルや魔法を放ったが、弾幕を潜り抜けてゴーレムに達しようとしたところでバルドラスの投擲した結晶武器に弾かれてしまう。
バルドラスはザイアンのアンバランスな変身と違い、順当に元の鎧を強化する形で全身を補強している。
より騎士らしく派手でヒロイックな姿は変身ヒーローものを好む人間に気に入られそうだが、どうやら順当で堅実な強化がクリスタライズ・オーグメントの特徴らしい。或いは、もしかしたらまだ切り札があるのかもしれない。
「ではそろそろ反撃するか。どちらから仕掛ける?」
「私がオフェンスしていい? そこそこ強い人との実戦だから慣らしておきたいの」
やや緊張するウルの両手には、一度の攻撃を六連撃に増やす狂気の手袋『ろくぶて』の改良型がこれから哀れにも粉砕される獲物を求めて舌なめずりしていた。
ウルが緊張している理由は、対人戦だからというよりは相手を挽肉に変えないかどうかの方が強かった。
普段は戦闘に参加しないウルが自らオフェンスを務めると言いだしたのには理由がある。
世界は今、加速度的に不安定さを増している。
聖者の躯、魔王軍システム、魔界と世界の境界――それらは未だウルの肉体に死蔵された魔王という役割と切り離されてはいない。コモレビ村も世界からすると安全な村だが、世界が安全であり続ける保証がない以上はいつか戦いが起こるだろう。
魔王の席を押しつけられて実家に帰れなくなり、そして魔王城からも逃げ出した今、ウルはコモレビ村に骨を埋めるつもりでいる。そのためには時として闘いに身を投じなければならない時も来る。それを怖いだ何だと言って避けていられない。運動目的で村の訓練場に混ざるだけではなく、実戦の空気に自らを慣さなければウル自身が不安だった。
(魔界じゃ殺し合いなんてなかったし、そもそも私に勝てる人なんて一人もいなかった。でも今の私は魔王であり、レベルは100に固定されていて上がらない。代わりに魔力は無限になってるけど、自力でレベル上げが出来ない以上は技量と経験を重ねるしかない)
レベルが固定されていてもスキルの熟練度や経験則の充実は当人の努力次第。
そしてそれは、無限の魔力をあてにした大火力砲撃で相手を一方的に吹き飛ばすことでは上げられない。強力な転生特典が齎す歪なビルドでは、隙を突かれた瞬間に瓦解してしまう。
(経験、経験……格下とはいえレベル80~90台ならちょうどいい筈!)
ウルの緊張のおおよその部分は、フレイとフレイヤに頼んで改良して貰った『ろくぶて』を上手く使いこなせるかどうかだ。
改良の内容は主に強度を上げて装備品としての性能を向上させたことと、出力調整によって低威力モードが搭載されたこと。ただし、低威力になっても全然強い。調子に乗って放った適当な魔法が訓練場の一部を貫通した苦い過去を思い出しつつ、ウルは弾幕荒れ狂う中で前進する。




