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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-10

 ミュルゼーヌ・ド・ラ・フォリアは、自らが転生者という感覚が希薄だ。

 神によれば事故で寝ている間に死んだそうだが、その頃のミュルゼーヌの幼さがそうさせたのか、ただ目の前の現実に順応した。家族と離ればなれになるのは少し寂しかったが、彼女には心の支えがあった。信念と言い換えてもよかった。


 当時の彼女に転生特典という概念は難しかったが、精一杯考えた末に彼女は自ら『ビリーヴ』と名付けた力を与えられた。


 正しいことを正しいと認識出来ない人が、世界には満ちている。

 誰の話も聞かない人が、人の足を引っ張り、傷つける。

 より多くの人間が納得出来る世界へ――当時、ミュルゼーヌではなかった少女が家族と共に傾倒していた有名人物の影響だった。


 『ビリーヴ』は、客観的に正しければ正しいほどにミュルゼーヌのあらゆる面に補正がかかる。

 その正しさは時に人を説得する力となり、時に不条理な虚飾を破壊する。

 相手が正しくなければないだけ、その効果は加速する。

 この場合、正しさとは理屈より理念の話になる。


(冒険者ハジメ・ナナジマ……噂ほど悪い人ではないのかもしれなけれど、あの人が率いるチームだけで森の全てをカバーするなんて物理的に不可能だわ)


 実際にはハジメに任せた方が早くて安全かもしれない――などという楽観論を抱けるほど、ミュルゼーヌはハジメ・ナナジマという冒険者を知らない。


 バルグテール大森林はとにかく広い。

 シャイナ王国内においては迷いの森やエルヘイム自治区を覆う森林に並ぶ程に広大で、本当のことを言えば五〇人規模でもまるで足りない。ハジメ側の人材や捜索方法は知らないが、常識の範囲で考えても彼らが森を網羅するには相当な時間を要するだろう。


(そんなに待っていられない。第三次捜索隊で強引に捜索範囲を押し上げさせる!)


 現状に対する不安と閉塞感は、周辺地域に居住する人々の心を蝕んでいる。ギルドや領主への不満の声も日に日に高まっており、このまま放置すれば現地民と行政の足の引っ張り合いという最悪な事態に発展しかねない。

 そんな彼らに「他所から来た一〇人以下の凄腕冒険者チームが仕事のついでに捜索してくれるそうです」などと説明して自分たちが動く姿勢を見せなければ、端から見れば「我が身可愛さに何もしていない」と受け止められるのは必然だ。


 ミュルゼーヌも怖くない訳ではない。

 元々バルグテール大森林はそれなりに危険な場所であるし、ハジメの齎したバニッシュモンスターなる存在については懐疑的ながらもきちんと情報を聞き取り、対策はしてある。


(エンチャントつきの飛び道具や、複合属性の魔法を推奨。接近戦は避けて距離を保ちながら殲滅。火力の出し惜しみはすべからず……気配察知は効果がないため、目視関連のスキルに秀でた者に感知して貰う。バニッシュモンスター本体より足下を見た方がよい……)


 そもそも戦闘すべきではないとも言われたが、それでは現状を打破出来ない。

 出発前の説明において、ミュルゼーヌはハジメのアドバイスに忠実に部隊を編制した。尤も彼らはややバニッシュモンスターに対して懐疑的だったが、そこは時間を割いて説き伏せた。


(今のところ森の浅層ではバニッシュモンスターの痕跡は見つかっていない。遭遇場所も全て深層だというのだし、深層は彼らがやって浅層から中層を我々に任せるという役割分担が出来る筈なのに……はなから出来ないと決めつけて試そうともしないなんて! もし依頼料をせしめる為だったら絶対に許せないけど、そこまで腐った人には見えないし、生来お節介が過ぎる人なのね)


 いつの時代も、安定を求めて挑戦を諦める者達によって可能性は阻害される。

 今、行動しなければ損害は未来に飛ぶというのに。

 それがミュルゼーヌには我慢ならなかった。


「それでは、第二班から第五班は所定の位置から捜索を開始! 第一班は私に続いてください!」

「「「おおーーー!!」」」


 仲間の冒険者を助けるという使命感に燃える彼らの士気は高く、すぐに分散して捜索が開始される。浅層は既にある程度は探索が行なわれているため、中層からが本番だ。

 不気味なまでの生命の気配が感じられない森を突き進む。

 近隣ギルドの冒険者たちも雪には慣れているため、もたつくことはなかった。


「いよいよ中層よ。より気を引き締めていきましょう」


 全員が首肯し、各々の武器を構える。

 所持しているのは弓矢や杖がメインで、タンク職は接近を許した際の対処要員としてなるだけ少数にしている。ミュルゼーヌはライフルを所持していた。これは冒険者になる際に親が買い与えてくれた高級品で、彼女の切り札だ。


(……リスクは承知の上だけど、人を助ける為に行動するなら自分たちも生き残らないとね)


 そうでなければハジメに「だから言ったのに」と見透かしたような言葉を投げかけられてしまう。ミュルゼーヌの正しい選択が、試しもしなかった人間に笑われてしまう。あの現代の偉人とされる人から与えられた志は、誰にも――。

 と、先頭をゆくスカウタージョブの冒険者の視界に動く何かが映った。


「止まれ! 何かいるぞ!」

「戦闘準備!」


 極寒の空気が緊張で極限まで張り詰める。

 既に第一次捜索隊の調査で森から魔物が消えている可能性が高いことは示されている以上、まだ実在の確認されていないバニッシュモンスターの可能性は否めない。スカウター冒険者の目が細まり、皆が彼の報告を待つ。


「……正面の方角。数は六、七……どんどん増えてる! 魔力探知に感あり、バニッシュなんたらじゃない! ジャックフロスト……いや、スノウゴーレム?」

「なんにせよ迎撃は必要です! 弱点属性を火と仮定して弓矢で先制攻撃準備!」


 ジャックフロストとは妖精や精霊がいたずらや身を守ることを目的として形成するかりそめの僕であり、スノウゴーレムはそのまま雪を中心に錬金術で形成された即席ゴーレムだ。厳密にはどちらも魔物ではなく、危険度は低い筈だ。


 しかし、接近する雪の尖兵は普通ではなかった。

 前面を氷で甲化した実戦的形状に、雪を滑る逆関節の四足と肥大化した両腕。

 ジャックフロストはもっと子供の雪だるまに近い形状なため、明らかにスノウゴーレム。それも転生者的な高度な知識を持つ人間のそれだ。


(まさか、ハジメ・ナナジマが我々の妨害の為に……っ!?)


 憤怒に銃を握る腕に力が籠もるが、直後、スノウゴーレムから魔法を通してエフェクトのかかったような声が発せられる。


『見つけたぞ、野盗共がッ!!』

「や、野盗……?」


 いきなりの発言に困惑する一同だったが、続く言葉にミュルゼーヌははっとする。


『不在の間に私の住居に大穴を空けて貴重な資材を盗んだのは貴様だろう、ミュルゼーヌとかいう小娘!! もう一人の盗人はいないようだが、奴にも必ず報いを受けさせるッ!!』

「あっ、もしかしてあのダークエルフの子供たちの親の……!!」


 昨日までミュルゼーヌがラバールを連れて一時避難していたあの家は、確かハジメと同行していたダークエルフの子供の親の家であるという話だった。

 ということは、この魔法の使用者は二人の親のダークエルフということになる。

 彼はあの後家に戻り、そして惨状を知って激怒したのだろうか。


 周囲はまるで事情を掴めず困惑している。

 事実誤認を訂正し戦闘を回避するためにミュルゼーヌは銃を下ろして弁明する。


「待ってください! 勝手に住居に入り込んだことは深く反省し謝罪します! 頂いた食料も責任を持ってお返しします! ですが、それは遭難した我々が生存するためにやむなく行なわざるを得なかったことでして、大穴に関しては最初からあの状態でした!!」

『黙れ!! 我が子たちは騙せてもこの私は騙せると思うなぁ!!』

「こ、子供達がいたということは同行者の人間もいた筈ですよね!? 彼らから話を聞けば誤解であると分かる筈――!」

『裏でかばい合うよう口裏を合わせたのだろう!! 情に絆されるヒューマン共のやりそうなこと!! 子供の善意につけ込んでよくも卑劣な真似が出来たな!? それに、食料だけでなく研究資材も消えていたことはどう弁明する!?』

「それは多分、穴を空けた何者かの仕業で……!!」

『我が子らの手前、命までは取らないでやろう!! だが、我が研究を妨げた罪は我慢ならん!! 弁明も弁償も不要!! ただ、その薄汚い足を我が研究所の近くに踏み入れることまかり通さん!! 他の連中共々、森から失せよ!! さもなくば分かるなッ!?』

「くぅ……どうすれば!」


 まるで説得出来ない現状に、ミュルゼーヌは当惑する。

 こんな状況になるなど考えもしなかった。


 ミュルゼーヌもラバールも不法滞在と窃盗については認めざるを得ないが、それは自らの生存権から来るものだし、他の罪状については心当たりがない。しかし、相手が客観的に状況を見たとき、最も怪しいのはミュルゼーヌ達だ。

 更に悪いことに、住居の破壊等に関して二人の無罪を証明する客観的な証拠がまったくない。どうやらハジメ達は弁明してくれたようだが、頭に血が上ったダークエルフは聞き入れなかったようだ。


(論理的に状況を否定する証拠や理論がない! 何より相手は自分の正しさに絶対の自信を持っている! こんな状況じゃ『ビリーヴ』は機能しない!!)


 『ビリーブ』の最大の弱点がここに露呈する。

 すなわち、相手が自分と同等かそれ以上の論理的、精神的正しさを持つ場合にはこの力には殆ど効力がない。ミュルゼーヌはもちろん精神的には自分の正しさを確信しているが、相手は同じく自分を正しいと思っている上に状況証拠が根拠を補強してしまっている。


 この場は捜索を諦める訳にはいかないという正しさを以て抗する他なく、ミュルゼーヌは「貴方の家には立ち入りませんが捜索だけはさせていただきます!」と自分の行為の正当性を別の場所から持ってきて対抗するしかなかった。


「スノウゴーレムを破壊して捜索を続行します!! 炎属性を中心に前進!!」

『ふっ……俗人らしい浅知恵なり!!』


 炎属性の魔法や射撃がスノウゴーレムの氷の鎧を砕き、集中攻撃が雪の躯体を砕くが、周囲の冷気や雪が瞬時にスノウゴーレムに集まって再生される。しかもスノウゴーレムは尚も増殖し、既に三〇体以上が彼らを包囲していた。


「攻めの手が足りない……きゃあ!!」


 遂に迎撃が間に合わず、スノウゴーレムの冷たい腕部が彼女を抱え上げた。

 これを皮切りに前線は崩壊し、次々に冒険者達が捕えられる。

 彼らを捕えたスノウゴーレムたちは、そのまま猛然と森を滑るように駆け抜けてゆく。


「ど、どこへ連れて行くつもりですか!!」

『本当なら凍え死なせても一向に構わんが、先も言ったとおり子供の手前だ。森の外に追い出す! また入ってきたらまた追い出す! ふはははっ、貴様等程度の力ではこの防衛機構を潜り抜けることなど出来はせんわッ!!』

「なっ――おのれ、離せ! 人命が懸かっているのに!!」

『それこそ我が子を預けたあの冒険者達にでも任せればよかろう。ダークエルフは合理主義、信用と実績のある者以外と協力関係を結ぶことはない』

「私たちには権利と正当性があるのに、なんであの人達だけッ!?」

『ならその権利と正当性でスノウゴーレムを突き崩してみたらどうだ?』


 挑発的な一言にミュルゼーヌは拘束を解こうと暴れるが、既に加速のついたゴーレム達を破壊したら高速で森に放り出される。しかも予備のゴーレムが後方からついてきているため、脱したところで再度拘束されるのが関の山だった。


 こんなに正しいのに、人の命が懸かっているのに――!!


「どうして誰も彼もが邪魔をして、可能性を潰すの!!」

『貴様らも我が研究の未来の可能性を阻害しているではないか。どこまでも、呆れるほど身勝手な俗人よ』

「うわぁぁぁぁーーーーー!! 絶対に、絶対に突破してみせるんだからッ!!」


 ミュルゼーヌは行き場のない衝動を発散するように喚き散らしながら、仲間冒険者たちと一緒に森の外に放り投げられて顔から雪に突っ込んだ。

 その後、全チームが同じ結果に終わったことを知り陣形を替え、チーム編成を変えて何度も挑んだが、いずれもスノウゴーレムの数と再生能力を前にはどうすることもできず無様に森の外に放り投げられ続けた。


「私のせいじゃないのに、なんでぇ!! なんでぇぇぇぇぇーーーーーーッ!!」


 ミュルゼーヌは泣きながら意地になって挑み続けたが、一人、また一人と体力や精神力の限界により冒険者の数は減っていくのであった。


 ――これぞ、ハジメの考えた作戦。


「全部身勝手なダークエルフのせいにしよう大作戦、呆れるほど有効だね!」

「ハジメには……ダークエルフの資質、あるかも」

「あんまり嬉しくないが、とりあえず受け取っておく」


 行方不明の自分の屑父親リシューナに全ての濡衣が着せられていることへの是非を一顧だにせず面白半分にゴーレムを操るヤーニーとクミラに、急いで拠点に戻ってきたハジメは曖昧に頷いた。


 これはマジックルーターの拡大によって可能になった撃退方法である。

 元々存在する防衛機構にヤーニーとクミラが手を加えて効果範囲を広げた結果、スノウゴーレムは遠隔操作でありながら氷属性のフィールド効果の恩恵をフルに受けながら実力不足の冒険者を撃退できる。

 もっと経験豊富な冒険者が一定数揃っていればゴリ押しで突破は可能だろうが、準ベテラン級のミュルゼーヌがより強い者の見当たらない烏合の衆にこの陣は突破出来ないだろう。


 しかも、スノウゴーレムを通して偵察も出来るし、仮にバニッシュモンスターが出現した際には数多のスノウゴーレムたちが発見、ないしデコイとして引っかかるため事故も起きづらく、ゴーレムの性質を弄ることでより強力なゴーレムに変貌させて迎撃も出来る。


 ただ、流石にヤーニーとクミラ二人だけでずっとこれを維持するのは効率が悪かったため、更なる助っ人を用意してある。

 フレイ、フレイヤ、保護者グリンである。


「そろそろ我々に替わってくれてもよいのではないのか!?」

「そうですわ! さっきからゴーレムの維持ばかりで少し飽きてきましてよ!」

「え~、あんたたちにこの緻密な操作ができるの~?」

「うっかり、見落とし……力加減の、ミス……しそう」

「し~ま~せ~ん~わ~よ~~~!! ね、お兄様!!」

「その通りだフレイヤ!! 全く、どこまで我らをコケにするつもりなのやら!! より知識を身に付けた純血エルフの本気を見せつけてくれるわ!!」


 ヤーニー、クミラが飽きたらフレイ、フレイヤに替わり、全員飽きたらグリンが替わってくれるらしい。彼らからすると冒険者達の撃退はタワーディフェンスゲームの類である。わあきゃあ言い合いしながらもどこか楽しげな四人の様にカルマがデレデレすぎる顔になったことは言うまでもない。


 ……ちなみにクオンは自分に声がかからないし友達が次々出撃していくので滅茶苦茶つまらなそうな顔で「ママのいじわる」と不貞腐れていた。


(イザエルがどこからともなくやってきて遊び相手になってくれたが、もっとしっかり時間を割いてあげなければ不満が爆発しそうで怖いな……)


 クオンは良い子ではあるが、だからといってフラストレーションがない訳ではない。脳裏に嘗て魔王城の障壁を崩壊寸前に導いたブレスやバランギア竜皇国での暴れっぷりが浮かび、子供特有の突発的行動でまた似たようなことが起きるのではと冷汗が垂れるハジメであった。

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