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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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36-9

 第三次捜索隊の結成はもはや時間の問題だった。

 既に五〇人の冒険者は集結しており、行方不明になった行方不明者たちの捜索と生存者の救出、或いは既に亡くなっている場合は亡骸を故郷に帰してやろうと団結しており、その空気感は止まるものではない。


 ギルド内からも親ミュルゼーヌ派や冒険者の暴走を恐れる職員、無断出撃が本部にバレてより厳しい処分を受けることを恐れた左遷組が捜索依頼の推進に回り、支部長は捜索隊に反対なのに責任だけは背負わされる苦しい立場になっていた。

 しかも、捜索隊を推進するミュルゼーヌが冒険者代表として会議に参加して支部長を詰めるものだから、反対側として一応参加させてもらったハジメは支部長が可哀想になってきた。


「この極寒の土地で一日捜索が遅れる度に人命の助かる確率がどれほど減るのかを支部長はご存じの筈。しかも行方不明者はギルドの要請で出撃し、最初の行方不明者を見つめる為に十分なスキルを持ったベテランばかりでした。彼らを見捨て、助かる確率が減るのを眺め続けるのがギルドの公式な見解だとでも言うのですか?」

「しかしですねぇ。最上位冒険者たるナナジマさんの忠告を無視する訳には……」

「ナナジマ氏は正式にギルド冒険者の行方不明の捜索を請け負っている訳ではない以上、彼に全てを任せるには二つの大きなリスクがあります。一つは、彼がギルド冒険者の生死について責任を負わない立場にあること。二つ目は、責任を負わない人間に頼り切りになるギルドの姿勢の昰不です!」

「うぅぅ……」


 ミュルゼーヌの言葉は至極正論である。

 ハジメは正式に冒険者たちの捜索依頼を請けている訳ではなく、仮にハジメたちが目的の人物だけを見つけて帰ったとしてもギルドとしては何も文句が言えない。そうなるとギルドは無駄に座視していただけということになる。

 また、ハジメの悪名を耳にしたことのある人間の中には、ハジメに任せることが逆に死を招くといった迷信的な物言いから、自分の目当ての人間を先に発見されて依頼料が支払われなくなるのを恐れているという邪推を抱く者もいた。


 ミュルゼーヌはそうした言葉をやんわり諫めていたが、それは「この場では抑えて」程度の極めて軽微なもので、言葉の是非については敢えて触れないことで彼らを上手く味方につけていた。


 ミュルゼーヌは机を叩いて勢いよく立ち上がる。


「支部長! 冒険者には、リスクを取ってまで前例のない行動を取らねばならない時が必ずあります! それはギルドにとっても同じこと! ただリスクを恐れて静観しているだけでは、我々は人命も理念も失ってしまう!! 必要なのは決断、そして行動です!!」

「しかし、捜索隊は第一次も第二次も悉く失敗しているのですよ? その原因の分析もしないまま突き進むのは決断と言うより無謀では……?」

「原因を知るには、結局は森に踏み込む必要があります! 先だって報告した怪物にしたって、あれから何日も決着が着かないまま森の中で暴れているとは限らない! 結果は行動にしか伴わないのです!!」


 おお、と、ミュルゼーヌの力強い主張に感心の声が挙がる。

 もう会議は完全に彼女が主演の劇場だ。

 ハジメは一応口を挟み、森の中で遭遇したバニッシュ属モンスターについて触れた。


 武器が破壊され、防御装備も通じないこと。

 生半可な魔法では打ち消されてしまうこと。

 外見が透き通っており目視しづらい上に気配察知も出来ないこと。


 ハジメが実際に敵を斬った際に駄目になった刀身を見せると会議室も一瞬ざわついたが、ミュルゼーヌは怯みもしない。


「それが本当に貴方の言う魔物の仕業だったのかを証明する手立てはありますか?」

「あの魔物は撃破すると完全に肉体が消え失せてドロップアイテムも落とさない。ガラスのように透明になったこの破片だけが痕跡となる」

「貴方一人、ないし貴方のチームだけの意見をギルドとしての公式見解としてよいのか、私には疑問が残ります。どんなに判断力に富んだ人間でも、多角的な視点なしには物事を断定できない。なにより貴方はあくまで冒険者であってギルドの人間ではない。決定権がありません。違いますか?」

「その通りだ。信用できないと言われれば受け入れるしかない」

「そうは言っていません。客観的事実について確認がしたかっただけです」


 彼女は意図的にハジメが隠し事や嘘をついている可能性について具体的な肯定も否定もしない言い方をした。会議参加者の複数の人間は、それを勝手にハジメの嘘と解釈したことだろう。最初は面食らった連中も多くが既に姿勢を正している。


(うまい言い方をするな。自分の味方をする連中の心理をよく知っているし、何より考え方として筋が通っている。それは結果的に周囲が彼女を後推ししやすくなる)


 ハジメからすればゴッズスレイヴのお墨付き情報だが、相手はそんなことは知らないし、仮にカルマを連れてきたところで冒険者でもない謎の美女の意見をすんなり真実とは断定しないだろう。

 複数の立場の人間が確認してこそ情報はより確度を増すのは、理屈としてはこの上なく正論だ。裁判に於いても真実相当性という考え方は重視される。

 ハジメの知る真実には客観的な積み重ねがない。

 真実相当性という視点から見て非常に胡乱なものだ。


 仮にここで強行的な態度に出てミュルゼーヌの意見を曲げさせたところで、彼女は後で勝手に五〇人の冒険者を引き連れて出立するだろう。それで処分を受けたところで「正しいこと」をしている彼らは悪びれもしない。


(ただし、それは帰って来れたらの話だが……)


 だから、ハジメからこれ以上言えることは一つしかない。


「実力に見合わない依頼を強行すれば冒険者は死ぬぞ」

「不確かな情報に対して、そうだと決めつけてかかるのですか?」

「俺が決めている訳ではない。ギルド冒険者の年間死者数がそう言っている」

「そうした壁を乗り越えてこそ真の冒険者への道が拓ける。貴方もそうして強くなってきたのではないのですか?」

「壁を乗り越えるかどうかは関係ない。行かせれば高確率で死人が出る強行軍だ。お前は死地の可能性が高いという情報を得た上で、冒険者達を死地へと先導するのかということが聞きたい」


 正義はミュルゼーヌ達の側にあるとしても、現実が正義に絆されることは決してない。嘗てハジメのいた世界で起きた大戦でノブレス・オブリージュを信じて自ら戦争に参加した血気盛んな王侯貴族たちが、高貴な血を戦場で無為に散らせたように。

 彼女たちの決断の気高さをバニッシュ属は考慮しないし、そもそも考える知能が残っているのかどうかも怪しい。

 ミュルゼーヌはハジメの問いかけに対し、決然として自分の意思を示した。


「前例を恐れて行動しては現実は何も変化しない。死のリスクなど通常の依頼でもあるもので、ゼロになどできません。貴方は冒険者としては尊敬に値しますが、停滞させたことで守られる人もいれば、見捨てられる人もいることをどうかご理解ください」


 その言葉が出た瞬間、会場の大半の人間が破顔して拍手した。

 ギルドの支部長を擁護する声はどこにもない。

 一部不安の残る人間も、自分たちが責任を取る訳ではないからか安易に賛成に回っている様子だ。

 彼女にも彼らにもハジメの意図がまるで通じていないのは明白で、問いかけはミュルゼーヌの信念に接触すらせず透過した。


「そうか。ならば俺から言うことはない。自らの選択に責任を持つことは忘れずにな」


 彼女の言うことも間違いではないし、行動の権利自体はある。

 冒険者というのは究極的には自営業だ。

 行動の責任は全て自分で取ることになる。

 命を賭けたいのならば賭ければ良い。

 ただし――世の中には取り返しのつかないことなど幾らでもあるが。


「ありがとうございます、ナナジマさん」


 ミュルゼーヌはそこでほんの少しだけ険の取れた顔で礼をして、会議は第三次捜索隊の正式な結成へと進んだ。

 彼女の感謝は皮肉か、それとも自らが認められたという勘違いだろうか。

 ハジメの言葉を彼女がどう受け取ったのかは知る由もない。


 会議室を出たあと、泣きそうな顔で謝る支部長に「仕方ない」と慰めの言葉をかけて別れたハジメを、ライカゲが廊下の角で待っていた。彼は、この展開を予期していたハジメによって会議前にインスタンツサモンで呼び出されていた。

 会議の内容も筒抜けであったのか、前置きもなく会話が始まる。


「更に時間を無駄にしたか?」

「そうでもない。正式に採択された依頼なら正式な手続きが必要になる。勝手に出撃されるよりは時間稼ぎになるだろう。あれだけ啖呵を切った手前、な」

「しかしあの娘……どちらなのだろうな」

「どちら、とは?」

「ワルキューレなのか、煽動者なのか」


 ハジメは何故その対比なのだろうかと疑問に思ったが、口を突いて出たのは身も蓋もない言葉だった。


「どっちにしろ迷惑だな。特に唆された連中に迷惑をかけられる人間にとっては」

「それは違いない」


 時間はそれほど残されていない。

 ハジメとライカゲは第三次捜索隊にどう対応するか、早速人目に付かない巻物空間で話し合いを開始した。


「しこたま非殺傷性の罠を仕掛けて疲弊させ、深層に入らせない……いや、これはダメだな」

「罠に引っかかっている間にバニッシュ属に襲われれば目も当てられぬし、確実性に欠ける。そも、そのような露骨な真似をすれば貴様が仕向けたと思われても仕方が無いぞ」


 ちなみにそういうことをする冒険者はたまにいるが、確たる証拠を掴みづらいので意外と処罰されなかったりする。


「……マッスル=ジュンを呼んで森でひたすらポージングをして気を引いて貰うとか」

「あの全身筋肉人間を? 正気か? 逆に近寄りがたいから避けて行軍されるだけだろうに」


 正直言ってみただけのハジメであった。

 しかし、危険な存在を視覚的に見せつけるというのは脅しには有効だ。


「ミドリンに脅迫きょうりょくを仰いでクソデカ魔物を徘徊させるというのはどうだろうか」

「短期的には効果があるかもしれんが、露骨に魔物がいれば正当な援軍が派遣されてややこしい事態になりかねんぞ」


 もふもふ狂いの人格破綻合法ロリことミドリンが保有する魔物戦力は魔王軍の一軍団より数は少ないが反比例してレベルが上なので、世間的には激ヤバの類である。

 そういえばミドリンには前に犯罪者のヤオフーを預けていたことを思い出す。


「そうだ、あいつに預けたヤオフーの催眠はどうだ?」

「それなのだがハジメ。ミュルゼーヌには催眠や幻覚を看破する何らかの方法を持っている可能性がある。以前に転生者や危険人物を探す我々の調査網に引っかかったが、実害が出ていないので調査を後回しにしていたため詳細は不明だがな」

「では、彼女は転生者の可能性があるのか」

「他の要素が原因の可能性もあるが、ともかくヤオフーの催眠は通じないかもしれん。最悪の場合、忍者の分身さえ瞬時に破壊できる。もっと確実性の高い策が必要だ」


 忍者の分身に幻に類する性質があることを初めて知ったが、確かにもしも最悪のケースを引き当てた場合は第三次捜索隊の妨害が失敗してしまう。

 しばし考えた末、ハジメはあるアイデアを思いつく。

 

「こういうのはどうだろうか。そう、事実としてこの森には――」


 ライカゲはそのアイデアに納得したように頷く。


「成程な。それなら後で言い訳も立つし、弱い者から順に根を上げることだろう。バニッシュ属の動きに対応するにも都合が良い。しかし……あくどいぞ貴様。『正しさ』に抵触せんのか?」

「多分大丈夫だろう。釣り合いは取れる」

「まぁよい。昔の貴様の正しさ理論より大分マシだからな」


 大真面目で熱心なミュルゼーヌたちには申し訳ないが、少々現実のままならなさと雪の冷たさを味わって貰うことにしよう。

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